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読書の記録

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ののちゃん  --「吉川ロカ」シリーズ

2012年03月26日 | コミック
 
 

ののちゃん  --「吉川ロカ」シリーズ

いしいひさいち

 

 いしいひさいちによる朝日新聞の4コマ連載「ののちゃん」を丹念に読んでいる人でないとわからないネタであるのだが、おととい(3月24日)、、2年越しの「連載」の最終回をむかえた。作者のサイトで作者本人がそうコメントしているのだから、最終回なのだろう。

 この「吉川ロカ」シリーズというのはなにかというと、

 10年前の海難事故で母親を亡くした高校生の吉川ロカは、ポルトガル歌謡のファドの歌手になることを夢見て、路上でライブ活動をやっていたところ、町で食堂を経営している一家が彼女の歌にほれ込み、平日うちでバイトをすれば、定休日に店をライブ会場にしていいと言ってくれ、ロカはこの一家の食堂「キクチ食堂」で働くことになる。学校ではどちらかというと浮き気味であったが、高校留年を繰り返す同級生が、引っ込み思案のロカに代わってマネージャー役を買って出て、地元のFMやレコード会社とわたりあい、さまざまな人間模様もあって、ついに高校卒業を目前にCDメジャーを果たす。

 という青春ヒューマンストーリーである。

 で、この話、何が特筆すべきかというと、上記のような話を、まるまる「ののちゃん」の中でやっていたのである。

 

 「ののちゃん」というのは、20年以上朝日新聞で連載されている4コマまんがであり、いしいひさいち特有のシュールで破天荒でとにかく(ファンには)オモシロおかしい連載なのだが、当然1話完結型であり、そのベースはギャグである。日本人離れしたののちゃんのお母さん「まつ子」も、いつも二日酔いでやる気のない藤原先生も、いつもお茶をこぼすミヤケさんも、朝日新聞紙上において読売新聞最高トップをモデルにした「ワンマンマン」も、ギャグをベースにしていて、そこには人情とか心温まるエピソードとかそういうものは一切ない。それどころか、いっさい時事ネタを絡めないことも有名で、3.11の際も、これはもう鉄の意思で徹底して日常のギャグを描き続けた(「地球防衛家のヒトビト」と好対照をなしていた。もちろんどちらが良い悪いという話ではない)。20年にわたって登場人物は年をとらず(いつのまにかいなくなったキャラや、設定が変わったキャラはたくさんいるが)、永遠の中をののちゃんたちは怠惰に生きていた。

 その中で2年ほど前に始まったのが、この吉川ロカなのだが、最初から異彩を放っていた。これだけが物語にストーリーをもち、毎回毎回のエピソードはオチがあることもあるが、ギャグとしてオチるのではなく、むしろヒューマニティとか、あるいは切なさ満点のまま4コマを終える回も少なくなく、そして吉川ロカとその周辺は連載の回を重ねるにしたがって年をとっていく。「ののちゃん」のレギュラー登場人物で、「吉川ロカシリーズ」にかかわるのは、キクチ食堂の面々くらいであって、そこだけ異空間のようであった(服装やアクセサリーの描写、さらには頭身も少し違っている)。こんな話が2週に1度くらいの割合で、「ののちゃん」に出てきていた。

 

 で、いしいひさいち本人によれば、これは「連載内連載」だったのだそうだ。コメントの前後の文脈から推し量るに、一種の実験作だったようである。

 4コマ新聞連載の中に、ある種の連続ものヒューマンストーリーを盛り込むのは、マンガ史においては必ずしもこれが初めてではない。アメリカで長期連載していた「ピーナッツ」(スヌーピーのこと)はたびたびそのようなエピソードを載せていたし、朝日新聞夕刊でかつて園山俊二が連載していた「ペエスケ」にもそういうエピソードはあった。だが、これらはみな短期に集中して行われたものであり、2年間にわたって、ちまちまと入れ込み、しかも本編のレギュレーションとあえて無視したシリーズ(まさしく「連載内連載」)というのはおそらく史上初である。

 いしいひさいちという人は、僕が小学生の頃にはもう「がんばれタブチくん」とか「おじゃまんが山田くん」で一世を風靡していた。バイト君、忍者無芸帳、鏡の国の戦争など面白がって読んでいた。それから30年近いわけだが、いっこうにクオリティが衰えない。もう大御所なのに、連載をやたらに抱え、実験的試みをあいかわらず「ののちゃん」でしている。徹底した職人魂、4コマにかける情熱は世界一といって良いかもしれない。恐れ入るばかりである。

 

※追記 単行本「ROCAストーリーライブ」の感想もこちらに書きました

 


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