快気分析

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仕組みとアプローチ -   続編1 明智光秀が大敗した山崎の戦いの謎 秀吉と毛利氏の自己矛盾

2019-05-25 12:13:40 | 明智光秀
 今日書いた前回の記事ですが一部誤植がありました。
 「備中高松城主である清水宗治の切腹で簡単に和睦に応じたと言うのかもおかしな点です。」は、「備中高松城主である清水宗治の切腹で簡単に和睦に応じたと言うのもおかしな点です。」に訂正。
 「 仮に毛利氏が本能寺の変を知っていたのだとしたら尚更和睦には応じないし退却するはずなのです。」は「仮に毛利氏が本能寺の変を知っていたのだとしたら尚更和睦には応じないはずなのです。」に訂正です。

 追記事項ですが反信長勢力を裏で操って散々信長を苦しめた足利義昭を擁護していた毛利氏が和睦程度で信長に許されるわけはない、と考えるのが普通ではないでしょうか。
 毛利氏は和睦などしても許されずに相当な処刑などに遭うとわかっていて秀吉とは簡単に和睦していますが、これも自己矛盾の一つであり、やはり毛利氏は信長が落命したのを知っていたのではないでしょうか。
 更に信長が落命したのをわかっていて秀吉との和睦に応じたと言うのならそれはやはり秀吉と共謀関係にあったとしか考えられません。


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