以下は前章の続きである。
後藤新平が悪人に
今回のNHKの番組内容は、一つひとつ指摘していくときりがないほど、偏りがあるものですが、何点かを次に挙げておきます。
いちばん視聴者の同情を誘ったのは、台湾の原住民を日英博覧会に連れて行ったということでしょう。
しかし、当時は民俗学的な関心が非常に高く、ダーウィンやウォーレスやフンボルトなどが世界中を廻って珍しいモノを探していました。
それを展示するのが、当時の一等国の習慣であったというのもまた事実です。
日本は当時、一等国の仲間入りをしようと決心していた時ですから、それを真似たにすぎません。
そもそもそういう習慣を持っていた一等国が悪かった。
しかも、欧米の一等国は展示した原住民などを最後までそのような扱いをしましたが、日本は極めて速やかに日本人と同等の暮らしができるようにしたのです。
日本は一流国の仲間入りをしようと、確かに台湾という植民地を持ちました。
しかし、それは清国も諸外国も納得し、誰も文句を言わない状況での植民地化です。
日清戦争の直後、ロシア、ドイツ、フランスの三国は直ちに干渉して、日本が清国より割譲された遼東半島を清国に返還させたのですが、その三国ですら台湾の領有は当然としたのです。
そして台湾を植民地にするとき、日本は「欧米の一等国のような植民地政策はしない」という決心をしたのです。
一等国は植民地化を進めていましたが、植民地を搾取の対象としており、植民地の有色人種を永久に差別しようとしていました。
番組内でフランスがアルジェリア人に同化政策を行ったというくだりがありましたが、そこにアルジェリア人を高めるという考え方はありません。
ベトナムに対しても徹底的に搾取しました。
ところが日本はそういうことはしない、と決心したのです。
番組では後藤新平までもが、悪者のように描かれていました。
後藤新平は元来は医者で、板垣退助が剌された時に治療を担当しました。
その後藤新平が台湾総督府民政長官として台湾に赴いた時、それこそ台湾は「瘴癘の地」であって、まともなシナ人も来たがらなかった「化外の地」でした。
その台湾を文明化しようとしたのが後藤新平です。
彼はチフスやマラリアを撲滅し、民度を向上させる努力をしたのです。
ですからヨーロッパのように搾取の対象にしたのではなく、日本は「持ち出し」で日本内地と同等にしようとしたわけです。
この稿続く。