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Sun Set Blog

日々と読書と思うコト。

『死神の精度』

2005年07月21日 | Book

『死神の精度』読了。伊坂幸太郎著。文藝春秋。
 不慮の死を遂げる人間の観察調査を生業とする死神が主人公の短編連作。通常の寿命と突然の死とはまた別物で、無作為に選ばれる余命一週間の人々。死神はそんな彼ら(彼女ら)を調査し、本当にその人を殺してもいいのかどうかの判断を下す。担当の死神が「可」と報告をすればその相手は何らかの事故に巻き込まれるかして死んでしまうのだ。
 そんな、一風変わった設定の死神が主人公だ。人間にそれほど興味も持っていないクールな死神は、不思議なことに「ミュージック」が大好きで、その仕事をするために人間界にいる間、時間を見つけてはCDショップの試聴機で音楽を聴いてはにんまりとしている。また、いわゆる比喩やレトリックをすぐに理解することができなくて、人間たちとの会話はどこか奇妙にズレていく。人間界に仕事として舞い戻るたびに、そのときの担当の人間に合わせた容姿に変わる死神は、外見は変わっていたとしてもそれぞれのエピソードのなかで同じように淡々と仕事をこなしている。
 ある短編はヒューマン・ドラマのようであり、ある短編はミステリー風味が効いている。また、ロード・ムービー風の雰囲気を醸し出している短編もある。それぞれのエピソードが小気味よくまとまっていて、ユーモアとウィットのある会話と、とても読みやすい文章とがページをどんどんと手繰らせる。
 この著者の本をはじめて読んだのだけれど、とても巧い作家という感じがする。他にも多くの本を書いていて、あらすじを読んでいるととても面白そうな感じでもあるので、他にも手を出してみようと思う。


―――――――――

 お知らせ

 引越しのことを考えるのは、いつだって愉しい娯楽のような感じです。

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『勝つ流通業の「一番」戦略』

2005年07月17日 | Book

『勝つ流通業の「一番」戦略』読了。ウイラード・N・アンダー、ネイル・Z・スターン著。島田陽介訳。ダイヤモンド社。
 ベタなビジネス書のようなタイトルと、表紙に書かれているガス欠のタクシーの絵がもうちょっとましな感じであれば、もっと多くの人に手にとってもらえるような気がする本。ノウハウ本のような感じだけれど、意外と骨太な中身で、流通業にとっては非常に重要なことが書かれている。   
 アメリカ有数の小売業コンサルティング会社のシニア・パートナーである著者たちは、これからの流通業は以下に挙げる5つの「ベスト要因」のいずれかで「一番」にならなければ激しい競走を生き残ることができないと述べている。そのベスト要因とは、

「安さベスト」
「品ぞろえベスト」
「商品のホットさベスト」
「買い易さベスト」
「買い物の速さベスト」

 の5つだ。そして、著者たちはこれらの要因のどれもがそこそこやまあまあの企業は淘汰されていくと断言している。集中と自社が狙う要因への専門家が非常に重要になってくるのだ。
 著者はそれぞれのベスト企業を具体名で紹介し解説しているのだけれど、挙げてみるとこうなる。

 安さベスト→ウォルマート、コストコ
 品ぞろえベスト→ホーム・デポ、ロウズ、アマゾン・ドット・コム
 商品のホットさベスト→ターゲット
 買い易さベスト→コンテナ・ストア
 買い物の速さベスト→ウォルグリーン

 日本に進出している企業もあればそうでない企業もあり、全体としては馴染みが薄いかもしれない。これらの企業がなぜベストであるのかを詳細に述べ、逆にそれぞれの分野で失敗した企業の事例も挙げておりそれが理解しやすい対比となっている。たとえば安さではKマートが、品ぞろえではトイザラスが槍玉に挙げられている。それは近年の米小売業の歴史を見ていくとなるほどと思えるようなことで、説得力もある。

 正直な話、流通業の仕組みであるとかシステムというのは実際の顧客にはわかられていない部分が非常に大きい。大掛かりな、あるいはささやかな仕組みが店舗の背後にはあるのだけれど、顧客にとってはそんなことがわからなくても欲しいものがすぐに見つかり、しかもバリューが高い状態で購入することができればそれでいいのだ。けれども実際に流通業で働いていると様々なことを考えなければならないし、仕組みがないと店舗を運営することもできやしない。そして、賛否両論があるのだけれどそういった仕組みを求めるのであればアメリカの小売業が一歩も二歩も進んでいるのが現状なのだ。

 もちろん、鈴木敏文がインタビューなどで事あるごとに言っているように小売業は非常にドメスティックなものであるのだから、アメリカの方ばかりを向いてノウハウを学ぼう盗もうというのも一面的過ぎる面はあるのかもしれない。たとえばウォルマートで扱っている商品の品質はトレード・オフされており、価格と品質のバランスは取れているが日本なら不良品といわれてしまうようなものもあるのが現実だ(ようは使えるけれど1シーズンで駄目になってしまうなど)。また、広大な土地を前提にした1層のローコストな店舗における不動産分配率と、日本国内の高い地価ゆえの多層階の店舗の不動産分配率を比較するのも酷な話だろう。

