美術の学芸ノート

中村彝、小川芋銭などの美術を中心に近代の日本美術、印象派などの西洋美術。美術の真贋問題。広く呟きやメモなどを記します。

彝の「エロシェンコ」と同じ額縁の作品

2015-07-05 19:45:59 | 中村彝
中村彝の「エロシェンコ氏の像」の額縁と同じ額縁に入っている作品がある。

PL教団蔵の「女」である(下図)。



これらの作品は、画面の大きさ、色調が似ており、制作年も近い。

額縁もひょっとすると同じ額縁かもしれない。そんな思いに囚われ、新潟県立近代美術館まで「中村彝展」を見に行ったのは1997年のことであった。これを確かめるのが最初の目的だ。

長岡は雪が積もっており、冬だったように記憶する。館内にそれほど人はいなかった。そのおかげで、ゆっくり作品を見ることができた。

私には、かねてからこの2点は姉妹のように生まれた作品のように思えていた。なので、額縁のことはぜひとも確かめたかった。今まで何度か見ていたが、額縁までは注意を払っていなかった。

思った通り、やはり額縁は同じものだった。
こうなると、ますます姉妹的な作品のように私には思えた。

ところが、2003年、茨城県近代美術館で「中村彝の全貌展」が開かれたとき、この2点を同時に見ることができたが、「女」は違う額縁に入っていたのだった。

私は、ちょっと驚き、教団の担当学芸員に電話をかけてみた。
返事をもらって安堵した。

実は、額縁が「エロシェンコ」と同じだとは知らなかったが、傷んでいたので輸送に堪え得るよう別の額縁に入れたのだ。

もちろん、担当の学芸員は、その額縁をきちんと保管していたようである。

茨城県のその時の展覧会では、2つの作品は並んで展示されていなかったが、もし今後、並んで展示されるようなことがあるとすれば、額縁も同じ方が、もちろんいいだろう。

それに、額縁は、その時代のものであり、時に作品の真贋判断に役立つこともあるかもしれないからである。
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古い画集の大切さ

2015-07-05 18:00:58 | 中村彝


上の図は中村彝が亡くなって、間もなく刊行された画集からの白黒図版である。

この古い図版の右下には、署名と年記が明瞭に認められる(下図)。



が、新しい画集や、展覧会図録には、この署名が認められない。

美術の研究にとって、新しいカラー図版が、いつでもよいとは限らないよい例である。

古い図版を捨ててはならない。

他にも、PL教団蔵の中村彝「女」を見ると、わずかに署名が残っているのが、肉眼でも確認できる。


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横須賀美術館の中村彝「落合のアトリエ」

2015-07-05 17:34:29 | 中村彝


横須賀美術館には、中村彝の俊子像の他、彼の画室を描いた「落合のアトリエ」(上図)がある。

即興風の作品であるが、この作品、眼を凝らしてよく見ると、画面下方に何か数字や文字らしきものが見える。

制作年を示す数字や署名をアルファベットで書いたものだろうか(下図)。



私には、<191>という数字、<T.>らしき文字の筆記体、それから特徴的にやや大きく書かれた<k>の字であろうか、そうしたものが見える。(とすれば、T.Naka...か?)

その他の文字も書いてあるようであるが、はっきりとは読み取れない。あるいは何度か消したり書いたりしているのだろうか?

彝の作品には、署名や年記が何らかの理由で消えてしまったり、あまり読めなくなってしまった作品が、何点かある。が、この「落合のアトリエ」については、これまで、ほとんど知られていなかったように思う。

赤外線または紫外線写真などにより、文字の不明瞭となった部分が、鮮明に見えるようになるかもしれない。

そこから、この作品に関する何か新しい情報が得られる可能性がある。

数字や署名などが、自然に消えたものかどうか、あるいは何度か書き直しなどがあったのかどうか、こういった点の解明も必要だろう。
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