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八幡鉄町教会

聖書のお話(説教)

「救い主、十字架上に死す」  2018年3月25日の礼拝

2018年04月23日 | 2017年度
レビ記16章15~16節(日本聖書協会「新共同訳」)

  次に、民の贖罪の献げ物のための雄山羊を屠り、その血を垂れ幕の奥に携え、さきの雄牛の血の場合と同じように、贖いの座の上と、前方に振りまく。こうして彼は、イスラエルの人々のすべての罪による汚れと背きのゆえに、至聖所のために贖いの儀式を行う。彼は、人々のただ中にとどまり、さまざまの汚れにさらされている臨在の幕屋のためにも同じようにする。

マルコによる福音書15章33~41節 (日本聖書協会「新共同訳」)

  昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た婦人たちが大勢いた。


  主イエスが十字架にかかられた出来事には、私たちを罪から救う贖罪という意味があります。
  贖罪とは、罪の償いという意味で、旧約聖書のレビ記に贖罪の儀式が詳しく記されています。その儀式には動物が犠牲として神にささげられるのですが、犠牲としてささげられる動物には傷がない事が絶対条件です。そして、その動物の血が、贖罪の重要な要素となっています。
  主イエスの十字架は、動物よりもはるかに優る贖罪でした。このことを強調するのは、新約聖書のヘブライ人への手紙9章です。動物による贖罪は何度も繰り返さなければなりませんでしたが、主イエスによる贖罪は1回限りで、全人類のための永遠の贖罪であると告げられています。
  十字架は、当時、ローマ帝国がローマ市民権を持っていない重犯罪人に対して行っていた死刑方法であり、見せしめでもありました。十字架にかけられたのは主イエス・キリストだけではなく、多くの人々がこの刑に処せられていたのです。ですから、十字架そのものは、決して珍しいものではありませんし、特別の宗教的意味があるわけではありません。しかし、主イエスが十字架にかかられたこの出来事は特別であり、無数の十字架の一つというのではありません。なぜなら、全人類を救う贖罪として神がご計画されたからです。それゆえ、主イエスの十字架は、ローマ帝国の死刑とは別に、宗教的な特別の意味を持つことになったのです。
  旧約聖書に、罪を犯した者は、罪の償いとして動物を犠牲として献げなければならないと定められています。その時の動物は傷のない完全なものでなければなりませんでした。その動物の血を祭壇に注いだのです。血の中に、その動物の命があると考えられていましたので、血を祭壇に注ぐことは、動物の命を神に献げることであり、またその動物を献げる人自身の命を献げたとみなされたのです。
  一般に行われる贖罪の儀式とは別に、神の民全体の罪の償いの日として「贖罪の日」が定められていました。この日には、大祭司が年に一度、神殿の至聖所に入り、民全体の罪の償いとして、契約の箱の上にある「贖いの座」に血を振りかけていました。この贖罪の日の犠牲は毎年行われていましたし、通常の罪の償いの犠牲もくり返し行われていました。これらの犠牲がくり返し行われていたということは、その償いは完全ではないことを示しています。
  レビ記に定められている贖罪には、傷のない動物の血が祭壇や神殿の至聖所にある贖いの座に注がれました。この贖罪の動物より優った完全な犠牲として、神の独り子が罪のない人間としてお生まれになりました。それが主イエス・キリストです。主イエスが十字架にかかり、そこで流された血は、祭壇や贖いの座に注がれた動物の血よりもはるかに優った贖罪の献げ物となったのです。ですから、もはや動物の血という犠牲をささげる必要はないのです。
  神の独り子である主イエスが真の人間となられた意味がここにあります。私たちは神に罪を犯した罪人ですから、私たち人間の誰が十字架にかかっても、罪の償いとしての意味はありません。そこで、神は、独り子であるキリストを真の人間、すなわち罪のない人間として生まれさせ、十字架へ向かわせられたのです。
  十字架にかかられたキリストは、罪がない故に「傷のない完全ないけにえ」となって、私たちの罪の贖いとなられたのです。こうして、私たちが受けるべき神の怒りを、代わって受けてくださったのです。ガラテヤ書3:13に「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。『木にかけられた者は皆呪われている』と書いてある」とあるとおりです。
  ですから、十字架上のキリストの叫びは、本当は私たちが叫ぶはずであった叫びであり、神の怒りを受けた者の絶望の叫びなのです。
  主イエスが十字架の上で息を引き取られた時、神殿の垂れ幕が上から下まで真二つに裂けたとあります。この垂れ幕は、神殿の中の聖所と至聖所を隔てている幕です。この至聖所には、一年に一回だけ、大祭司だけが入ることが許され、イスラエルのすべての人々のための贖罪の儀式をします。たとえ大祭司といえども、民全体の罪の贖いをするため、年に一度しか奥の至聖所に入る事は許されていませんでした。大祭司も罪人であるため、神に近づくことが許されなかったのです。
  聖所と至聖所を隔てる垂れ幕が真二つに裂けたことは、主イエスの死によって、私たちの罪の故に閉ざされていた神への道が開かれたことを象徴的に示しています。それは、神が私たちの罪を赦してくださったということです。
  キリストは神にいたる門であり(ヨハネ10・9)、神にいたる道(ヨハネ14・6)です。この門は狭く、その道は細く、見出すことは困難ですが、命にいたる唯一の道です。(マタイ7・13~14) 私たちは、自らの力で見出すことも通ることもできませんでしたが、キリストを信じる私たちは、既にその門を通り、神にいたる道を歩み始めているのです。「それは人間にできることではないが、神は何でもできる」(マタイ19・26)とある通りです。私たちが救われたのは、神の恵みの御業によるのです。



