逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

『闇の王子』ダーク・プリンス、プロパガンダとウォルト・ディズニー

2008年04月27日 | 社会・歴史

少子化の影響なのか、社会情勢の変化なのか。?
日本中の遊園地で、赤字経営で無いところは数少ない、何処もかしこも青息吐息である。
有名な宝塚歌劇団が有る宝塚遊園地も赤字がたたり、遊園地部分が閉鎖される始末である。
長崎県のハウステンボスも、三重県の伊勢志摩のスペイン村も経営的には芳しくない。

すべての遊園地が客集めに苦しむ中で、記録破りの一人勝ちするディズニーランドの不思議。(因みにフランスに建設されたディズニーランドは客が不入りで赤字に悩まされている。)
これは、日本人のプロパガンダ(世論操作、印象操作)に対する免疫の無さが影響しているのだろう。

『世論操作、印象操作の天才』

プロパガンダの名人、天才といえば、日本なら、郵政選挙を仕切った電通出身の世耕弘成議員、ドイツならナチス宣伝相だったヨーゼフ・ゲッベルスだろう。
しかしプロパガンダ(世論操作、印象操作)で、世界で一番成功した人物なら、間違いなくウォルト・ディズニーである。
ミッキーマウスの製作者、ディズニーアニメーションの製作者、ディズニーランドの創設者である、ウォルト・ディズニーといえば、大抵のひとは平和な子供の夢の世界しか思い浮かばないはずだ。
企業経営者などの現実的な方々であれば、大企業ディズニー社を創始した経営者という捉え方をするかもしれない。

しかし、実際のディズニー氏はそれよりもっと「政治的」なのである。
具体的には、政府の意を汲んで戦時プロパガンダに進んで参画し、労働組合運動を弾圧しようとした反共主義者であり、ハリウッドの赤狩りに協力し、FBI長官フーヴァーのもとでスパイとして働いたという経歴をもっている人物である。

そして、だからこそ今日のディズニー社のような巨大メディア帝国を築き上げることが出来た。
ただ子供のような夢を追い続けているだけでは社会的に成功できるはずはない。

『ディズニーとフーヴァーの関係』

ディズニーの「裏側」ともいえる活動を、政府側で手引きをした人物こそが半世紀にわたって連邦警察(政治警察)に君臨した、エドガー・フーヴァーFBI長官のである。

1941年、『ディズニー・スタジオ』で起こった従業員の長期のストライキは、ウォルトに大きな影響を与えた。
それは、政治とか従業員に対する彼の姿勢に影を落とすことになり、ウォルトをますます保守、反共へと追いやった。

アニメーターという職業は「労働集約的」な職業で、絵を書くというのは機械化、自動化しずらい作業であり、手作業である。そのため、人海戦術が必要となる。
ウォルト・ディズニーは利益を上げるためには、人件費を極力切り詰め 、そのためディズニー社での労働環境が悪化、労働者と対立してしまう。

悪化するストライキの状況から逃れるため、ウォルトは「親善と映画制作を兼ねた」南米旅行に出かけるのである。
『ウォルト・デイズニー』 (より引用)
ところで、南米旅行の話をもってきたのは、国務省米州局の調整役ネルソン・ロックフェラーの下で働く映画部の部長ジョン・ホイットニーであった。
彼は、ディズニーがスタッフとともに南米を訪れ、アメリカ文化の芸術的側面を紹介してくれれば、中南米諸国に対する政府の善隣政策が功を奏すると説明した。
そしてそれは緊急を要する、とホイットニーは言った。
南米にはドイツ系やイタリア系の移民が多く、枢軸国に同調する空気がかなり濃厚であった。
1941年半ばの時点においてアメリカ合衆国はまだ参戦こそしていなかったが、連合国を支持しており、ナチやファシズムの影響が西欧諸国に広がることを恐れていた。

ここで、ネルソン・ロックフェラーが登場する。(ネルソン・ロックフェラーは戦時中、ローズヴェルト大統領のアシスタントを務めた )

そして、政治的理由によりウォルトにミッションが課されたことが読み取れる。善隣政策とは、今でいえば宣伝を多用したいわゆる軍事力(ハード・パワー)に対抗する意味での「ソフト・パワー」による外交であろう。
第一次大戦と第二次対戦の戦間期に、南米においてこのような植民地の駆け引きがあったことはあまり知られていない。

