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犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

ゲゲゲの調布発信
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無三の友

2016年04月27日 | LGB&T
レインボープライドのパレードを一緒に歩いてください。



LGBTに理解ある人のことを、アライなんて呼ぶ。
どうもセクシュアルマイノリティに関する用語は、
アメリカ生まれのせいでカタカナが多くて意味がパッとわからない。
カタカナだからわからないだけでなく、それを日本語にしてもわからない。
セクシュアルマイノリティだって、性的少数者と直訳したところで、
意味は正確には伝わらない気がする。
言葉の意味は、その言葉が頻繁に使われる中でできあがり、浸透してゆく。

「すやまがそういう人でも別に気にしない。
今までもそうなんだし、これからも変わらない。」
こういうふうに言ってくれる人が、必ずしも理解者というわけではない、
とテキビシイことを以前書いた。
それはただ、自分と離れたところで起こっているデキゴト
として捉えているに過ぎないから、だ。
http://blog.goo.ne.jp/su-san43/e/c038886ee6ff6e2e1f5e0a95caab13c0

自分の身内、たとえば近い友人、たとえば我が子、あるいは配偶者がなんてこともあるし、
究極、自分自身だったらどうか。

「きもちわるー」とヒソヒソ言われ、好奇の目を向けられ、
いやがらせをされることもあり、レイプされることさえある。
それを負えるか。

少なくとも、そう見られるかもしれない、ということを負えるか。
負える人もいる。



私には、すっかり信頼してしまっている友人がいる。

1994年に、日本で初めてのレズビアン・ゲイ・パレードが行われた時に、
私は奮い立ち飛びつくように実行委員会に参加した。
ただ、担当したのが拠点となった渋谷の宮下公園でのイベントだったため、
パレードは歩けなかった。

その時に、小学校以来の旧友の女性が、パレードを歩いた。
その後結婚することになった男性も、一緒に歩いた。
ふたりで、レズビアン・ゲイ・パレードを歩いたのだ。

実際ふたりは男女のカップルだが、レズビアン・ゲイ・パレードを歩くということは、
「そういうひと」と見られる。
唖然とする人、見ないふりをする人、率直に質問してくる人、
沿道の人たちの様々な反応を身を持って体験してきた。



「気にしないよ」「かわらないよ」と言うことはたやすい。
関わっていないだけでもそれはできる。
知らんぷりするのと、大差無い。

私は、一緒に闘ってくれるのが、ほんとの意味での理解者だと思っている。
一緒に闘うとは具体的にどういうことができるのか、
明日また書こうと思う。

ひとつは、プライドパレードを一緒に歩くことだ。

今年の東京レインボープライドは5月8日(日)だ。
いきなり歩くのに抵抗があるなら、代々木公園のイベント広場に行くだけでもいい。
(Charaのライブもあるらしいよ。たのしみー)
あるいは、パレードに沿道から手を振るだけでもいい。

昨年も一昨年も一人ずつ、ストレートの友人が会場に遊びに来てくれた。
これはすごくうれしいことだ。

自分の足で、自分から動いて、近寄ることが大事だ。
遠くから見ているだけ、言葉をかけるだけとは、大違いになる。
お互いの世界観が、ちょこっと変わっていく。


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