峠を越えてもまだ先がある

谷 和也 シニアの挑戦 ゆっくりマイペースで

翻訳本

2009年10月14日 | インドネシア語
 読書の秋。インドネシアの小説に興味を持ち、チャレンジしている。でも、お恥ずかしい語学力ゆえ、辞書を頼りに長編を原書で読むのは大変である。翻訳本なら時間的に随分楽をさせてもらえる。かなり古い出版になるが、ちょっとしたきっかけで訳者から翻訳小説の寄贈を受けた。また、それとは別に図書館で著名な作家の「短編」を見つけた。簡単に2つの作品を紹介してみたい。

 ◆『ジャカルタの黄昏』(原題「SENJA DI JAKARTA」。著者モフタル・ルビス、粕谷俊樹訳、1984年10月第1刷、井村文化事業社刊、勁草書房発売、283頁)

 舞台は独立して間もないスカルノ政権下。ジャカルタの街の政治家、官僚、企業家、ジャーナリスト、貧困にあえぐ庶民ら、さまざまな姿をドキュメンタリー風に描く。「5月」から翌年の「1月」まで。時が流れ、混乱した中で、それぞれの人々の生活の移り変わる様を同時並行で描写している。社会の断面を切り取り、繋いでいく映画のよう。「主な登場人物」だけでも結構多く、扉の後ろに一覧表にしてくれているのはありがたい

 Mochtar Lubisはスマトラのパダン生まれ。インドネシアではジャーナリスト・作家として知られた。04年7月2日、82歳で亡くなっている。権力と戦い、報復の逮捕や発禁処分も受けた。この作品は自宅軟禁の58年から59年にかけて執筆。フィクションと断っているが、登場する記者は、作者自らを投影している。

 ◆短編の方は『イネム』(原題「Inem」。著者プラムディア・アナンタ・トゥール、佐々木信子訳。1981年3月初版、「世界短編名作選 東南アジア編」新日本出版社に収録)

 貧しい家庭の8歳の女の子イネムに結婚話があって、親が応じる。結婚とはどんなものかもわからぬまま挙式。でも、やはり悲劇だった。嫁ぎ先で“虐待”を受けた。逃げるようにして離婚。元の隣家のお手伝いさんに戻りたかったが、それもかなわない。9歳での出戻りに、周囲から救いの手もなく…。

 作者のPramoedya Ananta Toerはジャワ生まれ。インドネシア最高の小説家としてノーベル文学賞候補にもあがったが、06年4月30日、81歳で死去した。独立戦争期にオランダ軍に逮捕されたり、スハルト政権下で政治犯の烙印を押され流刑生活を送るが、旺盛な創作意欲で次々大作を発表した。そして、こんな短編も書いていたのだ。

 翻訳されたお2人は、ともに大阪外国語大学インドネシア語(現・大阪大学)を卒業。その後、関西、関東の異なる大学で教鞭を執られ、ほかにも何冊か翻訳本を出されている。面識はあるが、翻訳の裏話は直接には聞いていない。

 翻訳の仕事は他人の作品だけに、きっと細かい神経を使うことだろう。我々が教室で試みてきた単なる和訳とは大違いのはず。第一、誤訳などはとんでもない失礼なこと。日本語としても、なめらかな文章になっているよう求められる。そんなことを思いながら、2つの作品を読ませてもらった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする