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しゃりお @ 撮り鉄倶楽部

最近の鉄道撮影記録と懐かしい国鉄時代の写真を気ままに更新してます。

あの頃の  夏の日に おもひでぽろぽろ 思い出す・・・

2012-07-31 22:21:20 | 国鉄時代
酷暑、猛暑が続いております・・・

夜中に毎日のように暑さで目が覚めてしまいます。

そんな目が覚めて、うつらうつらとしている時に不意に思い出す事があったりするんです・・・
子供の頃の夏休みか何かの暑い日の何でもなく弟と遊んでいる光景とか、近所にあった小さな商店でアイスを買っている光景とかを、最近よく暑い日の眠れない夜中に思い出したりします。

何故なんですかね~? 不思議です (^^ゞ


そんな思い出をぽろぽろ思い出しながら

先日、海フェスタ清盛を撮影のために○君と訪れた場所
三十数年ぶりに訪れて その頃の写真が数枚残っていましたので、本日は思い出ぽろぽろと・・・


s.54(1979年).1月   写真は夏ではなく冬の1月です。   
地元の方ならお判りになると思いますが当時はまだ河川の護岸工事も行なわれておらず、辺りも家は多く見当たりませんでした。
もちろん当時は東尾道駅など思いもよりませんでした。





153系   当時は国鉄全盛時代、普通列車と言えど長編成が当たり前でした。
そんな普通列車に岡山~糸崎間には数本ではありましたが、当時はグリーン車を連結しておりました。
いつもほとんど空気を運んでいるような乗車率でしたが・・・(笑


この写真を撮影したときは同級生で今も撮り鉄仲間の ぽんたさんと二人、自転車で尾道に撮影に行った時の写真
自宅からはかなりの距離ですが、当時は二人 元気よかったんだな~(笑


そして・・・
尾道からの帰りに


国道2号線から撮影した同じ鉄橋
鉄橋を渡る貨物列車 機関車はEF60? 61? 65? 機関車の後ろのタキが泣かせます・・・

当時は何かの記憶にと思って撮影したのか撮影した本人も記憶が定かではありませんが
今では面影は残るものの辺りはかなり変わってしましました。


そんな、先日訪れた様子とこの写真を見ながら 当時のおもひでぽろぽろ・・・思い出す。
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あの頃の   変わらぬ風景・・・

2012-07-14 23:55:55 | 国鉄時代
夜勤明けで少しの仮眠をとって一日中フラフラと夕方まで撮影して、夜には家族と地元福山の夜店に遊びに出かけてましたので今の時点でかなり眠いです・・・

さて、今日撮影した写真は次回に報告することにしまして、今回は久しぶりに「あの頃の・・・」を企画的にのせてみようかと。

昨日の更新までに何回かに分けて載せておりました東福山付近の地元の方ならお判りになるであろう撮影場所
普段はよくここを車で通るのですが、撮影に訪れたのは実に三十数年ぶりでした。

今回はここで撮影した前回まで掲載分の写真と見比べてご覧いただきたい。


EF66-55      s.53(1978)年頃             東福山駅~大門
緑色の国鉄コンテナも懐かしいですが、写真ではこの時は残念ながらコンテナはほとんど載っていなかったようです(笑
ここから見える風景は新幹線高架向こうに家々は増えたものの今も当時とほとんど変わらない風景が望めます。
手前に見える線路はJFEへと続専用線
写真の奥の方には東福山貨物ターミナル、当時はまだ旅客駅の東福山駅はまだ開業前でした。





EF60-52        当時の重圧な貨物も懐かしいですね。
さらに驚いた事にこちら側の風景は当時も今もほとんど変わっていないのは、ある意味驚きであります。
今では現役ではありますがサビ色になってしまったJFE専用線の信号も当時は真っ白に塗装されていました。





115系










EF60-41    当時はEF65よりもEF60、EF61の方が多く走っていた記憶があります。

当時と変わらない風景が残る場所・・・
一瞬ではありますがここに立つと子供の頃へとタイムスリップした様な錯覚に囚われました。
子供の頃に立った立ち位置へ、中年になった私が同じ立ち位置で撮影出来る、何とも不思議な喜びであります。

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あの頃の   懐かしの 日常の中の車両たち   徳山駅にて・・・

