ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

「古典モノ語り」 なぜあえて塀を修理しないの?

2023-01-31 | 読書日記

「古典モノ語り」(山本淳子著 2023年1月 笠間書院刊)を読みました。

「伊勢物語」「源氏物語」「枕草子」「「落窪物語」「蜻蛉日記」などなどに
出てくるモノにスポットを当てている。

取り上げているのは表紙絵にある
牛車
築地(塀)


ゆする(髪を梳くときに使う米のとぎ汁)
御帳台

……

中でも築地の章が面白い。

平安時代、塀は木ではなく土を固めて作られていた。
だから崩れやすい。
足で蹴っただけでも崩れる。
でも、土だから修理はそんなに難しくない。
なのに
「ものかしこげに なだらかに修理して
門いたくかため きわぎわしきは いとうたてこそおぼゆれ」
(小賢しげにすっきりと修繕して
門を固く閉ざし、四角四面なのは実につまらないことよ
「枕草子」)
修理をしては不粋なのだそうだ。
なぜ修理をしてはいけないの?

それは築地がその家の経済状態を表すからだ。
築地の破れは
家の主である女性を経済的に支える人がいないことを表している。
通って来る男がいないということだ。
通わせる隙がある
「魅力的な哀れさ」の表現なのだ。

著者はこれを「わび住い効果」と呼ぶ。

これは、変わらぬ想いの証でもある。
「源氏物語」の末摘花の荒れた屋敷の様子は
「だれも通う人はいませんよ
ずっとあなた(光源氏)をお待ちしています」
ということを表している
のだという。

なるほど。





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「切手デザイナーの仕事」 日本に8人しかいない職業

2023-01-28 | 読書日記

「切手デザイナーの仕事 日本郵便切手・葉書室より」(間部香代著 2022年10月 グラフィック社刊) を読みました。

切手箱を見て
そろそろ切手が無くなりそうだなと思うと
いそいそと買いに行き
郵便局のファイルを見て
よさそうな特殊切手を買う
くらいの切手好きですが
この本は面白い。

日本郵便の「切手・葉書」室には8人のデザイナーがいる。
日本に8人しかいないとも言える。
その8人を取り上げたのがこの本。

ちゃんと文章ページの中に
カラーで切手の写真が入っている。
カラーページにまとめて
なんていうケチなことはしない。
(いい出版社です)

ぽすくまをデザインした中丸ひとみさんは
切手デザインの仕事に加え
手紙振興の仕事もしている。
東京の青山に期間限定のぽすくまカフェも開いたし
スコットランドから登録証明を貰ったタータンチェックも作った。
中丸さんは言う。
「切手には余白が必要なんです。
送る人の気持ちをのせる余白が」
ぽすくまは今では一円切手にもなっている。

2円切手のうさぎをデザインした貝淵純子さんは
「ぐりとぐら」切手も担当した。
(わたしも買いました)
竹久夢二の細長い切手をデザインしたのもこの方。

中には郵便集配の仕事からデザイナーに転身して来た方もいる。
山田泰子さんは
モーツアルトやクリムトの絵を配した
「日本オーストリア友好150周年」切手をデザインした
……

児童文学を書いている著者の
やさしい語り口と
ふんだんにある切手の写真が
響き合っています。

 

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「なくしてしまった魔法の時間」 安房直子コレクション

2023-01-22 | 読書日記

「安房直子コレクション1  なくしてしまった魔法の時間」(安房直子著 2004年3月 偕成社刊)を読みました。

挿絵は北見葉胡さんです。

「きつねの窓」
他11編が収録されています。

教科書にも掲載されている「きつねの窓」
もいいけれど
この中では
「北風のわすれたハンカチ」が特に好きです。

北風の吹く寒い山の中にひとりぼっちで住んでいる熊
熊は
父さんがドーンとやられて
母さんもドーンとやられて
妹も弟もみんなおんなじで
とってもさびしいんだ
胸の中を風が吹いているみたいに
なのです。

ある日
北風がやって来ました。
北風の持っているトランペットを習おうとした熊は
前歯を折ってしまいました。

またある日
今度は北風のおかみさんがやって来ました。
おかみさんの持っているバイオリンを習おうとした熊は
見込みなしと言われてしまいました。

またまたある日
北風の少女がやって来ました
……

「雪は、ほと、ほと、ってうたいながら落ちてくるのよ」

「耳に
青いハンカチを、花のようにかざった熊が一匹
しあわせな冬ごもりにはいったのです」
(しあわせな眠り)

という表現が素敵です。

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「栞と嘘の季節」 米澤穂信の新作ミステリ

2023-01-18 | 読書日記

米澤穂信の新作
「栞と嘘の季節」(2022年11月 集英社刊)を読みました。

物語は、ゆるゆるとはじまる。
ある高校の放課後の図書室
図書委員の堀川と松倉は
返却された本の点検をしていて
一枚の栞を見つける。
植物がラミネートされている栞
松倉はすぐにこの植物を「トリカブト」だと断言する。
トリカブト?
あの毒のある

