過労死防止基本法制定を求める署名にご協力ください!

大切な人を働きすぎから守るための法律をつくるために署名を呼び掛けています。

【妻たちの手記】連載(4)「夫は、死ぬ場所を求めて家に戻った」

2012-09-09 19:13:27 | 妻たちの手記
「夫は、死ぬ場所を求めて家に戻った」  今回は『日本は幸福か 過労死・残された50人の妻たちの手記』より、シャッター会社で働いていた夫を過労により1988年6月25日に亡くされた妻松村さんの手記を紹介します。  大学を卒業して文化シャッター株式会社に就職した村松さんの夫は、入社時から営業の仕事を行ってきました。営業の仕事が好きだった夫。営業マンとしておしゃれにもとても気を遣い、妻の村松さんは、 . . . 本文を読む

【妻たちの手記】連載(3)「製版技術者としての技術と誇りをとりあげられて」

2012-06-27 17:16:51 | 妻たちの手記
「製版技術者としての技術と誇りをとりあげられて」  今回は、会社の合理化・利益追求によって、専門技術職から肉体労働に追いやられ、体を壊して1990年3月に54歳で亡くなった中居和好さんの妻百合子さんの手記を紹介します。  中居さんは1954年に大日本印刷株式会社の京都工場に入社しました。それから29年のあいだ、優秀な技術者として写真製版の校正をしてきました。  ところが、1983年6月、同社 . . . 本文を読む

【妻たちの手記】連載(2)「レクリエーションブームでフル回転の観光バス業界で」

2012-05-15 23:28:26 | 妻たちの手記
 「レクリエーションブームでフル回転の観光バス業界で」  これは、観光バス運転手として長年働いて、その蓄積疲労ゆえに倒れてしまった織田さんの妻の手記です。  織田さん(当時51歳)は1988年2月20日に、客を迎えに行く途上の第二神明道路で、高血圧性脳出血(右視床出血)を発症して倒れ、左半身不随となりました。そして療養を続ける中、発症の7年後に亡くなりました。  織田さんは67年に淡路交通に . . . 本文を読む

【妻たちの手記】連載(1) 「拝啓 小里労働大臣さま」を紹介します。

2012-04-25 17:57:56 | 妻たちの手記
 「拝啓 小里労働大臣さま」  これは1987年に夫を過労死で亡くした八木さんの手記です。  八木さんの夫は東京にある総合広告代理店「創芸」の製作部門で働く中間管理職でした。人員不足のため、早朝出勤・深夜勤務・徹夜勤務・休日出勤・休日の自宅作業などが常態化していた末の過労死でした。  この事件では八木さんが労災申請したところ、以下の3つの事由で労基署から業務外認定を受けています。 (1)倒 . . . 本文を読む

【妻たちの手記】連載(0) 『日本は幸福か 過労死・残された50人の妻たちの手記』を紹介します。

2012-04-08 11:12:49 | 妻たちの手記
『日本は幸福か 過労死・残された50人の妻たちの手記』全国過労死を考える家族の会編(教育史料出版会)  今回は、『日本は幸福か 過労死・残された50人の妻たちの手記』という本を紹介します。これは、夫や息子・妻や娘を働きすぎで亡くした遺族の方々による手記を1冊にまとめたものです。読み進めるほどに、過労死によって突然家族を奪われる苦しみと、労災も認めてもらえない、企業の責任も問うことができないという . . . 本文を読む