ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

ルーパートのいた夏

2021-02-24 | 読書日記
今日も真冬日。

「ルーパートのいた夏」(マッカイ著 2020年12月 徳間書店刊)を読みました。



2018年コスタ賞(Costa Book Awards)児童図書部門の受賞作です。
原題は “The Skylarks’ War”(ヒバリたちの戦争)

クラリー(表紙の少女)が生まれて3日後
お母さんは死んだ。
(児童文学の要素の一つ、母の不在)
3歳の兄・ピーターは赤ん坊のクラリーに
「どこかへ行っちまえ、ママ、ママ」と叫び続ける。
お父さんは
どうしていいかわからない……
という気持ちのまま、その後ずっとなるべく子どもたちに近寄らないように暮らしていく。
(父も不在)
1歳まではおばあちゃんが
その後は次々にやって来た家政婦が2人を育てた。

クラリーの誕生によって影響を受けた人物がもう1人いる。
3歳で両親から見捨てられ(両親はインドに行ってしまった)
祖父母の家で育てられていた従兄のルーパートだ。
おばあちゃんがクラリーの家に行ったために
幼くしてルーパートは寄宿学校に入れられた。


クラリーとピーターが祖父母の家で過ごす期間は
ルーパートも寄宿学校の夏休みだ。
子どもだけで列車に乗って来る2人を
ルーパートは、いつも満面の笑顔で迎えてくれる。
そこから3人の夏が始まる。

ルーパートの笑顔は
クラリーの「引き出す」力ゆえかもしれない。
クラリーは、友人のヴァネッサのお父さん(軍人)の手紙に書かれた言葉から
お父さんの所在地を当て
その後捕虜になったヴァネッサのお父さんは無事に帰還する。
学校の教師たちは
何とかしてクラリーにハーバードの奨学金を得させようと
心を尽くし
家庭教師をして貯めたお金で洋服を買いに行ったクラリーは
文具屋の店番のヴァイオレットに洋服を見立ててもらって
やがてヴァイオレットと友だちになる。
家政婦のモーガンさんは
自分が弟よりも優れた鍛治職人だったが
女であるために鍛冶屋を継ぐことができなかったと打ち明け話をするようになる。

クラリーは
このまま黙っていたら
誰かが結婚してくれるか
そうでなければ父さんかピーターの世話になって一生暮らすほかないと気がつく。
クラリーはオックスフォードに行く決心をする。

一方ルーパートは
オックスフォードに行きたくないばかりに
軍隊に入ることにする。
戦争がはじまっていたのだ
……

戦争中の話なのに
なぜか居心地がよくて
この世界から去りたくないという気持ちになりました。





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コンタミ 

2021-02-22 | 読書日記
直木賞は残念だったけれど
本屋大賞にノミネートされた伊予原新の旧作
「コンタミ 科学汚染」(伊予原新著 2018年3月 講談社刊)を読みました。




科学汚染というのは科学実験で、不純物や異物が混入してしまうことだそうです。

主人公は無駄に容姿がいい大学院生の町村圭
圭は指導教官である准教授の宇賀神にこき使われている。
ずば抜けて優秀で
学術誌に何編も論文を発表し
いくつもの学術賞を受賞している宇賀神は
ちょっと癖のある人だ。

宇賀神は同窓生だった桜井美冬を探している。
美冬はスタンフォードでの研究生活を突然打ち切って
日本に戻って
VEDY研究所にユニットリーダーとして入社したという。
(見かけた人がいる)
今は、そこも辞めて
行方不明になっている。

VEDYでは
深海底に生息する酵母を培養してさまざまな商品を作っている。
水質改善、土壌改善、放射能除去に効果がある高濃度酵母液
それを粉末にしたパウダー
体とメンタルを健康にする飲料水
抗癌作用、抗ウイルス作用があるという錠剤……
どれも怪しい商品だ。
なぜ美冬はそんな会社に入ったのか?
(このあたりが、ぞわぞわする)

美冬は生きているのか?

圭はいつの間にか美冬探しにのめり込んでいた……

最初は、何だか癖のある……
と思っていた宇賀神が
ストーリーが進むにつれて魅力的に見えはじめ
その宇賀神が心の奥底に抱いている人美冬
(合コンの相手の若い女性が圭に言う。
「宇賀神さんって、ちょっとおかしいよね。
遊び人を気取ってるけど
理想の女性像みたいなのがあってさ
そんな女いるわけないのに
ずーっと追い求めてる」)
の「不在」の理由が
どうしても知りたくなる
……

伊予原さん
最近は「ちょっといい話」の方に舵を切っているけれど
個人的には
こちらの系統の方が好きです。











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あきない世傳 金と銀 10合流篇

2021-02-18 | 読書日記
今日は「雨水」なのに
すっかり真冬返り
冷え込んだ朝です

「あきない世傳 金と銀」(髙田郁著 2021年2月 角川春樹事務所刊)を読みました。




大阪から江戸に出て来て
女ながら(大阪では許されないが江戸では許されている)店主となり
呉服屋・五十鈴屋を営んでいた幸。
五十鈴屋は絹物を扱うことを禁じられて
今は、木綿物を扱う店になっている。
(木綿物は利が薄い)