「救い主をののしる声」  2018年3月18日の礼拝

2018年04月09日 | 2017年度
詩編22編8~9節 (日本聖書協会「新共同訳」)

 わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い
 唇を突き出し、頭を振る。
 「主に頼んで救ってもらうがよい。
 主が愛しておられるなら
   助けてくださるだろう。」

マルコによる福音書15章25~32節 (日本聖書協会「新共同訳」)

  イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。」同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。

ゴルゴタ
  主イエスが十字架にかけられた場所は「ゴルゴタ」というところで、「されこうべの場所」という意味だと説明されています。なぜそのように言われるようになったかは定かではありません。そこで人が多く殺されたからだとか、地形がされこうべに似ていたからだとか言われますが、いずれも推測でしかありません。
  確かと思われるのは、その場所が当時のエルサレムの西側の門の外に近いところであったということです。現在、その場所は聖墳墓(せいふんぼ)教会となっています。またその場所は、エルサレムの町を出入りする道の近くにありました。十字架の刑は人々への見せしめの意味もあり、通りがかりの人々に見える場所で刑が執行されたのです。
  主イエスが十字架にかけられたのは、午前9時頃でした。すでに多くの人々がエルサレムの町を出入りしていた頃です。神殿で祈ろうとしたり、買い物をしようとしたり、あわただしい様子であったろうと思われます。

「ユダヤ人の王」
  26節に「罪状書きには、『ユダヤ人の王』と書いてあった」とあります。ヨハネ福音書には、この罪状書きはヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていたと説明されています。それはユダヤ人、ローマ人、当時の世界の共通語で書かれていたということです。このように3カ国語で書かれたということは、すべての人に読むことができるようにしたということであり、それは、また、主イエスについて最初に書かれた公式文書と言えます。
  今日の聖書の箇所には、「ユダヤ人の王」という言葉と一緒に「メシア」と「イスラエルの王」という言葉がでてきています。「ユダヤ人の王」という言葉と「イスラエルの王」という言葉は同じ意味と考えてよいのですが、それは単にユダヤ民族の王という意味ではありません。「神の民の王」という意味もあるのです。
  「神の民」は、すべての人々を救おうとして、その器(うつわ)として、神がお選びになった民族ということです。すべての人々を罪から救う「目的」のための、「手段」ということです。しかし、その神の民も罪と無縁だったわけではありません。むしろ、神に背き、罪に汚れ、罪人としての弱さを持っていたのです。それ故、自分自身の罪や他人の罪の重荷を取り除くことは出来ません。そこで、神はご自身の独り子である主イエス・キリストを世に遣わし、神の民が担うべき使命を果たさせたのです。主イエスがユダヤ人の中にお生まれになったのには、そのような目的があったのです。そのユダヤ人たちの罪人としての姿が、今日の聖書の箇所に描かれています。

