今はまだまだ人生を語らず

温故知古、古きを訪ねて古きを知る

入社2年目

2023-06-03 01:09:24 | 私は今日まで生きてみました
1348. Takuro Yoshida

こんなyoutubeをみつけてしまった。私の心のアルバム、もちろん42枚にも入っていて、拓郎さんではもっとも好きなスタジオアルバムの Long Time No Seeに参加したベースのLeland Sklarさんが、その時の思い出を語っています。マジで感動です。

バハマでレコーディングして、1995年6月に発売になり、全く売れなかったです。あの頃は、毎週末愛車プレリュードで辻堂と東京を深夜往復してまして、吉田拓郎のclub 25(日曜日25時から)をカーステFMで聴いていました。入社2年目、もうほとほと職場に、会社に嫌気がさしていました。

そんな折、Long Time No Seeで一緒にバハマでレコーディングした外人バンドを呼び寄せて、ツアーに出る!(7本くらいだったと思う)というので、10月に拓郎さんに会いに行くことにしました。雨の日の平日、もう日が暮れるのが早くなった秋、NHKホール。もう会社を辞めようって思ってましたので、10月に出たばっかりの20日間の有給休暇を早くも取りまくり。なので、その日は朝から独身寮で辞表を書いて、藤沢からトコトコ電車で彼に会いに行きました。
拓郎さんは前年の大晦日に、紅白(これもNHKホールですね)に出て、外は白い雪の夜を歌いました。正直、あまりカッコよくなかったです。だから期待していなかったですが、とんでもなく素晴らしいライブでした。日本語が通じない外人バンドをいいことに、のびのびと新曲を歌いつつ、時折、泣ける名曲を挟む構成。空席もそこそこある中で、もう過去の人だった拓郎さんの復活を喜ぶ熱いファン。

ハイライトはニューアルバムからの「永遠の嘘をついてくれ」。そう、中島みゆき姉がバハマでのレコーディングに出発する前日にこの曲のデモテープを送り付け、拓郎さんは内容がショックのあまり、出発当日に行くのをしぶったという曲だ。中島みゆきの「ファイト」を武道館でカバーしたことをきっかけに中島みゆきと会うことになり、そこで曲を作ってくれと依頼したというMCからはじまる意味深な曲。

引退を口にする拓郎さんに、「永遠の嘘をついてくれ」と。多分そういう意味なんだろう、中島みゆきらしいハッパの掛け方だ。

その後の拓郎さんの復活劇は凄まじかった。Love Loveやって、肺がんになったけど瀬尾バンドとライブを行い。ライブなんて全然チケット取れなかったもん。

そして2006年、つま恋でこの曲を2人で歌うなんて超サプライズでした。カッコ悪いところを中島みゆきに見せられないと思ったからか、無茶苦茶すごいボーカルです。

紫陽花

2023-06-01 21:59:53 | 私は今日まで生きてみました
紫陽花、梅雨の季節。紫陽花を見ると50年近い前の幼稚園に行っていた時のことを思い出します。嫌だった幼稚園。でも我慢して、雨のなか、紫陽花の前でバスを待って毎朝行っていました。躾けとか厳しくて、息が詰まる感じでした。自分が何組だったも、先生の名前も、同級生のことも何一つ覚えていません。紫陽花の咲くバス乗り場でバスを待つ、ということしか覚えていないです。

で、うちの近所に国旗を覚えさせて(少なくとも15年前はソ連の国旗があった)、自分の名前を漢字で書けるようにする、結構子どもからすると厳しそうな幼稚園があります。結構、親世代からは評判がいいようです。でも、うちの長男、次男は2人ともそこには行かせず、すごい緩い幼稚園に通いました。ズボンのポケットがなぜか前についていて、結構間違えて履いていきました。でも、怒られないんだよね。いい幼稚園でした。この幼稚園だったら私も行きたかったです。

でも、その幼稚園を卒園すると、結構な割合で小学校でつまずきます。そうだよなあ、国旗幼稚園は小学校に行っても困らないように調教しているんだもんなあ、のんびり自由奔放だと小学校に行って躓く。。。うちの2人も本当に小学校3、4年くらいまでは苦労してました。で、長男は児童会長になって先生たちとうまくやることに、次男は不登校で徹底抗戦(笑)。どちらも公立小学校に見切りをつけて中学は市外の学校に。独学で勉強して行ったので、塾費用とかかからず良かった。

偏差値的には、長男の行った方の学校の方が高く、とてものびのびやってましたが、次男はいわゆる中堅進学校で、ちょっと大変みたい。今、新聞で、「その宿題必要ですか」的な特集記事があって、中堅進学校はとんでもない量の宿題が出る特徴があるらしく、まあ、そんな感じ。で、次男は宿題をほとんど意味がないものだとブった斬り、やりたい勉強だけをやっている。学校側もさぞかし困ったのだろうが、今は結局それを認めているようで(笑)。

