過重ノルマが生み出す過労とパワハラの果てに
1999年11月8日、中部電力火力発電所の環境設備課主任だった関川洋一さん(参考文献中の仮名)が、知多半島の野間灯台近の空き地で、36歳の若さでガソリンをかぶって焼身自殺を遂げました。8月に主任に昇格してから一挙に増えた時間外労働と、度重なる上司からのパワハラの末の、すさまじいばかりの死でした。
関川さんは、環境設備課の「燃料グループ」に配属されていました。燃料グループの主な業務は、中電火力発電所の諸工事の予算算定と着工の手続きを行う「工事件名」と、技術・コスト上の問題点の検討を行う「検討件名」との2つです。具体的には、8月に発電所から諸工事の資料が提出されるのを受けて、関川さんを含む担当者6人で夏から秋にかけて予算編成作業を行い、10~11月の課長ヒアリングで工事の必要性・内容・予算規模などについて説明をするための書類作成に追われるという時期でした。
関川さんの時間外労働時間は、6月は51時間、7月は62時間だったのに対し、8月に86時間、9月に94時間、10月に117時間、11月の死亡前7日間で40時間の時間外労働にまでのぼっていました。主任に昇格した8月以降は、過労死ラインを大きく超える明らかな長時間労働です。9月の下旬には、関川さんは早朝覚醒などうつ病の症状を訴えるようになっていました。
この事件のもう一つの問題は、課長によるパワハラでした。課長は、要領の悪い部下を嫌い、そういった部下に対しては人格を否定するような発言さえ辞さない人物でした。そして関川さんは課長に嫌われていて、繰り返し「お前なんかいてもいなくても同じだ」「お前なんか主任失格だ」などという言葉を投げつけられていました。また、関川さんがいつもしていたシンプルな銀の結婚指輪を課長が気に入らなかったのか、「目障りだから、そんなちゃらちゃらしたもの」は外せと迫られていました。関川さんは何も反論しませんでしたが、指輪を外すことは拒み続けました。
11月7日、亡くなる前日も日曜出勤した関川さんは、夕方に8日の妻の美緒さん(同書中の仮名)の誕生日を祝う花束を持って帰宅しました。子どもがとった2人の写真には、関川さんの消耗しきった顔が写っています。翌8日、関川さんはいつものように朝6時に車で家を出ましたが、会社には風邪で休むと伝え知多半島へと走りました。亡くなった場所、知多半島の野間灯台近くは、美緒さんと結婚前によくデートした、そしていつかの夏休みに家族と海水浴に出かけた場所でした。13時半、消防隊が全焼した車から2・3メートルの位置で亡くなっている関川さんを発見しました。結婚指輪は遺体にはなく、美緒さんの小物入れの中にありました。関川さんは、課長の結婚指輪を外せという要求だけは拒み通し、かけがえのない美緒さんとの関係の証を、無傷のまま残したのです。
能力評価・パワハラと長時間労働
2000年に出した労災認定申請が棄却されたため、美緒さんは03年に名古屋地裁に遺族補償年金などの不支給処分の取り消し請求の行政訴訟を起こしました。そして06年地裁で原告勝訴し、07年に、国・労基署側が控訴した名古屋高裁で原告全面勝訴の判決を勝ち取りました。
中部電力は、初めから遺族に対して強硬姿勢で、行政裁判中は【業務量―長時間労働―うつ病―自殺】という連関を断ち切ろうとする国側の主張に論拠と資料を提供することに努めました。また、課長以下上司たちは長時間労働の実態を知らなかったといい募り、業務量は適正だった、それほど働かなければならなかったのは関川さんの能力が低かったためだと主張しました。うつ病も能力不足からくる焦りのためであり、課長による「指導」も能力不足の関川さんには必要な範囲だったと正当化しようとしたのです。加えて関川さんを追い詰めたのは美緒さんの配慮のなさだと結論付けようとさえしていました。
しかし、関川さんの能力は、高裁判決が述べるように、せいぜい期待される主任としては今一つといった水準だったというのが正確なところです。高裁判決では、業務を詳しく検討してその労働の過重性を認めるとともに、上司らの支援不足こそを指摘し、課長の指導はパワハラにほかならないと断じました。業務起因性、つまり職場の出来事の労働者にとってのインパクトがより明瞭に認定されることになったのです。07年にしてやっと、【「能力評定」―上司のパワハラ―長時間労働】という今きわめて普遍的にみられる職場のしんどさに、メスを入れられる判示ができたといえます。
この事例にみられるような、罵詈雑言や私生活への介入といった上司のパワハラは、企業体質の古さや上司自身の「品格」の低さを示していることは明らかです。しかしその根底には、企業の命運がかかっている過重なチームノルマをなんとしても達成しようとする意識があります。