 それでも、やはり参考にしなければならない部分は非常に多いのだ。たとえば、ウォルマートは全米に1500店舗以上ある。ホーム・デポは1700店舗あるし、ギャップも1700店舗になる。それだけの店数を運営している仕組みやシステムには、やはり日本の小売業を凌駕する部分が確かに存在しているのだ。それに、世界で一番競争が激しいのも、アメリカの小売業であることも間違いないことであるし。

 そのアメリカの小売業の競争の中で、勝ち残りの条件を定義化してみせたことが本書の最大の特徴だ。安さはもちろん重要なファクターだが、すべての企業が安さを目指すべきではない。そんなことは当たり前のことなのかもしれないけれど、改めて具体例(成功例と失敗例)を挙げて説明されると非常にわかりやすい。それに、安さに関してはウォルマートを追随することは正直な話現実的に難しい(ウォルマートの年商は先日発表された「2004年度米小売業売上高」では288,189(百万ドル)だ。つまり、年間約30兆円の売上げを誇ることになる。ちなみに、日本の2004年度調査のトップであるイオンは4兆円の売上げ。8倍弱も違う)。
 戦略的にどの要因を目指すべきなのか、あるいは自社はどうなのかといろいろと考えさせられる本。
 密かな当たりという感じだ。


―――――――――

 お知らせ

 やっぱりどうやら、秋以降冬前くらいに横浜市に戻ることになりそうな感じです。
 社会人になってから7つ目の部屋に住むことになるのでしょうか?

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『飛ぶ夢をしばらく見ない』+『遠くの声を捜して』

2005年06月29日 | Book

 出張中に山田太一の昔の小説を2冊読んだ。『飛ぶ夢をしばらく見ない』と『遠くの声を捜して』の2冊。以前の出張のときに移動中に読んだ『異人たちとの夏』がとてもよかったので、また出張の時には山田太一を読もうと思っていたのだ。
『飛ぶ夢をしばらく見ない』は文庫本の裏側を見るとこう書いている。

 右足骨折で入院中の、人生に疲れ果てた中年男が、病室の衝立越しに出逢った女と不思議な一夜を過ごす。それからしばらくして彼女と再会したとき、驚くべき奇跡が起こっていた――。孤独を知り尽くした中年の男と、時間の流れに逆行して生きる女との激しい愛の日々。しかし二人で同じ夢を見ることはできない……。男と女の切ない愛と孤独を、ファンタジックに描いた感動の長編小説。

 映画化もされていたので、知っている人も多いかもしれない。つまり、この小説の「彼女」はなぜか若返っていくのだ。その理由はわからない。ただ、現実に再会するたびに驚くべき速さで、若返っていく。理由のわからない不思議な現象が進行していく中で、最後にどうなってしまうのかが予測されるが故に2人はより激しく求め合う。

『遠くの声を捜して』の方にはこう書いてある。

 このめくるめく淫蕩な感覚はなんなのだ――深い感情のかなたから、それはやって来た。不意打ちだった。アナタハ、ダレ、ナノ。結婚間近の二十九歳の青年を突然襲った正体不明の女の声。テレパシーのように届く声は、いったい誰なのか。日常を激しく揺さぶられながら覚醒していく青年は、ついに声の女と出会う時を迎えた……。独自の愛の世界を描いた山田ファンタジー三部作完結編。

 こちらの方も不思議な設定の物語だ。やはりある種の孤独を抱えている青年の心の中に、ある日突然、不思議な声が聞こえるようになるのだ。その謎の女は、誰かに声が届くことを祈り続けていたのだという。最初は気味悪がっていた青年は、やがてその声に心を開き、向かい合うようになっていく……

 どちらの作品も、現代の都市伝説とでも言うべき不思議な設定の物語になっている。主人公が孤独を抱えているところも共通している。不思議な設定の部分以外の箇所はいたってリアルで、それだけに(文中にもそんな描写があったけれど)この広い世界の中では、これらの本の中で語られているような出来事が、表面には出てこなくても実際に数多く起こっているかもしれないと思えてしまう。
 どちらの作品もどこか感傷的で、ある種の悲哀に満ちている。それはいまにも雨が降り出しそうな水気をたっぷりと含んだ遅い午後の雨雲のように、ギリギリのところで何かに耐えているようにも見える。そして、哀しみのようなものが共鳴して、理由の説明つかない奇跡を引き起こしていくのだ。その先にあるものが避け難い喪失であるにしても、一瞬でも心から繋がった(あるいは愛し合った)という充足感が胸に溢れればそれであとはどうでもいいのだと信じているみたいだ。あるいは、それさえあればどんな覚悟でもできるとでもいうように。

 個人的には、『飛ぶ夢をしばらく見ない』の方が強く印象に残った。
 とても切ない話。


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 お知らせ

『異人たちとの夏』もオススメです。読んだことのない方はぜひ。

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『ターゲット 全米No.2ディスカウントストアの挑戦』

2005年03月02日 | Book

『ターゲット 全米No.2ディスカウントストアの挑戦』読了。ローラー・ローリー著。田中めぐみ訳。商業界。

 帯にはこう書いてある。

 日本初☆ターゲット研究書。
 ウォルマートは怖くない!
 セレブも夢中! ターゲットの商品戦略!

