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はな兄の1分で読めるエッセー

ふと脳裏に浮かんだ雑感を気ままに綴った日記

腎不全、忘れたころにやって来る

2025-08-24 03:19:23 | 病気

腎不全になったら現在は移植か透析しかないが

2060年には

ips技術とかで

自分の細胞を培養して

拒絶反応のない腎臓を作り

元の腎不全の腎臓と取り換え、めでたく完治

となる治療法が標準治療になるという。

 

すなわち

歯を抜いてブリッジとか入れ歯にするより

完成度が高い腎臓移植ができるわけだ。

いいなあ。

今の30歳以下の人は

そのことが約束されてるだけでも

幸せだよな。

35年後でしょう。

僕なんか

今ある腎臓を上記の方法で

また取り換える時には100歳近いから

そもそも寿命的にくたばっている。

 

でもさあ。

つらつら考えたんだけど

こんなことにはならないだろうけど

AIの活用もあって

医学が劇的に進み

腎臓だけでなく

あらゆる臓器、あらゆる血管、脳細胞、皮膚

20年後ぐらいには

体のすべてが新しいものに

置き換えられるようになったとしたら

年齢は80才だけど

体は23才となって(血管年齢、脳年齢、内臓年齢、皮膚年齢)

永遠の命を得られるということになるんじゃないかしら。

80才の80は

たんなる生れてからの年数を表す数字に過ぎないということになる。

そうなると

人類社会はどうなるんだろう。

 

ところで

私の透析時代は一人の患者に対し

770万円の費用が掛かっていたが

それから約20年後の今では

470万円だという。

日進月歩に発達してるというが

発達してないのは僕の収入で

現在は月に収入は当時のまま9万円である。

掛け値なしに

役所からの毎月9万円の収入しかない。

そのうち野良猫のエサ代に2万5千円使っている。

 

たぶん孤独死

いや野良猫たちに惜しまれつつ

のたれ死んでゆくのは火を見るより明らかだと思う。

 


ドリアより鍋の後のおじや

2025-02-11 02:57:09 | 病気

きのうNHKーBS1で

ミトコンドリアについて放送していた。

なんでも体内のミトコンドリアがエネルギーの90パーセントを作っていて

いわば発電所みたいなものだという。

ミトコンドリアを元気に保っていけば

すなわち若さを維持できて

ことによると不老不死に近い状況も実現できると言っている。

読者「じゃあ、ミトコンドリアを研究している製薬メーカーの株は

  狙い目かもしれませんな」

またすぐそういうことを考えるんだな、ちみは。

そんな薬ができるころには我々はとっくにあの世に旅立ってるだろ。

読者「しょうがないからドリアでも食べますか」

ボクはドリアは苦手なの。牛乳を使ったホワイト系は。

ホワイトシチューとかホワイトグラタンとかクリームパンも

スパゲティのカルボナーラも。バニラアイスも。

ケーキの生クリームも。とにかく牛乳は冷やしてゴクゴク飲む。これが一番。

チーズは大好きなんだけどね。

読者「牛乳と言えば

日本テレビの『ロンパールーム』で最後におやつタイムで

出場した園児たちが

美味しそうに牛乳飲んでましたよねえ」

おやつタイムというよりミルクタイムといっていい。

あのコーナーで牛乳の売り上げが30パーセント上がったというよ。

読者「あと、銭湯からあがって火照ったカラダで飲むコーヒー牛乳。

左手を腰に当て少し股を開いてゴクゴクと。

たまらないすね。私なんか『うめえうめえ」って呪文を唱えるように呟きながら飲んでました。いちご牛乳もあったでしょ。オレンジジュースも」

チェリオ?パンピー?でも風呂上りは

コーヒー牛乳が最高だと思うよ。ボクも。

読者「ごもっともです。

ところでそのミトコンドリアを元気に保つ方法ってのはわかりますか?」

そういうクスリを日本で開発してるらしいよ。

でも今、現実に我々ができるのは

ミトコンドリアに負担をかけ過ぎないってことぐらいかね。

大学生になったばかりで、1型糖尿病を発症する人がいる。

調べると新入生歓迎コンパなんかで

それまでアルコールを飲みなれてないのに

いきなり大量に飲まされてすい臓が変調をきたして

インスリンが出にくくなって1型糖尿病になることがある。

すい臓にあるミトコンドリアが傷ついたんじゃないかと思うんだ。

 


テレビが回復した

2025-02-06 02:12:08 | 病気

かあちゃん猫にとっては何匹めだかさだかではないが

今の子猫たちが1階居間で運動会をしていたので

もしやと思って

テレビの周囲を点検したら

白いコードが外れてました。

それをコンセントに差し込むと

地上波のテレビが鮮やかに映りましたよ。

にゃ~んだ。

子猫たちが外しちゃったんだ。

 

治るといや

ボクモ糖尿病とその合併症の腎不全が治ったわけど

より辛かったのは

それらのストレスからくる精神的病(やまい)でしたね。

精神に不安定を引き起こし

もはや病的と呼ばれるまでになる糖尿病患者は多い

とくに若い女性や真面目な患者に多い気がする。

なぜ糖尿病の合併症の一つに加えられていないのか

つくづく不思議だと思う。

ボクは強迫神経症になった。

1日に何回も手を洗うというやつだ。

難聴の進行で悩んでいたベートーベンもそうだったらしい。

しかしそういう土壇場の所で

『第九』という最高傑作が生まれたのだから皮肉なものだ。

 

ところで

そういう糖尿病患者の『七転八倒の奇行』について

家族の理解を得られるかというと

おそらく100パーセント得られない。

健常者たちは

せいぜい「糖尿病は甘い物を食べなきゃいいんでしょ」

なんてトンチンカンなことで述べて

知ったつもりになってるからだ。

そんな時自分を救うのは自分しかない。

重い腰をよっこらしょと上げ

当時、飯田橋にあった警察病院の精神科

加藤先生の診察を受けた。

先生に症状を説明し、さらに

「実は先週、父に『おまえは病気に甘えてるんだ。エチオピアの飢えた子供たちを見ろ。よっぽどお前より気の毒な子どもたちなんだぞ」と言われ殴られました」

と訴えると

数日後

加藤先生は父を呼び出し

コテンパンにしかりつけたという。

有難かったなあ。

一方、強迫神経症は

先生から処方してもらった薬で

目に見えて回復していったのだった。

精神の病気というと

つかみどころのなく

どうしてよいかわからなくなると思うけど

よっこらせと自らを奮い起こし

前へ進もうとする意欲さえあれば

なんとかなるって。

 

 

 


ご冥福をお祈りいたします

2025-01-29 01:06:33 | 病気

森永さんは頑張ったなぁ。

 

普通の人ならとっくに旅立っていたところを

持ち前の根性と

「世間の人に自分の考えを残しておきたい」というモチベーションで

この一年間

全力で走り抜いた。

 

素晴らしい人生の1ページだったと

ご本人も大満足の一年だったんじゃないだろうか。

年下の私がこんなこと言うのも偉そうで申し訳ないが。

 

森永さんはしょっちゅう「私ってモテないんですよね」

なんて言っていた。

何年前だったか

ニッポン放送の番組で

当時浮気が発覚したタレントの峰竜太に

「どうやったらそんなにモテるんですか」

と真剣な口調で質問していた。

後で森永さんに私が

「モテないモテないと言うけけど、森永さんには

いい奥さんも子供もいるじゃないですか」

とメールを出すと

「アハハ。まあそうですけど」

と返事。

笑ってる姿が浮かんだ。

 

『経済学』という

いかめしくて高いハードルを

わかりやすい解説で

跳びこえやすくさせてくれた功績は計りしえない。

 

67年の人生は長いとは言えないが

足跡は普通の人の100年に値すると思う。

 

 


最近気がついたこと

2024-01-16 17:26:07 | 病気

高校時代入院してたら

60代70代の同室の患者が

「最近さ、新聞で真っ先に読むのが死亡欄なんだよな」

「そうそう」

と、頷き合っていた。

私は

「へえ、そんなもんかいな」

と、今一つピンと来ていなかったが

最近になって、あの言葉が

心にズキンと突き刺さる。

 