過労死防止基本法制定によって、過労死はあってはならないという社会的な合意を示し、国や企業の責任を明確にすることは、企業が過重なノルマを課すことを制限し、ゆくゆくは無理な長時間労働やパワハラで部下を動かそうとする上司をなくしていくことにつながるはずです。過労死防止基本法の制定は、長時間労働やうつ、パワハラといった問題を解決するための最初の一歩です。ぜひ署名集めにご協力ください。
(参考文献) 熊沢誠『働きすぎに斃れて―過労死・過労自殺の語る労働史』岩波書店 2010
***「過労死防止基本法」制定実行委員会が求めていること***********************
「過労死」が国際語「karoshi]となってから20年以上が過ぎました。
しかし、過労死はなくなるどころか、過労死・過労自殺(自死)寸前となりながらも
働き続けざるを得ない人々が大勢います。
厳しい企業間競争と世界的な不景気の中、「過労死・過労自殺」をなくすためには、
個人や家族、個別企業の努力では限界があります。
そこで、私たちは、下記のような内容の過労死をなくすための法律(過労死防止基本法)の
制定を求める運動に取り組むことにしました。
1 過労死はあってはならないことを、国が宣言すること
2 過労死をなくすための、国・自治体・事業主の責務を明確にすること
3 国は、過労死に関する調査・研究を行うとともに、総合的な対策を行うこと
【署名へのご協力のお願い】
私たちは「過労死防止基本法」の法制化を目指して、「100万人署名」に取り組んでいます。
≪署名用紙≫(ココをクリックお願いします)をダウンロードしていただき、必要事項をご記入いただいた上で、東京事務所もしくは大阪事務所まで郵送をお願いしたいと思います。
まずは過労死のことや過労死防止基本法を多くの人に知っていただきたいので、ツイッターでつぶやくなどして広めてもらえると助かります。記事の一番下についているボタンからも気軽にツイートできますので、ぜひともご協力お願い致します!
【連絡先】 ストップ!過労死 過労死防止基本法制定実行委員会
HP:http://www.stopkaroshi.net/
twitter:@stopkaroshi ブログの更新のお知らせや過労死についての情報をお届けしています。ぜひフォローしてください!
◆東京事務所(本部)
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1999年11月8日、中部電力火力発電所の環境設備課主任だった関川洋一さん(参考文献中の仮名)が、知多半島の野間灯台近の空き地で、36歳の若さでガソリンをかぶって焼身自殺を遂げました。8月に主任に昇格してから一挙に増えた時間外労働と、度重なる上司からのパワハラの末の、すさまじいばかりの死でした。
関川さんは、環境設備課の「燃料グループ」に配属されていました。燃料グループの主な業務は、中電火力発電所の諸工事の予算算定と着工の手続きを行う「工事件名」と、技術・コスト上の問題点の検討を行う「検討件名」との2つです。具体的には、8月に発電所から諸工事の資料が提出されるのを受けて、関川さんを含む担当者6人で夏から秋にかけて予算編成作業を行い、10~11月の課長ヒアリングで工事の必要性・内容・予算規模などについて説明をするための書類作成に追われるという時期でした。
関川さんの時間外労働時間は、6月は51時間、7月は62時間だったのに対し、8月に86時間、9月に94時間、10月に117時間、11月の死亡前7日間で40時間の時間外労働にまでのぼっていました。主任に昇格した8月以降は、過労死ラインを大きく超える明らかな長時間労働です。9月の下旬には、関川さんは早朝覚醒などうつ病の症状を訴えるようになっていました。
この事件のもう一つの問題は、課長によるパワハラでした。課長は、要領の悪い部下を嫌い、そういった部下に対しては人格を否定するような発言さえ辞さない人物でした。そして関川さんは課長に嫌われていて、繰り返し「お前なんかいてもいなくても同じだ」「お前なんか主任失格だ」などという言葉を投げつけられていました。また、関川さんがいつもしていたシンプルな銀の結婚指輪を課長が気に入らなかったのか、「目障りだから、そんなちゃらちゃらしたもの」は外せと迫られていました。関川さんは何も反論しませんでしたが、指輪を外すことは拒み続けました。