29節「ののしる」
  29節からは、罪人の姿が、次々に示されています。通りがかった人々は主イエスをののしり、祭司長たちと律法学者たちは侮辱し、主イエスの左右に十字架につけられた者たちは主イエスをののしりました。
 通りがかりの人々がした「ののしる」と訳された原語には、「冒涜する、汚す」という意味があります。神を冒涜する、神聖な物を汚すというときに使う言葉です。今日の聖書の箇所以外では、マルコ福音書14章64節にこの言葉が出てきます。主イエスに対する判決を下すとき、大祭司は、主イエスが神を冒涜したと主張し、その場にいたユダヤ人たちが死刑にすべきと決議したとあります。
  マルコ福音書15章29節では、十字架にかかられた主イエスを、通りがかりの人々が主イエスを冒涜したとあります。人に対するというよりも、神に対する冒涜であるとマルコ福音書は言いたいのです。
  彼らは、「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ」とののしっています。「神殿を打ち倒し、三日で建てる」というのは主イエスの裁判の中で偽証した人々の言葉として出てきます。興味深いのは、ヨハネ福音書では、主イエスが実際に言った言葉として出てきていることです。そして、「イエスの言われる神殿とは、ご自分の体のことだったのである」と説明しています。すなわち、復活を予告されたというのです。
  裁判で偽証した人々は、主イエスがおっしゃったその言葉を直接聞いたかどうかはわかりません。しかし、主イエスを陥れようとして、彼らが悪意を持ってその証言をしたことは間違いありません。そして、彼らの悪意にもかかわらず、神は御子を三日目によみがえらせ、新しい神殿を私たちに用意してくださったのです。これは、すべての人々を救うための神のご計画であり、それを実行してくださったのです。
 通りがかりに十字架上の主イエスをののしる人々は、愛にあふれたご計画とそのために十字架にかかってくださった神の独り子を冒涜しましたが、実は彼ら自身、知らず知らずのうちに神のご計画を口にしていたのです。

31節「侮辱する」
  次に登場するのは、祭司長たちと律法学者たちです。彼らは代わる代わる主イエスを侮辱しました。「侮辱」と訳されている言葉には「あざける、だます、ばかにする」という意味があります。
  「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう」。これが、彼らの言葉です。十字架にかかられた主イエスを無力だと馬鹿にしているのです。力を示せとあざけっているのです。しかし、彼ら自らが主イエスの力を証ししているのです。すなわち、「他人は救った」と叫び、人々を救う力を持っていると証言しているのです。
  そして、主イエスは、ご自分を救うためではなく、すべての人々を救うためにその力を発揮されます。主イエスが十字架にかかられたのは、無力だからではありません。すべての人を救うご計画によるのです。そこに全能の神の力が働いているのです。
  そのような神の遠大なご計画を知らず、神の全能の力を悟ることの出来ない祭司長たちや律法学者たちがしている侮辱は、本来神に仕えている彼ら自身の無知と不信仰をあらわにしているだけなのです。

