うつが融けている気がしている。
それは,少しは,まともな本を読むことができる集中力が戻って来たことにも表れている。私の面倒な新規の仕事は,「解き方を考えて(これは時間がかかるが),解き方がわかったら」集中力で一気に片付けるということが多い。そういうやり方が,うつになり易い一因なのであろうとは思っているが,五十路を過ぎて,今までのやり方を変えろと言われても,それは,とても難しい。
幸いなことに,休職も11ヶ月ともなると,頭の中の状態も変わってきたようで,少し,まともな本も読むことができるようになった。
しかし,この記事の『ジョージ・フリードマン著 新・100年予測』は「まとも過ぎた!」
謝辞・解説まで含んで419頁しかない本である。その本を読み切るのに,12日間を要した。その間,他の本を読んだりはしていない。この本だけに集中した。
日本の書名が『新・100年予測』となっているが,この本は,100年予測ではない。欧州の現代史の本である。よって,英語の原題の方が,本の中身を適切に表している"FLASHPOINTS The Emerging Criis in Europe"。私のプアな英語力で直訳すれば『発火点 欧州の切迫した危機』となるであろうか?
新・100年予測――ヨーロッパ炎上 | |
ジョージ・フリードマン著 | |
早川書房 |
本書が原題と異なる日本語の書名となったのは,著者のベストセラー100年予測 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)があり,出版社の営業的な判断であろう。
しかし,本書に書かれている内容は,英語の原題である"FLASHPOINTS"についてである。しかも,欧州に限定してである。
著者は前著100年予測 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)において,今後100年はアメリカの世界であり,日本,トルコ,および,ポーランドに注目する必要があると記している。
しかし,本書においては,近・現代文明を創りだした欧州が,第一次世界大戦以降,崩壊の危機にあるという論述をしている。しかも,欧州の大国であるドイツ・フランス・英国を中心ではなく,バルカン半島であったり,コーカサスであったりと欧州の境界線上に着目して,論述している。そして,EUの今後に期待しながらも,悲観的な見方をしている。
本書を読むのに時間を要したのは,現代を記述する後半のためではなく,欧州の崩壊が,第一次世界大戦から始まったとすることを語るために,欧州の大航海時代(それはポルトガルから始まるが)から記述しているためである。著者の歴史観が,そこに記されていることになるのであるが,私の歴史観とワンセンテンスごとに確認しながら読み進めなければならなないという作業が必要であったためである。
幸いなことに,著者の歴史観と私の歴史観に大きな差はなかったと思う。ただし,引用される私の知らない詩や戯曲の一節は,悔しいことに読み飛ばすしかなかった。
著者は,1913年の第一次世界大戦から1945年の第二次世界大戦終戦までの32年間に欧州において1億人もの死者が出た戦争が,なぜ起きたのかを執拗なまでに語る。そして,今の欧州はその悔悟のためEUをアメリカの支援を受けながら作ったとしているが,それが今後も継続可能なのかと疑問を提示する。
EUの継続可能性が疑問とすべき理由は,経済大国のドイツとその他の国(主に南ヨーロッパ諸国であるが)の利害が同じではない。EUはまとまっているようで,実は,各国の主権を残したままであり,ユーロはドイツの意向が反映されやすい。しかし,失業率の高い他国は,公共事業などによる景気対策(つまり赤字国債を発行して公共事業を行うこと)をしたいと考えている。2015年にニュースで大きく取り上げられたギリシャ債務危機の背景をそのように説明する。
そして,EUの地理的拡大は,ロシアの恐怖になり得るとする。第一次世界大戦も第二次世界大戦もドイツがフランスとロシアから同時に攻撃される恐怖から起きたものだと語る。本書には,人個人であったり,主権国であったりと対象は色々であるが,『恐怖』という言葉が何度も繰り返し出てくる。
普通の歴史書(文献等を調べて確認できた事実から考察した本)に恐怖という言葉は滅多に現れることはない。それが出てくるのは,小説家が書く本である。
さらに,著者は,人々の暮らしの記憶は,簡単には消えないと記す。ドイツとフランスの長年の戦いの記憶は消えることはないであろうし,英国の大陸との関わりかたも,過去の記憶をないものにはできないであろうということである。また,EUが発足した同じ年に,バルカン半島においてユーゴスラビアが崩壊し内戦状態となったが,それも,人々の消し難い歴史の記憶(それは,一般に文化と呼ばれるのであろうが)によるとしている(著者の言葉通りではない)。
本書から引用したい部分は沢山ある。ヒトラーがなぜドイツにおいて現れ,ドイツ人は熱狂したのかということや,第二次世界大戦後のフランスにおいてドゴールが何を考えていたかや,現代のロシアにおいてプーチンがどのような背景から頂点にいるのかなど,様々だ。
しかし,それらよりも,以下の一節が,本書の特徴を最もよく表していると私は考えた。
著者がサラエボの小さなホテルに宿泊し,ホテルの女主人から,内戦の時のことを聞き出した時の女主人の言葉である(著者は女主人から戦争のことを聞き出すのに苦労したらしい)。
「ここでは,いくらお金があっても戦争が起きないとは限らないんです。この平和もいつまで続くことやら」,
そして,彼女はさらに,
「戦争はまたいずれおきます。でも,とりあえず今はホテルを持っている。それだけです。」
アメリカの一流シンクタンクの社長である著者が本書の結論としていることを,サラエボのホテルの女主人は自分の経験と民族の歴史の両方によって理解している。
読むのに時間を要したのも無理はないのである。
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