[80点]
映画が始まって最初のショットは舞台となる平田家の家の外観だった。
特に凝った画でもなんでもない、ただの物語の場面説明のためのショット。
ここんとこ、映画のファーストショットやファーストシーンがやたら気になる自分としてはつまらない始まりだな…とかるい失望を覚えた…のだが、いやいや待てよ、家という不動の象徴から映画を始めるというのは山田洋次映画にとっては非常に重い意味を持つのではないか、と思い至る。
90年代までは山田洋次映画の魅力といえば旅をすることにあった。典型的なロードムービー(「幸福の黄色いハンカチ」や「家族」)もあれば、旅の始まりを描いた「故郷」があったり、旅の途中を描いた「遥かなる山の呼び声」があったり、「学校」シリーズも個人的にはロードムービー仕立ての2作目と4作目が好きだ。なんといっても山田洋次映画の代名詞たる寅さんは旅する男の物語である。
それが2000年代は山田洋次から旅が消えた。
時代劇三部作は、封建社会における武士階級という旅することが下手すりゃ大罪になるような人たちの物語である。そして吉永小百合三部作もうち二つは家を守る女の話だった。
ある意味で寅さんリメイクだった「おとうと」は旅するおとうとよりも家に残る姉にスポットを当てた映画だった。
そして実は観ていないけど「東京家族」(さすがにこればっかりは観たくないと思った。ガス・バン・サントが「サイコ」をリメイクした時と同じくらい気持ちはわかるけどばかばかしいと思った。偉大すぎる作品のリメイクはオリジナルの良さを再認識させてリメイクした人の評価を下げるだけだ。ピーター・ジャクソンの「キングコング」のような例外もあるけど)は久々に旅する映画に帰ったといえるかもしれないが、むしろ巨匠オマージュシリーズの一環だったと思う。
吉永小百合三部作と東京家族の4作品が巨匠へのオマージュシリーズで(「母べえ」は相当間接的だが黒沢明オマージュと言えよう)、「母べえ」と「小さいおうち」と「母と暮らせば」で戦争三部作なのかもしれない。
お気に入りのテーマにしばらくとどまって、やがてふらりと別のテーマに移っていく寅さん的映画製作を続ける山田洋次監督だが、「母べえ」以降は前述のようにテーマを一部ダブらせながらのモザイク型創作をしている。
なんか話がだいぶ逸れたけど、要するに時代劇三部作で日本を見つめ直し、その延長で戦争に翻弄される昭和の家族を描いた山田監督。
地理的な移動を映画に求める段階はとっくに終わったかのように、家をファーストショットに持ってくるのだ。
山田洋次映画のファーストショットを振り返ってみようと思って「遥かなる山の呼び声」を再見した。ファーストショットは根釧台地の荒涼とした自然描写だった。逃亡中の男が流れ着いた場所。この大地で繰り広げられるドラマだからオーソドックスだけどこれ以上ない幕開けだろう。
やっぱりこのころはそれなりにファーストショットを大事にしていたんじゃないか、と思ってさらに「幸福の黄色いハンカチ」を見てみたらそのファーストショットは…武田鉄也の暮らすアパートの天井に貼られた女の裸の写真だった。
どう考えても女の裸がこの映画にとって象徴的な意味をもっているとは思えない。単に物語の始まりであり、これから旅に出かける男の出発点を示しているに過ぎなかった。
やっぱり基本的に山田洋次監督はファーストショットで人を引き込もうという考えはないらしい。
そういえば山田洋次監督が敬愛する小津監督の映画もそうだ。ファーストショットはたいてい舞台となる街の固定ショットだ。単なる物語の始まりを示すだけのショットだ。
「家族はつらいよ」のファーストショットはそういう意味では山田洋次監督らしい、物語の舞台の提示だった。
ただ、ファーストショットから続くアバンタイトルに続いて、タイトルが映し出されるのだが、そのタイトルバックのアニメが素晴らしく、ドットの荒い文字で書かれた「家族はつらいよ」の文字が次第に壊れていく画なのだが、この映画をこれ以上ないほど象徴するそのアニメを、むしろアバンタイトルなしで最初に持ってきても良かったのではないか?
