ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

ふたご

2018-01-29 | 読書日記
三つ子の話の次に
「ふたご」(藤崎彩織 2017年10月刊)を読みました。




中学生の時からはじまった夏子と月島の関係は
恋人でも友人でも知人でもない
ラベリングができない関係だ。

月島は
「ふたごのようだ」
と言うけれど
他の人に紹介する時に
まさか「ふたごです」とは言われない。

夏子は内心では「恋人」というラベルがほしいのだ。
でも
それを口に出したからといって
2人の関係が変わるわけではない。

電話をすること(まだ携帯ではない時代)
一緒に歩くこと
ビデオ屋やCD屋に行くこと
そんな交流の中で
月島は高校をやめてしまい
親にアメリカ留学を勧められるも
アメリカでパニック障害を起こして
戻って来る。
症状は悪化し
ついには入院することになる。
(このあたりは実話に近い)

夏子は睡眠障害に苦しみながらも
高校を卒業し
音大へ進学する。

病気から回復した月島が
夏子の前に差し出したラベルは
「バンド仲間」だった。
シャワーもない練習場の地下室に寝泊まりし
学校に通い
バイトをして家賃を払う日々。

夏子の眠りは悪化する。
「女の子であることも
睡眠も放棄して
私は何を得たのだろう」

鶴の千羽織のような作品です。




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レッドデータガール 氷の靴 ガラスの靴

2018-01-29 | 読書日記
粉雪サラサラの日々。

「レッドデータガール 氷の靴 ガラスの靴」(萩原規子 2017年12月刊)を読みました。




レッドデータガール・シリーズの番外編です。
シリーズの主人公・泉水子(いずみこ)の親友(?)真響(まゆら)のものがたり

泉水子と真響のいる鳳城学園は
山伏の家系、忍者の家系、陰陽師の家系などの
特殊な能力を持った生徒たちが集まっている。

真響は忍者の家系で
三つ子の弟の真夏
6才で死んだ三つ子のもう一人の真澄の「存在」
とともに学園生活を送っている。

学園でにわかにスケート教室が開かれることになる。
泉水子の張った結界に守られている学園から出ることになるスケート教室
で何が起こるのか・・・

一見自信にあふれているように見える真響の
心の隙
「わかるわけないよ
私が今まで自分をずっとどう感じてきたか。
私の才能は現実に向いていて
真夏の才能は霊性に向いているの。
真夏と真澄はお互いの片割れだけど
三つ子といっても私は少し違っている。
私は、2人を現世でおぎなうための存在だと思う」
「チーム姫神に必要なのは真夏であって
私自身は何もする力がない」
に怪しいものが入り込んでくる。
「マユラ、コッチヘコイ」

緊張感のあるストーリーにちりばめられている
オーロラ姫やシンデレラ姫の話題にふっと一息つける。
真響は思う
「昔話のお姫様たちは
本当に王子様と結婚することを望んだんだろうか。
ただ
自分の現状を打開したかっただけではないだろうか」

このお題が面白くて
脳内遊びが止まりませんでした。

(白雪姫は本当は七人の小人の家でのんびり暮らしたかった
のかもしれません)



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世界を変えた6つの「気晴らし」の物語

2018-01-26 | 読書日記
冬の底が過ぎた
なんてとんでもない
数年に一度という寒波がやって来ました。

「世界を変えた6つの気晴らしの物語」(ジョンソン 2017年11月刊)を読みました。




タイトルには「物語」とあるけど
「物語」ではありません。

脳は
「いつもの習慣を破ること」
「期待を混乱させるものに遭遇すること」が好きだ
と筆者は言う。

そんな脳の気まぐれが
「あることが、まったく別の領域に変化を引き起こす不思議な影響」(ハチドリ効果)
によって
世界を変えていった。

という6つの気晴らし
とは
1つ目は木綿生地。
インドで生産されていた木綿が
(麻やウールよりも色や模様がよく出る)
→ヨーロッパの女性たちに流行し
アメリカにプランテーションを生み出し
奴隷制度が生まれ
南北戦争が起こった
そして
→展示されているものから選ぶショッピングという娯楽を生み出し
ショッピングという娯楽が百貨店を生み出し
どんな天候でもショッピングが楽しめるモールを生み出した。
(いまのところはここまで
最近はモールも少し廃れ気味ではある)

