2012/05/11
<私たちは金の卵>
しおみチョイス。ややウケ。ナターリアとローラに対し、俺のジッグラトがバベルの塔状態になっている件について。オムニバス。家庭教師、ローズマリー兄弟、トリ蔵はおもしろくないが、ミスするところまで含めてヤラセ、のカリカチュアライズとしてニヤニヤ。wikiはキャラとして書いており違和感。→天才美羽の記事。あえてキャラとして見ておもしろがるのはいいが、それがアプリオリにキャラとして認識され当然ながら製作者というバックがいることが忘れるのは愚の骨頂。
<エロスの淵源>
旅とゆめにっき。記憶の刺激刺激されるものは、あるいはそれによって出てくるものは人によって違う。ダンがそうであるように。しかもそれを明確に方向付けする言葉が欠落しているため触れ幅が広い。鏡像。予定調和の忌避。エフェクトを手に入れる理由も、ある場所を目指す理由と同程度には明確ではない。以上のような理由から、全てではないにしても、私の彷徨とそこに求めるものは、ゆめにっきの魅力の一つ、少なくとも私が強く惹かれる要因と非常に似通っているのである。つまりそれは、人間が超越者の基準に会わせるのではなく、超越者が人間の利益に合わせて振る舞ってくれるという思考様式。この物語は、エロスに振り回される藤田裕之の華麗にて波乱なる、日々のドラマである。やりたいやりたいすぐやりたい。ポッくんは歩く生殖器~。
<ゆめにきに続けて→旅のこと>
実際に話しているときは、応答責任と応答能力が問われる。だから冗談か本気かわからない話やとっかかりのない話題は避けたくなるのは当然。話してもGUSHIケンバンドにしかならないよ。だから話題として持ち出さないし、説明しようとも思わない。それを聞こうとする人間がたまにいるが、その時はなまあたたかい目を向けるだけ。経験不足か既決を読むマインドがないのか。あるいはそういう「奇行」をする人はその動機付けを話したくてしょうがないはずだと思っているのかもしれない。静的なブログの内容と動的な会話のトピックが同じにならないのはむしろ当然。本音と建前といった理由ではなしにね。
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