11月7日、亡くなる前日も日曜出勤した関川さんは、夕方に8日の妻の美緒さん(同書中の仮名)の誕生日を祝う花束を持って帰宅しました。子どもがとった2人の写真には、関川さんの消耗しきった顔が写っています。翌8日、関川さんはいつものように朝6時に車で家を出ましたが、会社には風邪で休むと伝え知多半島へと走りました。亡くなった場所、知多半島の野間灯台近くは、美緒さんと結婚前によくデートした、そしていつかの夏休みに家族と海水浴に出かけた場所でした。13時半、消防隊が全焼した車から2・3メートルの位置で亡くなっている関川さんを発見しました。結婚指輪は遺体にはなく、美緒さんの小物入れの中にありました。関川さんは、課長の結婚指輪を外せという要求だけは拒み通し、かけがえのない美緒さんとの関係の証を、無傷のまま残したのです。
能力評価・パワハラと長時間労働
2000年に出した労災認定申請が棄却されたため、美緒さんは03年に名古屋地裁に遺族補償年金などの不支給処分の取り消し請求の行政訴訟を起こしました。そして06年地裁で原告勝訴し、07年に、国・労基署側が控訴した名古屋高裁で原告全面勝訴の判決を勝ち取りました。
中部電力は、初めから遺族に対して強硬姿勢で、行政裁判中は【業務量―長時間労働―うつ病―自殺】という連関を断ち切ろうとする国側の主張に論拠と資料を提供することに努めました。また、課長以下上司たちは長時間労働の実態を知らなかったといい募り、業務量は適正だった、それほど働かなければならなかったのは関川さんの能力が低かったためだと主張しました。うつ病も能力不足からくる焦りのためであり、課長による「指導」も能力不足の関川さんには必要な範囲だったと正当化しようとしたのです。加えて関川さんを追い詰めたのは美緒さんの配慮のなさだと結論付けようとさえしていました。
しかし、関川さんの能力は、高裁判決が述べるように、せいぜい期待される主任としては今一つといった水準だったというのが正確なところです。高裁判決では、業務を詳しく検討してその労働の過重性を認めるとともに、上司らの支援不足こそを指摘し、課長の指導はパワハラにほかならないと断じました。業務起因性、つまり職場の出来事の労働者にとってのインパクトがより明瞭に認定されることになったのです。07年にしてやっと、【「能力評定」―上司のパワハラ―長時間労働】という今きわめて普遍的にみられる職場のしんどさに、メスを入れられる判示ができたといえます。
この事例にみられるような、罵詈雑言や私生活への介入といった上司のパワハラは、企業体質の古さや上司自身の「品格」の低さを示していることは明らかです。しかしその根底には、企業の命運がかかっている過重なチームノルマをなんとしても達成しようとする意識があります。
過労死防止基本法制定によって、過労死はあってはならないという社会的な合意を示し、国や企業の責任を明確にすることは、企業が過重なノルマを課すことを制限し、ゆくゆくは無理な長時間労働やパワハラで部下を動かそうとする上司をなくしていくことにつながるはずです。過労死防止基本法の制定は、長時間労働やうつ、パワハラといった問題を解決するための最初の一歩です。ぜひ署名集めにご協力ください。
(京都大学法学部一回生)
(参考文献) 熊沢誠『働きすぎに斃れて―過労死・過労自殺の語る労働史』岩波書店 2010
***「過労死防止基本法」制定実行委員会が求めていること***********************
「過労死」が国際語「karoshi]となってから20年以上が過ぎました。
しかし、過労死はなくなるどころか、過労死・過労自殺(自死)寸前となりながらも
働き続けざるを得ない人々が大勢います。
厳しい企業間競争と世界的な不景気の中、「過労死・過労自殺」をなくすためには、
個人や家族、個別企業の努力では限界があります。
そこで、私たちは、下記のような内容の過労死をなくすための法律(過労死防止基本法)の
制定を求める運動に取り組むことにしました。
1 過労死はあってはならないことを、国が宣言すること
2 過労死をなくすための、国・自治体・事業主の責務を明確にすること
3 国は、過労死に関する調査・研究を行うとともに、総合的な対策を行うこと
【署名へのご協力のお願い】
私たちは「過労死防止基本法」の法制化を目指して、「100万人署名」に取り組んでいます。
≪署名用紙≫(ココをクリックお願いします)をダウンロードしていただき、必要事項をご記入いただいた上で、東京事務所もしくは大阪事務所まで郵送をお願いしたいと思います。
まずは過労死のことや過労死防止基本法を多くの人に知っていただきたいので、ツイッターでつぶやくなどして広めてもらえると助かります。記事の一番下についているボタンからも気軽にツイートできますので、ぜひともご協力お願い致します!
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