3つ目は香辛料。
香辛料への執着が
(エドワード4世が私室に侍らせていたのは
仕立屋
理髪師
毒味役
香辛料師
の4人だった)
→人類の交流をさかんにし
世界はぐっと狭くなった。
(これはよく知られている)

6つ目はモノではなくて娯楽の場。
人は
娯楽の場をつぎつぎに編み出し
(居酒屋から始まって
珈琲屋
さまざまな食べ物屋も。
現代では食べることは飢えを満たすというよりは
娯楽になっている)
ついには
高い山に登ることも
(昔はモンブランは「こぶ」「おでき」と蔑称されていた)
アフリカでライオンを見ることも
娯楽にした。

それほどに
脳には
生きるためには一見必要ではない
「遊び」が必要なのだ。

だから
「機械がみずから考え始める日」を恐れる必要はないよ
ほんとうに心配すべきなのは
「機械が遊び始める日」なのだ
と筆者は言う。


そういえばどこかで読んだ気がする。
「努力の娯楽化がカギです」
・・・・





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しめかざり

2018-01-19 | 読書日記
「しめかざり」( 森須磨子 2017年11月刊)を読みました。




これまで
こういう本がなかった
ばかりでなく
しめ飾りを研究している人も他になかったという。
(筆者の書いた児童書は出ている)

孤高のしめ飾り研究家である筆者は
展示に関わったり
M良品のしめ飾りのアドバイザーをしたりもしている。
(実は今年はウチもM良品のもの)

一年にたった数日しか取材の機会がない中での研究は
とても大変だ。
28日から31日にかけて
東京→新庄→鶴岡→酒田→秋田→弘前→青森→八戸→東京
1日から4日は
東京→京都→奈良→東京
という日程でローカル線とビジネスホテルをつないで行ったこともある。

年末年始の旅は
「私が文章にすると「のほほん」とした空気が漂う
と言われるのですが
おそらく実際の探訪中の私は殺気立っています。
たくさんの収集物を背負い
時間に追われ
常に空腹で疲労困憊」

集めたしめ飾りは400点
虫がわいたり
ネズミに食べられたりもする
(「両親は長年このわけのわからない収集物に埋もれながら生活してくれました」)
困難の日々。
ヤケになって全部燃やしてしまおうと思ったり
自分の活動を虚しく感じたり。

しめ飾りの研究
というと固い本のようだけど
筆者が撮影した写真もとてもよくて
全体にきれいな空気が漂っていて
(しめ飾りのご利益?)
ゆったりとした気分になりました。


ニワトリという形のしめ飾りがほしいなぁ





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図書館島

2018-01-19 | 読書日記
雨が降ったり
雪が降ったり
しています。

「図書館島」(ソフィア・サマター 2017年11月刊)を読みました。




原題は A Stranger in olondria (オロンドリアの旅人という感じ?)
はじめに図書館のある(?)島の話だと思ってしまったので
最後まで
図書館島はいつ出てくるのだろう・・・
と思ってうろうろした。
最初から原題を見ておけばよかったのでした。

紅茶諸島の胡椒農園の後継ぎとして生まれた少年ジェヴィックに
(年に一度オロンドリアに渡って胡椒を売っていた)父は
オロンドリア語を教える家庭教師を見つけて来る。
家庭教師のルンレは
箱に
「本」というものを詰めて持って来ていた。
紅茶諸島には文字がなかった
から
ジェヴィックは初めて本と出会ったのだった。

父が死んで
ジェヴィックは初めてオロンドリアに胡椒を売る旅に出る。
その船旅の途中
不治の病に冒された少女・ジサヴェトと出会ってしまう。

その後ジサヴェトは死に
ジェヴィックは
毎夜ジサヴェトの霊に悩まされるようになる。

自分の物語を書いてくれと懇願するジサヴェト。
ジェヴィックは
ジサヴェトの遺体を見つけて焼くまでは
霊から解放されることはできない。
ジェヴィックは
ただの少年からアヴネアニー(交霊者)と言われるようになってしまう。
・・・・