32節「ののしる」
  3番目に登場するのは、主イエスの左右で十字架にかけられた二人の強盗でした。「彼らはののしった」とあるだけで、どのような言葉でののしったかは記されていません。この「ののしる」という言葉は最初に出てきた「ののしる」とは違う言葉で、「文句をつける、とがめる、責める、辱める」という意味です。ここでは「文句をつける」が最も近いかもしれません。
  十字架につけられた強盗たちがどういう人々かは全くわかりません。彼らは、主イエスが十字架にかけられた場面で、突然登場してきます。なぜ、彼らが主イエスをののしるかは全くわかりません。彼らが十字架につけられたのは、彼ら自身が犯した罪の結果です。彼らは罪を悔い改めるどころか、不満をぶつけています。しかも、十字架につけたローマの兵士たちや見物しているユダヤ人たちにではなく、直接には何の関係もないはずの主イエスに文句を言っているのです。

罪と贖罪
  すべての人々を救うために、神は独り子を世に遣わされ、十字架という方法を用い、贖罪の犠牲とされました。聖書はその出来事を伝えると共に、十字架上の主イエスを取り巻く人々の姿を描いています。しかし、その人々は主イエスを慕う弟子たちや女性たちではなく、すべての人々を救おうとされている神のご計画を汚し、無力だとあざけり、ののしる罪人たちでした。
  聖書は、人間の罪を神の御心に対する背きであると告げ、単なるルール違反だとは語ってはいません。また、その罪は、人間の無知が原因だとも言ってはいないのです。むしろ、十分な知識を持っていながら、神の御心に背くところに人間の罪があると言うのです。
  旧約聖書の創世記3章、4章にはアダムとエバ、カインとアベルの物語があります。これらの物語は、罪とは何かという罪の本質を教えています。神はあらかじめ警告されていたにもかかわらず、人が罪を犯したと告げています。しかも、その原因が神にあるかのように文句を言う罪人の姿が描かれています。
  十字架のキリストを取り巻く人々は、まさにこのような人々であると告げているのです。しかもそのとき主イエスを取り囲んでいた人々だけに罪があるというのではありません。すべての人々が、このような罪人として生きていると指摘しているのです。

ののしりの声の中のキリスト-沈黙の戦いと執り成し
  主イエスは、このような罪人に囲まれ、十字架の上で孤独な戦いをされました。しかし、罪人を憎んでの戦いではありません。罪を憎みはしましたが、その罪人を救うための戦いでした。「父よ、彼らをおゆるしください」と執り成しをする戦いだったのです。罪の償い、すなわち贖罪の業は憎しみによって行われるものではなく、愛と憐れみによって行われるのです。これは私たち人間には不可能なことです。神の全能の力と限りない愛だけが、この贖罪の業を完成させるのです。
  主イエスは、ののしる人々に囲まれながら、その一人一人のために執り成しをし、孤独と沈黙の戦いをされたのです。そして、主イエスを取り巻く人々だけが罪人ではなかったように、同じ罪人である私たちのためにも主イエスは贖罪の業を遂行され、今も、執り成してくださっているのです。

  主イエスの十字架を見、ののしりながら通り過ぎては行けません。私たちを罪から救ってくださるために十字架にかかられた主イエスの前に立ち止まり、十字架のキリストを見上げつつ、感謝と讃美と祈りをささげるべきです。「我が主よ、我が神よ」と誉め讃えるべきです。それが、神を礼拝するということです。
  主イエス・キリストが、私たちを罪から救うためにこの地上においでくださったこと、十字架におかかりになり、罪の贖いをしてくださったこと、三日目によみがえられたこと、そして今も、私たちのために執り成しをしてくださっていることを感謝し、受難節の一日一日、礼拝をまもり、祈りをささげていきましょう。

「十字架への道」  2018年3月4日の礼拝

2018年04月03日 | 2017年度
詩編22編17~19節 (日本聖書協会「新共同訳」)

 犬どもがわたしを取り囲み
 さいなむ者が群がってわたしを囲み
   獅子のようにわたしの手足を砕く。
 骨が数えられる程になったわたしのからだを
   彼らはさらしものにして眺め
 わたしの着物を分け
 衣を取ろうとしてくじを引く。

マルコによる福音書15章16~24節 (日本聖書協会「新共同訳」)

  兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。また何度も、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。このようにイエスを侮辱したあげく、紫の服を脱がせて元の服を着せた。そして、十字架につけるために外へ引き出した。
  そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。そして、イエスをゴルゴタという所――その意味は「されこうべの場所」――に連れて行った。没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、
 その服を分け合った、
 だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。


  エルサレムには、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)と呼ばれる通りがあります。主イエスが裁判を受けられた場所から十字架にかけられたゴルゴタの丘とされる聖墳墓教会までの道筋で、毎年受難節(レント)の頃には世界中から巡礼者が集まります。このヴィア・ドロローサには14ヶ所のステーションが設けられ、判決を受けた場所、鞭を打たれた場所、倒れた場所などと定められています。巡礼者たちは各ステーションで立ち止まり、祈りをささげています。そして、ローマ・カトリック教会はこれにちなんだ「十字架の道行き」を教会堂の内部や庭に設け、それをたどりながら祈りや黙想をしています。そのようにして、すべての人々を救うために十字架に向かわれた主イエスを偲び、主イエスの苦しみを少しでも共感しようとしているのです。
  さて、主イエスが、十字架へ向かわれたのは、ローマから派遣された総督による裁判の結果でしたが、聖書は別の視点からこの出来事を伝えています。すなわち、十字架へ向かわれたのは主イエスご自身の決意によるということです。マルコ福音書10章32~34節に、主イエスが弟子たちの先頭に立ってエルサレムに向かい、エルサレムで殺され復活をすると告げられたと記されています。主イエスの十字架は表面的には人間の悪意が引き起こしたものですが、目に見えないところでは神がすべての人々を救うためにご計画なさったことだと、聖書は告げているのです。ですから、主イエスの十字架に向かう歩みは、エルサレムに入られる前にすでに始まっていたのです。それどころか、主イエス・キリストがこの地上にお生まれになったときから、十字架の歩みが始まっていたと言うべきでしょう。
  福音書は、主イエスの十字架へ向かう歩みを記しています。私たちは、その福音書を読み、十字架に向かわれる主イエスの姿を見つつ、主イエスと共に十字架への道をたどっているのです。プロテスタント教会は、ローマ・カトリック教会のように巡礼を強調することはありませんし、十字架の道行きを設けてもいません。しかし、主イエスが復活された日曜日ごとに礼拝をささげ、私たちを罪から救うために十字架に向かわれた主イエスの後を従い歩んでいるのです。礼拝の度ごとに福音書を読むとは限りませんが、聖書全体が主イエス・キリストの十字架と復活を力強く証しています。私たちの救いのために起こされた出来事であると力強く訴えています。聖書のみ言葉を聞く礼拝は、聖地巡礼に勝る恵みの出来事なのです。使徒パウロがキリストの十字架と復活をもっとも大事なこととして伝え、この福音によってあなた方は救われると告げているとおりです。(Ⅰコリント15:1~5)


「ピラトの尋問と判決」  2018年2月25日の礼拝

2018年03月25日 | 2017年度
イザヤ書53章7~8節(日本聖書協会「新共同訳」)

 苦役を課せられて、かがみ込み
 彼は口を開かなかった。
 屠り場に引かれる小羊のように
 毛を切る者の前に物を言わない羊のように
 彼は口を開かなかった。
 捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。
 彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか
 わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり
 命ある者の地から断たれたことを。

マルコによる福音書15章1~15節 (日本聖書協会「新共同訳」)

  夜が明けるとすぐ、祭司長たちは、長老や律法学者たちと共に、つまり最高法院全体で相談した後、イエスを縛って引いて行き、ピラトに渡した。ピラトがイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」と答えられた。そこで祭司長たちが、いろいろとイエスを訴えた。ピラトが再び尋問した。「何も答えないのか。彼らがあのようにお前を訴えているのに。」しかし、イエスがもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った。
  ところで、祭りの度ごとに、ピラトは人々が願い出る囚人を一人釈放していた。さて、暴動のとき人殺しをして投獄されていた暴徒たちの中に、バラバという男がいた。群衆が押しかけて来て、いつものようにしてほしいと要求し始めた。そこで、ピラトは、「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」と言った。祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。祭司長たちは、バラバの方を釈放してもらうように群衆を扇動した。そこで、ピラトは改めて、「それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか」と言った。群衆はまた叫んだ。「十字架につけろ。」ピラトは言った。「いったいどんな悪事を働いたというのか。」群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び立てた。ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。


