以下は前章の続きである。
「渡来」は新しい造語
また近年、古代史において「渡来」という文字が多用されるのはどういうことだろう。
わたしは歴史的には首を傾げざるを得ない言葉だと思っている。
「帰化人」が適切ではないという理由で金達寿氏たちが提唱し、定着したのが「渡来人」という言葉だが、わたしは「記紀」にも載っていないこの言葉に疑問を抱いている。
『日本書記』には「帰化」「来帰」「来朝」「帰朝」という文字が多く見られるが、「渡来」という言葉は、わたしには見つけられなかった。
一方、「三国史記」には「来投」「投亡」「亡人」という文字が見られる。
これらの意味は飢餓や貧困、戦禍によってその地を離れることだ。
そうして半島を離れた人々が日本にやってきた。
それを「渡来人」という一言で片づけていいものか。
『宋書』や『南斉書』によれば、倭王は朝鮮全土の統治者として認められている。
そんな強国に、半島人が新たな文化とともに渡来してくるとはとうてい思えない。
本末、「渡来人」という言葉には「海を越えてやってさた人」という以上の意味はないが、迫害を受けて逃げてきた者や、豊かな土地を求めて人植した者もいるだろう。
自国で何不自由なく暮らしている人問が、なにも危険をおかしてまでやってくる理由はない。
さまざまな境遇の人々がやってきたと考えるのが筋だ。
それに対して「帰化」は、元来、中華思想により、異民族が君主の徳によって感化されて従うことを意味する。
「帰朝」は本国に戻ってくることだ。
『日本書記』にはそれらの言葉が書き残されているのに、今日、「渡来」や「渡来人」という言葉が主流になり、わたしたちはそこから歴史を見ようとしている。
いったい歴史学者たちは新しい造語を使って、どんな教育をしようとしているのだろう。
「帰化」「帰朝」という言葉が使われたのには理由がある。
まして上代は現在より「言霊」を人切にしていたはずだ。
日本人の精神的バツクホーンになるのが、この「言霊》と「怨霊」だということは多くの人たち知っている。
その彼らが「帰化」や「来化」、「帰朝」と頻繁に記しているのだ。
半島から日本に戻ってきた、日本に帰属したという意識で書かれていると考えるのが筋ではないか。
それを当時の書物に一言も載っていない「渡来人」などという言葉を使って、歴史を探っていこうとするのはどうかしている。
半島にも倭国があり、あるいはそれに附随する国があったから、彼らはそう書いているのだ。
文字を軽んじると歴史は歪んでくる。
日本についての記述は中国の書物にはたくさん出てくるし、すでに「倭国」としての存在も書かれている。
『論衡(ろんこう)』には「周時天下太平 倭人来献暢草」、周の時代は天下太平にして、倭人がきて暢草(ちょうそう)を献じたとある。
暢草は酒に浸す薬草のことを指すらしいが、朝貢についても事細かに記されている。
『普書』や『梁書』には倭人の祖先は呉の太伯の子孫と書かれている。
この稿続く。
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