ジェヴィックの苦難の旅の中で
文字を持つ者と持たない者
アヴネアニーを尊敬する者と見下げる者
書かれた言葉を尊重する者と口承による教えを重んじる者
の対比
が描かれる

スケールの大きい世界です
(続編があるらしい)

語学が苦手なので
交霊者はアヴネアニー
パンはケブマ
幽霊はジェプトウ
母はタティ
父はチム
本はヴァロン(言葉を収めた部屋)
などなどの造語を覚えて読むのが大変でした。






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この星の忘れられない本屋の話

2018-01-14 | 読書日記
外が白いので
何か色のあるものがほしいと思って
チューリップを買いました。

「この星の忘れられない本屋の話」(ヒッチングズ編 2017年12月刊)を読みました。




「本屋の思い出」集です
本屋の思い出は
誰にでもある
(わたしは毎日のように家から10分ほどの所にある本屋に通い
週刊の少女漫画誌を立ち読みしては
お店のおばあさんに(本当に)ハタキを掛けられていたものです)
だろう。

その舞台が「この星」=世界中
というところがこの本の面白いところ。
(イギリス
ウクライナ
コロンビア
旧ユーゴスラビア
中国
エジプト
ケニア
デンマーク
アメリカ
トルコ
インド 他)

書いた人はほとんどが
作家か評論家。

「ブック・ピープルですよ。
店主が笑みを浮かべて言った。
そういう人たちがいるんです。
自分を見失わないようにするために
本屋にやって来る人たち。
それがブック・ピープルです」

「一冊の本を求めて本屋を何軒も探し回り
難しい獲物を仕留めるハンターのように
本を追跡していく行為は
今でも私をワクワクさせてくれる」

「幸せは一杯のコーヒーと一冊の良書にあり
という言葉が掲げられたカフェに席を移すと
・・・・」

「なぜ写真展の会場に選んだのですか
と聞くと
それは
この本屋がナイロビでいちばん本に優しい場所だ
と感じたからであって
決して広くてとか
洗練されていて
という理由ではない」

などなど

リヤカーの移動書店
市場の一角にある本を重ね積みしている本屋
カーテンの陰でリーダーズ・ダイジェストのコピーを売っている本屋
というものが
本当にある
知らない世界の話もあります。
(フィクションではありません)








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テーラー伊三郎

2018-01-11 | 読書日記
低気圧が来ますよ
という予報なのに
なぜか晴れています。

「テーラー伊三郎」(川瀬七緒 2017年12月刊)を読みました。




主人公の青色(アクアマリン)が
自分のハンディを数え上げるところからはじまる本書は
そのハンディがくるりくるりとひっくり返る
ところが心地よく読める。

(あくまでも本人の主観による)アクアのハンディは
とある地方都市の団地に住んでいること
(人との距離が近く、監視の目が厳しい)
キラキラネームであること
(入社面接、名刺交換、銀行や病院で名前を呼ばれる場合
結婚相手の親族との顔合わせなどを想像してしまうアクア・・・)
母子家庭で母親は官能漫画を描いている(しかも本名で)
加えて小柄、童顔、色白

ある日アクアは商店街の古びた洋服屋のウィンドゥで
艶かしいコルセットを見かける。

洋服屋の名前は「テーラー伊三郎」
なぜこんな田舎の潰れかけた仕立て屋に
18世紀のデザインを完璧に再現した後ろ紐型のコルセットが飾られているのだろう?
コルセットはアンティークではなく
80過ぎの伊三郎が仕立てたものだという。
(アクアは
母親の漫画の背景描きを手伝っているうちに
ヨーロッパの衣装に詳しくなっていた)

アクアが訪ねてみると
(伊三郎は言う
「ここに通うのなら条件がある。
人の顔色を見るな。
人と比べるな。
意見を飲み込むな」)
伊三郎はこのようなコルセットを仕立てて売る
という計画を立てたというのだ。

計画を阻止しようとする商店会の人々
伊三郎の息子

それにしても
なぜ伊三郎は
こんな計画を思いついたのか?
計画は実現するのか?

