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ポケットにパク・ヒョシン 🥨

ニュース記事: 'ドラキュラ'ジン・テファ「スイートなジョナサンを見たければ私を'ピック'してください」

2020-05-28 18:00:00 | ドラキュラ
へヨンちゃん、テファくんのロングインタビューを訳して来ましたが...
もうそろそろ、ドンソクくんのロ.ン.グインタビューも出てきて欲しいわ
と思う今日この頃...

ところでテファくんもジョンウンファンなんですって ジョンウンちゃんはキャストにモテモテですね
ジョウウンファンサークルが出来そうだわね

テファくんのアイドル時代の映像を見つけたのでリンクを貼っておきます
▶️Crash







ジン・テファはアイドルグループBattleメンバーとしてデビューし、ソロ歌手を経て、ミュージカル俳優として活動している。彼は2016年ミュージカル『ドラキュラ』再演で縁を結び、ミュージカル界にデビューした。多くのオーディションに落ちたりもしたが、心機一転して多様な作品で舞台に上がった。その彼が自分のデビュー作であり、4年ぶりに帰ってきた『ドラキュラ』再々演で観客と会っている。ジン・テファは再演と比較して成長し、発展したという話を聞きたいと打ち明けた。特に、自分が演技するジョナサンはスイートな面影があると笑った。もっと発展した姿を見せたいので、力の及ぶ限りやるから、偏見なく自分の姿を見て欲しいと言った。 

ミュージカル『ドラキュラ(製作ODカンパニー)』はアイルランドの小説家、ブラム・ストーカーの同名小説を脚色しており、数百年の間、一人の女性だけを愛したドラキュラ伯爵(キム・ジュンス、チョン・ドンソクそしてリュ・ジョンハン)の話を扱った作品だ。2014年に初演、2016年の再演を経て、4年ぶりに再々演で戻って来た。4重のフライング舞台など、補完作業を経て再演より完成度を高めた。

ジン・テファは『ドラキュラ』再演に続き、再々演でもジョナサン・ハーカーに扮した。 ジョナサン・ハーカーは慎重で感性的な人物であり、ミナ・マレー(チョ・ジョンウン、イム・へヨン、リンジ)の婚約者であり、物差しで測ったように整った英国の弁護士だ。再演当時はワンキャストで約2週間の公演を行った。大劇場で上演されるデビュー作であっただけに極度の緊張感の中の公演に臨んだ。4年ぶりに戻ってきた『ドラキュラ』再々演はデビュー当時と違い、成長したと自信に満ちて話した。もちろん、不完全ではありますがもっと発展したジョナサンになりたいと話した。 



ミュージカル『ドラキュラ』は、この2月11日シャルロッテシアターで開幕した。4月1日から19日までは強力なソーシャルディスタンスへの参加やミュージカル『オペラの怪人』ワールドツアーのアンサンブル俳優2人が新型のコロナ・ウィルス感染症(コロナ19)の確定判定を受けた為に公演を中断した。3週間が過ぎた4月21日から公演を再開した。ジン・テファは来る6月7日まで公演される『ドラキュラ』で計75回を消化している。最後の公演まで16回を控えたジン・テファが言う『ドラキュラ』と彼が演技するジョナサン・ハーカーについて聞いた。


デビュー作である『ドラキュラ』の中のジョナサン・ハーカーを4年ぶりに再び演技する事になりました。『ドラキュラ』再々演で舞台に立った感想はどうですか⁉️

▶︎デビュー当時とかなり違います。デビューしたときは言葉そのままでデビュー作だしたから何もない白紙状態でした。その時は演出家が言う通りにこうして、ああしてとやりました 今は、キャラクターを自分で分析して見せています。今は多様な作品を通じて、ミュージカルというジャンルを学んで、俳優たちと呼吸を合わせながら「このようにするのか〜」と感じています。また、キャラクターを構築したり分析する方法を学んだんです。 今回『ドラキュラ』再々演で舞台に上がった時には再演と違い大きな目標を設定しました。デビュー作と変わった姿を見せるため、目標を設定し、その目標に向けて分析に力を捧げました。 


再演と違って大きな目標を設定したと言われましたが、その目標は何ですか⁉️ 再演と比較して変わった部分がありますか。

▶︎デビュー作と異なる姿を見せてあげたかったです。その目標一つの為にキャラクターをもっと分析しました。実際には再演と変わったというよりは、再演と異なる点を見つけました。再々演を始めて、セリフを読んだ時からデビュー当時に演技した場面が浮上し、苦しいんですよ。「こんなにうまくできる自信があったのに」ととても後悔しました。再々演では私の初登場シーン、ドラキュラ伯爵の城に到着して言うセリフから違います。再演当時は「いらっしゃいますか」というセリフをそのまま詠んだろしたなら、今は「本当にいらっしゃいますか?❓」と聞くんです。本当に些細な部分ですが、違いがあるんですね。私が演技するシーンについて目標があるということと、ないということついて感じるところが大きかったんです。