これまでも
リバーシブルの昼夜帯
(帯の本数を持っていなくても着こなしが工夫できる)
武士のかみしもをもとに考えた江戸小紋
などの商品開発をし
宣伝方法もさまざまに工夫した。
(江戸の店を開く時には
鈴の模様の手拭いをあちこちに置いた)
月に一度の無料帯結び指南会も好評だ。

この巻では
いよいよ
庶民の普段着
(湯屋に着て行って、そのまま着て帰れる)単の木綿物としての浴衣の
商品開発と
宣伝
販売の苦労が描かれる。

今まで
何度も不幸な目に遭っている幸
読んでいても
何か妨害に遭うのではないかと
ハラハラする。
それがこのシリーズの楽しみ方;なのかもしれない。

次巻では
元夫で今は両替商になっている惣次
手代の賢輔
あたりに動きがあるような気がしますが……





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存在しない女たち

2021-02-16 | 読書日記
話題の「存在しない女たち」(クリアド・ペレス著 2020年11月 河出書房新社刊)を読みました。




著者の意見
というよりは
たくさんのデータを示して
さあ考えてみて
と言っているような一冊です。

以前、人類史モノのテレビ番組で
人類が歩くようになったのは手を使う必要があったから
の例として
オスの人類が
赤ん坊を抱いて待っているメスの人類に
大きな果物を持って来て「あげる」というシーンがあった。
その時感じた小さな違和感……
(後から考えると
メスは待っているだけなの?
赤ん坊を抱えて自分で木の実を探しに行かないの?
ということだったような気がする)

「生物学的にも心理学的にも
さらに社会的習慣の面においても
人類が類人猿とは異なる特徴を備えたのは
すべて太古の狩猟者たちのおかげである」
という論について著者は言う。
「じゃぁ木の実を集めていた女は、人類じゃないとでも?」

「車のハンドルの位置は成人男性用に設計されているし
農機具も女性には大きすぎるものがほとんどだ。
ペンチや金槌がうまく使えない時に
「私には力がないから」と思わずに
女性に合った道具がない
と思う人は少ないだろう」

「ドニソンというピアニスト(男性)は
手の小さい人用の8分の7サイズのピアノを作ったら演奏が一変した。
ピアノに色々なサイズが出来たら
故障によってピアノを諦める人が減るだろう」

「女性に対して何となく偏見を抱いているのは年をとった人ばかりではない。
大学で学生に授業評価をしてもらうと
女性講師に対する評価が厳しい
という結果になる(統計では)」

「まあ現代なので
配慮を忘れない会社もある。
キャンベル社は、従業員の子どものための学童保育があるし
グーグル社は、誕生3ヶ月間、食事テイクアウト用の手当てがつくし
オフィス内にクリーニング店があるので、会社帰りに寄り道をしなくてもいい。
ソニー・エリクソン社では従業員にハウスクリーニング費を支給している。
ニューヨーク.フィルハーモニーでは
新しい団員を入れる時にブラインド審査をするようになったら
女性の新規雇用者が50%になった」
(他にも数字がたくさん出てくる)

などなど
知らなかったことばかり。

「量は質を育てる」とどこかで聞いたことがある。
とりあえず
目に映る場面が
どれも
「男女が混じっている」
ところからはじめるのがよさそうだ
と思った。



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プチ・プロフェスール

2021-02-08 | 読書日記
本屋大賞の候補作「八月の銀の雪」の作者・伊予原新の
「プチ・プロフェスール」(伊予原新著 2011年9月 角川書店刊)を読みました。
(プチ・プロフェスールは小さな教授という意味です)




主人公は表紙絵の右手の小学生の女の子・理緒
ともう一人は左にいる大学院生の律
律はデンマークのニールス・ボーア研究所に留学することになっているが
寮費の100万円が用意できないでいた。
律には父も母も、もういない。
そんなある日、律に家庭教師の声がかかる。
理緒の両親はフランス出張中なので
家庭教師兼遊び相手として毎日
そして時給は4000円(!)
これなら100万円が用意できる
と律は引き受けることにした。
理緒は、ばあやのトキノさんと2人暮らしなので
憧れの大学院生の律と過ごせることが嬉しくてたまらない。
理緒は大きくなったらリケジョになりたいと思っているのだ。

第1章から第4章までは
2人が遭遇する「日常の謎」を解く短編が4編

将来は地球の地軸を立て直そうと思っている才田少年
律がアルバイトをしている塾の塾長で
元レディースの総長だったビッグママ
人の声に色が感じられる盲目の老婦人
理緒の家の運転手でガラス作家の恵人
などなど
脇役も魅力的な人たちがそろっている
けど
それだけ?
と思ったらそうではない。

