11日の震災の日、午前中は高校の卒業式でしたが、午後2時46分に大地震があり、両国高校は帰れない生徒と、一般市民を受け入れる「帰宅支援ステーション」となりました。最初は、近隣の人たちが数名避難してくる程度だったのですが、テレビで「帰宅支援ステーション、都立両国高校で受け入れ開始」と報道されると、錦糸町駅から帰れなくなった人、京葉道路を歩いて、千葉から東京、東京から千葉へ帰る途中で帰れなくなり寄った人など300名超が本校柔道場、剣道場、食堂に宿泊されました。教員を中心に毛布の配布、食事の配布など対応に追われる中、両国高校野球部の昨年の卒業生の為積君と私が赴任した時の最初の卒業生の三富君が、その状況を予想して、「母校のために何か力になりたい」と、自身も地震の影響で大変の中、自転車を飛ばして両国高校に駆けつけてくれ、帰宅支援ステーションで毛布の配布を午前1時くらいまで精力的に手伝ってくれました。なかなかできることではないと思うし、前回の記事の「高3生が、炊き出しの手伝いをしてくれた」に続き、両国高校野球部が大活躍で、大変誇りに思いました。
25日の修了式では、生活指導部より、「卒業生が母校のために駆けつけてくれて、精力的に活動してくれた。誇りに思います」とのコメントがありました。
こんな素晴らしい生徒が巣立つということは、凄く誇りに思うし、甲子園にこそいけませんでしたが、野球部で取り組んできたことは、全く間違っていなかったと思い、この精神は伝統として引き継いでいかなければな~と思いました。
25日の修了式では、生活指導部より、「卒業生が母校のために駆けつけてくれて、精力的に活動してくれた。誇りに思います」とのコメントがありました。
こんな素晴らしい生徒が巣立つということは、凄く誇りに思うし、甲子園にこそいけませんでしたが、野球部で取り組んできたことは、全く間違っていなかったと思い、この精神は伝統として引き継いでいかなければな~と思いました。