ガンバレ、ニッポン

なんか、不安定なニッポンですね。

フィリピンの慰安婦問題は解決したのに韓国はなぜ? 30年関わった日本人が語る「韓国政府の妨害」

2020-06-30 07:09:02 | 韓国
アジア女性基金からは200万円日本政府から300万円、安倍政権下で10億円、、

元慰安婦の方々に支給されている。

それでも、謝れ、償いをしろと叫ぶ韓国、

そもそも朝鮮人慰安婦は朝鮮人が経営していたと把握しています。

貯金してダイヤモンドなど高額な商品を買っていたり韓国に送金して家を建てたとも。。

日本人慰安婦もたくさんいて朝鮮人慰安婦より高額であった。

朝鮮人慰安婦にするか日本人慰安婦にするか迷うが高いけど日本人慰安婦に決める若い兵士、母親の面影を見て添い寝する若い兵士。

日本政府の怠慢でウソだらけの朝鮮人慰安婦を作り出してしまった。

韓国人のしたたかな商売として定着、慰安婦像で儲ける芸術家は学校に設置された慰安婦像に対して

著作権侵害にあたると撤去を求めた、ようは俺に金をよこせという事だろう。

日本からの10億円で創られた日韓慰安婦財団が解散、残りは5億円らしいがどうなるのやら。

慰安婦支援団体の内紛では正義連前理事長の尹美香(ユン・ミヒャン)が私的に金を使っていたことが表ざたになった。

慰安婦支援団体の不正疑惑問題は韓国内に激震が走る。

韓国政府の大嘘は70年以上、反日教育が行われている。

日本に来た韓国人の若者は反日教育の教わった日本がまったく別物と気が付く。

そんな若者が増えることで日韓関係の改善に繋がると思うのだが、、、

根本的に「民度」が全く違うミンゾクなので分かち合えるだろうか?








ソースから

挺対協による「アジア女性基金潰し」
1997年、アジア女性基金は金田きみ子さんを含む7人の元慰安婦に償い金を渡しました。最初に受け取った7人を挺対協は「日本の汚い金を受け取った」と苛め抜きました。

 アジア女性基金からは「償い金」として200万円、そして国費から「医療・福祉支援事業」として300万円、計500万円が元慰安婦に支給されました。

「医療・福祉支援事業」としての300万円は事実上、日本政府が責任を認めたお金だったと言っても良いでしょう。しかし、挺対協は国民募金から払われた「償い金」の200万円だけを俎上に上げ、「アジア女性基金は、日本政府の責任を曖昧にし、責任を国民に押し付けるという誤魔化しだ」と糾弾を続けた。都合の悪い事実は無視し、平気でウソをつくというのが彼女らのやり方なのです。

 韓国政府は挺対協の意向を受ける形で、元慰安婦に対して3600万ウォンの支給を決めます。アジア女性基金潰しのためです。

 アジア女性基金の原文兵衛理事長は「韓日で払う形になっても構わない」という決断をし、基金からも「(日韓)両方もらう形になっても構わない」というメッセージを出しました。

 98年冬にはTBSソウル支局を元慰安婦たちが訪れて「基金を受け取りたい」と表明しました。その後も、「韓国従軍慰安婦被害者・遺族会」代表の権台任氏が、読売新聞の取材を受け同会所属の元慰安婦10人の基金の受け取りを表明。日本大使館に問い合わせをする人や、アジア女性基金に電話をしてくる人などが急増しました。

 多くの元慰安婦が「韓国からも支給を受けたが、基金のお金も受け取りたい」と問い合わせをしてきたのです。

IMFショックで支給金が倍増する“事件”も
 最終的には61名の元慰安婦がアジア女性基金からの支給を受けました。97年のIMFショックもあり、後で基金の支給を受けた元慰安婦は手にするお金が倍増するという“事件”もありました。

 金田さんらは、最初にアジア女性基金から償い金を受け取りました。彼女ら手にした500万円は韓国ウォンに換金すると約3300万ウォンになりました。

 ところが後で受け取った元慰安婦は、韓国ウォン暴落によりレートが変わり、同じ500万円でも、受け取るウォンはおよそ倍額の約7500万ウォンになったのです。韓国政府の支給金と併せるとおよそ1億1100万ウォンを受け取った元慰安婦もいたはずです。

 金田さんはそれを聞いて「私たちには運がなかった」としょんぼりしていました。

 でも彼女らの意思はお金だけではなかった。金田さんはよく私にこう話していました。

「戦争というのは終わってみれば結局、死と貧しさしか残さない。戦争をしてはダメだ。平和の中で暮らし、死んでゆくと考えるべきです」

フィリピンの慰安婦問題は解決したのに、韓国はなぜ?
 慰安婦問題を解決するために設立されたアジア女性基金が、なぜ失敗に終わったのかーー。

 大きな要因の一つは韓国政府が非協力的であったことです。例えば韓国とフィリピンの例を対比してみましょう。

 アジア女性基金ではフィリピンの慰安婦問題についても取組みを行ってきました。フィリピン政府は独自に慰安婦調査(戦地でのレイプ被害も含む)を行い、証言の審議の検証が行われました。フィリピン政府は全ての調査記録を基金側に提示(一般には非公開)してきました。

