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『人類5万年 文明の興亡~なぜ西洋が世界を支配しているのか~』を読んだ記録

2016-02-29 09:08:28 | うつ

人類5万年 文明の興亡(上): なせ西洋が世界を支配しているのか (単行本)人類5万年 文明の興亡(下): なぜ西洋が世界を支配しているのか (単行本)を一気読みした。

人類5万年 文明の興亡(上): なせ西洋が世界を支配しているのか (単行本)
イアン・モリス著,北側知子訳
筑摩書房
人類5万年 文明の興亡(下): なぜ西洋が世界を支配しているのか (単行本)
イアン・モリス著,北側知子訳
筑摩書房

 正確には,一気読みとは,言えないかもしれない。なぜなら,上巻の200ページには1week程度かかったからだ。しかし,そのあとは,斜め読みもいい加減にしろというほど,そう,1ページを数秒で読み飛ばした。下巻に至っては,15分もかかっていない。

結論を言えば,この本を『日本人が読む必要はない。』

著者はスタンフォード大学の考古学教授である。生まれは英国であり,ケンブリッジ大学において考古学の研究によりPh.Dを取得している。学術的な権威である。

著者が日本語版において,上下巻合わせて848頁(索引等を含む)もの大著を書いたのは,おそらく,著者の学術的知見(考古学を中心として著者が関与していると言っているスタンフォード大学の社会科学史研究所や考古学センター)とヒューマニズムが,主にアングロサクソン人,もっと特定してしまえば,英国人の思考の底流にある「人種差別主義的思考」にくさびを入れたかったからであろう。

よって,本書は,英国の教養人向けに向けて書かれた本である。東洋人である日本人などを読者として想定したものではない。

著者は,その豊富は考古学と人類学や生物学の知見を基に,現生人類(ホモサピエンス)は西洋人も東洋人も同じであることを,学術的知見を示すことにより論述する。それは,西洋人が自分たちだけで議論していきた,「西洋人は東洋人よりも優れいる」ということの『「長期固定」理論』と『短期偶発論』の両方がともに誤りであることを,現在知り得る事実を基に示すためである。

しかし,私のような日本ドメスティックな人間は,東洋(主に中国)と西洋(主に西欧)の歴史を両方知っている。それらが,両方とも,日本の文明・文化に大きな影響を与えていることを日常の生活で知り尽くしている。著者の西洋人の定義は曖昧であるが,おおよそ,今のイラクやシリア,トルコや西欧+米国+カナダ+オーストラリア+ニュージランドまでを含んでいる。ただし,時代によって,その定義がコロコロと著作の中で変化する。西洋人(私は,広い意味での西欧人というべきだと思うが)は,東洋に対して,エキゾチックな思いを抱くらしいが,それれは,西欧人が,東洋の文明・文化の影響を受けずに生活してきたということに他ならない。つまり,彼らは,西欧という狭い島の中で長く暮らし,未だに,精神的には,その島国の中にい続けているということである。

本書を読みたい方には,As you likeというしかないが,積極的にはオススメしない。時間の無駄だからだ。上巻の考古学の知見の羅列は,読むべき価値はある程度あると思うが,下巻の,西洋と東洋の文明を定量化して,その優劣を評価しようとする試みは,著者の単なる提案であって,一般性を有するものではない。

本書を批判するのには,どのようにすれば良いか,1時間程度考えたが,以下の点に集約できると考えた。

1.本書の副題は「なぜ西洋が世界を支配しているのか(原題では"Why The West Rules - Fot Now")」 であるが,この題名の前提そのものが間違いである。西洋が『支配』しているのではない。西洋が『征服』したのが現在の世界なのである。支配と征服は大きく意味が異なる。西欧人は,自らの利益のためにアフリカに始まり,インド亜大陸,東南アジア,東アジア,そして,彼らが言う新大陸である南北アメリカを『征服』したのである。よって,本書が執筆された動機が,被征服民(これは,文明・文化的に征服されたも同然の日本にも当てはまる)について配慮されない。西欧人,もっと特定すれば,大英帝国を築いた英国人が,自身の精神的安定のために使いたい「支配(rule)」という単語であるが,それを,「征服(qonquer」と言われれば,彼らの自尊心は少なからず傷つくであろう。

しかし,16世紀以降の世界史を考えれば,「支配」ではなく「征服」である。

 

