今はまだまだ人生を語らず

温故知古、古きを訪ねて古きを知る

ジョージと私(その1) 極めて個人的な話

2020-11-28 22:56:49 | 人生を語らず
何年前の今日とか、誰かの誕生日とか、誰かの命日とかとんと苦手な
私なのですが、どうやら50年前の昨日、
邦題「ロック界に不滅の金字塔」ことAll Things Must Passが発売された
そうで、2020Mixが発表されたようです。

George Harrison - All Things Must Pass (2020 Mix / Audio)

2:54の Pass のボーカルに涙が出てしまいました。
正直、フィルスペクターの仕事を思いっきり否定していると思いますが、
それでも涙が出てしましました。

ちなみに、29年前の11/29は、私がジョージに会った日。
そして19年前の11/30はジョージが亡くなった日。日本の日付です。

で、今日、19年前のことをすごく思い出しました。この頃が人生の折返
地点だった気がするので、記しておくことにしました。でも未完に
なるかもしれません。

昨日、ちょっと会社のことでショックなことがありました。51歳
(もうすぐ52歳)なんですが、まあ、役職定年後の身の振り方を
考えなくてはいけないという歳になってしまったということです。

少し19年前に話を戻します。
私は25歳で会社に入ったので、31歳かな。納得いかない人事で
行きたくない子会社に転籍することが決まっていました。そもそも
その子会社に出向していることすら嫌でした。

プライドは高かったですが、自分の人生へのモチベーションは
それに伴っておらず、結果、努力を怠るタイプでした。

19年前の1月(もうすぐ20年か)All Things Must Passの
ニューセンチュリーエディション(2001年版)が出た頃、転職活動
をしていて、発売日に渋谷をうろついていました。渋谷タワーで
開店と同時にこいつの輸入盤が流れました。クリアな音像にもう
衝撃でしたね。一人立ち尽くして聴きました。
その日の夕方、秋葉原の石丸電気で予約分を回収しました。その時、
もうすでに店頭にはこの2001年版はなく、店員さんに聴いたら売り
切れだと。売り切れというよりかは、そんなに売れないと思い取らな
かったんじゃないかって思っています。

あの時、内定をもらったライバル会社のメディア部門に行こうか
迷っていましたが、同時に親会社に籍があるうちに社内転職しようと
画策しました。

なんであんなに必死だったかはもう分かりません。
でも、プライドが許さなかったのでしょうね。

11月中旬にリリースされたポールのDriving Rainにがっかりしていた
ていた時、夏頃に体調を崩していたジョージが亡くなりました。

夏頃にかなり体調が悪いと聞いた時はかなりショックでしたが、
ジョージの死を知った11/30午後3時、その日は淡々と仕事をこなして
帰宅しました。翌日は愛子様誕生でジョージのことはあまり大きく
扱われなかった気がします。12/1のお昼はかっぱ寿司に行きました。
行く途中のラジオで1回だけMy Sweet Lordがかかりました。

突然、私のビートルズの章は終わってしまいました。次の章に進み
たくても、次のページがないんです。

2001年の12月8日、ジョンのDVDを見ました。例のImagineのフィルム
DVDです。両親の愛情を受けないで育つということは本当に残酷なこと
なんだなあ、と思いました。







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