 ターゲット(TARGET)は、全米第2位のディスカウントストアであり、ファッション性に富んだマーチャンダイジングの強みを活かして、ウォルマートが席巻する市場でも生き残っている企業だ。元々デイトン・ハドソンという百貨店が母体になっており、ホット商品に対する鋭敏な感覚によってファッショナブルなディスカウントストアという評判を勝ち得ている。かつて売上高で小売業第一位を誇ったKマートが安さのウォルマート、ファッションのターゲットの狭間で特徴を打ち出せず再生法を適用したことからも、競争の激しいアメリカで生き残るだけの強みを持っている企業であるということが伺える。

 考えてみると、確かに日本ではターゲットについて書かれた単行本はなかったかもしれない。ウォルマートについては、伝説的な経営者であるサム・ウォルトンについて、あるいは最新の物流システムや情報システムについて、さらにはリテールリンクを中心としたSCMについて書かれた本まで多数出ているというのに、第2位のターゲットについて書かれた本は発行されていなかった。しかも、ターゲットの場合は、1位の縮小コピー的な2位の企業ではなく、様々な特徴を有しているというのに。

 著者はCNNのビジネスニュースのプロデューサーなどをしていたビジネスジャーナリストであり、それ故に本書は客観的な特徴の説明と、一消費者としてターゲットにどのような印象を抱くのかというスタンスが中心となっている。そのため、たとえば細部の仕組みやシステム、売場管理の手法の具体的な内容についてはそれほど多くは書かれていない。同社の創業者などのエピソードや企業哲学など、概観やイメージを知るのによいといった感じだ。

 ターゲットの特徴は、ディスカウントストアに必要な安さに加え、ファッション性を高めていることに尽きる。
 それが中流階級の少し上の顧客(あるいは低所得でも他の人とは違ったモノへのこだわりのある層)へのアピールとなっているのだ。
 ターゲットはたとえばマイケル・グレーブスやフィリップ・スタルクなどとコラボレーションし、同社のプライベートブランドとして販売している。そのような商品が店舗の様々な場所に日用品とともに並べられ、売場のアクセントとなっている。また、ストアカラーは赤であり、店内は広い主通路が整然と区画され、ショッピングカート、レジブースの赤なども印象的で鮮烈なイメージを与える。つまり、同じディスカウントストアでもウォルマートやKマートが売場の乱れたいかにも安売りの店というイメージを与えるのに対し、ターゲットはそこで買い物をしている人がセンスのよい人に見えるような(顧客の満足度の高い)店舗なのだ。
 たとえば日本で言うと、無印良品のようなイメージを持ったディスカウントストアということができるのかもしれない。
 他の店で買うよりも、その店で買うことに若干の満足感が伴うような店という意味で。

 また、同社は特徴的な広告戦略を実施し、企業イメージを高めることを得意としている(その辺りはファーストリテイリングに似ているかもしれない)。他にも、ハウスカードの利用代金の1%を任意の学校に寄付することのできるプログラムや、税引前利益の5%を様々な慈善事業に寄付するなど、社会への貢献意識も高く、そういったところもある層の顧客には強く働きかける付加価値のひとつとなっている。売上高は約5兆円と、29兆円を売り上げるウォルマートの6分の1程度でしかないけれど、ある程度の位置をキープしているのだ。

 実際に、アメリカでターゲットの店舗で買い物をしたことがあるけれど、BGMのない、床が輝いている店内は、ストアカラーの赤色が印象的で、他の企業と比べてオシャレなイメージを持った。
 もちろん、この本で書かれているようにものすごくきれいなのかと言うとそこまでは思わないのだけれど、ウォルマートやKマートと比べるとファッショナブルな店というのは間違いないところだ。たとえば照明売場ひとつとっても、魅力的なデザインの商品が並んでいる。椅子のコーナーなんかは、お洒落なインテリアショップの一部かと思ってしまうようなバラエティに富んだ売場となっている。また、ファッションについても、モッシモがPBとなっていたり、百貨店が母体だけありそのシーズンの旬なデザインの商品が廉価で並んでいるのだ。
 ストアイメージが高いことは、ブライダル・レジストリー(結婚式のお祝いの品のカタログ)でも全米で有数の規模になっていることからも伺える。

 そして、勝ち残る企業が得てしてよいコーポレートカルチャーを有しているように、ターゲットもそういったものを持っている。顧客重視というのがそれであり、そこに忠実にフォーカスしているため方向性にぶれがないのだ。たとえば、最初の方にこう書かれている。