2012-06-08 23:22:21 | 国鉄時代
九州北部、中国・四国、近畿で一斉に梅雨入りが発表されました。
いよいよ鬱陶しい季節がやって来ました。

私はと言えば、来週は急遽 夜勤シフトから外れて時差出勤に・・・
私の反対番の同僚が来週明けからしばらく会社を休むので、その穴埋めで時差出勤になりました。
出勤時間は午後1時からと何とも中途半端な出勤時間で仕事終わりが午後10時の微妙な時間・・・(-_-;)
しかもそんな中途半端な運用?は私一人・・・
他の同僚は通常運用 (笑  仕事の兼ね合い上仕方ないのでありますがね。


さて、徳山駅で撮影していた岩徳線の写真ついでに、本日も徳山駅での写真をもう少し
あの頃は徳山に遊びに行く度に駅で撮影していましたので比較的多く写真が残っていますが他の写真は又の機会にでも


EF66-42         s.52(1977年)頃                           徳山駅
写真左に当時徳山駅まで運用のあった421系・423系交直両用電車と当時走っていた郵便荷物列車用の積荷が台車に載せてあります。
当時は郵便荷物列車が到着する度に多くの荷物が積み下ろしされていました。
今では絶滅寸前のロクロクゼロも当時は華々しい活躍でしたが、ブルトレ牽引までには8年後(1985年)の事になります。





EF65-97     当時の主力機関車のEF65 0番台も先ごろついに絶滅しちゃいました・・・(泣
当時はEF58やEF60、EF61と共にまた来たよ・・・てな感じでスルーする事が多かったのです。

今から思えば何て贅沢な選択だったのか思いますが、当時の当たり前の光景の中で、少ない小遣いの中でのフィルム購入と現像代では致し方ない選択だった様に思います。

写真後ろにはこれまた当時 小売業で一世風靡したダイエーとニチイの看板が写っています。





EF65-? と 80系 湘南電車              写真の80系は全金属車ではなく半鋼製車のようです。
80系の停車しているホームは先ごろの徳山駅橋化工事に伴い撤去されてしまったようです。

当時は日常の光景でしたが、今では両車共 見ることの出来ない国鉄時代を代表する名車両達

非日常?の特急車両の撮影も楽しく記録的に好材料ですが 何十年か経って、当たり前の日常の中の見慣れた車両の思い出が一番記憶で大切な物になっている事が今ではよく判ります。

近所の沿線で撮影するも やって来る列車拒まず、マメに撮影するんであります (笑
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あの頃の  懐かしの 岩徳線 気動車 キハ30

2012-06-05 22:00:22 | 国鉄時代
今日はハッキリしないお天気の一日でした。
洗濯物が乾かないと家の奥様が嘆いておりました・・・

九州南部の梅雨入りが発表されましたから、私の住むこの辺りも間もなく梅雨入りを向かえそうです。

さて、昨日の岩徳線の客車列車の続きで、今回も徳山駅で撮影していた岩徳線 気動車の写真を


キハ25        s.52(1977年)頃                徳山駅
日中 一部の気動車は徳山駅の上り側の側線(1番ホーム東端)に夕方の便まで留置されていた記憶があります。
その他の気動車は定かではありませんが周防富田(現 新南陽)駅寄りの徳山客貨車区へ回送されていたと記憶しています。
昨日の旧型客車も日中はこちらに留置されたいました。
惜しむらく徳山客貨車区へは時々様子を見に行っていたものの撮影はしておりませんでした。


そんな中、対して興味のなかった岩徳線気動車の中でキハ30の写真は何故か数枚ではありますがしっかりと撮影しておりました。


左からキハ25+キハ25+キハ30  
非電化の大都市近郊通勤用として開発されたキハ30
特徴ある外吊り式両開きの3扉と福塩線辺りでは見る事が出来なかった独特の通勤車ぽい車体が珍しかったのか日にちを変えて撮影してました。





キハ30-83     上の写真と同じ車体と思われますが日にちを変えて撮影してます。
通勤を目的とした3扉、車内の座席はロングシートで正に大都市近郊通勤用の気動車でしたが大都市部の電化に伴ってローカル線に転用になって岩徳線の運用に入っていたのでしょう。
ちなみにキハ30とキハ35の違いはトイレの有り無しが大きな違い。