くるりとひっくり返って別の姿を見せてくれる登場人物たち
同じ団地に住む女子高生でスチームパンクに凝っている明日香
骨粗鬆症に悩むカメラ屋の大澤のばあさん
流行らないカメラ屋の大澤のじいさん
加藤骨つぎの奥さん
占い師で伊三郎の亡き妻の刺繍の師であった赤いスカーフの老婆
・・・・

誰が
どんな姿を隠しているのか
カードがひっくり返る度に
ワクワクしながら読みました。







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人生で大切なことは月光荘おじさんから学んだ

2018-01-11 | 読書日記
1月なのに雨が降りました。
冬の底は
年末のあの何日も雪の続いた頃だったのだろうか
とつい思ってしまいます。

「人生で大切なことは月光荘おじさんから学んだ」(2017年12月刊)を読みました。




そういえば
とあるミュージアムショップで月光荘のホルンのマークを見かけたことがあったなぁ
と思いながら検索したら
今はネットショップもある。

月光荘のおじさんというのは
月光荘を創業した橋本兵蔵氏のことで
1894年に富山県に生まれた。

上京して書生をしていた家が
たまたま与謝野鉄幹、晶子夫妻の家の向かいで
与謝野家に出入りして
夫妻に可愛がられ
23才の時に月光荘を創業する。

与謝野晶子は創業の記念に
大空の月の中より君来しやひるも光りぬ夜も光りぬ
という歌を贈り
「月光荘」という名も贈った。

フランス製の絵の具を扱っていたので
中川一政、小磯良平、猪熊弦一郎などに贔屓にされた。

1940年にコバルト・ブルーの製作に成功
(全成分オリジナルの国産第一号の絵の具)
その後
チタン・ホワイト
コバルト・バイオレット・ピンク(月光荘ピンク)の製作にも成功する。

というところからはじめないで
水野スウ(エッセイスト)の書く
「そこは四方がガラスの壁のなんだかとてもふしぎな店でした。
白髪頭のおじいちゃんがひとりでお店番をしていて
お客さんが来たからといって
別にニコリでもなければイラッシャイでもなく・・・」

立原えりかの書く
「街の真ん中にある画材屋さんなのに
月光荘はひなびた村のにおいがする。
どこかの海のにおいがする。
絵の具やキャンバスや筆のあいだにおかれている
赤い実のついた枝や
波に洗われた小石のせいかもしれない」

というところから
ふうわりとはじまっているのが
いい
と思いました。







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火定

2018-01-09 | 読書日記
今年はいい位置に3連休があって
それが終わっていつもの日々に戻った
という感じです

「火定(かじょう)」(澤田瞳子 2017年11月刊)を読みました。




✳︎火定・ 修行者が自ら焼身死することによって入定すること

時は
光明皇后の兄たち藤原4子が権勢を誇っていた時代
4子の父不比等の館は
施薬院と悲田院になっていた。

施薬院に派遣された若い使部(しぶ)の名代(なしろ)は
出世コースから大きく外れた施薬院から
何とか逃げ出そうとしていた。

ある日名代は不思議な男に出会う。
男は
施薬院の医師の指示で名代たちが買おうとしていた
新羅から輸入された薬草を
法外な値で買い取ると
(法外な値を払ったのに)まるでゴミでも扱うように
がさがさと乱雑にまとめ
加えて近くに居た体調の悪そうな(見も知らぬらしい)男を連れて帰って行ったのだ。
男は医師なのか?