 なぜ、人はターゲットに魅せられるのか。
 品質の良い商品が適正価格で販売されているということは、つまり正直を意味する。苦労してやっと手にした顧客のお金の価値を重んじているのである。店内がきれいで整頓され、どこに何があるかわかりやすいということは、顧客の時間を尊重していることになる。商品が想像力に富んでおしゃれであるということは、裕福な人だけではなく、誰もが美を受けるに値するという信念を意味しているのである。年間1億ドルを寄付しているということは、顧客の地域社会に対する関心を共有しているということである。
 傍から見ると、それは単にショッピングをしているだけだ。しかし実際には、感動体験をしているということになる(11ページ)。


 この部分からわかるように、商品政策や売場、従業員のサービスなどすべてを顧客志向に徹底していることが重要なのだ。それは言うのは簡単でもなかなかできないことであり、それを愚直なまでに徹底し続け、改善し続けようとしているところは強みだと思う。
 今後、ウォルマート(やホームデポ)との競争がどうなっていくのか興味津々といったところだ。


 最後に、おもしろかったところを引用。


「夫は、私は買い物しているのではなく返品しているなんて言います。私はたくさん物を買いますが、一度も試着したことがありません。以前、ターゲットで友人の出産祝いを買ったことがありますが、皆で一緒にお祝いを買うときは幾つかの商品を買って皆に選んでもらい、選ばれなかったものを返品します。今までそのことに疑問を持ったことはありません。」(113ページ)


 ……疑問を持ってほしいような。


―――――――――

 お知らせ

 TARGETのホームページを見ると、その特徴がわかりやすいかもしれません。
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『赤い長靴』

2005年02月26日 | Book

『赤い長靴』読了。江國香織著。文藝春秋社。

 二人なのに一人ぼっち、ただふわふわと漂っている。寄る辺もなく。
 江國マジックが描き尽くす結婚という不思議な風景。
(帯より)

 書店で平積みになった本書を見て、帯の文章に対する作者の権限のようなものはどの程度あるのだろう? と思ってしまった。たとえば江國さんが、「江國マジックが~」というような文章にゴーサインを出すとは思えなかったからだ。もちろん、それはファンとしてそうであってほしくないなという願望のようなものなので、実際はどうなのかはわからないのだけれど。
 それでも「江國マジック」はないだろうとなんとなく思う。たとえば編集者がそう書いた方がより売上が上がると考えているのだとしたら、何かがちょっとずれているような感じがするのだけれど(それともそんなことはなくって、より多くの人が「きゃあ、江國マジックだって、楽しみー」とか思っていたりするのだろうか?)。

 この物語は日和子と逍三という四十になる夫婦の物語だ。年齢だけで言えば江國さんとほぼ同じであり、だいたい実年齢に近い主人公の物語が多いのはそのときそのときにしか書けないものを重視しているからなのだろうか。
 この夫婦は結婚して十年になるが子供はなく、そのせいなのか新婚というわけでもなく、落ち着いた夫婦というわけでもないと書かれている。二人とも俗世間的な人物というよりはどこか風変わりで、あるいは元々は一般的な人物だったのが十年の時間がそうさせたのか独特の閉じ込められたような世界の中で暮らしている。

 不思議なのは、言葉の通じなさだ。もちろん、長い付き合いであるとか、家族であるということは、必要とする言葉が少なくなっていくことでもある。お互いの生活パターンや性質や感情の動きのようなものがわかるようになってくると、いちいち言葉にしなくてもよくなってくるというのが普通だと思う。それはどこかでは寂しいことだけれど、いつまでも過剰な言葉がそこにあるというのもまた疲れてしまうことだと思うので現実的だ。
 けれども、いくら言葉が少なくなっていくとしてもエスパーというわけではないので、関係性の中から言葉がなくなることはないし、コミュニケーションは常に存在している。けれども、誰かとある程度の時間一緒にいたことのある人ならば、まるで自分の言葉が通じていないかのように感じられる体験――この本の中で誇張されている感覚のようなもの――には、思い当たる節があるのかもしれない。
 この夫婦の場合には、それがちょっとオーバーなくらいに描写されているのだけれど。

 日和子はいつも逍三に話しかけるのだが、逍三からは満足な返答は返ってこない。かろうじての相槌すらタイミングをずらして届く。日和子はそれに呆れたりおかしくなったりしながら、それでもいくらでも別の場所へ逃げ出すこともできるのに、自分から手錠をはめているみたいに一緒にいる。逍三も、時に足枷と思いながらも「これだけ一緒に暮らしていても、外から帰るたびにそこに日和子がいることに、ささやかな満足を覚え」ているのだ。根本的なところで、多くの他者を必要としないよく似た者同士の夫婦だと言えるのかもしれない。お互い、相手が近くにいるときには目に入っていないのに、相手がいなくなるととたんに心細くなったり、不安になったり、愛おしく思ってみたりするようなところもそうだ。年月の間に、透明な目に見えない蜘蛛の糸をお互いにゆっくりと巻きつけ続けているかのような感じ。
 そうすることで、いつでも離れられるのに、離れられないのだと無意識のうちに思い込もうとしているような。
 どんな夫婦の内にも、そんな不安定さがあるのだということが見え隠れしているのかもしれないけれど。