夕方の通勤帰宅時間に運用に入っていたようです。
同じフィルムには徳山に夕方停車していた あさかぜ2号が写っていますのでその合間に撮影したのでしょう。





3扉のキハ30ですが真ん中の扉は使用されていなかったようで他の気動車同様に左右の扉のみ開いています。
上の写真を見ても乗客は左右の扉に並んでいるようです。

当時、私の住む辺りでは滅多に見ることのない気動車だっただけに熱心に撮影していたようです。


日中の徳山駅には

DE11-1039
近くには出光石油精製所や日本ゼオンなどの大きな工場がありますので、そこからの引き出し貨物のワムやタキがよく止まっていました。

今では徳山駅も橋上化工事が行なわれているようで、駅の様子も様変わりするようです。
それに伴いDE11の写っている5番線ホーム撤去されてしまったようです。

駅前にしても今では徳山駅前までわざわざ買い物に行く客も少なくなって、岩徳線で言えば周防花岡駅で下車して郊外のショッピングセンターまで買い物に行く時代になったようです。
これも時代の変遷でしょうか・・・
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あの頃の  懐かしの 岩徳線 客車列車

2012-06-04 21:20:19 | 国鉄時代
本日の更新は久しぶりに「あの頃の・・・」です。
写真の整理や私の気力が整わないと、なかなかこのカテゴリーは更新が進まないのです(笑
写真の整理も去ることながら、私の記憶や思い出がすでに薄れかかったり、記憶が曖昧で飛んでいたりしますので、薄れかかった記憶を辿りながら記事にするのは意外と大変なんであります (^^ゞ

で、久しぶりの「あの頃の・・・」なんで派手目な特急列車なんかの更新と思いきや
これが地味~な路線と列車のニッチな更新なんでありますね・・・

今回は当時、徳山駅撮影した「岩徳線」
岩国と徳山を結ぶ(正確には櫛ヶ浜駅まで)から岩徳線 本線である山陽本線に隠れて実に地味な路線です。

ただ、Wikipediaを読みますとこちらが本来 本線となるべく歴史があったようですが・・・
詳しくはWikipediaで「岩徳線」をご覧下さい。

小難しいお話はこれくらいにして、当時 私は中学生で長い休みの時は決まって徳山の叔母の家に遊びに行っていました。

当時は鉄道好きの少年達がそうであったように、私もご多分に漏れずブルートレインや特急列車に強い憧れを持っていましたから地味なローカル線には殆ど興味はなかったように思いますが、辛うじて枚数は少ないですが当時の岩徳線の車両を撮影していました。


キハ26        s,52(1977年)頃                 徳山駅
かつては急行や準急に活躍したキハ26もこの頃はローカル線での活躍となっていましたが辛うじて急行色のまま活躍していました。
隣に写っているのは、これも急行として活躍した153系でしょうか? 当時は153系も山陽本線では普通列車として活躍していました。






クモニ83 荷物電車 と キハ25?
当時は普通電車にも時々荷物専用のクモニ83や郵便専用のクモニ143等が連結されていました。
岩徳線を走る気動車もバリエーション豊富だったようですね。

話が余談になりますが、当時の徳山駅前は賑やかで商店街には多くの買い物客で賑わっていました。
写真を見ると当時の駅前には近鉄松下百貨店、ニチイ、ダイエーと当時の駅前の賑わいを感じさせる建物が写っています。





DE10-1053 牽引による岩徳線 客車列車
当時はまだ岩徳線には長編成の旧型客車による運用がありました。
写真のように10両編成位の今では考えられない長編成でした。
当時は朝夕の2往復の運用があったと記憶しています。
写真は10時半頃に徳山駅に到着していた客車列車  お買い物客の利用がそこそこあった様な・・・ 
15時台の列車は通学&お買い物帰りの利用がそれなりにあったようです。
岩徳線のホームはその歴史からホームの長さが本線並みに長く10両編成の長編成でも停車できたようです。

写真を見ると牽引機のDE10-1053号機、今でも岡山で元気に活躍していて時々東福山にも2753レを牽引してやって来ます。
当時の写真を見て改めて驚きました。

今では見ることの出来ない客車列車、当時は何も思わず撮影していた様ですが今では貴重な一枚となりました。
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