  マルコ福音書では、15章で初めてピラトという名前が登場します。このピラトという人物は、ユダヤを監視する目的でローマの皇帝から直々に派遣されていて、聖書ではユダヤ総督と呼ばれています。普段は地中海沿岸にあるカイザリアという町に常駐していますが、過越の祭りが近づくと数百人の兵士を引き連れてエルサレムにやってきました。この祭りの期間は外国で生活しているユダヤ人が大勢やって来て、数倍の人口になり、暴動が起こりやすかったからです。
  1節に出てくる最高法院というのは、ユダヤ人の有力者たちで構成されている議会のことで、ローマはこの議会にユダヤの制限付きの自治を許していました。主イエスを死刑にすると決めた最高法院が、その主イエスをピラトのところへ連れて行ったのは、勝手に死刑を執行することが許されていなかったからです。
  訴えを受けたピラトは、主イエスに罪がないことを感じ取っていましたが、ユダヤ人たちの強い圧力に屈し、死刑の判決を下しました。ピラトは決して気弱な人間ではありませんでしたが、彼の任務はユダヤに暴動が起こらないように監視することでした。ユダヤ人たちの要求を拒んで暴動に発展するならば、彼の立場は最悪になります。こうして彼の弱みにつけ込んだユダヤ人たちは要求を貫き、主イエスを処刑させることに成功したのです。
  主イエスが十字架にかけられたのは、表面的には、ユダヤ人たちの謀略によるものと言えます。しかし、聖書は違う視点からこの出来事を語っています。すなわち、人間の思惑とは全く別に、神がこのことを計画なさっていたということです。過越の祭りという「時」、十字架というローマの死刑方法、これらは神がご計画なさったことだと聖書は告げているのです。
  主イエスは、過越の祭りに間に合うようにエルサレムへと向かっておられました。その祭りの時はユダヤ総督もエルサレムに来ました。ユダヤ最高法院の人々は、暴動が起こらないようにするため、主イエスを捕らえるのを祭りが終わってからと考えていましたが、主イエスの弟子イスカリオテのユダの手引きで密かに捕らえることになりました。ユダヤ人たちは自分たちの思惑通りに事が進んでいると思っていましたが、実は、神があらかじめ定めておられた計画が実行されていたのです。
  神のご計画は次の通りでした。神の独り子はすべての人々の罪の贖いのために血を流すこと、そのために十字架という死刑方法が選ばれたのです。そして、それは過越の祭りの時と定められたのです。
  ピラトは裁判を行い、暴動を起こさないために死刑判決を下しました。正義が忘れ去られ、人間の悪意と打算が全面に現れた裁判でした。人間の罪深さを象徴していると言えます。しかし、神はこの裁判と死刑方法を全人類の救済のご計画に転用されたのです。「あなた方は悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救われました。」は創世記50章20節に出てくる言葉ですが、主イエスの十字架の出来事も同じことが言えます。人間の悪意と悪事が前面に出た主イエスの十字架でしたが、神は、それを全人類を救うための出来事に変えたのです。神の全能の力がここにあります。ここに、何としてでも全人類を救おうという神の堅く揺るぐことない決意が示されています。


「神の言葉と人間の言い伝え」  2018年2月11日の礼拝

2018年03月19日 | 2017年度
イザヤ書29章13節(日本聖書協会「新共同訳」)

 主は言われた。
 「この民は、口でわたしに近づき
 唇でわたしを敬うが
 心はわたしから遠く離れている。
 彼らがわたしを畏れ敬うとしても
 それは人間の戒めを覚え込んだからだ。


