連句通信113号
2007年1月21日発行
<狂句>のこと
おおた六魚
先日無名会で「小川芋銭(イモセン)の句はどうたらこうたら」と話していたら、「この人は、ウセンと呼ぶのよ」と和子さんに教えられた。確かこの号は、芋を買う銭くらいは何とかしたいという諧謔でつけたものという記憶があり、イモとして刷り込まれていたのだろう。
ところで以前『冬の日』の、前書きのついた有名な発句についてもそれに近いことがあった。
<狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉>
のことだ。
これを露伴は『評釈冬の日/1924』で、芭蕉の字余りの他の異体の句を引用しつつも「狂句木がらしとは如何にしても続かず」とし、「漸く一家の風躰を成さんとする時」にこんな句を「いふべくもあらず」としていた。句頭の<狂句>は句の前書きの最後に送っても辻褄はあうので、誤写なのかなぁ、とわたしは疑わなかった。
ところがである。安東次男の『芭蕉七部集評釈/1973』 (集英社版)によると、「<狂句>は風狂の句を作って」の意味で、連衆への挨拶として捉え、「<狂句>と<こがらし>は不可分」としていた。更に安東は、集英社版を絶版にした上で『風狂始末/芭蕉連句新釈/1986』(筑摩書房版)を出す。そこでも、露伴や樋口功の解釈を「近代における注釈の最初の労作」であることを認めつつも退けて、「<狂句こがらしの身>は、語法、礼法のどちらから眺めても納得のいく遣方である」とした。「句を以て名告とするなら」「私も竹斎同様、あたら花のあるあなたがたを枯らしかねない、という虚実含を利かせた謙退の挨拶も読みとれる」そして「この伝達にも<狂句ヲモッテ>(という挨拶)は要る」ところだと言い切っているのだ。
露伴の刷り込みがあるわたしには、安東の評釈は深読みのし過ぎとしか思えなかった。だが80年代以降を見ると、東明雅・乾裕幸・白石悌三・暉峻康隆・中村俊定・尾形仂・上野洋三・堀切実等々は何れも安東説かそれに近い。しかし多数決がどんな場合でも正解とは限らない。地下の露伴先生 ! 最近はどうお考えなんでしょうか ?
二句表 「揚げ稲穂」 奥多摩河鹿園に於て
おのこ三人(みたり)女六人揚げ稲穂 杉浦和子
秋の別れの水際の席 古賀直子
ウラ
ヨーデルを歌えば月の上りきて 峯田政志
杉の木立の梢眺める 古谷禎子
苔むした馬頭観音頭かけ 梅田 實
温突炊いて軽くいっぱい 星 明子
息白し北朝鮮の核実験 玉木 祐
いじめて威張るガキ大将は 藤尾 薫
ナオ
公園にドンジョヴァンニも現れて 坂本統一
くぐり戸少し開けてあるのよ 和子
行水の君の眩しい月明かり 直子
祭太鼓の響き勇壮 政志
垂直に聳えるような石の階 禎子
操作慎重ハングラの翼 實
ナウ
おままごといつも仲良し花拾う 明子
合格通知くる春日和 祐
2006年12月2日 首尾
二句表 「変哲も無き日」
変哲も無き日を重ね冬ぬくし 梅田 實
騙絵のよう小雪の月 玉木 祐
ウ
観音の後姿が優しくて 古谷 禎子
フォションの紅茶のみど滑らか 坂本 統一
野遊びに繰り出す新車磨きあげ 古賀 直子
花の吊橋駆けぬける子等 藤尾 薫
先生の次のシラバス手渡され 峯田 政志
噴水で待つアメフトの彼 星 明子