同じころ
校内に掲示してある写真部員の撮影した写真のモデルも
また
トリカブトの花を持って写っていた。
紫色のトリカブトの花
どうやら写真の撮影場所は校舎の裏らしい。

堀川と松倉は
校舎の裏で地面にかがみ込んで「お墓を作っているの」と言う瀬野と出会う。
校内でも評判の美少女・瀬野
瀬野が去った後、堀川と松倉が掘り返してみると
土の中にはトリカブトが埋められていた…

そんなある日
嫌われ者の生徒指導担当教師が
校内から救急車で運ばれるという事件が起こる。
3人は捜査を始める……

でもタイトルは「栞と毒」ではなくて「栞と嘘」
なぜ「嘘」?

取り調べを受ける側が嘘をつくのはよくあることだけれど
捜査している側の3人も
また嘘を重ねる。
3人を、こちら(読者)側の人だと思って読んでいくと
それは次々に裏切られる。
その時点に戻って読んでいくと
また裏切られる……
それがタイトルの「嘘」
著者はタイトルで、これは
信頼できない語り手Unreliable narrator)モノだと種明かしをしているわけです。

3人が真夜中の八王子を歩き回るシーンが圧倒的な迫力。

米澤さん、女性の造形がなかなかです。
特に瀬野が。

 

 

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「女を書けない文豪たち」 著者はイタリア人

2023-01-16 | 読書日記

「女を書けない文豪(オトコ)たち」(イザベラ・ディオニシオ著 2022年10月 角川書店刊)を読みました。

さぞや、けなされているんだろうな文豪たち
森鴎外
田山花袋
夏目漱石
太宰治
谷崎潤一郎
……

と思ったけど
日本の近代文学が大好きで日本に来た
という著者は
けなすというよりは
絶賛しつつ、まぁ、仕方ないわね
くらいのスタンス。

例えば夏目漱石の「こころ」
主人公が崇拝する「先生」は
若き日、下宿の娘さんである静さんに心惹かれる。
その描写は「I love you」を
「月が綺麗ですね」と訳した漱石の真骨頂。
静さんに対して
「私(先生)は喜んで下手な生花を眺めては、まずそうな琴の音に耳を傾けました」
となる。
「I love you」なのだ。
ところが静さんの気持ちはちっとも分からない。
窮状を見かねて「先生」が同宿させた同郷のKと静さんが
親しくなるのでは…と「先生」は気が気ではない。
ついに「先生」は結婚を申し込む。

Kが「先生」と静さんの婚約を知って
下宿の部屋で自殺してしまっても
それに対する描写はない。
静さんが好きだったのはKなのか「先生」なのか……
(下宿の部屋で自殺するなんて、ちょっと当てつけがましくないだろうか
それに恩ある下宿を事故物件しにてしまうことでは?)
女性の気持ちは何も書かれていない
と著者は言う。

裏返して
女性の側から書いてみたら面白いかもしれません。
森鴎外の「舞姫」も
田山花袋の「蒲団」も
太宰治の「ヴィヨンの妻」も
谷崎潤一郎の「痴人の愛」も
……





 

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「臆病者の自転車生活」 電動自転車からロードバイクへ

2023-01-14 | 読書日記

「臆病者の自転車生活」(安達茉莉子著 2022年10月 亜紀書房刊)を読みました。

自称「根気がなく、回避傾向があり、気も弱い
いつだって怯えた犬を内側に抱えて生きている」
という著者が
自転車と出会って変わっていくすがたを語ったエッセーです。

文学フリマに出したZINE「私の生活改善運動」が思いがけず売れて
その収益で
電動アシスト自転車を手に入れた著者。
高校時代に
体格のいい同級生が小さな自転車に乗っている姿を
友人グループが大笑いして見ていた記憶が
著者を自転車から遠ざけていた。
(著者は運動の苦手なふっくらタイプ)

電動自転車に乗るようになって
髪を切って
体型をカバーするために着ていたスカートをやめて
パンツを買った。
「弱虫ペダル」(コミック)を読み始めた。

最初の遠出は鎌倉だった。
そして思った
もっともっと遠くまで行ってみたい。
電動自転車では行けないほど遠くまで。

そんな思いを抱いてふと入った自転車店で
「お客さんには、ロードバイクが合っている」
というお墨付きを貰ってしまう。
どうしてもロードバイクが欲しい!
という思いは強まる。
そこから
苦心して中古のロードバイクを手に入れ
真鶴まで行き(75㎞)
(雨だった)
「ぐらぐらと体の奥底、足元から沸き上がってくるものがあった
それは誇らしさだった
私は人生でたぶん初めて
自分を心から誇らしいと感じた
始めて体の底から
祝福の風船が次々と浮かび上がって空に放たれるように
そう思った」
という思いを抱いた。