まずタイトルとスタッフ・キャストのクレジットから始める方が山田監督の好きな昔の日本映画らしくもあるじゃないか。
さて、ファーストショット考察から少し発展してファーストシーンまで膨らませる。
家にかかってくる電話。
平田家の長男の嫁(ちょっと前時代的な表現になるが)が電話をとる。
「俺だ、俺」という老人風の声。
詐欺に違いないと思って応対する嫁。
詐欺と間違われて機嫌を悪くするゴルフ中の平田家の父。
結婚というシステムによって作られた家族の不完全さを表現している。
小津の東京物語は息子娘に冷たくされた老父母が戦争で死んだ次男の嫁という言わば他人からとても優しくされる話だった。
その東京物語をリメイクした山田洋次が同じキャストで描いた現代の家族の物語は、息子の嫁ばかりか、息子も娘も他人、そればかりか長年連れ添った妻までが他人という、恐ろしく冷徹な家族ドラマとなった。
旅しようがしまいが家族を見つめることは決して止めなかった山田洋次が、家族という関係を一回ぶっ壊すところから始める物語。もちろん大騒動の末に家族の絆が再生していく、当たり前すぎるが誰もが望む結末へと流れていくのだが、家族とは他人の集合であることを暗示するような「俺俺」電話の勘違いエピソードは導入として素晴らしいと思う。
これだけ長く書いてまだ映画が始まって3分くらいのことまでしか書いていない。
大慌てでもう少し本編について書こう。
「家族はつらいよ」は崩壊の危機を迎えた家族が、まだ家族じゃない人によって救われる話であるかもしれない。
そういう意味では、(見てないけど)「東京家族」よりよっぽど山田洋次なりのアレンジを効かせた「東京物語」と言えるのではなかろうか。
東京物語は思うように育たなかった息子娘たちという親視点と、上京した親を正直いって邪魔くさいと感じる息子娘たちの視点が混ざり、家族の絆が薄まった中で、必死に他人なのに家族であろうとする亡き息子の嫁の話で、そう書くとだいぶ違うようにも思う。
「いわば他人」が一番親切にしてくれるという一点だけが似ているのだが、「家族はつらいよ」の蒼井優は予期せず起こった非常事態に直面してプロフェッショナルとして行動したにすぎない。(余談だが蒼井優のプロフェッショナルぶりはものすごく板についているように見えて、この女優の演技力の奥深さを感じたのだった)
絆が薄れてゆくことをどうしようもないものと受け入れる「東京物語」の諦念と、やはり家族の絆は強く大切にしなければならないという「家族はつらいよ」の希望にすがるような感覚はだいぶ違う。
しかしそうした変換こそが名作を現代に置き換えることではないだろうか。
ラストシーンで父親が「東京物語」を観ているところからも、家族の物語を作るに当たって山田監督が強くあの名作を意識していることがうかがえる。
映像にもストーリーにも凄さや目新しさはないけれど、常に次作が遺作になるかもとこちらのハラハラをよそに、軽い映画を作ってやっぱりハハハと軽く笑わせる、そんなところに巨匠の生き様を感じたのだった。
家族はつらいよ
監督 山田洋次
脚本 山田洋次、平松恵美子
撮影 近森眞史
音楽 久石譲
出演 橋爪功、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、九代目林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優
映画が始まって最初のショットは舞台となる平田家の家の外観だった。
特に凝った画でもなんでもない、ただの物語の場面説明のためのショット。
ここんとこ、映画のファーストショットやファーストシーンがやたら気になる自分としてはつまらない始まりだな…とかるい失望を覚えた…のだが、いやいや待てよ、家という不動の象徴から映画を始めるというのは山田洋次映画にとっては非常に重い意味を持つのではないか、と思い至る。
90年代までは山田洋次映画の魅力といえば旅をすることにあった。典型的なロードムービー(「幸福の黄色いハンカチ」や「家族」)もあれば、旅の始まりを描いた「故郷」があったり、旅の途中を描いた「遥かなる山の呼び声」があったり、「学校」シリーズも個人的にはロードムービー仕立ての2作目と4作目が好きだ。なんといっても山田洋次映画の代名詞たる寅さんは旅する男の物語である。
それが2000年代は山田洋次から旅が消えた。
時代劇三部作は、封建社会における武士階級という旅することが下手すりゃ大罪になるような人たちの物語である。そして吉永小百合三部作もうち二つは家を守る女の話だった。
ある意味で寅さんリメイクだった「おとうと」は旅するおとうとよりも家に残る姉にスポットを当てた映画だった。
そして実は観ていないけど「東京家族」(さすがにこればっかりは観たくないと思った。ガス・バン・サントが「サイコ」をリメイクした時と同じくらい気持ちはわかるけどばかばかしいと思った。偉大すぎる作品のリメイクはオリジナルの良さを再認識させてリメイクした人の評価を下げるだけだ。ピーター・ジャクソンの「キングコング」のような例外もあるけど)は久々に旅する映画に帰ったといえるかもしれないが、むしろ巨匠オマージュシリーズの一環だったと思う。
吉永小百合三部作と東京家族の4作品が巨匠へのオマージュシリーズで(「母べえ」は相当間接的だが黒沢明オマージュと言えよう)、「母べえ」と「小さいおうち」と「母と暮らせば」で戦争三部作なのかもしれない。