ナオ
人知れず捥ぐ裏庭の夏蜜柑 祐
生垣潜り通う三毛猫 實
月仰ぐ清少納言文机に 統
ワインウォッカ鰯の酢漬け 禎
城跡に邯鄲を聞く沁みじみと 薫
同行二人足の向くまま 直
ナウ
往還に舞来る花の音もなく 明
うららかな文字躍る床の間 志
2006年12月2日 首尾 於永山
二句表 「多摩の山々」 膝送り
小春日や多摩の山々華やげり 峯田 政志
寒猿の啼く淡き上弦 星 明子
ウ
レストラン親子三人賑やかに 梅田 實
好きな作家のバッグ集めて 玉木 祐
風光る海のうるわし遠き船 古谷 禎子
佐保姫立ちて尿する丘辺 坂本 統一
花組のトップスターに一目惚れ 古賀 直子
舞う初蛍手を取りて見る 藤尾 薫
ナオ
時平に妻をとられて汗をかく 明子
万葉仮名を読めぬ警官 政志
月仰ぐ青き信号ダイオード 祐
利き酒自慢梯子酒する 實
うぶすなの秋の祭のえびす顔 統一
とんでもないと帰るおじさん 禎子
ナウ
訪ねれば草深き里花吹雪 薫
畑打つ音も軽き日だまり 直子
2006年12月2日ベルブ永山集会室
二句表 「百態芋銭」
夢遊ぶ河童百態芋銭の忌 おおた六魚
屏風拡げて月を待つ部屋 古賀 直子
ウ
頬紅の似合ふ少女に誘はれて 玉木 祐
ヒップホップでドンと踊ろう 古谷 禎子
車座に歓声上がる磯遊び 星 明子
酔ひ覚ましにはうまし桜湯 坂本 統一
雀蜂日毎大きく巣をつくり 杉浦 和子
予防注射を嫌ふ末っ子 六魚
ナオ
俺の子さ蜜豆好きの凡才で 直子
ノロウィルスの流行るこの頃 祐
はかなき世月の青さに涙落ち 禎子
焼栗の殻皿に盛り上げ 明子
きりたんぽ武蔵卜伝蓋試合 統一
飛行機雲は北に一筋 和子
ナウ
訪れる世界遺産は花のなか 直子
亀鳴くの池の岸辺歩める 執筆
2006年12月17日 ヴィータ第三会議室
二句表 「好かれたし」
世の人に好かれてみたし十二月 星 明子
夜光のきらめき編みし襟巻き 坂本 統一
ウ
スニーカー旅のそぞろをさそわれて 杉浦 和子
露天風呂にはそろそろと入り おおた六魚
焼き上がる雪代岩魚熱々で 古賀 直子
ペンペン草の屋根に一本 玉木 祐
死の予感既視感よぎる白昼夢 古谷 禎子
軒低く飛ぶ雨燕見る 明子
ナオ
笹蟹の野辺の地蔵に糸かけて 統一
ラストダンスの後の約束 和子
カーテンをとざし夜半の月清し 六魚
振りまい酒に気負う火祭り 直子
反骨の意地を通そう放屁虫 祐
倶利伽藍紋紋だらり伸びゆく 禎子
ナウ
扇面に花弁受けて京の舞 明子
祇園の夜は三味ものどかに 統一
2006年12月17日 ヴィータ第三会議室
二句表「ダイヤ売る」
施錠してダイヤ売らるる十二月 古賀直子
桂男を愛でて柚子風呂 玉木 祐
ウ
銀婚の記念旅行を思うらん 古谷禎子
樹影豊かに紫禁城座す 星 明子
山かすみ大河とうとう流れ行き 坂本統一
もぐらもっくり土の匂いて 杉浦和子
従姉にも移るマンション案内図 おおた六魚
ポルシェの彼とペアの夏シャツ 直子
ナオ
ひらひらと愛す蘭鋳ふたりして 祐
海の彼方に空母ゆらりと 禎子
灯台の岬に立ちて月を浴び 明子
南指し行く秋蝶を見る 統一
渋柿に一声アホウと捨科白 和子
笑顔泣き顔酔いどれの顔 直子
ナウ
花々の咲き散る丘に弾く三味線 六魚
陽炎の中電車満員 祐
首尾2006年12月17日 於関戸公民館