 フィリピンの元慰安婦支援団体も問題解決については協力的でした。元慰安婦支援団体である「リラ・フィリピーナ」は、基金についてこう、こう声明を出しています。

「元慰安婦の方々が女性基金を受け取ろうが、拒否しようが、私たちは両方のおばあさんを支援していくつもりです」

 アジア女性基金はフィリピン政府の記録に基づいて「償い金」支給事業を行い、2002年までに211名の元慰安婦やレイプ被害者に対する補償を行いました。こうしてフィリピンの慰安婦問題は「解決」したのです。

 逆に韓国政府はアジア女性基金の活動を妨害してきました。

 基金幹部は韓国政府が1993年から「慰安婦認定書」を出していたことすら知らされていませんでした。元慰安婦から認定書の存在を聞き、初めて韓国政府が慰安婦認定を行っていたことを知ったほどです。
 基金サイドはどこに元慰安婦がいるのかも知りません。そこで新聞広告等を出して、手探りで募集等を行いました。償い金の支払い申請対象は、「慰安婦認定書」を持っている方としました。

 韓国政府の「慰安婦認定」についての疑問は前回の連載でも指摘した通りです。
「償い金」を受け取った女性たちに脅迫電話
 私の経験も明かしたいと思います。

 アジア女性基金は97年1月に7人の元慰安婦に対して「償い金」と「首相のお詫びの手紙」を渡しました。この7名の元慰安婦に対しては、韓国内で激しいバッシングが起きました。「汚い女だ」、「殺してやる」との脅迫電話が2か月あまりも続くような状況になってしまったのです。

 韓国政府担当官も、彼女らをこう脅したそうです。

「(基金を受け取ったハルモニには)毎月政府が支給している50万ウォンを打ち切る。また、今住んでいるアパート(貧困者用の公団)も出て行ってもらう」

 彼女たちは孤立し苦しい立場に追い込まれてしまいました。 前にも述べたように 、韓国名を非公表にしていた金田きみ子さんの本名を、挺対協や韓国政府はマスコミに公表しバッシングを続けました。7人の元慰安婦は人権侵害行為にも近い迫害を受けたのです。


「漠然としすぎている……」慰安婦慰労旅行での出来事
 私たちは7人を慰労しようと考えて日本の温泉に招待しました。伊豆、箱根を巡る1週間の旅行です。せっかくだから、実態調査も行おうということになりました。

 私はある慰安婦とタクシーに乗り、雑談がてら「どこの戦地に行かれたんですか?」と聞きました。

 彼女はニターと笑い、手帳を見せてきました。

〈昭和18年南洋群島〉

 手帳には日本語のメモ書きが書かれてました。彼女ではない誰かが書いたことは明らかな字でした。

 南洋群島というのは漠然とし過ぎています。その土地の慰安所で生活をしている訳ですから、地名や島名を知らないのは不自然です。

 例えば姜順愛さんは、7人の後に償い金を受け取ることになりましたが、南洋群島のパラオと地名を正確に答えています。
 その後も調査で、どのような経緯で慰安所に行くことになったのかを聞いても「小さい船で太平洋に向かった。長い時間がかかった」と漠然とした話が続きます。いくら聞いても基本的な事実が出てこないのです。

 私が頭を抱えたのは、質問を続け次の言葉を聞いたときでした。

――慰安所では日本名はあったの?

「日本名はない」

――では、ハルモニは日本兵からは何と呼ばれていたんですか?

「〇〇(苗字)ヨサと呼ばれていた」

 〇〇ヨサとは〇〇女史という意味です。先生を意味する敬称で、慰安所で使われていたとは考えにくい。もちろん彼女は韓国政府の慰安婦認定書を持っています。はたして韓国政府がどのような調査をしたのか、疑問を感じました。

 日本政府は韓国政府に要求して独自の慰安婦調査をすべきだったのです。結局、慰安婦問題において正しい事実確認が出来ていないことが、後々続く不毛な論議の蒸し返しを招いたのです。

 アジア女性基金では国民募金のお金を使った訳ですから、尚更その中身について確認、説明できるようにしておくべきだったと思います。

「挺対協ばかり見ている」アジア女性基金側の姿勢
 もう一つの問題は基金側の姿勢です。

 アジア女性基金の元専務理事の和田春樹・東京大名誉教授は「国民的な和解に失敗した」と無念を口にしました。和田氏は知韓派の学者でしたが、アジア女性基金では挺対協の方ばかりを見ていました。尹貞玉氏や尹美香氏とも密に交流をしていました。

 しかし挺対協の幹部は元慰安婦でもなければ、実被害者でもありません。カウンターパートを間違えているのです。

 元慰安婦の金田きみ子さんと和田氏が話し合いをしたことがありました。金田さんはこう聞きました。

「なぜ挺対協の方ばかりと交渉をするのか。もっと元慰安婦の話を聞くべきじゃないか?」

 和田氏はこう答えたそうです。

「挺対協は良くやっていますよ」

 金田さんは頭にきて和田氏にコップの水をぶっかけたそうです。結局、和田氏はハルモニ達の気持ちを最後まで理解しようとはしなかった。 知識人故の言葉遊びに終始し、慰安婦問題の深淵に踏み込もうとはしなかったのです。

 韓国政府が調査内容を明かさなかったこと、そして日本側が被害実態を把握しないまま「償い金」事業を行おうとしたことが、慰安婦問題の解決をより困難なものにした原因だと私は考えています。

 アジア女性基金への妨害活動を通じて挺対協はますます発言力を強めていきます。やがて日韓歴史問題は市民活動家達によって牛耳られていくことになるのですーー。


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