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ゲーム理論はアート 社会の仕組みを思いつくための繊細な哲学

2018年09月21日 | 経済

ゲーム理論はアート 社会の仕組みを思いつくための繊細な哲学

松島斉
現代評論社


 「連続的囚人のジレンマ」と「パノプティコン」のことが書いてあったので買った。この2つは、ぼくが前々から気にしている理論だからである。

 「連続的囚人のジレンマ」から導き出される「しっぺ返し戦略」というものを、僕は現実によく応用してきた。「しっぺ返し戦略」というのは、敵対しやすい相手がいるときとの渡り合い方である。会社なんかで立場上張り合うことになりやすい別部署の人間とかを相手にするときのやり方である。
 理屈は簡単だ。最初は相手がどう出てくるかわからない最初の1回目の顔合わせ、こちらは従順、あるいは協力的な態度で出る。
 そのときに、相手も従順、あるいは協力的な態度で出てきたとする。そのときは、次の場でも従順・協力的な態度で出ることにする。
 しかし、相手が敵対的な態度で出た場合。はその次の場では敵対的な態度をとる。とにかくとる。
 それは相手が従順・協力的な態度になるまで続く。ようやく相手が協力的な態度になったら、今度はこちらも協力的な態度をとる。
 これの繰り返しである。

 「しっぺ返し戦略」は理論上では「最強の戦略」と言われている。
 僕が何かと対立するときに指針にするのはこの「しっぺ返し戦略」であった。もっとも現実的にはいろいろな要因が挟むので理論通りにはいかないこともある。本書ではそのあたりの因子をかませた「寛容型しっぺ返し戦略」とか「レビュー型しっぺ返し戦略」という応用術を紹介・考察している。


 パノプティコンというのは「競技場型の刑務所」とでも言えばわかるかもしれない。独房が、ぐるりととりかこんでいる。中央に監視塔が立っている。つまり、囚人からみると常時監視塔から見張られていることになる。そして囚人同士はお互いの様子がわからない。ミッシェル・フーコーが引用したことでたいへん有名になったが、「見張られているかもしれない」という空気を漂わせることと、囚人同士では情報が交換できない、という仕組みが、このディストピア的な全体社会をつくる(パノプティコンの設計者であるベンサムはこれが囚人を更生できる最適かつ平和な仕組みと考えたそうな。ベンサムは「最大多数の最大幸福」という名言(著者いわく「おめでたい」をつくった人である)。

 支配的な上司や経営幹部がやってくると僕はこれを警戒する。パノプティコンはよく考え抜かれてたシステムだが、支配的な人は本能的にこういうことをやってしまうようで、「ひとりずつ呼び出す」とか「しばしばレポートを出させる」とかよくやるのだ。数年前にこの手のタイプの人が担当役員としてヘリコプター式にやってきたときは本当に冬の時代だった。僕はパノプティコンの概念を知っていたので、彼が社員に対して行う施策がいちいち支配的で、まさにこれはパノプティコンだなと思った次第である。パノプティコンの対抗技は「見張られている感じがするだけで実際は見張られていない」ことを見抜くーーつまり、レポートは出してあればいいのであって、そこに書いてあるものの精度はいちいちチェックしていなかったということ(つまり適当にすませて良いということ)、そして「囚人同士で情報交換しあう」-僕の場合でいえば同僚同士で情報交換を積極的にしあい、足並みをそろえておくことだった。中国の庶民の格言に「上からの政策には対策」というのがある。中国の歴史をふりかえるに庶民のしたたかさ、たくましさを感じさせる格言であるが、このときの僕のふるまいはまさしくそんな感じだった。


 つまり、ゲーム理論というのはそこそこ現実の世界でヒントになる。本書でも現実社会においての応用や思考実験をやっているが、僕としてとくに言いたいのは、こちらから仕掛ける「ゲーム理論」よりも、誰かに仕掛けれた不条理に対し、そこの「ゲーム理論性」を見抜くことで、立ち回りを見抜けることがあるということだ。


 ところで本書。なんというか、傲慢不遜な文章に最初は面食らってしまった。しかもちょいちょい主観的な価値観の吐露や感情表現も入ってきて、なんだこの本と思ったのだが、タイトルの副題に注意深く書かれた物言いや、読み進めて次第に見えてくる行間に、著者はかなり繊細な人とみた。この個性的な文章テイストも、なんかゲーム戦略的なねらいがあってあえてやっているのかもしれない。

 


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