 

ネットの有名人のニュースでも

突然死だのガンの話が多い...気がする。

いや、まてよ

最近特に(突然死やガンの)数が増えたということでもないんだろうから

たぶん

自分がそういうニュースに関心を抱きはじめ

ついつい視線を向ける回数が多くなっているから

すごく増えてきたような錯覚をしているのかもしれない。

 

ま、とにかく

明日は我が身

気をつけていて損することはない。

また、上記の当事者の

「あのとき、ああすれば結果は少しは変わっていたかも」

という言葉は貴重で

耳をダンボに目を皿のように注目すべきだと感じる。

自分にもいずれ参考になるかもしれない

と言ったら

イヤラシイ言い方になるが。

 

 

ところで

『江戸川不動尊唐泉寺』

をご存じだろうか。

ここは、ガン除けのご利益のある

お寺だそうだ。

住所は

江戸川区北小岩7-10-10

である。

 

 

実は...私は

 

8才(1969)から5年間

 

北小岩7-10-9

に住んでいたのだ。

えっ。

じゃアナタお寺の方?

と、問われるだろうが違います。

 

 

ここらは当時

自警会住宅という

2軒長屋の集合住宅群といえる一帯になっていた。

どんな住宅かというと

毎日、天井裏で

ネズミたちがドタバタと運動会をしている。

壁がひび割れていて

指でグリグリすると

粉を吹いて指がめり込む。

壁の中に植物の枯れたのが埋め込まれてる。

安っぽい白っぽいコンクリートみたいな瓦

木造建築というのは名ばかりで。

リンゴ箱の再利用かと見まごう板を

ミノムシのように張り付けただけの

時代劇のワンシーンで

高利貸しに踏み込まれ

病気のおとっつぁんと気立ての良い娘が暮らす

そんな住宅と言っても過言ではないボロ家である。

改修する予算が自治体や政府になかったわけじゃないだろうが

意図的に

ボロ屋にしておく必要があったのだと思う。

 

 

自警会住宅の人口はどのくらいなんだろう。

えーと。

1500人ぐらいかな。

全員が警察官およびその家族である。

ちなみに

江戸川の土手のすぐ近くだった。

江戸川堤を超えて

河川敷を見渡しながら

土手の上の道を下流方向に行くと

京成線の通る鉄橋があり

その鉄橋の下の河川敷に

『バタヤ部落』と私ら小学生が呼んでいた

ベニヤとかトタン屋根の家の集落があった。

 

いっちゃなんだけど

自動車所有率は自警会住宅よりも上かもしれない。

もちろんその中には

チリ紙交換や竿だけ屋の時に使用する商売道具の軽トラもあるが

高度成長期の終盤期の勢いもあって

普通の自家用車も数台

土手の上から眺めたりしていた。

一方、自警会住宅はめったに自家用車は見かけない。

そもそも置くスペースがない。

 

 

さて。

もしドローンが当時あって

ここらを上空から撮影したとしたら

 

『バタヤ部落』と自警会住宅の間に

江戸川堤があり

逆に後ろを振り返り、自警会住宅の背後に

一般住宅そして学校、駅、商店街が広がっている。

と。

この状況を冷徹に考えてみると

この自警会住宅というのは

バタヤ部落と一般住宅街との

『緩衝材』といったら変な表現だが

そういう役割を担わされてきたんじゃないだろか。

我々小学生は

夏休みの河川敷グラウンドでの

少年野球大会などで

交流はあったが

年配の人ではまだまだ

偏見で見る人が多かった時代だから。

したがって

その子ども、孫の世代になり

小岩~松戸あたりの

リサイクルショップやお掃除代行サービス会社

ビルメンテナンス会社などに衣替えし

当然、この部落もなくなった。

ほぼ同じころ

自警会住宅群もなくなったのだと推測される。

 

しかし

 

なぜ

 

ガン除けの寺が

私が住んでいたところにできたのかは

いまだ謎である。