私が演じるジョナサンはドラキュラ伯爵に関心が強いんです。ドラキュラ伯爵は私の顧客だからです 事実ジョナサンが多くの質問を投げかけるのは、ある意味気が利かない行動でもありますが「ここまでやっていいのか⁉️」ととても悩みました。 練習しながら(リュ)ジョンハン兄さんと(イ)チュンジュ兄さんと、たくさん話をしました。「果たしてこのような質問が必要なのか⁉️」という事です。ところで、このシーンの目標はドラキュラ伯爵の立場で「お前はどうしてそんなに質問が多いのか⁉️ 私がなぜかを教えてあげるから」というのが内包されています。 質問が終わってナンバー《Solitary Man》が出てきます。ジョナサンの立場では気になったようです。チュンジュ兄さんが疑うように言うなら、私は本当に言葉どおりに情報を収集する感じです。「前に住んでいた方はなぜ出て行かれたのですか。」「家に問題があるのですか。」 「なぜ、ロンドンに移住したいのですか。」 と聞く感じですかね。異様なドラキュラ伯爵の姿を初めて見て恐怖心もありましたが、それを乗り越えてムードを変えるために質問をたくさんすると言うことでもあるんですね。 


ジョナサン・ハーカーの戦士をどのように作り上げましたか? 演技しながら、最も気を使う部分があれば⁉️

▶︎実際、ジョナサンに対するキャラクター説明が豊富なタイプではありません。どのように演技しなければならないかをたくさん考えました。戦士というよりはジョナサン・ハーカーと言う役が劇の中で「どんな性向、目的を持っていたのか」ととても悩みました。この人はミナをとても愛していた為に遠いトランシルヴァニアまで一緒に行こうと言って、実際に来てみると、ドラキュラ伯爵の城が気楽なところでは無かったから不安になり彼女を再び安全に送り出そうとしているんだなと思いました。そのため、盲目的な愛と自分の仕事を成就させようという目標があるという部分に神経をたくさん遣いました。

『ドラキュラ』の演出家が外国人なので詳しくは説明できないのですが、ニュアンスと雰囲気で伝えてくださいました。シーンの中で描かれた絵について再演とは異なる説明をたくさんしてくれました。ミナを想い愛する気持ちが純粋なので間抜けに見えないだろうかという点で慎重になります。ジョナサンの職業が弁護士なので、利口な人であるはずなのに馬鹿みたいに見えないかという心配があります。気が利かずに質問をよくする事は、それもまた仕事を成功させる過程に過ぎないと考えて演じています。まかり間違えば、重みがないと思われるかもしれませんが、私がジョナサンを通じて表現したいのはミナを思う気持ちがもっと大きいという事なんです。




『ドラキュラ』再々演を通じてキム・ジュンス、イム・へヨン俳優と再会したりもしたが、初めて呼吸す俳優が多いようです。初めて呼吸を合わせた俳優たちと共に演じた感想は⁉️ 

▶︎『ドラキュラ』再演当時はキム・ジュンス兄さんと作品に対して話を沢山出来なかったんです。今回の『ドラキュラ』再々演では話を沢山して下さいました。実は再演の時はデビュー作だったので自分の演技に忙しくて聞く準備が出来ていませんでした。自分の演技を見せる事に忙しく相手の言葉を聞く余裕がなかったんです。それで失敗を沢山したと思います。(イム)へヨン姉さんとは呼吸を合わせられたから良かったです。 

(リュ)ジョンハン兄さんとは年の差がけっこうあるんです。ところが、年齢差を感じられないほど、本当に気楽に接してくれました。年だけでなく、経歴も差が大きいけれど、私は楽に「ヒョン」と呼んでいます。(チョン)ドンソクとは私は同い年です。同じ清州地域出身なので、繋がりを深くしながら楽しく演じています。 (チョ)ジョンウン姉さんは私が1番好きな女優さんです 会うことを楽しみにしていました。 今回会えて光栄ですし、良かったです。 (カン)テウル兄さんと(ソン)ジュノ兄さんも作品を通じて初めて会いました。レンフィールド役を演じた(キム)ドヒョンは私の軍隊の後任でもあります

今回はペアたちが多くて再演とは異なります。各自ドラキュラの解釈も違いますから。これが様々なキャスティングの妙味のようです。練習期間中はキャスティングが多くてペア合わせが難しかった事が短所かもしれないです。実際に公演に入ってからは他のペアらと会ってみる楽しさもあります。その時その時の呼吸も違いますから。この俳優と演技していて、久しぶりに他の俳優に会えばまた変わるんです。公演期間中にお互いに悟ることが多くてそこから来る新しさもあります。 




ナンバーDracula's Exit、Fresh Bloodを歌う時にそっと上着を脱ぎますが、運動をしなければならないプレッシャーがあるようですが。

▶︎むしろプレッシャーはないです。 (イ)チュンジュ兄さんの体がとてもいいから「私はこの人に勝てない」と思っています。私もあのくらい良くなるんだったら運動をしたと思いますが、チュンジュ兄さんの腹筋は越えられない壁じゃないですか
筋肉痛も嫌いで運動はしません。私は幼い頃からダンスをしているので筋肉は鍛えられているようです。体を使うのは自信があるんです。デビューした時もセリフは上手く言えなくても、体をよく使おうと言ったんです。演技をしてみたことがないから体を使うよりは演技の方が下手だと思いました。それで体で「うまく飛ぼう」「遠くまで飛んで行こう」と決心しました。それでキム・ジュンス兄さんが私に「超能力が起きたみたい」と言われたりもしました


