読書の記録

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炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす

2017年03月27日 | サイエンス

炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす

佐藤健太郎
新潮社

 高校生のころだったかに、中間テストで17点という点数をとったのが「化学」である。定期テストにおける僕の史上最低の点数である。

 とにかく「化学」は鬼門であった。

 そもそも「周期表」というのがわからない。これはいったいなんの表なのかがわからない。どういう約束事で配列されているのかもわからない。

 分子結合もわからない。イオン結合もわからない。もうわからないだらけである。

 実験で丸底フラスコを加熱してなんやかやというのは楽しくはあったが、そもそも何をやりたくて実験しているのかはついぞ不明であった。

 

 というわけでこの「炭素文明論」。たいへん勉強になって面白かった。高校生の頃に読んでいれば、もう少し化学というものに興味をいただいたかもしれない。これ、中学生とかの夏休みの指定読書にしてみてもいいんじゃないの?

 人間の体は大半が水分というのは知られているが、次に多く含まれるのは炭素なのでそうである。本書によれば人体を構成する元素の18%が炭素。いっぽう、この地球の地表における炭素の存在比は0.08%だそうだ。

 人間がそうだということは、多くの生命もそうだと思うので、地表の中で炭素を集めたのが生命といってもよさそうだ。そしてなるほど。人類発達史というのは、炭素をめぐる(正確にいうと炭素による有機化合物)歴史なんだなと思う。「カロリー」のデンプン、「甘味」のスクロース、「うまみ」のグルタミン酸、カフェインにニコチンにアルコール、火薬にダイナマイトに石炭に石油。みんな炭素が仲立ちしている。

 

 ところで、本書のなかで唯一、無機化合物として窒素化合物―アンモニアの話が出てくる。これだけ炭素ではないのだが、著者としてどうしてもいれたかったのだろう。

 それは、20世紀はじめのユダヤ系ドイツ人カール・ボッシュだ。

 ボッシュの名前は、「第一次世界大戦で毒ガス兵器を発明した男」として知っていた。肥料化学メーカーの研究者だということも覚えていた。NHKスペシャルの「映像の世紀」でやっていたのである。

 だが、その前に、ボッシュは「人工窒素固定」という離れ業をやりとげ、人類を食糧難の危機から救っていた。これは言わば、現代ならば大気中に増えた二酸化炭素を分解して地球温暖化を解決してしまうようなイノベーションインパクトだ(化学史的にはたいそう有名らしいが、なにしろ僕は左記のごとくだったので、いちいち新鮮な話なのである)。

 ボッシュについては、毒ガスの話ばかり知らされたので、この人工窒素固定による農業肥料増産の話も同じくらいしてあげないと名誉バランスが悪いのではないかと思う。

 そのボッシュはしかし、毒ガス開発で、妻には抗議の意味も含めて自殺されてしまい、それでも研究開発をやめず、そして第2次世界大戦時にはユダヤ人ということで国外追放はおろか、その毒ガスで大量の同胞ユダヤ人が強制収容所で命を落とすことになる。

 化学史におけるボッシュの業績は、極端なまでに人類史の光と影に及んでいる。

 

 ダイナマイトのノーベルの業績も、ボッシュと似たような局面がある。「化学」というのは人類史における破壊と創造の因子なんだななどと思う。本書は最後に炭素をめぐる新素材の話や、メタンハイドレードなどの新しい有機エネルギーの採取を扱うが、明るい未来を炭素マネジメントできるように願いたいものである。

 


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