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140字の戦争 SNSが戦場を変えた

2019年07月27日 | ノンフィクション

140字の戦争 SNSが戦場を変えた

 

デイヴィッド・パトリカラコス 訳:江口泰子

早川書房

 

 

トランプ大統領がCNNをあげつらって「フェイクニュースだ」とこき下ろすのをみたとき、何を幼稚な難癖と思ったものだった。一国の、しかもアメリカの大統領たるものがあんな子どものやけっぱちみたいな言い分で通用するんかいなと思った人は多いはずである。

本書は、フェイクニュースというのは決してそんな夕刊紙の三面記事のようなものではなく、もっとずっと狡猾かつ真剣であり、壮大で根深いということを示している。社会そのものの在り方が変わってきているのだといってもよい。

本書であげられるのはイスラエルによるパレスチナのガザ地区空爆。ロシアとウクライナのクリミア半島併合。そしてイスラム国ことISである。21世紀における代表的な戦争や内戦において、敵も味方もSNSは大きな影響を発揮した。SNSとは情報戦であり、兵站と補給であり、諜報とかく乱なのであった。国家ファクターだけでなく、経済ファクター、市民ファクターも巻き込むのがSNSだ。ウクライナでは機能しない国家にかわって有志個人がSNSで資金を集め、軍事物資を調達する。ISがSNSで戦闘員を募集していたのは有名だが、それは20世紀の志願兵ポスターのようなものではなく、もっと念が入った「洗脳」に近いやり方だ。

そして、敵も味方も自分たちのほうが「正しい」という物語をつくる。これこそがナラティブだ。このナラティブは一方にとって事実であり、他方にとってフェイクとなる。

しかし、どっちが真実かというのは、もはやかなり”どうでもいい”のが現代社会である。SNSが開けてしまった最大のパンドラの箱はもしかしたらこれかもしれない。いや、本来この人間社会において「真実は何か」なんてのは幻想であったともいうべきか。僕は「真実は何か」よりも「真実はこれということにしておこうという合意」がこの世の中を動かしているということをずいぶん前から思っていたわけだけれども、SNSの台頭はそれをさらに加速してしまったと思う。というのは、SNS台頭より前の時代は、国家やマスコミといった情報を発信するパワーをもつ機関が「これを真実にしておこう」というネタをつくれば、それが「真実」だった。歴史の教科書の記述なんかは古今東西かかわらず為政者が「真実はこれにしておこう」という取捨選択の編集そのものである。いずれもそれが本当に真実なのかどうかを証明するのは不可能解である。原発が未来のエネルギーなのも、民主主義が最高の社会形成手段なのも、モテる男が最高なのも、それが本当に「真実」なのかは証明はできない。ただ「真実はこれにしておこう」と情報発信側がみなしているだけである。

しかしSNSの台頭は、情報発信の仕組みと情報拡散のありようを変えた。「真実」は情報発信者の数だけ増えるようになった。そうなってくると、どの「真実」がより「真実らしいか」という競争と淘汰が始まる。そして人がより「真実」っぽく思えるのは、客観的事実や数字ではなく、感情的・個人的な意見であり、左脳的な議論ロジックよりも、感情の起伏に訴えるものだ。ずいぶん前に福田和也が、人間は「真善美」では「美」で動くと喝破していたが、まさにその通りだと思う。これがナラティブ戦略をつくるのだ。どちらがよりぐっとくる信じたいストーリーをつくれるか。そして他方はこれをフェイクニュースと非難する。情報とはなにかという根源に立ち戻れば、どちらも事実であり、どちらもフェイクなのだ。

ガザ空爆では、イスラエルもパレスチナもSNSで世界に情報発信をした。クリミア半島ではウクライナもロシアも情報発信をする。そこにイギリスの青年が加勢する。ISの洗練されたSNS戦略に対し、アメリカもSNSで情報発信をする。これらのアカウントはひとつではない。第三者の顔つきをして、その実どちらかに組みした情報発信者たちがおのれの信じる「真実」を情報発信し、ナラティブをつくりあげるのである。「真実」っぽいナラティブとは客観的事実でも数字データでもない。感情を刺激する写真や物言いだ。

ことは「戦争」に限らないと思う。今の世の中はおおむねそんなナラティブの錯綜で動いている。トランプ大統領がことあるごとに敵陣をフェイクニュースと言ってこき下ろし、自身のTwitterを駆使するのは、現代社会の力学の象徴そのものなのだ。

 

 


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