ミナ・マレーと一緒にWhitby Bayを歌うときには少し年下の男性っぽい感じがします。このナンバーを歌う時の演技路線はどのように設定しましたか。

▶︎年下の男に見えるように意図したわけではありません。心配になるから不安に思って、意外とミナがジョナサンを励ましてくれるんです。そんな部分が年下の男として感じられるようなポイントになったんじゃないかと思います。演出家が望んでいたのと異なるかもしれませんが、私は心配のテクスチャーの差だと思っています。演出家は当時の時代的に男性が権威的だったので、そのように話をして欲しいと望まれたようですがここで私の気質が現われます。 

愛する人に「心配になるから帰りなさい。」と権威的に言うことが出来なかったんです。ミナがジョナサンをかばうので年上年下の感じがするようです。実際に(チョ・ジョウウン、イム・へヨン)さんは、お姉さんでもあります。私の方が年下だからそんな感じがするのは仕方がないと思います。しかし、リンジと演技をするときは、やや間違えれば、幼い花嫁、幼い新郎という感じがふと顔を出したりもするんですよ。それで重みをもっと見せられるよう努力しています。




ナンバーBefore the Summer Endsを歌う時、ミナ・マレーだけを見てるようです。また、Train Sequenceの催眠シーン以降はミナの部屋の前に立っていました。

▶︎再演の時に歌った'Before the Summer Ends'と今とでは、また違った感じがします。もっと強くなったんです。実際ミナだけを見つめて、ナンバーを消化しているという注意が一度入ってきました。客席を気にせずミナだけを見ているんじゃないかという事です。ところで、このシーンではジョナサンがミナだけを考えている部分を表現するという目標があります。注意がありましたが、私の路線を完全には変えてはいません。サイドから客席を眺める角度を少し小さくしただけです 私が決めた路線を変えてしまったら自分の感情が壊れてしまいそうで。

'Train Sequence'の催眠シーン以降、ジョナサンが心配するのはミナです。情報を入手したと言うが、ミナに対する心配は大きいんです。この時からナンバー'Deep in the Darkest Night'を歌うまでは、ジョナサン自身の中で感情が行ったり来たりします。クィンシー・モリスがジョナサンにナイフを握らせてとしても、ナイフ受け取って「ああ❗️」というのは、話にもならないんですよ。依然としてミナを心配している中でアーサー・ホルムウッドの歌を聞きながら「アーサーはルーシーとの事があったからな。」と思いクィンシーのナイフをもらいます。それで同化されていく部分があるんです。私はそのような感情を描き出しています。 'Before the Summer Ends'以降にジョナサンが自ら成長して強くなるきっかけになったと思っています。 


ドラキュラ伯爵の城にまた行く時にジョナサン・ハーカーよりクィンシーモリスが先に棺を見つけるのは設定ですか? これは再演の時になかった部分だと思うんですが。また、世宗文化会館と異なり、現在公演されているシャルロッテシアターは、観客席と舞台が近くてストレスにならないんですか?

▶︎ジョナサンがドラキュラ伯爵の城に訪問したものの、棺があるところまでは行くことができないと思いました。城が広すぎるじゃないですか 入った時、松明を手にするのは暗いということでもあるし、「私が城の外を見るからクィンシーには君は裏を探してみて」と囁きます。この時、マイクへ入っていませんが、私たちだけで対話をします。再演当時にはこのような対話はなかったんです。また、'You Have My Word'を歌う前にクィンシーとアーサー、ジャックが「はい、約束します」「私も」「
しなければなりませんから」と言うじゃないですか。この時私が三人の目を見ているのですが、ジャックが私に「ごめん」と言います。もちろん、このときもマイクはついていない状態です




『私とナターシャと白いロバ』『パルレ』などを通じて近い距離で公演をした経験があるので、ストレスよりは詳細な部分が客席まで伝えられたらいいと思っています。大劇場の場合、観客席と舞台の間が遠く、意図した細かさが良く見えないかもしれません。小さな部分でも観客席に伝達したいのですが、このような部分がちょっと残念です。今回、シャルロッテシアターで公演を準備し、世宗文化会館で公演する時と違って劇的に細かさを追加しました。シャルロッテシアターは、観客席と舞台の間が近くてよく見えるんじゃないですか。再演当時、ナンバー'Life After Life'を歌う時にルーシーは血をつけなかったんです。今回は細かく見せられるので、血のり🩸をつける事にしました。それでもっとリアルに迫ってくるんです。


最後の公演まで多くの回が残っているわけではないですが、観客がジン・テファのジョナサンを選択する理由があるとしたら何でしょうか。 今年でミュージカルデビュー5年目を迎えましたが、これからどのような姿見せてくれるんですか?

▶︎リンジが私に「お兄さんのジョナサンはスイートだ」と言うんです。私が演技するジョナサンはスイートな様相があるみたいなんです。スイートなジョナサンを見たければ私を選択してください 大変な時期にも現在『ドラキュラ』を見に来てくれてありがとうございます。 どうなるか分からない状況で1日1日公演を続けていることに感謝しています。もっと上手く演じなければならないと思っています。

年が経つほど、焦りが生じます。もっと上手く演じたい欲があるので、焦りが出るようですが自分自身で鎮めようとしています。デビュー後、運良くずっとフィルモグラフィーを築いています。『機会は一度は来る』と話を良く話して頂くんですが、その機会を逃さないように事前に準備するつもりです。また、次の作品が何か知りたくなる俳優になりたいです。

ニュース記事: ミュージカル『ドラキュラ』吸血鬼が愛の鬼になった訳

2020-05-24 19:35:00 | ドラキュラ
記事を書いた方が、詩人で文化評論家オ・デヒョクさんと言う方なのですが...
詩人というところに触角が引っかかってしまい...、訳してしまいました