『1935年から1972年までの長きにわたりFBI長官として君臨したエドガー・フーバー との密接な関係』

南アメリカへの「親善」旅行を考えついたのは、一般には国務省米州調整局の映画部長ジョン・ジェイ・ホイットニーだということになっているが、じつはロイ(ウォルトの兄、ディズニー社の財務担当)の発案によるもので、彼がJ・エドガー・フーヴァーに、その実現に手を貸してくれるよう頼んだのである。

ローズヴェルト大統領は南アメリカでのナチス・ドイツの影響力増大に対する懸念から、国務省に新設された米州調整局のポストにネルソン・ロックフェラーを任命した。
ロックフェラーは以前、ダリル・F・ザナックとオーソン・ウェルズの映画プロジェクトのスポンサーとなったこともあり、ロイの要請を受けたフーヴァーはローズヴェルトに、ディズニーもプログラムに参加させるべきだと提案した。ローズヴェルトはこの提案をロックフェラーに伝え、彼がディズニーに南米へ旅行に行かないかともちかけた。

この南米への「プロパガンダ旅行」は、ロックフェラーの、そしてフーヴァーFBI長官によるウォルトへの指図であった。
ウォルトとフーヴァーはこの時点ですでに顔見知りであった。では、ふたりはどのように知り合っていたのだろうか。

『ディズニーはFBIのスパイ?』

伝記作者マーク・エリオットは以下のように述べている。ディズニーがFBIのスパイであったというのは今でもスキャンダルであろう。

あまり知られていないことだが、ウォルト・ディズニーは1940年、39歳のときに、アメリカ政府の国内諜報部員になったのである。
彼の任務は、FBI(米連邦捜査局)から政治的破壊活動をもくろんでいると疑いをもたれたハリウッドの俳優、作家、プロデューサー、監督、技術者、労組活動家の動向について報告することだった。ディズニーはFBIエージェントという自分の任務を、愛国的義務であるばかりか、気高い道徳的務めと見なしていた。彼はスパイ活動にも、かつての映画づくりと同じように、異常なまでに真剣に打ち込んだ。

ウォルトとフーヴァーの関係は、互いに利用しあう関係である。
フーヴァーはウォルトが第一次大戦でフランスへ従軍した際に、徴兵書類を偽造したのを知っていた。
ウォルトは、自分の両親は実は本当の両親ではないのではないかと疑っており、その調査をフーヴァーに依頼していた。


『闇の王子(上)』より引用
フーヴァーは、彼に対して無条件に忠誠心を表す兵士として、一番小さくて力も弱かった独立系スタジオの盟主、ウォルト・ディズニーをあえて選んだ。
それも当然と言えば当然だった。
フーヴァーは、まだFBIの下っ端だった1918年に、第一次大戦の徴兵忌避者の追及作業に加わっている。
同じころ、17歳のウォルト・ディズニーは、初めてFBIの目にとまっている。徴兵を逃れようとしたからではない。ディズニーがまだ未成年であるにもかかわらず陸軍に入ろうとして、両親の同意を得たかのように書類に署名を偽造し、見破られたためである。

フーヴァーはディズニーに、アメリカの将来を安泰にするのに手を貸してくれれば、FBIはその見返りに、彼の過去をいくらでも追跡調査しようともちかけたのだ。それはディズニーにとって断りきれない申し出だった。

こうしてディズニーはフーヴァーと関係する、また、このときのストライキに対処するため、ディズニーはマフィアとも手を組んでいた。
マーロン・ブランド主演の名画「波止場」(ウォーターフロント Waterfront)は組合運動を描いた映画である。
当時の政府は反共防止活動として、労働者のストライキを弾圧した。その尖兵となったのがマフィアである。つまり政府とマフィアは癒着していた。

『戦争プロパガンダ映画』

第二次大戦に向けてアメリカの参戦が決定的となると、国家は戦争一色となる。ディズニー社も例外ではなかった。

『ウォルト』より引用
アメリカが参戦に踏みきると、連邦政府からも映画制作の注文がどっと流れ込んだ。
海軍からは『航空母艦の着艦信号』を、農務省からは『食糧が戦争を勝利に導く』を、そして陸軍からは航空機識別官を対象とする教材映画を依頼された。さらにディズニー・スタジオは、ナチスに動員される若者を描いた『死への教育』、免疫注射を呼びかける『侵略に備える防衛対策』なども制作した。