 時期は明確ではないけれど、江國さんの書く物語から寓話的なところが少しずつ失われていった過程と、結局は理解し合えない者同士が一緒にいるという現実感が増してきた過程とはたぶん同一なのだろうと思う。もちろんそれが悪いということではないし、作風が変わっていくのもリアルタイムの作家なのだから当然のことだ。
 けれども、リアルな細部を描写し続けているのに、どこかにあたたかな救いのようなものがあった作品(『きらきらひかる』から『神様のボート』くらいまで?)と比べると、最近の作品には誰かと心を繋ごうとするのにそれが致命的にすれ違ってしまっていたり、叶えられなかったりするままの作品が増えてきているような気がする。
 それは確かに現実的なのかもしれないけれど、結局は孤独な者同士で分かり合えないかもしれないけれど、通じ合えるような瞬間が確かにあったというような作品を、また読んでみたいなと思う。

 もちろん、この作品もそういったものを確かに書いていて、それがより現実的に描かれているというだけなのかもしれないけれど。

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 お知らせ

 江國マジックかぁ……

コメント (2)
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『最後の努力 ローマ人の物語ⅩⅢ』

2005年02月16日 | Book

『最後の努力 ローマ人の物語ⅩⅢ』読了。塩野七生著。新潮社。

 ローマが「ローマ」でなくなっていく――
 帝国再建を目指した二人の皇帝
 だがその努力が、逆に衰亡へと拍車をかける
(帯より)

 今巻では迷走の3世紀の後半に登場した皇帝ディオクレティアヌスと4世紀初頭のコンスタンティヌスの時代について触れられている。「パクス・ロマーナ」は過去のもの、あるいは一時的なものになりつつあった難局時に登場した2人の皇帝は、それぞれの資質に応じて様々な手を打ち少しでも広大な帝国を延命させようとする。ディオクレティアヌスは「二頭政」やがては「四頭政」を導入し、広大な帝国の分割統治を行う。それによりある程度安定した帝国ではあったが、ディオクレティアヌスの引退に伴って、曖昧な上下関係が失われた四頭の間で抗争が生じ、帝国は再び内部崩壊の道へと転がりだす。

 その過程で四頭のメンバーは入れ替わり、最終的にコンスタンティヌスが唯一人の最高権力者として帝国を統べることになる。歴史上キリスト教を公認したことで有名なこの皇帝は、元首制に近かったローマ帝国を、絶対君主制へと切り替えていく。
 2人の皇帝ともが、ローマ帝国のためにその時代では相応しいと思われる行動をとった。それが結果として悪い結果になってしまうのは、物事が終焉を迎えようとするときの、斜陽の時代を迎えるときの特徴なのかもしれない。すべての国家が永遠に繁栄するはずもなく、それは歴史の必定なのだけれど、それでもそのときの当事者たちは真剣に現状をよりよくすることを求め、また実行していたはずなのだ。

 読んでいると、たとえば企業についても考えてしまう。成長を見込めない、むしろ衰退期にある企業の中にいたとしたら、客観的に見たら崩壊は避けられないとしても、それでももし自分がその内部にいたらなんとか方法を見つけ出そうとしていくだろう。内部にいる者には(現実的には企業なら転職といった選択肢はあるけれど)そうする他はないのだ。むしろ、当時のローマ帝国にいた彼らは、他の国家に乗り換えることなどできるはずもなかったのだ。

 このシリーズを読んでいると思うのは、様々な細部に触れられていくことで、帝国の様子が大きなパッチワークを編み込んでいくように見えてくることだ。著者も帝国は多様であり広大だと書いているけれど、その様子を実感させるためにも、様々な事実に触れていく手法は有効だし効果的だと思う。


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 お知らせ

 いよいよあと2冊だと思うと楽しみなような名残惜しいような。

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『EQマネージャー』

2005年01月14日 | Book

『EQマネージャー』読了。デイビッド・R・カルーソ+ピーター・サロベイ著。渡辺徹監訳。東洋経済新報社。
 帯にはこう書いてある。

「仕事に感情を持ち込むべきでない」と考えているあなたへ
 部下や同僚、自分自身の感情を理解し、伸ばし、どのように実践するか?
「感情に賢いマネージャー」になるための効果的なマネジメントとリーダーシップのための処方箋。

 本書は、一昔前にブームになったEQ理論の開発者がはじめて書いた実践書の邦訳なのだそうだ。実際に読んでいくと、EQの高いマネージャーとそうではないマネージャーの比較のエピソードが語られ、その対比によって「感情の四つの能力」を理解しやすいものにしている。
「感情の4つの能力」というのは、以下のことから成り立っている。

 感情の識別:気持ちを読み取る。
 感情の利用:ふさわしい気持ちになる。
 感情の理解:気持ちから未来を予測する。
 感情の調整・管理:気持ちをともなって実行する。