うむ。色々な作家がカタチを変えて、ドラキュラを描いて来たという訳ですが...
藤子不二雄の怪物くんに出て来るドラキュラは出て来ませんでしたネ。ボードレールの詩『吸血鬼』よりもトマトジュース🍅飲んで、ザマスを連発してシルクハット被っているドラキュラ🧛‍♂️の方が私にとっては身近なんですけどネ
再再々演の時は是非是非シルクハット🎩被って欲しいなぁ〜








物語はバージョンを異にしながら変奏されて成長する。特に幽霊や怪物の話は長い歴史を有しながら伝わり混乱した時期に古傷を刺激し蘇生したりする。

西洋で血🩸に対する渇きで苦しんでいる吸血鬼(vampire)と関連した話は、眠らない伝説となって数千年の歴史を持ったまま様々な文化的意味を形成し、生きうごめいている。吸血鬼の話は長い間漂流し、近代に入って数多くの小説を生み、数多くの映画も製作された。そしてミュージカルとしても公演されたが、2004年にブロードウェイで初演されたミュージカル『ドラキュラ(Dracula:The Musical)』が最初だった。ブラム・ストーカー(Bram Stoker)の小説『ドラキュラ』を基盤として作曲家のフランク・ワイルドホーンの叙情的な音楽を背景にスウェーデン、英国、日本、カナダなど、いくつかの国で公演され愛を受けた。 




韓国ではミュージカル『ドラキュラ』は2014年に初めて公演された。当時センセーションを巻き起こしたこのミュージカルが2016年、わずか2週間の公演を披露したのに続き、4年ぶりに再び豪華なキャスティングと幻想的かつ立体的な舞台、勇壮で叙情的な音楽として復活した。 4ヶ月間(2月11日~6月7日)ソウルシャルロッテシアターで公演されいるこのミュージカルは血🩸生臭い匂いがせず、とても愛らしくて切ない幻想的な'ドラキュラ'を見せてくれる。小説の中の'ドラキュラ'がミュージカルとしてこのような変化をもたらすことが出来るという事実に筆者は少なからず驚いた。



吸血鬼に対する話は遥か昔からあった。血🩸を捧げる儀式が全世界のどこにでも存在したため、それと関連した血を吸う幽霊の話も同時に存在したのだ。イブが作られる前にアダムの最初の妻だったリリスは城で甘やかされていたアダムに腹を立てて夫の元を離れ、悪魔の女王となったという。彼女は子どもの血🩸を吸い若い男の生殖力を奪いながら、生物の血を飲まないようにという律法を破ったという。ヘブライ人たちにとっては血🩸は生命でありながら、不純さの印でもあった。




そうして、イエスが血を流すことで人類を救援したという'新約聖書'の教えは血🩸を復活させる。吸血鬼はキリスト教的観点では死んだ者が煉獄(死者が罪を清める為の天国に入る前の場所)から帰ってきて、以前の肉体の中で生きている存在として認識されている。そして14世紀に入り、東部プロイセン、シレジア、ボヘミア地域を中心に吸血鬼の話が広がってきたが、それは黒死病の流行によって生じる迷信だった。その後17世紀初めに犠牲者の血で若さと美しさを維持しようとしたバートリ・エルジェーベト女伯爵のようなおぞましい話が広がり、1710年ペストの蔓延とともに吸血鬼話が爆発的に広がる。しかし、18世紀は啓蒙主義時代であり産業革命と共に理性が勝利を収め、吸血鬼を信じている人はなくなりそうだった。




Jean Marignyは、「過去の信頼と完全に決別してこそ、空想が鮮やかになる。しかし、いくら吸血鬼の存在を信じないと強弁しても吸血鬼に対する恐怖まで振り落とす事はできない場合もある。」(吸血鬼-眠れない伝説)という。科学と理性が勝利する近代でも吸血鬼は再び復活する。ゲーテの'コリントの花嫁'、ボードレール'悪の花'という詩集で吸血鬼は愛に対する渇きを歌うための比喩と象徴として復活する。 

私は身の毛のよだつような恐怖心に目を閉じた。そして真昼の日差しに目が覚めたとき、私のそばには、私の血をこのように深く吸い込む人形のようにきれいな女性の代わりに骸骨の破片が散っていた。(『吸血鬼の変身』中)

ボードレールは、上記のような詩を書いたが、本の中の六編の詩は非道徳的で卑猥だと削除されるほどだった。そしてテオフィル・ゴーチェの『死んだ恋人(1857)』とジョセフ・シェリダン・レ・ファニの短編『女吸血鬼カーミラ(1964)』が創作され、ここに多くの小説と映画、ミュージカルに影響を与えたブラム・ストーカーの『ドラキュラ(1897)』が加わる。

小説『ドラキュラ』は近代化による不安意識、そしてキリスト教的な強迫観念が生んだ結果とみることができる。(キム・ジョンガプ翻訳、『ドラキュラ』の解説参照。)
文明化されて産業化の先端を歩むようになった19世紀に人たちはゴシック小説を読みながら過去の呪術的世界に対するロマンチックな郷愁を持つことになる。

小説の中に登場するオリエント特急列車、現代式病院、拳銃など近代的科学技術は作家にとって不満でもあった。小説の中のパーカーは「遠い過去の世界は我々現代が取り除けないそれ自体の生命力を持っている。」と語る。

そして多くの話者たちが日記や手紙、電報など、多様なテキストを絶えず使う行為を行うが、これも誰かの視線を意識して自主検閲を行う近代性の証だ。そんな近代の世界は英国という世界に表象されて、その世界に徹底的に自らの欲望のみを追い求めるドラキュラは、純潔と貞操、扶養義務だけあり、性的欲望は去勢される世界に浸透した存在だ。

そして吸血は愛の行為を意味する。女主人公'ミナ'を貪るドラキュラをどうにか処断しようとするヴァン・ヘルシング一行の姿は、過去の従順で欲を求めない女性を作りたがっていた近代の男性たちの隠れた欲望が透写されたのだ。

そして敬虔なキリスト教信者だった作家はドラキュラの姿を醜悪に描写して、ヴァン・ヘルシング一行を天使の姿で描写し、キリスト教的救済の方法を話している。細めの顔にわし鼻、こめかみあたりのまばらに生えた髪の毛、とても長い眉毛、口ひげの下へと延びた出っ歯、とがった耳を持ったドラキュラは悪魔だ。キリスト教的倫理意識によって欲望の吸血鬼は殺さなければならないのだ。

ミュージカル『ドラキュラ』は、そんな小説のストーリーラインをそのまま持って来ているが、完全にバージョンが異なる。19世紀のドラキュラは21世紀には愛の情熱が肯定的で、美しいものとなってからまた現われる。

一人の女性を愛しているため、永遠の生を選択した'ドラキュラ'と彼を愛するしかない運命の女性'ミナ'の死を超越した世紀のラブストーリー'という宣伝文句はミュージカルが見せようとする世界を正確に表現している。生死を繰り返しながら一人の恋人だけを愛するという点に焦点を置き、ミュージカルはドラキュラを愛の化身として変化させているのだ。奇怪なドラキュラは、はためくマントを着た、健康でハンサムな俳優に変身して、恐れることなく愛を渇望するキャラクターになるのだ。思いやりと保護という美名の下、女性の欲望を抑圧した19世紀バージョンが、21世紀に完全に形を変えたと考えられる。

貴方は私にとってたった一人の人。私の儚い命の唯一の光 。
貴方だけが私を満たしてくれる私の愛
貴方を初めて見た瞬間、息も出来なかった。
その名を囁いても私の世界は震える。
私たちの縁は時間を乗り越えて共になる運命。 もう私の所へ戻ってきて一緒に踊りましょう。
夜明けに向けて…。 

ストーリー・テーリングは、小説やミュージカルと大差がない。しかし、ミュージカルは'フランク・ワイルドホーン'の叙情的で哀切なナンバー(映画のOSTに該当する音楽)が、代表曲《Loving You Keeps Me Alive》のような歌を通じて永遠な愛の叙事を作り出す。キム・ジュンス、チョン・ドンソク、チョ・ジョンウン、イム・へヨン、リンジなどが発する愛の歌は叙事を圧倒する。そこに19世紀のヨーロッパのゴシック風のデザイン、城を包む青い霧、4重の回転するターンテーブルとフライング技術が調和した立体的な演出という驚異的な舞台芸術に多数の観覧客たちが感動を受ける。

ニュース記事: 『ドラキュラ』リンジ ミュージカルは瞬間芸術、最後まで集中力が必要

2020-05-23 22:05:00 | ドラキュラ
リンジさんのミナは生で見ていないのですが...
YouTubeに上がっている映像を見る限りでは、とても上手ですよね。大学では3年間主席だったのだと...。
納得

ODカンパニーさんもリンジさん推しのようで、Upされたミナのナンバーもリンジさんがご出演されている映像が多いですよね

ミュージカル経験はあまりない方かと思っていたら、結構ミュージカルの舞台を踏んでいる方でした

これからは要チェック人物に入るのかな








瞬間の芸術、ミュージカル。その舞台の上で燦爛と輝く俳優、リンジがbntと出会った。リンジの清純可憐な印象だけを見ていたで、舞台の上の姿が簡単には描けなかった。しかし、インタビューし、内に隠された強さを向き合った瞬間、彼女の姿が鮮やかに彩られ始めた。彼女が持つ肯定のエネルギーは、エディターだけでなく彼女の公演を見る観客たちにも静かな感動と強い響きとして感じられるようだ。

計三つのコンセプトで行われた今回のグラビアで、彼女は日差しを浴びた春の乙女のコンセプトからガールクラッシュ(同性に好かれる魅力)、みなぎるストリートコンセプト、カントリームードの可愛らしいピンナップ・ガールコンセプト(セクシー)まで、彼女だけの活気と雰囲気を加え、完全消化するのはもちろん、優秀な表情演技と振る舞いにしきりに感嘆を誘った。

ミュージカルで第2の人生を誰よりも鮮やかに生きている彼女にミュージカルは何なのかを聞くと「昔話を見ると、太い綱によって新たな希望が訪れるように私にとってミュージカルは太い綱のような存在です。仕事がうまく行かなくてもいつもミュージカルだけは最後まで諦めていなかったので、努力しただけの成果を見つける事が出来たし、一人で開拓したからとても意味深くて大切なんです。」と話してくれた。

'ペスト'、'オ! キャロル'、'光化門恋歌'、'三銃士'、'英雄'など、大作ミュージカルに多数参加したリンジ。キャスティングの秘訣があるのかと聞くと「正直さと真実味が滲み出てミュージカルの関係者側にも通じたようです。他人の助けを受けていたら今まで堪えることも出来なかったはず、大切さもよく分からなかったと思います。私も多くのオーディションに落ちたし、失敗も経験したので、今の位置にはいられた。」と答えた。 

俳優にとって自信は演技に繋がる。オーディションで落ちると、自信も失い、挫折も経験するが、どうやって克服したかと問うと、「当然悔しくて大変だった。やめる事を何度も考えたが、頑張って努力したから機会が訪れました。 《光があれば闇もある》という主義なので不足している部分を埋めて利益を獲得すれば、それだけ自分も成長すると思っています。今オーディションに落ちたら‘この作品は私と縁がないらしい’‘私とイメージが合わないみたい’と少し肩の荷を下ろしました。」と話した。

現在行っている『ドラキュラ』と関連したエピソードを聞くと「すごく辛かったことが一度あったですが。ミュージカルはすでにスケジュールと俳優が予定されているので、薬を飲んで舞台に立ちました。 けれど、体がついていってくれなくて、観客の期待を満足させてあげられなくて申し訳なかったですし、初めて見る方には'あれがこの人の実力だ'と断定されてしまうから心配しました。その時から'体をもっとちゃんと管理しなければならない'と反省することになりました」と言い、「ミュージカルは公演している間マイクが顔に付いており、もう後戻りできない瞬間の芸術なので、最後まで集中しなければならないと感じ、また、そんな仲間の俳優たちが凄いと思いました。」と付け加えた。 

相手の俳優であるのと同時に歌手として先輩でもあるキム・ジュンスとの呼吸について、「ジュンス先輩は『ドラキュラ』を連続3年されているほどの‘ドラキュラ職人’と呼ばれている方です。‘ミナ’役はトリプルキャストで他の先輩たちは前からやっていて、私は今回の公演が初めてでした。新たに合わせてみる呼吸もありましらが、先輩が楽に積極的にリードしてくれました。」と感謝の気持ちを伝えた。 

最近の'コロナ19'でミュージカル界に影響があったかと聞くと「しばらくコロナで公演が中断されて、外に出られなくて家でネギを水耕栽培し始めました。一ヶ月ぶりに公演を再開することになりましたが、完全に収まっていない事もあり、マスクをつけて約1,300席を上回る席をほとんど満たしてくれた観客たちにとても感謝しています」と話した。

我が国の歴史的事件を扱うと重大な責任感が伴う。歴史ミュージカル'英雄'で'ソルヒ'役を演じた彼女にどんな感情で臨んだのか聞くと「'ソルヒ'役は、仮想人物ですが、オンナ安重根のような役と言いながら、本当に意味深かった。おかげで、歴史の勉強もまたするようになり、我が国の歴史、愛国心まで深まって俳優という職業にもっと感謝する気持ちになりました。」と説明した。

歌手からミュージカル俳優に転向してから7年目の彼女に欲しい賞があるか聞くと「幼い時は欲ばりでしたが、そんなことに頼っていると、逆に失望すると思います。気を引き締めて、コツコツしていけばいつか貰える日が来るんじゃないですか。」と答えた。

続いて、やってみたい役について「‘ジキル&ハイド’の‘ルーシー’のナンバーのうちに(A new life》と《Someone like you》があります。 私が受験の準備をした当時、演劇映画科の学生たちがよく歌ったナンバーですが、私もこの歌を歌いながら舞台にいる自分の姿を想像しながら夢を育ててきました。それで絶対に一度‘ルーシー’役を演じて、舞台で思う存分歌ってみたいです。」と笑って見せた。

中央大学演劇映画科に通い、3年連続首席を逃さなかった彼女に秘訣を聞くと「活動がなかった時代に収入がなかった時があったのですが、卒業迄まだかなり残っていて、授業料は高く、両親に小遣いはあげられなくても、出て行くお金は最大限阻止しなければと思いました。そのように学費の削減に向けて、移動中にメーキャップを受ける時にも、片手間に勉強したし、してみると、また面白かったんですよ。幸いにも努力するほど、よい結果が付いてきてくれたんです。」と謙遜した態度を見せた。

さらに、演技の練習はどうするのかと聞くと「台本に忠実にしようしていますが、セリフに溶けている感情とキャラクターに対する研究をたくさんして、他の作品で似たようなキャラクターがあれば、関連資料を捜してみます。」と言った。

彼女の同期には全国民が知っている個性あふれる俳優たちでカン・ハヌル、パク・シネ、コ・アラがいる。彼らとの出会いについて聞くと「ハヌルは私がデビューする前から心配してくれて助言してくれたんですが、最近とても上手で格好良いですね。シネも久しぶりに会うと、嬉しく迎えてくれてアラも時々連絡が来ます。 みんな頻繁ではありませんが、時々会って楽しく過ごしています。」と明らかにした。

グラビア撮影でも彼女の長めで細長いすらりとした体つき。しかし、無理なダイエットで体を酷使させたことも多かったという彼女に体形管理法について聞くと「皆さんの前で輝いてきれいに見せるためにはもっとたくさん努力しなければならないと思って、程々に寝て、程々食べることについては、当たり前だと思っています。また、あまりストレスを受けず、重要な事があればご飯を抜いたりもするし、ピラティスを7年しています。」と答えた。

一緒に呼吸を合わせてみたいロールモデルがあるのかと聞くと「公演だけでなく、多方面で認められているチョ・スンウ先輩のファンです。活動領域が広いけども全部消化する姿が素敵でとても真似たい。」と言及した。

舞台公演だけではなく、他の媒体を通じて大衆にもっと近づきたいという彼女に出演したいプログラムを聞くと「私に対する色眼鏡なしに歌だけできるMBC'覆面歌王'やKBS2'不朽の名曲'が面白そう、一度出演してみたいです。」と意欲を見せた。

最後にファンに向けたメッセージをお願いすると、「以前と今の私は変わらないのですが、時間が経つにつれ、内面も成熟して来て、深く考えるようになりました。それで、歌や演技について、広い心で一緒に共感してくれたら嬉しいですし、発展した姿を根気よく見守ってほしいです。」と話した。

ドラキュラインタビュー クリエーター

2020-05-23 18:05:00 | ドラキュラ
クリエーターの皆さんのインタビューです。
ずいぶんと前にUpされたモノですが...
なかなか、気分が乗らず...
手を付けたまま時間が経ってしまった訳を完成させましたょ



👉シン・チュンス(プロデューサー)
ミュージカル『ドラキュラ』は、ドン・ブラックとクリストファー・ハンプトン、そしてフランク・ワイルドホーンが作った作品です。

初演、再演、再再演とやって来て、より完成度の高い作品を見せたいと、いつでも観客の皆さんの満足を満たしたいという気持ちが作用しました。小さな部分であっても発展させて修正する気持ちで再々演を舞台に上げました。


👉ワイルドホーン(作曲家)
シン・チュンスプロデューサーは私にとって、とても大切な友人です。新しい事を試みて、観客の皆さんへ新しいモノを贈ろうとするプロデューサーで、ベストプロデューサーだと思います。
今回の新しい『ドラキュラ』は、今までの中で私が一番好きなプロダクションです。
音楽的にも素晴らしく、視覚的にも素晴らしく、オピルヨンデザイナーのセットも美しく、デイビットの演出も年月が流れるほどに成長して行くんです。

私が考えるドラキュラは、観客の皆さんが現実を少し後ろに置いて、私達のファンタジーワールドに来て頂ける作品だと思います。
なぜならば、皆さんへおやすみのキスをしてくれて、後ろを振り返ると喉首を噛みつき永遠の命をくれる誰かがいるからです。このようなキャラクターは生きていて出会う事もないし、危険度と隣合わせです。生命と死、そして永遠の生命。ですから、観客の皆さんが自分たちの世界をちょっと後ろに置いて、私たちの世界へとお越し頂ける素晴らしい作品なんです。


👉シン・チュンス(プロデューサー)
ミュージカル『ドラキュラ』は、初演から錚々とした俳優たちと共に作って来ました。その頃より深みにある、それからより一層繊細な演技を見せてくれると期待しています。

新しい俳優にによる新しいインスピレーションをお見せ出来る作品です。
チョン・ドンソクのドラキュラは、憐憫さを感じられる外見と、これからもっと良くなる爆発的なエネルギーをもっている俳優だと思っています。そしてリンジのミナは、まだちょっと荒削りだと思いますが、歌がとて上手な俳優で、これからもっと発展していける俳優だと思っています。
新しい俳優の登場により、他の俳優たちと交わす呼吸、もしくは派生する色々なエネルギーが公演をもっと豊かにする部分があるので、もっと深みのある演技をお見せできないかと思っています。


👉ワイルドホーン(作曲家)
ソウルの『ドラキュラ』のプロダクションはとても独特で他の国のプロダクションとは異なります。その上、全世界の流行をリードし始めました。若くしてヴァンパイアになり、脆く傷つきやすく、女性とどう接したらいいか分からない人物の話です。そのアイデア💡が、作品の全てを変えました。
公演時代を若返らせたのです。映画《トワイライト》のように。

音楽的には、ミナが《Please don’t me love you》を歌って、ドラキュラが《The longer I live》を歌うシーンが好きです。私にとっては公演だけじゃなくて、私の全てが生きて来て経験した事も学んで来た事も溶け込んでいると思ったからです。


👉シン・チュンス(プロデューサー)
根本的に再演をした世宗文化会館だったり、初演をしたオペラ劇場は、とても大きな劇場です。今回のシャルロッテシアターはミュージカルの専門劇場なんです。ですから、もっと密度のある劇場に来てみたら、舞台通して伝えるそのエネルギーをとても近いところで受ける事が出来て、目の前で繰り広げられる4重のターンテーブルの舞台セット、そして映像と同じ美学を通してファンタジー的な要素を上手く生かしていくプロダクションを初披露致します。

ドラキュラとヴァンパイアを素材にしている作品は多くあります。これからも限りなく作られて行くと思うのですが。私たちが取り扱っているのは、400年を越える愛ですが、ミュージカルで見られるファンタジーとエンターテインメントの要素が多いこの作品を楽しんで頂けたらと願っています。


👉ワイルドホーン(作曲家)
皆さん見に来て下さいね。周りの方にもお話しを聞かせて、何回でも見に来て下さい。この世界は情熱とロマンスに満たされ、セクシー危ないところです。





ニュース記事: 『ドラキュラ』チョンドンソク、'蠱惑'を一つの単語で表現

2020-05-20 16:30:00 | ドラキュラ
こちらもちょっと前の記事になりますが...
Upしておきます。

この記事を書いたカン・ミンギョン記者様、あらすじもとても分かり易く、見所も細かく簡潔に書いてくれているので、とても参考になります。(👈見れないけど...)