1942年12月、ウォルトのもとに、財務省の役人であるジョン・サリバンから電話があった。
財務長官のヘンリー・モーゲンソーが緊急の特別プロジェクトの件で相談があるという。この仕事は戦時公債の販売キャンペーンだろうと、ウォルトは予想をたてていた。が、モーゲンソーのオフィスに着いてみると、その予想は見事にはずれた。

「実は、所得税の納税義務を国民に売り込む仕事に、君の力を貸してほしいのだ」
モーゲンソーは、こうきりだしたのである。ウォルトは当惑した。

「ちょっと待ってくださいよ。こちらは財務省でしょう。合衆国の政府でしょう。国民に納税義務を売りこむですって?税を払わなければ、監獄にでもぶち込むまでのことじゃありませんか」
そばにいた国税庁長官のガイ・ヘルバリングが口を開いた。

「そこが私の困っている点なんですよ。新しい税法でいくと、来年は1500万人の新規納税者が出てくる。
だが彼らが納税義務を怠ったからといって、1500万人を起訴するなんて、とてもじゃないができるわけがない。そこでだ。税とは何であるか、戦争に勝つために税金がどんな役割を果たすのか、彼らにわからせなくちゃならないんですよ」

「国民の気持ちとして、公債を買えば、それが戦争の資金になると考える。
ところが、公債はどうやって返済するのか ― 税金によってじゃないですか。税金不払いの国民を起訴するというのが我々の目的ではない。納税が愛国的な行為だということをわかってもらって、国民に積極的になってもらいたいんですよ」

『戦争を煽るドナルドダック』

財務省の要請を受けて、ディズニーは自社の人気キャラクターであるドナルドダックを使って、分かりやすくて面白い納税を説明する『新しい精神』(The Spirit of 43 )という映画を作った。
その結果は大成功であった。(実際の映画は、 こちら から観ることが出来る)この映画では、「Taxes to bury the Axis(税金(タックシズ)を払って枢軸国(アクイシズ)のやつらをを葬り去る)」というスローガンを掲げた。

財務省の統計によれば、この映画は結局、6000万人の国民の目に触れ、一方、ギャラップ世論調査は、納税対象者のうちの実に37パーセントが、『新しい精神』を見て税を納める決心をしたと発表した。

このように、ディズニーは政府の納税プロパガンダに全面的に協力して成果を収めた。さらに、戦後はハリウッドの「赤狩り」に対して協力をしている。晩年のディズニーの成功は、戦時および戦後の政府への協力が陰に陽に作用していると推測することはあながち間違いではないだろう。

『メディアとプロパガンダ 』

ディズニーはこのあと、テレビに大々的に進出して大成功を収めることになる。晩年には遊園地、「ディズニーランド」の建設が行なわれ、ディズニー社の重要な収入源となった。
ディズニーの死後、経営は一族の手を離れ、投資家の利益を代弁する経営者パラマウントのマイケル・アイズナーがディズニー社を2005年まで支配する。
現在のCEOは、ネットワークテレビ局のABCとディズニーの合併を実現させた、ABC出身のボブ・アイガー。

『ディズニーの元CEO、マイケル・アイズナー』

ディズニーはメディアにおいて常に新しい可能性を引き出し、それを娯楽として利益を上げる一方で、政府機関に仕えてきた。
メディアというのは手段あるいは道具であるから、娯楽として使用できるとともに、プロパガンダとしても使用できてしまうということが、ディズニーの生涯を見ると分かる。

とくにキャラクターを使用したプロパガンダについては、アニメが全盛の現在の日本においては他人事ではない。
娯楽として楽しんでいるアニメがいつのまにか政府機関のプロパガンダになっているかもしれないのだ。すべてのメディアには気をつけないといけない。

『ミッキー(マウス)保護法』

1928年に発表された「ミッキーマウス」の著作権切れが2003年に迫ていた。
しかし、ディズニー社のロビー活動によって、著作権の期限に関する法律は変更され、著作権の期限が20年間の延長とされた。
この法律は「ミッキー(マウス)保護法」ないし「ミッキーマウス延命法」と揶揄されている。