マタイによる福音書15章1~9節(日本聖書協会「新共同訳」)

  そのころ、ファリサイ派の人々と律法学者たちが、エルサレムからイエスのもとへ来て言った。「なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人の言い伝えを破るのですか。彼らは食事の前に手を洗いません。」そこで、イエスはお答えになった。「なぜ、あなたたちも自分の言い伝えのために、神の掟を破っているのか。神は、『父と母を敬え』と言い、『父または母をののしる者は死刑に処せられるべきである』とも言っておられる。それなのに、あなたたちは言っている。『父または母に向かって、「あなたに差し上げるべきものは、神への供え物にする」と言う者は、父を敬わなくてもよい』と。こうして、あなたたちは、自分の言い伝えのために神の言葉を無にしている。偽善者たちよ、イザヤは、あなたたちのことを見事に預言したものだ。
 『この民は口先ではわたしを敬うが、
 その心はわたしから遠く離れている。
 人間の戒めを教えとして教え、
 むなしくわたしをあがめている。』」


  ファリサイ派の人々と律法学者たちがエルサレムからやって来ました。これまでにもファリサイ派の人々や律法学者が何度か登場していますが、そのほとんどが主イエスを非難している場面です。今回も主イエスを非難する目的があったようですが、特に彼らがエルサレムからやって来たということが、事柄の重要性を示しています。なぜなら、エルサレムから来たというのは、おそらくユダヤの最高議会から派遣されて来たということだからです。
  これまで、主イエスが多くの人々をお癒しになったということが評判になり、さらに多くの人が主イエスのもとにやって来たことが記されています。特に14~17章は、そのことが強調されていると言えます。その評判は遠くのエルサレムにまで届いていたことを示しています。それは自然に広まったというだけではなく、ガリラヤに住んでいたファリサイ派の人々や律法学者たちがエルサレムの最高議会の人々に報告していたからと考えられます。今日登場しているファリサイ派の人々と律法学者たちは、エルサレムの最高議会から派遣されてきた人々と考えてよいでしょう。
  彼らが目をとめたのは、主イエスの弟子たちが食事の前に手を洗わないということでした。彼らがそれに目をとめたのは単に衛生上の理由からではありません。昔の人の言い伝えを破っている、すなわち律法に違反していると考えたからです。
  旧約聖書には、食事の前に手を洗うことについての戒めはありません。ファリサイ派の人々と律法学者が「あなたの弟子たちが、昔の人の言い伝えを破っている」と言っているのもそのためです。その言い伝えというのは、主イエスの時代、律法と同様に重んじられていたものです。もともとは、旧約聖書の律法を厳格に守ろうとして、多くの学者たちの解釈や解説・主張が伝えられたものですが、次第に律法と同じ重要なものと考えられるようになったのです。
  主イエスは、食事の前に手を洗わないことについて、このときは何もお答えになっておられません。10節以下で群衆にこの問題について語っておられるだけです。もともと律法にない事柄なのでそのことへの反論は必要がないと考えられたのかもしれません。むしろ、もっと重要なことについて、主イエスはファリサイ派の人々や律法学者たちを非難されました。それが自分たちの言い伝えのために神の掟を破っているということでした。
  彼らの言い伝えは、神の掟を厳格に守ろうとして出来てきたものでした。しかし、それがいつしか、その戒めの本来の主旨が見失われ、形式的な遵守となり、神がもともと意図しておられていたことから遠く離れていってしまっていたのです。これまでファリサイ派の人々や律法学者たちが主イエスを批判してきましたが、15章以降では、主イエスが彼らを批判するようになるのも、これが理由です。
  8~9節で主イエスが預言者イザヤの言葉を引用されています。この問題は、ファリサイ派や律法学者だけでなく、すべてのイスラエルの人々への警告であることを示しています。そして、今の時代の私たちに対する警告でもあるのです。神の本当の御心は何かを常に聖書に立ち帰り、聞き従えと。