2.本書は考古学者が書いただけあって,可能な限り客観的に書く努力がなされている。考古学的な発見の列挙,人類学の知見,そして,文明の定量化の提案などだ。しかし,歴史には,人の感情が大きく影響する。本書とほぼ並行して読んだジョージ・フリードマン著「新・100年予測――ヨーロッパ炎上」においては,歴史の動きに,人,そして,国家が動く動機として「恐怖」があると繰り返し主張する。同様に西洋を扱った本であるが,私としては,『恐怖感』という感情を行動の動機として捉えるフリードマン氏の歴史観に,共感する。

新・100年予測――ヨーロッパ炎上
ジョージ・フリードマン著
早川書房

 

3.本書(五万年の方)は,歴史の不連続性について配慮されていない。これは,西洋人優越性の理論である「長期固定理論」に対する反論のためであると考える。しかし,西洋と一口に言っても,古代ローマ人と現代の西欧人には遺伝的なつながりは薄いはずである。西暦3世紀の古代ローマは100万人を超える大都市であったが,西ローマ帝国滅亡の5世紀半ばには数千人まで減少したと言われている。そして,暗黒の中世と言われるキリスト教に束縛された西欧は,現代の西欧人のアイデンティティを支える「ギリシャ哲学」や「ローマ法」を異教徒のものとして,1000年以上にわたって封印し続けた。彼らが,その意義を改めて見出しのは,13世紀に,カトリックローマ教会(と,いうかローマ教皇)と激しく争った神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世がナポリ大学を創設して以来である。アラビア数字を導入したのもフリードリッヒ2世であるが,ローマ教会は,異教徒の文字として拒絶した。つまり,西欧人のアイデンティティを支えるギリシャ哲学やローマ法などは,西洋なのか東洋なのか,著者の論点では不明確であるが,彼らが生み出したものでもなく,単なる輸入品である。それは,ルネサンス三大発明と言われる,活版印刷,羅針盤,および,火薬においても同様である。

今,そこに住んでいるからといって,その人たちの歴史が,古代から連続性を有するものではない。このことには,おそらく,人が住む全ての土地に例外はないであろう。英国でさえ,ユリウス・カエサルがガリア征服の一環としてドーバー海峡を渡るまで,ローマ人の領土ではない。そして,今,英国に住んでいる人たちでさえ,ずうっと,そこに住んでいた原住民の子孫ではない。

そのことを,西欧において最も象徴する場所は,イタリアのシチリア島であろう。シチリア島の歴史は複雑であるが,今は,主にゲルマン系の人が多く住んでいる(ノルマン人のことを示す)。

 

4.著者は下巻において,エネルギー消費量,都市化,および,情報伝達速度を古代から数値化し,西洋と東洋の定量化を試み,それらが,あるときは東洋が優勢で,あるときは,西洋が優勢と議論する。この議論は,もっともらしい。しかし,斜め読みした限り,それらの数値を正規化したようには思えない。何を言わんかとすれば,人口が世界で1億人もいなかった古代と,70億人を超えるとも言われる現代において,それらの数値を生のまま扱っても,考察できることは限定される。指数関数的なグラフを幾つも掲載しているが,そのようなデータは,多くの場合,正規化して,摂動がどう全体に影響したかを考察しないと,全体の関数の特徴は見出せないことが多い。指数関数的なグラフは,その関係が発散的な傾向を示しているからである。これは,非線形性を示すデータを評価するための数学的に基本的は手法である。指数関数のグラフからは,傾向は見えても,実態は見えない。

5.最後に,著者は,西洋の定義を最後まで曖昧なままとする。一方,東洋の代表として中国(中華文明)に着目する。これは,大英帝国の歴史から考えてフェアではない。東洋を論じるのであれば,中華文明と併せて,インダス文明にも多くのページを割くべきである。なぜなら,インドこそ,大英帝国の富を生み出した『征服地』だからである。そして,インドはまさしく名実ともに「征服」できたが,中国は明示的に征服できなかったのか?と,いうことが歴史を考える上で,重要なはずである。そのことについては,タミム・アンサーリ著『イスラームから見た「世界史」』が示す西洋でも東洋でない『ミドルワールド』が世界史の中に重要な役割を持ったということの方が,多くの示唆を与えてくれる。日本人が読むべきとしたら,こちらの本である。

イスラームから見た「世界史」
タミム・アンサーリ著
紀伊國屋書店

 以上。
※補足:私は別に欧州が嫌いではない。行きたい場所は,たくさんある。しかし,なぜか,パリとロンドンには惹かれることがない。なぜであろうかと思うと,イングランドとフランスの間の,1000年以上にわたる権謀術数と数え切れない戦争の歴史のためであろうと思っている。今は,平和なロンドンとパリであろうとも,彼らの戦争の歴史(それもほとんどが領土争いか王権争いである)を考えると,その遺産を見たいと思わないのだ。 



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