著作権延長法 あるいは、ソニー・ボノ著作権延長法 とは、1978年以前に発表された作品の著作権の保護期間を著作者の死後50年から70年に、法人著作物の著作権を公表後75年から95年に延長した、1998年制定のアメリカ合衆国の法律。また、1978年以降に発表された作品については、原則として著作者の死後70年間の保護となった。

この立法措置により、著作権切れを間近に控えた1920年代の作品群の大多数は2010年代までその期間先延ばしされることとなったが、それらの作品で現在も購入・鑑賞・閲覧等のアクセスが可能なものは全体の1~2%に過ぎず、著作権の所在が不明な「孤立作品」を人為的に大量発生させただけだと言う批判も生れた。

『文化の保護に逆行する愚行』

発明の『特許権』の期限は20年間しかない。
同じ、独創的な創作(発明)活動の成果に対する褒賞(保護)が目的だが、著作権だけが、異常に長い70年(法人は95年)に延長された。
そもそも「死後70年間の保護」と言うのは、一体誰のためだろう。?
当人は(死後なのだから)当然として、配偶者も子供も死んでいるだろう長さだ。

いったい誰の為に、?何のために延長されたのか。?
法律を変更しないと、ウォルト・ディズニーの「ミッキーマウス」が2003年に期限を迎える。はずだった。
2002年11月15日。米国連邦最高裁は保護期間を20年に延ばす。
その司法判断を示したことで、2023年まで無断使用ができなくなったのです。

ディズニーの為に『何度も延長されている著作権の期限』

1928年に米国でディズニーのミッキーマウスが映画デビューした頃、著作権の保護期間(法人)は56年間であった。
ミッキーマウスは、1985年には保護期間が切れてパブリックドメインとなる予定だった。
誰でも自由に使えるキャラクターになるはずだったのである。
だが、1979年に著作権法は改正され、保護期間は75年間で19年間の延長が決まった。そして、その延長が切れる直前の2004年、米国に著作権延長法が成立し、保護期間が95年間(法人)に再設定された。
ミッキーマウスは2024年まで保護されることになった。

しかし本来、これは米国(外国)の法律であり、日本国内には効力が及ばないはずです。
ミッキーマウスが映画の著作物であると考えると、保護期間は公表の翌年の一月一日から五十年で、日本国では1979年にはすでに著作権保護期間が満了していた、とも解釈できる。

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3 コメント

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「光市事件」プロパガンダ (kaetzchen)
2008-04-27 17:05:06
先日,美爾依さんのブログのコメントで,法医学的な物証から見て,真犯人は元少年でなく,本村氏の可能性が大きい,と書いたら,美爾依さんに事実上の追放宣言を食らった.

要するに,ネットゴキによる書き込みが物凄く,削除に追われてとっぴんしゃん,だから過激な記事は自分のブログだけにして欲しいということらしい.

それならば最初からアクセス数ナンバーワンのアルファブロガーなどと自慢しなければいい(笑) どうも,彼女の言ってることには矛盾が多すぎて困る.

愚痴はさておき,「光市事件」「北朝鮮拉致」その他いろいろ,マスコミによるプロパガンダの多いこと!

今日選挙中の山口2区でも早速選挙の初期段階で,民主党有利を打ち出し,段々とノーパンしゃぶしゃぶが追い付き,リードという報道になっているらしい.どうせ結果は開票率0%でノーパンしゃぶしゃぶに当選確実が付くんだろうな,と醒めた目で観察している.6時のメシのあとにNHKラジオを聴いてみるか.
済みません (農婦 )
2008-04-27 20:18:20
今日、昼頃、ブログ主様の場所を勝手に拝借してカエッツェン様にコメントさせてもらいましたが、ご覧になられたでしょうか?私は4年ほど前に薬のことで教えていただいたことがありますが、かなり親切なお方と思ってます。ブログを拝読してなお沿う思います。神様からいただいた頭脳です。お体を大切に、頑張ってください。
ブログ主様たびたび失礼をして済みません
Unknown (S氏)
2008-05-05 15:10:08
ただいま、アメリカの高校に留学してる学生です(^_^)はじめまして。
このたび、歴史のレポートでディズニーについて、調べていたのですが、これ以上無いほど知りたい事が載っていました。どうもありがとうございました(・_・)

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