昨日出張の帰りに、東京駅から新幹線に乗って帰ってきたのだけれど、その前に丸の内にある「Oazo」を見てきた。
先日オープンしたばかりの、新しい再開発施設だ。
11時くらいだったのだけれど、話題の吹き抜けの通路はたくさんの人で溢れていた。正直、Oazoに関してはほとんど何も知らないまま見に行ったので、飲食店以外のショップがほとんどないのだということに少しだけ驚いて、国内最大級というふれこみの丸善をゆっくりと見ることにする。
丸善はたくさんの本が並べられてはいたけれど、地代の高いところに無理矢理建てました的な印象が感じられて、ちょっと窮屈な感じだった。サブ通路(メインの通路から伸びる本棚と本棚の間)がやや狭く、出張用の少し大きめのバッグを肩にかけたままでは人とすれ違うたびに「すみません」と言わなくてはいけないくらい。もちろん、それを考慮して荷物用のロッカーもあったけれど、ほとんど使っている人はいなかった。
それでもやはり品揃えは幅広く、他の店では置いていない本などもあり、いろいろ見て何冊か本を購入した。また、文房具売場では現在使っているシステム手帳と同じ物を販売していて、リフィルを購入することができたのはよかった。
都内には(というか全国的に)ここ数年巨艦店とも言うべき超大型店ばかりが乱立しているけれど、個人的にはある程度以上の規模の書店は本を探すのには向いていないような気がする。小さすぎる店も品揃えの点で及第点をつけることはできないけれど、郊外にこんな店があるなんて! というくらいのやや大型店の品揃えの方が本を探しやすいように思うのだ。
超大型店はぼんやりと歩いて、装丁買い(CDで言うところのジャケット買い)をするにはとても重宝するけれど、なんだか探す時間が多くなり過ぎて、最後の方には途方にくれてしまうような感じがする。こんな本もある、あんな本もあると気を惹かれ過ぎて気疲れしてしまうというか。
僕も一応小売業で店長をやっているので店舗レイアウトのことはよく考えるのだけれど、ものの本によると入店客の過半数の滞留時間はほぼ変わらないそうだ。だからこそそのほぼ決まった滞留時間の中でできるだけ多くの商品と触れ合う時間を作ってやることが重要で、そのためには歩きやすい通路幅(人間の肩幅はだいたい60センチなので、120センチ以上あるのが望ましい)を確保し、それぞれのゴンドラ(棚)毎のくくりをわかりやすくし、何かを探すということにかかる時間を極力短くすることが大切になってくる。
ということを考えると、丸善は素人目には少し通路幅が狭すぎるように思えた。ただ、それはとんでもない家賃(おそらく)のせいなのだろうし、そんな中でも目的の本を探しやすくするために、フロアマップがあったり、高い天井の上にはその棚にどんな種類の本が並べられているのかを明示していたり、検索用の機械を多数入れていたりと、色々と試行錯誤の跡は見えたのだけれど……
ただ、やっぱり買い物客としては、充分に広い通路で、周りの人を気にせずゆっくりと棚から本を抜き出したりしながら選びたいと思う。本は個人的なものなので、あんまり周囲に気を使うことなく(ぶつかったりすることなく)、没頭して選びたいし。
それに、丸の内周辺だけで丸善は何店舗もあるような気がするのだけれど、自社競合も含めた完全なオーバーストアなんじゃないだろうか? もちろんそんなのは余計なお世話だけど、競争に勝ち残るためには少々無理をしなくてはいけないということもあるのだろうか?(先日の日経MJにも、ライバル店の進出を避けるために、駅前の百貨店跡地にライバル企業よりも高い家賃を支払って入居の権利を勝ち取り、結果としてそれほどよい利益をあげることができていない企業の話が載っていた。地域のシェアを守ることが低い利益率よりも重要な局面もあるのだ。うーん)。
でもまあ、本を読む人が減ってきているといわれるなかで、娯楽が他にも数多くある中で、書店だけが自分ではどうすることもできずに巨大化し続けるかわいそうなモンスターみたいに、大きくなっていくのはなぜなのだろう? 競争はやがて、どこに行き着くのだろう? 本が好きな身としては、ちょっと生々しく心配に思ったりもする。
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お知らせ
青山ブックセンターの一件もありましたが、競争時代に突入しはじめているという感じがします。
学生時代なんかには、理想の書店ってこんな感じということを、考えたりしたものです。