 感情に意識を向け、理解を深めることは、物事(仕事)を進めていく上で重要なことであると本書は繰り返し述べている。感情は良くも悪くもグループに伝染するものなので、感情に留意して事を進めていかなければ思うような成果があがらないということは十分に考えられるのだ。けれども、いままではそういった面に光が当てられたことはあまりなかった。
 たとえば、本書の中では、討論の参加者に俳優を1名紛れさせ、その俳優にある討論では否定的な態度をとらせ、ある討論では肯定的な態度をとらせるという実験を行っている。すると、肯定的な態度をとった俳優のいたグループの方が討論が活発になり、参加者の気分も高揚していたのだ。その例から明らかなように、感情はある程度伝染するものであり、そうであれば成果を高めるためにも、感情の意図的な利用なども考慮されていかなければならないものということになる。

 確かに、そういった部分については、大部分曖昧なままにされており、意識的には行われていなかった部分と言えるかもしれない。
 けれども、本書では感情を理解することは重要視されている。
 つまり、よいマネージャーは、場の空気のようなものも含めてメンバーの気持ちを読み取り、現出している感情を利用して思考し、その根本にある原因や理由を理解し、もっていくべき方向へ導くために感情的な誘導や調整を行うことができるような人であるということだ。
 これは、様々な状況に身をおいて、メンバーの感情に深く耳を傾けることからはじめなければならない。もちろん、マネージャーであれば目指すべき、あるいは導くべき地点や方向性があるはずだ。ただし、それをただ強引に突きつけるのではなく、相手の感情の置かれている状況にも充分に留意することが必要になる。その上で、前述の4つのステップを踏んでいくことで、結果として正しい場所へ導いていけばいいのだ。

 それは簡単に言うと、ビジョンを持ちながらも相手の立場に立って考えることからはじめるということなのだと思うのだけれど、確かに意識していないと、ついつい忘れがちになってしまう部分ではあるので、気をつけていこうと思う。闇雲に楽観的になりすぎるのでも悲観的になりすぎるのでもなく、注意深く感情に対して向かい合う必要があるということも、なるほどなと思わされた箇所のひとつ。

 印象的なところをいくつか。

 感情知能には六つの原則がある。それは、「感情は情報」であり、「感情を無視することはできない」「感情を隠すことはできない」「効果的な意思決定には感情が重要である」「感情は論理的な流れに従う」「感情の普遍性と特有性」である。感情に賢いマネージャーはこれら六つの原則を前提に人と接することが重要である。(65-66ページ)

 われわれの記憶も感情と結びついている。あることを学習している間に経験した気分と、学習したことを思い出そうとする時の気分の一致が近ければ近いほど、学習した内容をよりよく思い出すことができる。自分がその情報を初めて入手した時と同じ気分でいる時に、その情報をより思い出すことができるというこの現象は、気分適合記憶力、あるいは、感情依存記憶力として知られている。(98ページ)

 感情が推移し、移り変わる方法や、感情の根本的な原因を理解することで、未来を眺め、ある程度の確実性をもってこれから起こることを予測する能力を身につけることができるのだ。(……)ある特定の出来事や状況に人がどのように反応するかを予測することを学習することはできる。この感情のWhat-ifの能力は、感情に賢いマネージャーが、もっとうまく作戦を練ったり、計画したりするために役立てることができるものなのだ。(224-225ページ)

 ①他の人に自分の価値観に従ってどのように行動してほしいかを形にして表すこと、②共通のビジョンを抱かせること、③革新する機会を模索し、物事を成し遂げるための通常の方法を疑ってみること、④協力し合うことを促進し力を共有することで他の人が行動できるようにすること、⑤他の人の貢献を認め共同体の精神を作り出すことで人々に希望を与えること、(326ページ)


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 お知らせ

 久しぶりに欲しい!(そして性能の割に安い!) と思わされる商品なのでした。iPod shuffle

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『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』

2005年01月07日 | Book

『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』読了。城繁幸著。光文社。

 表紙にはこう書いている。

 無能なトップ、暗躍する人事部、社内に渦巻く不満と嫉妬……
 日本を代表するリーディングカンパニーは、
「成果主義」導入10年で、無残な「負け組」に転落した!

 ちなみに、「帯」じゃなくて「表紙」なのは、この本が光文社ペーパーバックスというシリーズだから。最初のほうに、このシリーズの4つの特徴(1.ジャケットと帯がありません。2.本文の紙は再生紙を使っています。3.本文はすべてヨコ組です。4.英語(あるいは他の外国語)混じりの「4重表記」。)が明記されている。
 ちょっと違和感があるといえばあるけれど、読んでいるうちにまあ慣れてしまう。

 本題に入って、ちょっと前にベストセラーになった本を読んでみた。
 富士通と言えば大企業の中で先駆けて「成果主義」を導入した企業であり、その後の業績の低下を受けて、紆余曲折の後に「成果主義」の見直しを行ったということはなんとなく知っていた。けれどもいまではある種の成果主義を導入していない企業を探すほうが難しいくらいなので、富士通の成果主義が悪かったのか、そもそも成果主義自体が日本人になじまないのか、その辺りはいったいどうなのだろうということを確認したい意味もあって手にとってみた。

