百醜千拙草

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バカの壁

2023-12-12 | Weblog
この2か月あまり、イスラエルのパレスティナに対するジェノサイドのニュースで、他の話題に心を向ける余裕がなくなってしまいました。人間はどうしてこんなにバカなのだろう、と中東から遠く離れた場所から眺めればわれわれは思うわけですが、思うに、当事者はひどい視野狭窄に陥っていて、一歩離れたらすぐにわかることでさえもまともに判断できない状態になっているのでしょう。

ナチスドイツを支持したドイツ人、太平洋戦争で特攻隊に日の丸を振っていた日本人、自分たちはパレスティナのテロ組織の被害者だとでも思っているイスラエル人、第三者の立場からみれば、彼らは正気を失っているとしか思えないのですが、当の本人たちは彼らの狭い環境の中で自らの思考や行為の正当性を信じているのだと思います。イスラエルは徴兵制を持ち、兵役従事者はその兵役の間に徹底的にパレスティナ人は敵であって国を守るためには「心を鬼にして」彼らを殲滅することが必要なのだ、という理屈を教え込まれるそうです。「鬼畜米英」とか「中国が攻めてくる」プロパガンダに日本人も容易に洗脳されたこと思うと、軍組織という非民主主義組織で強制的に数年を過ごす間にそこで教え込まれることに染まらない方が難しいように思います。ちょうど、破産して家族を困窮させるまで献金する統一教会の信者、公明党に投票する創価学会員、そして、自民党に投票するする国民のように。

これを乗り越えるのは本当に難しいことです。「バカの壁」という本が昔、流行りましたが、まさにこれです。つまり、「人は知りたくないことに耳を貸さず、都合の悪い情報を遮断する」のです。気分が悪くなるような真実に直面したくないという感情の問題なのです。最初から聞きたくないという感情が先にたっているのだから「話せばわかる」わけがありません。感情は理性で制御しないと暴走します。感情に支配されるのは容易ですが、理性で感情を制御するのは、難しく、トレーニングが必要です。しかるに、理性で感情をコントロールできる能力、それが人間と動物を分けるものであり、それができるようになることが人としての成熟であります。それはともかく、自らの感情や信条を離れ、第三者の立場に立って状況を眺めて判断する能力というのは日々、そういう訓練をしていかないと容易に失われるものです。これは頭がいいとか悪いとかというレベルとは別で、一例としては陰謀論に与する人がそうです。自分の信じていることに対して都合の悪い事実がある場合に、それをいまだ明らかになっていない「何らかの原因」を根拠なく想定することで説明しようとする一種の妄想ですが、本人はそれが妄想であることに無自覚です。事実を客観的に見て何らかの結論を導くのではなく、自分の結論に都合の良いデータを寄せ集め、都合の悪いものは無視するのが陰謀論者であり、謂わば「バカの壁」に囲まれている人と言えるのではないでしょうか。少なからぬイスラエル人が彼らを「テロリストの被害者」だと言い張るのも、ガザのテロリストを殲滅しないと自分たちの国を失うと信じているのも、「バカの壁」でしょう。中東利権とは無縁の世界の大多数、国連参加国の絶対的多数の国が、イスラエルがこれまでパレスティナに行ってきたことは国際法の違反であり、イスラエルが侵略者であり、パレスティナ難民は被害者である、と考えていて、アメリカはイスラエルを利用して中東での立場を強めて金儲けしたいと思っているようですから、イスラエル人以外の国の人々の大多数はイスラエル人の「被害者意識」を共有しているとは思えません。私は、このイスラエル人の「バカの壁」を、イスラエルの科学研究者や高等教育機関のツイートから実感しました。彼らは知性の劣った人々ではなく、むしろ知性においてははるかに優れた人々で、普段の彼らの研究や言動は共感、感心することの方が多いのですが、「イスラエルは一方的に攻撃された被害者であり、その敵であるハマスは殲滅しないとならず、その根を断つためには子供まで殺しておく必要がある」というような立場を頑なに取っています。彼らが、建国以来のこの80年弱のパレスティナ問題の歴史を知らないわけがないと思うのですが、あたかも彼らにとって、そもそもなぜパレスティナ問題を起こしたのは誰か、という根本的な問題は存在しないかのようです。彼らは、1200人のイスラエルの被害者のことは強調しても、イスラエルがこの二か月でその20倍近い数のガザのパレスティナ人を殺し、その多くが子供であるという事実は都合よくスルーします。

これは、自民党支持の知り合いとの雑談でも感じたことでした。私が国会で問題になったとある自民党議員の行いについて述べたところ、その議員が彼の推しだったようで、その問題について、それは他の派閥の誰かが失脚を狙って嵌められたという理論を繰り出し、その議員は被害者なのだ、と言い出したことがありました。その嵌めた奴は誰かと聞いても、それはわからない、と答えるのです。トランプが都合の悪い事実を「フェイクニュース」だと叫びまくり、ウソを垂れ流す病理を私は理解しかねていましたが、どうも多くの人にとって「自分の信じていることは客観的事実に優先する」ということを知ってから、私もあまり親しくない人としゃべるときは、自分の信じていることは大っぴらに言わないようにしています。

バカの壁というのは「自分が正しい」と無自覚に信じることからきており、その危険を知ったからこそ「方法的懐疑」という科学の基礎となった思考法が生み出されたのだと思います。
ガザとイスラエルを隔ている壁は、実のところ、この「バカの壁」だと思います。明らかなのは、この壁は非常に強固であり、問題は、この壁を打ち砕くにはイスラエルが自らそれを打ち砕く努力をする必要があるのに、その兆候が見られないということではないでしょうか。こう考えると、村上春樹氏の「卵と壁」の比喩で"システム"と解説された「壁」とは、実は思考システムとしての「バカの壁」のことでもあったのではないかと感じた次第です。
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