犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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ことなかれ

2019年11月13日 | 椰子の実の中
繰り返してしまう、というふうに見えるのが依存症の難しいところだ。
脱け出す、きっぱりやめる、ということはまず無理であり、
日一日を「今日もやめていられました。」と過ごすことが
肝要なのだ、と、田代氏も活動の中で何度も説明してきた。

断つことができるのではないか、と思うのは
経験していない者の想像に過ぎない。
意志をしっかり持っていればそれでも避けられるんじゃないか、
と思うのも、体験していない者の高慢なご意見だ。

だから一度踏み外すとダメなんだ、
たった一度のことが人生を狂わすのだ、
といった言い方も、
痛み苦しみ葛藤を知らない人の幼稚な言い方に思える。



外国がどうであるか、異文化での捉え方がどうであるか、
私は詳しく知らないので、
これを「日本人の傾向」と言いきれないが、
どうも日本人の傾向と思えてならない。

何かが有ると、
「危険 立ち入り禁止」
と注意書きをする。

英語だと、
「enter at your own risk」
危険だということを知らせてはいるが、
決して「don't enter」とは言わない。

言語の違いと言えるかもしれないが、
まさに言葉の表現の違いは、考え方の違いがあらわれているとも言える。

日本は、体験して危険を知るのではなく、
危険は経験しないように事前に避ける。

しかも、自分の危険ばかりでなく、他人の身に起きる危険まで、
立ち入りを禁止してまで回避しようとする。
たいへんお節介かつ過保護な文化ではないか。



その一例が、「薬物、ダメ!絶対」といった文言だと思う。
「たった一回が全てを狂わす」とか
「その一歩が地獄への入り口」とか
こういった文言は、「始めてしまわないように」と
止めるための言葉のつもりだというのは理解できる。

しかし、これからやめよう、回復しよう、
これからの人生を作っていこうとしている人が
こういった言葉に触れると、
「おまえはもう終わっている」と切り捨てる意味になってしまう。

また、当事者以外の人の、薬物に対する捉え方にも影響する。
「そうか、一回やるとやめられないものか。」
「やっぱり抜けられないものなんだな。」
「あいつ地獄か。」といったレッテル貼りになってしまう。

宣伝の目的は薬物依存や被害を減らすためだっただろうけれど、
残念ながら、偏見を強め、希望を奪う結果となってしまう。



ただ、そこは言葉の表現として英語を直訳してはいけない。
「危険は自分で責任取ってやれ」
と日本語で言うと、まったくニュアンスが違ってしまう。



経験してみたほうがよく理解できる。
というのは、何事もそうかとも思える。

ただ、経験を乗り越えるには力が必要だ。
気力、体力、いつくしみの経験、周囲の支えといったもの。
それが不足している時は、心や体に傷が残りかねない。

やめといたほうがいい、という言い方を私もしがちだ。
自分自身に対しても、大きい困難は回避しておこうと考えがちだ。

ぬるい。
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