 もちろん、そこに書いてあることがすべて答えだとは思えないし、(ある程度以上の事実であるにしても)暴露本みたいでちょっと引いてしまうところはある。
 本書で書かれているようなことが事実としてあったのであれば、それはもちろん業績が低迷することにも頷けるし、最近の西武の一件を通じても、大企業であってもむしろそうだからこそどうしようもないところまで落ち込んでしまっているのかもしれないということも理解できる。いずれにしても、反面教師にしていかなければと思いつつ読み進めた。

 成果主義自体は、シンプルに書くと期首に目標を定め、期末にその目標に到達したかどうかで評価するといったものだ。目標を明確にすることで各従業員のベクトルが定まり、正しい方向に推進力がついていくだろうと当初は思われていた。
 けれども、実際には弊害として、

①目標自体を低く設定し、リスクのある課題や、中長期的な課題に挑戦しなくなった。
②個々人の成果にこだわるようになってしまい、よい意味でのチームワークが失われていった。

 という問題が顕在化し、それが急速に組織を蝕んでいった。
 誰だって評価は低いより高いほうがいいし、それであれば達成が疑わしい高い目標を掲げるよりは、実現可能な目標を掲げるようになる。
 また、評価は四半期や半期で下されるのだから、それであれば2年間成果が上がらないかもしれない研究開発にチャレンジしようというのは変わり者だけになってしまう。
 そして、従来の日本の家族主義的経営などは、衆知を集めてひとつの目標に向かうようなところがあり、いわゆる縁の下の力持ち的な存在も多くいた。けれども、成果主義ではそのような貢献が直接的な成果に結びつかないために敬遠されるようになってしまった。

 たとえそうであっても、この制度が公平に運用されるのであればまだ張り合いもあったのだろうけれど、結果的にはそうはならなかった。
 導入当初は実力を発揮し、成果をあげた分だけ待遇もよくなると思われていたが、実際には評価をする側の管理者層が年功序列の恩恵を受けてきた層であり、本質的な意味では成果主義を運用することができていなかったのだ。若手や平社員に成果主義を押し付ける一方で、自分たちの課題はオープンにせず、馴れ合いで高い評価を付け合い続けていたということもあったのだそうだ。また、評価者層は社員の目標シートを見もせずに、評価を決めていたりもした。絶対評価だと言いながら、実際には相対評価をしてさえいた。つまりは、高い志を持ってはじめたはずのことが、社内政治の中に埋没してしまったのだ。

 また、制度を大きく転換する場合には、トップの明確な意思と決意と覚悟が必要だと思えるのだけれど、それもなかったようだ。だからこそ各人の都合を差し込みされてしまった成果主義は、結果として重くなりすぎてしまってうまく離陸することができなくなってしまった。日本で始めて本格的に導入しただけあって様々な問題が噴出しただろうし、それが当然だと思うのだけれど、それを柔軟に修正させながらも当初の目的地に着陸させようという一貫した毅然たる姿勢がなかったようだ。

 と、書かれている内容を読んでいくと、富士通のような大企業がそんな状況なのかと驚いてしまう。
 けれども、多かれ少なかれ、どの企業にもそういった面はあると思う。いわゆる「大企業病」と呼ばれるようなものだと思うのだけれど、規模の大小こそあれ、そういった面は人間組織であればどうしたってないとは言えない。
 だからこそ、組織のベクトルを明確にするぶれないビジョンが必要になるのだし、それを繰り返し伝えるトップが重要になってくるのだと思う。
 結局のところ企業の浮沈はトップの方針に左右される部分が大きいし、こういった人事制度もトップの目指している未来の企業の姿の内部に流れる血液として、相応しいかどうかという面があると思う。それがうまく合致すれば、社員のモチベーションは高まり、企業の推進力は増すのだろうし。

 目標を設定し、それをブレークダウンし、実際に行動し成果を出したら評価される。そのフロー自体は決して間違ってはいないと思うのだけれど……
 いろいろと考えさせられるところのあるエピソードだった。


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 先日、教えてもらったのですが、2月5日以降に恵比寿ガーデンシネマに行かないと……

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『考える技術』

2004年12月29日 | Book

『考える技術』読了。大前研一著。講談社。
 裏表紙側の帯にはこう書かれている。

「これからの時代 論理的思考がなければビジネスマンとして生き残ることができない。」

 本書では変革のスピードがますます早く、不確実性を増していく複雑系の社会において、必要なものは知識や過去の成功体験ではなく、論理的思考能力であると看破している。この人の本ははじめて読んだのだけれど、昔の上司が愛読していて、読んでみた方がいいと薦められていた。そして実際読んでみて、確かに上司が好きになりそうな感じだと思った。

 論理的思考のための科学的アプローチであるとか、現場主義的にフィールドワークを重視することであるとか、著者の思考のプロセスのようなものが明らかにされていく。それは猛烈なバイタリティと卓越した問題意識、あるいは旺盛な知的好奇心に負うところの大きなものであり、誰もが真似できるものではないし、そうしようと思っても難しそうなことではある。
 けれども、その旺盛なスタイルの中には参考にできる部分も少なくないし、取り入れる努力をするべきこともたくさんある。