お気に入りのテーマにしばらくとどまって、やがてふらりと別のテーマに移っていく寅さん的映画製作を続ける山田洋次監督だが、「母べえ」以降は前述のようにテーマを一部ダブらせながらのモザイク型創作をしている。
なんか話がだいぶ逸れたけど、要するに時代劇三部作で日本を見つめ直し、その延長で戦争に翻弄される昭和の家族を描いた山田監督。
地理的な移動を映画に求める段階はとっくに終わったかのように、家をファーストショットに持ってくるのだ。
山田洋次映画のファーストショットを振り返ってみようと思って「遥かなる山の呼び声」を再見した。ファーストショットは根釧台地の荒涼とした自然描写だった。逃亡中の男が流れ着いた場所。この大地で繰り広げられるドラマだからオーソドックスだけどこれ以上ない幕開けだろう。
やっぱりこのころはそれなりにファーストショットを大事にしていたんじゃないか、と思ってさらに「幸福の黄色いハンカチ」を見てみたらそのファーストショットは…武田鉄也の暮らすアパートの天井に貼られた女の裸の写真だった。
どう考えても女の裸がこの映画にとって象徴的な意味をもっているとは思えない。単に物語の始まりであり、これから旅に出かける男の出発点を示しているに過ぎなかった。
やっぱり基本的に山田洋次監督はファーストショットで人を引き込もうという考えはないらしい。
そういえば山田洋次監督が敬愛する小津監督の映画もそうだ。ファーストショットはたいてい舞台となる街の固定ショットだ。単なる物語の始まりを示すだけのショットだ。
「家族はつらいよ」のファーストショットはそういう意味では山田洋次監督らしい、物語の舞台の提示だった。
ただ、ファーストショットから続くアバンタイトルに続いて、タイトルが映し出されるのだが、そのタイトルバックのアニメが素晴らしく、ドットの荒い文字で書かれた「家族はつらいよ」の文字が次第に壊れていく画なのだが、この映画をこれ以上ないほど象徴するそのアニメを、むしろアバンタイトルなしで最初に持ってきても良かったのではないか?
まずタイトルとスタッフ・キャストのクレジットから始める方が山田監督の好きな昔の日本映画らしくもあるじゃないか。
さて、ファーストショット考察から少し発展してファーストシーンまで膨らませる。
家にかかってくる電話。
平田家の長男の嫁(ちょっと前時代的な表現になるが)が電話をとる。
「俺だ、俺」という老人風の声。
詐欺に違いないと思って応対する嫁。
詐欺と間違われて機嫌を悪くするゴルフ中の平田家の父。
結婚というシステムによって作られた家族の不完全さを表現している。
小津の東京物語は息子娘に冷たくされた老父母が戦争で死んだ次男の嫁という言わば他人からとても優しくされる話だった。
その東京物語をリメイクした山田洋次が同じキャストで描いた現代の家族の物語は、息子の嫁ばかりか、息子も娘も他人、そればかりか長年連れ添った妻までが他人という、恐ろしく冷徹な家族ドラマとなった。
旅しようがしまいが家族を見つめることは決して止めなかった山田洋次が、家族という関係を一回ぶっ壊すところから始める物語。もちろん大騒動の末に家族の絆が再生していく、当たり前すぎるが誰もが望む結末へと流れていくのだが、家族とは他人の集合であることを暗示するような「俺俺」電話の勘違いエピソードは導入として素晴らしいと思う。
これだけ長く書いてまだ映画が始まって3分くらいのことまでしか書いていない。
大慌てでもう少し本編について書こう。
「家族はつらいよ」は崩壊の危機を迎えた家族が、まだ家族じゃない人によって救われる話であるかもしれない。
そういう意味では、(見てないけど)「東京家族」よりよっぽど山田洋次なりのアレンジを効かせた「東京物語」と言えるのではなかろうか。
東京物語は思うように育たなかった息子娘たちという親視点と、上京した親を正直いって邪魔くさいと感じる息子娘たちの視点が混ざり、家族の絆が薄まった中で、必死に他人なのに家族であろうとする亡き息子の嫁の話で、そう書くとだいぶ違うようにも思う。
「いわば他人」が一番親切にしてくれるという一点だけが似ているのだが、「家族はつらいよ」の蒼井優は予期せず起こった非常事態に直面してプロフェッショナルとして行動したにすぎない。(余談だが蒼井優のプロフェッショナルぶりはものすごく板についているように見えて、この女優の演技力の奥深さを感じたのだった)
絆が薄れてゆくことをどうしようもないものと受け入れる「東京物語」の諦念と、やはり家族の絆は強く大切にしなければならないという「家族はつらいよ」の希望にすがるような感覚はだいぶ違う。
しかしそうした変換こそが名作を現代に置き換えることではないだろうか。
ラストシーンで父親が「東京物語」を観ているところからも、家族の物語を作るに当たって山田監督が強くあの名作を意識していることがうかがえる。
映像にもストーリーにも凄さや目新しさはないけれど、常に次作が遺作になるかもとこちらのハラハラをよそに、軽い映画を作ってやっぱりハハハと軽く笑わせる、そんなところに巨匠の生き様を感じたのだった。
家族はつらいよ
監督 山田洋次
脚本 山田洋次、平松恵美子
撮影 近森眞史
音楽 久石譲
出演 橋爪功、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、九代目林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優