2007年1月21日発行
<狂句>のこと
おおた六魚
先日無名会で「小川芋銭(イモセン)の句はどうたらこうたら」と話していたら、「この人は、ウセンと呼ぶのよ」と和子さんに教えられた。確かこの号は、芋を買う銭くらいは何とかしたいという諧謔でつけたものという記憶があり、イモとして刷り込まれていたのだろう。
ところで以前『冬の日』の、前書きのついた有名な発句についてもそれに近いことがあった。
<狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉>
のことだ。
これを露伴は『評釈冬の日/1924』で、芭蕉の字余りの他の異体の句を引用しつつも「狂句木がらしとは如何にしても続かず」とし、「漸く一家の風躰を成さんとする時」にこんな句を「いふべくもあらず」としていた。句頭の<狂句>は句の前書きの最後に送っても辻褄はあうので、誤写なのかなぁ、とわたしは疑わなかった。
ところがである。安東次男の『芭蕉七部集評釈/1973』 (集英社版)によると、「<狂句>は風狂の句を作って」の意味で、連衆への挨拶として捉え、「<狂句>と<こがらし>は不可分」としていた。更に安東は、集英社版を絶版にした上で『風狂始末/芭蕉連句新釈/1986』(筑摩書房版)を出す。そこでも、露伴や樋口功の解釈を「近代における注釈の最初の労作」であることを認めつつも退けて、「<狂句こがらしの身>は、語法、礼法のどちらから眺めても納得のいく遣方である」とした。「句を以て名告とするなら」「私も竹斎同様、あたら花のあるあなたがたを枯らしかねない、という虚実含を利かせた謙退の挨拶も読みとれる」そして「この伝達にも<狂句ヲモッテ>(という挨拶)は要る」ところだと言い切っているのだ。
露伴の刷り込みがあるわたしには、安東の評釈は深読みのし過ぎとしか思えなかった。だが80年代以降を見ると、東明雅・乾裕幸・白石悌三・暉峻康隆・中村俊定・尾形仂・上野洋三・堀切実等々は何れも安東説かそれに近い。しかし多数決がどんな場合でも正解とは限らない。地下の露伴先生 ! 最近はどうお考えなんでしょうか ?
二句表 「揚げ稲穂」 奥多摩河鹿園に於て
おのこ三人(みたり)女六人揚げ稲穂 杉浦和子
秋の別れの水際の席 古賀直子
ウラ
ヨーデルを歌えば月の上りきて 峯田政志
杉の木立の梢眺める 古谷禎子
苔むした馬頭観音頭かけ 梅田 實
温突炊いて軽くいっぱい 星 明子
息白し北朝鮮の核実験 玉木 祐
いじめて威張るガキ大将は 藤尾 薫
ナオ
公園にドンジョヴァンニも現れて 坂本統一
くぐり戸少し開けてあるのよ 和子
行水の君の眩しい月明かり 直子
祭太鼓の響き勇壮 政志
垂直に聳えるような石の階 禎子
操作慎重ハングラの翼 實
ナウ
おままごといつも仲良し花拾う 明子
合格通知くる春日和 祐
2006年12月2日 首尾
二句表 「変哲も無き日」
変哲も無き日を重ね冬ぬくし 梅田 實
騙絵のよう小雪の月 玉木 祐
ウ
観音の後姿が優しくて 古谷 禎子
フォションの紅茶のみど滑らか 坂本 統一
野遊びに繰り出す新車磨きあげ 古賀 直子
花の吊橋駆けぬける子等 藤尾 薫
先生の次のシラバス手渡され 峯田 政志
噴水で待つアメフトの彼 星 明子
ナオ