 いずれにしても、ポイントとなるのは現状を否定することからはじまる思考であり、その思考を思い付きの羅列ではなく仮説と実践的な検証に裏打ちされた強固なものへと具体化させていくことである。その飽くなき繰り返しのなかで、ある種の結論に行き着くまでの時間を短くしていくことができるようになり、その論理的思考のスタイルが血肉となっていくというわけだ。

 印象に残ったところ。

 具体的に今の仕事に役立つ思考トレーニングの題材として、最適なものを紹介しておこう。それは「自分が二階級上のポジションにいたらどうするか」を考えることだ。どの企業も、さまざまな問題を抱えているはずである。今、あなたが係長だったら部長、課長だったら取締役の立場に立ってみて、「自分だったらどうやってその問題を解決するか」、それを徹底的に考えてみるのである。(47ページ)

 現実の社会では誰かが何かを買っているし、それを買うときには何か理由があるはずだ。まったく理由もなく買うときには、どこのスーパーの棚にも並んでいるか、いつも行く店ではそれしか売っていないかのどちらかである。こうしたことも含めて、すべての問題には原因があり、その原因をよく理解すると、説明できることと説明できないことが出てくる。もし説明できないことが出てきたら、そのときこそがチャンスだ。
 説明できないことが出てきたら、「それはなぜか」という質問ができる。そうやってどんどん質問紙、理由の理由、原因の原因を見つけていけば、これまで誰も言っていないような結論に到達することができる。とくに最近は、そうした事例が非常に多いのである。(154~155ページ)

 まず第一に、「teach(=教える)」という言葉が禁じられているのだ。教えるということは、答えがあることを前提としている。だからこれらの国々では「learn(=学ぶ)」を使うのである。
 デンマークに行くと、「一クラス二五人全員が違う答えを言ったときが最高だ」というほどだ。子供たちが学び取るという考え方が基本で、テキストには「学校には答えを教える権利はない。学ぶ権利を支援するところが学校である」と書かれているのである。(168ページ)

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 お知らせ

 新刊だけあって例として挙げられているエピソードもカネボウ問題や金原ひとみ、iPodなど、旬な話題が多く読みやすいのです。

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『太陽の塔』

2004年12月29日 | Book

『太陽の塔』読了。森見登美彦著。新潮社。
 第15回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。帯には「膨らみきった妄想が京都の街を飛び跳ねる!」と書いてあるのだけれど、その言葉の通りに大学五年生の主人公である「私」の妙ちくりんな妄想が延々と語られる私小説だ。最初に、この物語がどのようにファンタジーになるのだろうかと思うのだけれど(だって、ほらファンタジーノベル大賞だし)、数ページを読み進めていく内にまあいいかと思わされてしまう。ささいな表現や比喩に笑わされて、その独特のリズムに乗っかることが気持ちよくなっていくのだ。

 たとえば、最初の方ではこう書かれている。

「京都の女子大生は京大生が奪って行く」
 と言ったとき、私は愕然としたほどだ。
 いくら目を皿のようにして周囲を見回しても、私の身辺には他大学の女子大生を略奪してくるような豪の者は一人もおらず、私を含めてどいつもこいつも、奪われる心配もない純潔を後生大事に守り通しているように見えた。松明を振りかざし、「女子大生はいねがー」と叫びながら、他大学まで女子大生を狩りに行くと言われている恐ろしい京大生はどこにいるのだ。今でも私はあれを一種の都市伝説と考えたい。(4ページ)

 こんなふうに、思わず笑ってしまうような文章が延々と続いていく。そこには妄想の世界に入り込んでしまう自意識の過剰さがあるのだけれど、優れた私小説はどこかで抑制が効いているように、この物語の主人公である「私」も乾いたユーモアによってある種の客観を保持している。誰もが妄想に片足や両足を突っ込んだことはあると思うので、人によってはその過剰な妄想っぷりに思わず共感してしまったりするかもしれない。

「私」は一年前に別れた恋人である「水尾さん研究」に精を出している。研究の成果として作成されたレポートは十四にのぼり、原稿用紙に換算して二百四十枚にもなっている。それでいて、「私」は読者に向かってその大論文が決して昨今話題に上っている「ストーカー犯罪」とは根本的に異なるものであると読者に向かって弁明していたりするのだ。やれやれ。

 物語は主人公を取り巻く一筋縄ではいかない友人たちのエピソードなどを絡めながら進んでいく。随所に面白い表現やエピソードがばらまかれ、決してトレンディドラマに出てくるような物語ではないのだけれど、それでもなんだか妙に面白く読むことができる。「甘い」というよりは「甘酸っぱい」、むしろ「酸っぱい」物語なのだけれど、こういうのもありなのだなと思う。

 Amazonのページでおすすめされていたので読んでみたのだけれど、書店で装丁を見ても買わなかったと思うので、Amazonに感謝。


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 お知らせ

 クリスマスシーズンのAmazonは、ピーク時には1秒間に32件の注文が入ったそうですね。

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