それからも
自転車を分解してバッグに入れて電車に乗って
フェリーに乗って
北海道まで行って
支笏湖岸を走ったりするなど
著者の輪行は広がっていく。

臆病者というより正直者


 

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「14歳の世渡り術 お金に頼らないで生きたい君へ」 古民家生活の教科書

2023-01-12 | 読書日記

「14歳の世渡り術」シリーズの
「お金に頼らないで生きたい君へ」(服部文祥著 2022年10月 河出書房新社刊)を読みました。


食糧を持たずに登山するサバイバル登山家の服部文祥さん
(食糧は現地調達)
が書いたものです。

ちょっと題名がね〜
でも中味は
人が一人もいなくなった村の
古民家を買って住んで
(家族は別の所に住んでいる)
家を直しながら
水を引いて
食糧を調達して
(鹿猟、畑づくり、果樹園、山菜野草採りなど)
の暮らしが細かい金額とともに書かれている。

例えば
畑用ネット 6280円
堆肥10袋 3800円
……

テレビでも古民家暮らしの番組を見かけるけど
ここまで金額が具体的なのはまずない。

そして
古民家暮らしは忙しい。
朝起きたらストーブに火を燃やす
お湯が沸いたらチャイをつくり
畑を見回って
果樹園の草取りをして
日が暮れたら鹿汁を作って食べ
五右衛門風呂を沸かして入る

というふうにあっという間に時は過ぎる。
これに古民家の修繕と仕事(編集者)も加わる。
時々猟もする。
獲った鹿を捌く。

忙しくてもチャパティを焼いてチャイを淹れる
センスが面白いです。

 

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「言葉の園のお菓子番 森に行く夢」 連歌モノ

2023-01-07 | 読書日記

「言葉の園のお菓子番」は連歌を題材にしたシリーズ
第1巻「見えない花」
第2巻「孤独な月」に続く
第3巻「森に行く夢」(ほしおさなえ著 2022年8月 だいわ文庫)を読みました。


主人公一葉は勤めていた書店が閉店して職を失い(第一巻)
実家に身を寄せることになる。
そこで祖母の遺品を整理していて
十二月のお菓子メモを見つける。
祖母は、連歌の会に参加していて
お菓子を準備する係だったらしいのだ。

祖母のメモにあったお菓子を持って連歌の会に挨拶に行った一葉は
思いがけなく会に参加することになる。

連歌は五七五(長句)→七七(短句)→五七五…
とつなげていくものなのだが
そこには細かいルールがある。
第一句は挨拶句で季語を入れる
第二句は第一句と同時同場、寄り添って、体言で終わる
などなど

源氏物語は歌がいまひとつ
と言われているらしいけど
この作品の連歌は
はっとさせられるものが多い。

その魅力に加えて
月々のお菓子の話。

一葉は連歌の会の人の紹介で
ブックカフェに勤めるようになっているのだが
この巻では
歌人と作家による
少女漫画についての講演会を
(萩尾望都、大島弓子…)
ブックカフェで行うという
美味しさ。

新しい参加者があるたびに
連歌のルールを紹介するという場面が何回もあるので
ルールが分からなくてもついていける
という仕掛けです。

 

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「世界は五反田から始まった」 五反田は中心地?

2023-01-05 | 読書日記

あけましておめでとうございます。

今年も
「ほぼ新刊書読み」読書生活に、よろしくお付き合いください。

書評に面白いとあったので「世界は五反田から始まった」(星野博美著 2022年7月 ゲンロン叢書)を読みました。

大佛次郎賞受賞作だそうです。

五反田(東京)に生まれ育った著者
生家は
千葉から出てきて町工場(ネジの製作)を立ち上げたお祖父さん
から引き継いだお父さんの代になって
そのお父さんも90才近い
著者は製品の配達も手伝っている。

人は2つのタイプに分かれるという。
過去の記憶を保持しているタイプと
過去のことはほとんど忘れて先のことに関心を向けるタイプ。
著者のお祖父さんは保持タイプで
記憶していたことを書き残したものがある。
ちなみにお父さんは忘れるタイプ。
聞いてもさっぱり埒があかない。

そのお祖父さんの手記の周辺を
聞き取りや文献調査で埋めていってみると
驚くことが分かってきた。

お屋敷と町工場が接している五反田には
◯美智子上皇后の実家跡がある
◯小林多喜二が一時期住んでいた
ことは知られいているが
調べてみるともっと他のことも分かってきた。

日本初の労働者の子供のための保育所
日本初の労働者のための診療所
があった。

建物疎開で家を失った人たちの中には
農業の経験がないのにもかかわらず満州に渡った人たちがおり
終戦後
五反田に帰って来た人は5%しかいない。

ドイツの敗戦の余波で
日本への空襲が強まった時
五反田にも空襲があり
焼け野原になった
……

コロナと戦争の在る現在
「歴史は繰り返す
と言われるが
あいにく同じ顔ではやって来ない」
と著者は言う。

タモリも2023年は
「新しい戦前」と言っているしね

読むなら今です。

 

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