人知れず捥ぐ裏庭の夏蜜柑 祐
生垣潜り通う三毛猫 實
月仰ぐ清少納言文机に 統
ワインウォッカ鰯の酢漬け 禎
城跡に邯鄲を聞く沁みじみと 薫
同行二人足の向くまま 直
ナウ
往還に舞来る花の音もなく 明
うららかな文字躍る床の間 志
2006年12月2日 首尾 於永山
二句表 「多摩の山々」 膝送り
小春日や多摩の山々華やげり 峯田 政志
寒猿の啼く淡き上弦 星 明子
ウ
レストラン親子三人賑やかに 梅田 實
好きな作家のバッグ集めて 玉木 祐
風光る海のうるわし遠き船 古谷 禎子
佐保姫立ちて尿する丘辺 坂本 統一
花組のトップスターに一目惚れ 古賀 直子
舞う初蛍手を取りて見る 藤尾 薫
ナオ
時平に妻をとられて汗をかく 明子
万葉仮名を読めぬ警官 政志
月仰ぐ青き信号ダイオード 祐
利き酒自慢梯子酒する 實
うぶすなの秋の祭のえびす顔 統一
とんでもないと帰るおじさん 禎子
ナウ
訪ねれば草深き里花吹雪 薫
畑打つ音も軽き日だまり 直子
2006年12月2日ベルブ永山集会室
二句表 「百態芋銭」
夢遊ぶ河童百態芋銭の忌 おおた六魚
屏風拡げて月を待つ部屋 古賀 直子
ウ
頬紅の似合ふ少女に誘はれて 玉木 祐
ヒップホップでドンと踊ろう 古谷 禎子
車座に歓声上がる磯遊び 星 明子
酔ひ覚ましにはうまし桜湯 坂本 統一
雀蜂日毎大きく巣をつくり 杉浦 和子
予防注射を嫌ふ末っ子 六魚
ナオ
俺の子さ蜜豆好きの凡才で 直子
ノロウィルスの流行るこの頃 祐
はかなき世月の青さに涙落ち 禎子
焼栗の殻皿に盛り上げ 明子
きりたんぽ武蔵卜伝蓋試合 統一
飛行機雲は北に一筋 和子
ナウ
訪れる世界遺産は花のなか 直子
亀鳴くの池の岸辺歩める 執筆
2006年12月17日 ヴィータ第三会議室
二句表 「好かれたし」
世の人に好かれてみたし十二月 星 明子
夜光のきらめき編みし襟巻き 坂本 統一
ウ
スニーカー旅のそぞろをさそわれて 杉浦 和子
露天風呂にはそろそろと入り おおた六魚
焼き上がる雪代岩魚熱々で 古賀 直子
ペンペン草の屋根に一本 玉木 祐
死の予感既視感よぎる白昼夢 古谷 禎子
軒低く飛ぶ雨燕見る 明子
ナオ
笹蟹の野辺の地蔵に糸かけて 統一
ラストダンスの後の約束 和子
カーテンをとざし夜半の月清し 六魚
振りまい酒に気負う火祭り 直子
反骨の意地を通そう放屁虫 祐
倶利伽藍紋紋だらり伸びゆく 禎子
ナウ
扇面に花弁受けて京の舞 明子
祇園の夜は三味ものどかに 統一
2006年12月17日 ヴィータ第三会議室
二句表「ダイヤ売る」
施錠してダイヤ売らるる十二月 古賀直子
桂男を愛でて柚子風呂 玉木 祐
ウ
銀婚の記念旅行を思うらん 古谷禎子
樹影豊かに紫禁城座す 星 明子
山かすみ大河とうとう流れ行き 坂本統一
もぐらもっくり土の匂いて 杉浦和子
従姉にも移るマンション案内図 おおた六魚
ポルシェの彼とペアの夏シャツ 直子
ナオ
ひらひらと愛す蘭鋳ふたりして 祐
海の彼方に空母ゆらりと 禎子
灯台の岬に立ちて月を浴び 明子
南指し行く秋蝶を見る 統一
渋柿に一声アホウと捨科白 和子
笑顔泣き顔酔いどれの顔 直子
ナウ
花々の咲き散る丘に弾く三味線 六魚
陽炎の中電車満員 祐
首尾2006年12月17日 於関戸公民館