こう言う文才が私にも欲しいわ







'蠱惑'とは美しさや魅力のようなものにたぶらかされて正気に戻らないという意味を持つ。'蠱惑'という単語を一言で表現するなら、それはまさにミュージカル『ドラキュラ』に出演中のチョン・ドンソクと言える。 

ミュージカル『ドラキュラ』はアイルランドの小説家、ブラム・ストーカーの同名小説を脚色しており、数百年間、一人の女性だけを愛し続けたドラキュラ伯爵の話を扱った作品だ。2014年に初演、2016年の再演を経て、4年ぶりに再々演で帰って来た。4重のフライング舞台など、補完作業を通じて再演より完成度を高めた。

トランシルヴァニアの領主たるドラキュラ伯爵は、イギリスに土地を買いたがっていた。ジョナサン(イ・チュンジュ、チン・テファ)はドラキュラの土地購入と関連した業務担当となり、婚約者ミナ(チョ・ジョンウン、イム・へヨン、リンジ)を置いてドラキュラ伯爵の城へと向かう。ドラキュラはジョナサンの婚約者ミナによって400年に逆のぼり待っていた愛を思い出して、果てしない誘惑の手を伸ばす。ドラキュラは自分が愛した女性エリザベッサが転生したミナに永遠の命を与えたいと言う。婚約者ジョナサンがいるにもかかわらず、揺れるミナは結局、ドラキュラの切なる愛を選択する。



チョン・ドンソクは『ドラキュラ』で、キム・ジュンス、リュ・ジョンハンとともにドラキュラ伯爵役を演じている。ドラキュラ伯爵は400年間一人の女性を愛した人物だ。チョン・ドンソクは、キム・ジュンス、リュ・ジョンハンとはまた違った感じのドラキュラ伯爵を演じている。彼はイヤリングや指輪など、目立つアクセサリーなしに蠱惑的なドラキュラを表現した。 ただ赤い光を帯びるレンズだけを着用しただけで、冷たいながらも拒否できない魅力を持ったドラキュラを描いた。 

『ドラキュラ』の再々演に初出演するチョン・ドンソク。事実、初めて『ドラキュラ』の舞台に上がった時には、これまでチョン・ドンソクが演じてきたミュージカル『フランケンシュタイン』のビクター、『ジキル&ハイド』のジキルとハイドが思い出されたりもした。しかし、この考えは長続きしなかった。ただドラキュラに変身するために若干の時間が必要だっただけだった。時間が経つほどにチョン・ドンソクのディテールとナンバー消化力などは、前に演技したキャラクターを忘れるのに十分だった。むしろもっと熱狂させた。

『ドラキュラ』の代表的なナンバーは《Loving You Keeps Me Alive》と《Fresh Blood》、《Life After Life》だ。そのうちチョン・ドンソクの魅力がとてもよく表われるナンバーは《Fresh Blood》だ。Fresh Blood》は「Sa nulatingeți、V-am dat un ordin、națivrut saltineți(彼に手を出すな!私が命令したんだ!私の話を聞かぬと言うのだな!)」で始まる。声楽を専攻した彼ならはなのか発音も粘りつく。一度も聞かなかった人がいても、一度だけしか聞いた事のない人がいないほどだ。それ程までに耳にベタっとつく。



チョン・ドンソクは《Fresh Blood》の導入部から強烈さを披露する。ジョナサンの血を吸った後、チョン・ドンソクは声を変化させる。この変化の違いは明確に感じることができる。厚みのある声が薄くなり、さらに劇的に変わる。 また、フードを脱ぎながら完全復帰した容姿を見せつけるのだが、ここでも目が離せない。ナンバー消化力はもちろん、演技でもディテールに神経をたくさん使ったようだ。ジョナサンとの初めての出会いで自分が愛した女性エリザベッサの転生がミナだということを伝えているかのように囁く。「長い間この瞬間を待ちました。エリザベッサ、あなたを。あなたを本当に歓迎します」と言う。このセリフはチョン・ドンソクにのみに見られる。

それだけでなく、ミナにいつ笑ったのか思い出せないと言いながら「老けて、さらに寂しくみすぼらしくなりました」と語る。このセリフも、チョン・ドンソクのディテールだ。魅惑的なドラキュラの口からみすぼらしくなったという言葉が出たので共感ができない可能性もある。でも、チョン・ドンソクであるからこそ何でもないかのように済ますことができるのだ。チョン・ドンソクは三人のミナと演技する時の感じもそれぞれ違う。チョ・ジョンウンと演技するときは真摯な感じが強く、イム・へヨンと演技するときは自分の感情を素直に表現する。 特にイム・へヨンと呼吸する時はお互いに異なるディテールまで逃さない。ナンバー《Wedding》を歌う時には大きな腕を利用してブーケをしっかり捕らえる。飛んでいくブーケが、彼の手に安着した感じだと言える。

新型コロナ・ウィルス感染症(コロナ19)の影響によって『ドラキュラ』は、1日から19日まで公演を中断した。これは政府で勧告する高強度のソーシャルディスタンスの志に従ったものだ。今度の21日から『ドラキュラ』の公演が再開される予定だ。公演会場であるシャロッテシアター側は継続して防疫に気を遣っているという立場だ。公演が再開されたら公演会場で実際に魅惑的なチョン・ドンソクの演技を見ることをお勧めする。