その男・諸男(もろお)は元は内薬司(宮中の診療所)の侍医だった。
貧しい家の出ながら懸命に勉学を続け侍医になったのだ。
ところが諸男の熱心な勤めぶりを妬む者によって
あらぬ罪を着せられ
牢に入れられた。
恩赦によってようやく牢を出た後は
もの好きな藤原房前に拾われ
家従になっていた。

諸男が牢で出会った宇須(うず)と虫麻呂
一方施薬院の
医師の綱手(つなで)
事務方の広道
絹代、真公、隆英・・・

彼らは
高熱を発した後に
一度けろりと治って
それから身体中に発疹ができる
という謎の病に遭遇する。
病はたちまちみやこ中に広がり
藤原4子も
次々に病に倒れて行く。

非常時が
ひとの奥にあるものを炙り出していく
・・・・

名代の成長譚とも読めるけれど
追って読んでしまうのは
やはり諸男。

諸男の最後の行動に
共感を覚えます。

ドロドロに溶けた死体の描写は
付いていけるかどうか分かれる所でしょう。

かってに直木賞トーナメント
「銀河鉄道の父」対「火定」では
2回戦進出は「銀河鉄道の父」になりました。






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かってにBest10 ④

2018-01-05 | 読書日記
明けましておめでとうございます
今年もどうぞよろしくお願いいたします

2017年に読んだ本の中から
心に残った本を勝手に選ぶBest10

9冊目は「樹脂」(エーネ・リール 2017年9月刊)です。
(2016年の「ガラスの鍵」受賞
「ガラスの鍵賞」:スカンジナヴィア推理作家協会が
北欧5ヶ国の最も優れた推理小説に贈る文学賞)




美しくないものが描かれていて
それが美しい
なんていうことがあるだろうか・・・・

リウはホーエドという島に
父のイェンスと母のマリアと暮らしていた。
学校には行っていない
なぜならリウは死んだことになっていたからだ。

以前はもっと人がいた。
祖父のシーラス
祖母のエルセ
双子の弟のカール
(リウにとってはカールはまだ存在している)
生まれてすぐに死んでしまった妹
リウは知らないけどイェンスの兄のモーエンスも以前にはいたらしい。

父のイェンスは夜にこっそり本島に行って何かを持って来ては
しきりに何かを作っている。
この頃では
本島に行きたがらなくなったイェンスに代わって
リウが採集に行くようになっていた。
リウにとっては
本島に行って
何かを盗って来ることは
森で小動物を獲ることと同じようなものだ。

母のマリアは
巨大に肥満し
ベッドから動けないし
部屋からも出られなくなっていた。

もう家にはリウの居る場所もない。
イェンスが集めたものが家の中に(外にも)
あふれ返っているからだ。
そればかりではなく
ウサギもネズミもハエも
いたるところにいた。

元高校教師で本島で宿屋をやっているロアルは
自分の家のものが無くなっていくことに気付き
見張りを始める。
そして忍び込んで来た子どもを発見する。
リウだった。

それは
静かなリウの暮らしに
ロアルが触れた瞬間だった。

ロアルは島に行ってみる

そして
ロアルはついに島に行って、リウの家の中に入ってしまった。
包装紙からのぞいていたパンは緑色のカビの塊と化し
ゴム手袋からはネズミの糞が乾いた雨のように落ちた。
機械の部品が入った大きな箱が所狭しと並べられ
埃まみれでベトベトした蜘蛛の巣がそこらじゅうにかかっている。
ゴキブリやその他の虫が床から天井までうようよいた。
・・・・

リウの言葉で語られていた世界との
あまりの違い。

これは本当に虐待の物語なのだろうか・・・

読み終えた後に残るのは
(不思議なことに)
静かな美しい世界のすがた
なのに・・・


10冊目は
写真集「トラピスチヌ修道院」(野呂希一 1998年4月刊)




函館にあるトラピスチヌ修道院は修学旅行のコースにもなっている。
でも
修道女さんたちのお姿を見たことはない。

どんなふうに暮らしているのだろう・・・

この写真集には
修道女たちの
春から夏、秋、冬、そして次の春までの
ジャガイモを植え
収穫し
野菜や果物を育て
干草をつくって牛を飼い
クッキーや飴(販売用)をつくり
手分けして食事をつくり
着るものをつくり
掃除をし
1日に7回祈る暮らしが
美しい景色を背景にした
記録されている。

ページの奥から
しんとした空気がただよってくるようでした。






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