理緒が幼いころから好きだった本「不思議の国のトムキンス」
を律も持っていること
律が子どものころ
入院していた病院で出会ったエクル(ベージュ色)さん
が話してくれた「星の王子さま」のキツネの言葉の記憶
(「しんぼうが大事だよ。
最初は僕から少し離れて座るんだ。
僕はそんな君を横目でチラチラ見る。
何日か経つうちに
だんだん近くに座れるようになる……」)
エクルさんが律に付けたニックネームと
(「律ちゃんは、プチ・プロスフェール(教授)だね」)
理緒が律を呼ぶ「教授」の一致
2人の名前の相似性
……

最終章で謎は一気に解ける。

「足長おじさん」ものは
いつ読んでも心地よいです。


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エンド・オブ・ライフ

2021-02-05 | 読書日記
「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場」
を書いた佐々涼子さんの
「エンド・オブ・ライフ」(佐々涼子著 2020年2月集英社インターナショナル刊)を読みました。
本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞したものです。




書かれている対象(人生の終焉)と
著者の距離の近さに
驚く。

取材の対象は京都で訪問診療を行なっている渡辺西賀茂診療所。
診療所には医師、看護師、ヘルパー、ケアマネジャーがいる。
佐々は彼らの訪問に同行させてもらって取材する。
死の前に潮干狩りに行きたいと言った人
ディズニーランドに行った人
音楽家を呼んで家でコンサートを開いた人……
様々な人を取材する。

佐々が訪問診療に関心を持ったのは
自分の母親が自宅で父親の介護を受けるようになったことがきっかけだった。
母は閉じ込め症候群(四肢麻痺および下位脳神経が麻痺しているが意識は覚醒している状態であり
合図として用いる眼球運動以外,表情を示す,動く,話す,意思を伝達することができない)になっている。
母と仲の良かった父は
生来の器用さもあって
毎日の入浴から痰の吸引、おむつの世話もこなし
母が元気だった頃に使っていた化粧水をデパートに買いに行くほどの細やかさもある。
家の中もきちんと整えられ
母の好きだった庭の花々もよく世話している。

取材を進めるうちに渡辺西賀茂診療所の看護師・森山が癌になる。
森山とは、もう友人と言ってもいいほど親しくなっていた。
一緒に看護についての本を書こう
と森山は言う。

しかし森山は何も語らない。
佐々を呼び出しては
妻と3人でドライブをし
食事をし
それで終わりだ。

実は佐々も
森山が発病する少し前
体調を崩して仏教に傾倒していた。
バングラデュの仏教寺院に行き
タイの森林派の僧侶に会いに行き
スコットランドのスピリチュアル・コミュニティに行った。

この本には
どういう風に人生の終焉を迎えるかについての結論めいたものはない。

佐々は言う。
「ひとつだけわかったことがある。
私たちは、誰も死について本当はわからないということだ」











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ルカの方舟

2021-02-04 | 読書日記
粉雪が舞っています。
今日は真冬日。

直木賞は残念だったけれど
本屋大賞にノミネートされた伊予原新の旧作
「ルカの方舟」(伊予原新著 2013年6月 講談社刊)を読みました。




ノミネートされた「八月の銀の雪」はミステリではないけれど
これはお得意の科学ミステリ。
前半は
現在の伊予原作品にある情感は薄いのかな
と思ったけれど
そんなことはありませんでした。

科学誌の編集者の小日向は
笠原教授に会いに行った時に
グレーの作業着を着て、右手にモップ左手にバケツ
泥まみれの長靴を履いた童顔の男と出会う。
これが
この小説のホームズ役の百地教授。
死んでいたのは小日向が会いに行った笠原教授。
密室状態の部屋には液体窒素の容器が倒れていて
笠原は窒息死していた。
第一発見者になってしまった小日向は
行きがかりでワトソン役になってしまう。

大学に起こったのは殺人ばかりではなかった。
F F P(研究や論文の不正)を摘発する謎のメール
「邪悪な者たちが、聖ルカの方舟の由緒を穢している」が
大学と編集部に届いていたのだ。

笠原教授は
チリのパタゴニア北氷床で発見された隕石・HYADES1201のことを
発表しようとしていた。
HYADES1201には生命の痕跡があったというのだ。
ところが
その隕石が高熱炉で溶かされ
船の形に変えられて発見された。
これではもう研究することはできない……

笠原研究室の室賀准教授の研究室に
真夜中に出入りしていた少女と老人は誰なのか。

室賀准教授は
なぜオーストラリアに行ったきりなのか。

徐々に
犯人は大学内部の人間に絞られていく。

え、そうだったの
と思わせられる犯人の意外さ
百地教授の
淡々とした謎解き
科学ものとしての面白さ
(「40億年前の地球は
まだ熱すぎて生命が生き延びるのは難しい。
むしろ火星の方が生命誕生に適していた可能性がある。
その頃の火星には海と陸があり
生命の発生と代謝に不可欠な二酸化炭素と酸素を含む大気があり
浅い湖が多くあった。
地球生命は
火星から運ばれてきた原始生命に起源を持つということは
ありえないだろうか」)

堪能しました。




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