この社会はなんのために子どもに教育しているんだろうか。やっぱり会社に入って歯車として正確に働く人間を大量生産したいためなんだろうか。

あれから30年

2023-04-12 10:47:05 | 私は今日まで生きてみました
ポールのシャーロット1993のハーフオフィシャルを聴いた。
ああ、もう30年か、早い。

次男の人生の転機を聞いた。3つあるということだった。
・地元の小学校を離れ、私立中学に行ったこと。
 地元の中学に行ったら、バイク乗って今頃プー太郎だったらしい。
・中学で、選抜クラスにビリで入れてもらえたこと。
 成績は足りないが、なんかしゃべっている言葉が違うということで、おまけで
 入れてもらったらしい。
・コロナで自宅学習になり、全くやる気がなくなったら、選抜クラスで圧倒的な
 ビリになったこと。この時点で勉強だけはするようにした。

へえ、と思った。

で、自分の人生の転機ってどこなんだろう。

間違いなく30年前のアメリカ旅行は転機だった。
24歳、大学留年生、普通3年遅れは当時の企業は採用しない。で、私大文系。
予備校の講師かなと思っていた。で、GWにアメリカを旅行し、30年前の
帰国便で就活するか〜と思い、就活した。

あの旅行、あの時の出会いはサプライズ過ぎて、本当にあのタイミングで
よくあんなことがあったもんだと。









コーヒー

2022-11-12 11:02:19 | 私は今日まで生きてみました
パリの中古レコード屋さんに行った時のこと。案の定、開店時刻には現れないので、駅まで戻り駅前カフェでワインとピザを食べた。1時間くらいして戻ったがまだ閉まっている。でも少し待っていたら小さい車が路地に止まり、店主らしき人が出てきて、平謝り。海外の中古レコ屋は時間通りには開かないのだ。

その日は、シャルル・ド・ゴールからデュッセルに夕方向かうことになっていて、早朝すでにチェックインだけ済ませていた。あと1時間で空港に向かわないといけないという感じ。

でも、レコを観ていたら店主がコーヒーを淹れてくれ、ポールを観にフランスとドイツを旅行しに来たことを伝えると奥から沢山のビートルズのレコードを出して来てくれた。カタコトの英語で会話する、BGMはビートルズ。とてもすばらしい時間だった。ワインで少し酔っていたのもあったかもしれない。で、ジョンの魂のUK盤を1枚買って店を出た。

いまだにあの時間、空間、コーヒーの香りはなかなか再現できないでいる。



本質的な事以外残らない

2020-08-17 08:34:45 | 私は今日まで生きてみました

自分の身を削って自分の分身を創るアーティストだからこそ、時空を超えてその創作物が残るわけで、いや、その逆で時空を超えて残る創作物を生み出すためにはそれ相応に犠牲というか痛手を負うというか。

だから、サラリーマンの私は、いかにサービス開発や商品開発しても、そんなもの残らないわけです。いいところ作れるものは消耗品。それを作る人は、チューインガム。味がなくなったら「っぺ」、あれ逆か「ぺっ」、それでいいんだと思っています。

トイレ以外は不要不急。人生は自分自身も含めてやる事なすこと消費活動。
本質的な事以外残らない。

ただ一つ言えることは、本質的な事を残すことが幸福かといえばそうではないこと。不要不急の中にしあわせって沢山あるわけで。

世の中がこんなに荒んでいるのは、不要不急、消費活動が否定されつつあるからなんだろう。そんな風に思いました。

オリンピック

2020-07-18 08:41:59 | 私は今日まで生きてみました
内部留保もあるだろうし、都心の一等地で大学と病院持っているところが高々数億円のボーナスが払えないって、それを一転払いますって(笑)

個人的には、世の中落ち着いてオリンピックは開催してほしいけど、大歓迎ってわけじゃない。準備無理難題言われて大変だしね。それを心が一つとか、勇気を貰うとか、心から応援しているとか言われるとちょっとね。だって、私は見ないし。故障があったら会場に行くかも知んないけど。

きっとおバカな病院も、ボーナスゼロゼロにしても、ま、しょうがないかと諦めてくれるって思ったんだろうね。本当におバカ。うちの会社も同じような感じだけど。

本当に世の中、落ち着いて欲しい。コロナももちろんそうだけど、コロナに乗じて大騒ぎするやつ、一儲けしようとするやつもね。




私も出来ません

2020-07-14 22:33:08 | 私は今日まで生きてみました
体の柔らかいバレーをやっていた人が、オンラインのヨガで
「こんな風に体を曲げたら、私も曲がりません」
と言って、その後、
「こう言う風にしたら曲がります」と実践してくれました。

もう目から鱗。私も曲がりました。

それなりに一流だったり、プロだったりする人が 
「私も出来ません」
って失敗するコツを教えてくれるのって、本当にすごいですね。

なんか、自分も使えそう、って自慢できるものなんかないんですが。