ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

父を撃った12の銃弾

2021-05-29 | 読書日記
オルレアが咲いています。


「父を撃った12の銃弾」(ティンティ著 2021年2月 文藝春秋社刊)を読みました。





銃と暴力にあふれているのに
美しい
そんな一冊です。

父のサミュエル・ホーリーの体には12の銃弾の跡がある。
娘のルーは12才。
父と娘は、2人きりで暮らしている。

娘のルーの物語と
父のホーリーの物語が交互に語られる
(12の銃弾の話が1つまた1つと)
という構成になっている。

危ない「仕事」をしているホーリーは
ある日、若い喪服姿の娘・リリーと出会う。
父親の葬儀の帰りだというリリーは
撃たれたホーリーを病院に連れて行き
やがて2人は結婚し
ルーが生まれる。
ルーが赤ん坊の時リリーは溺れ死ぬ。

転々と移り住まなくてはならないホーリーとルーの暮らし。
ホーリーは新しい住まいに着く度に
バスルームにリリーの祭壇を設える。
写真、使いかけのシャンプー、口紅……

なぜ2人は転々としなくてはならないのか
泳ぎの得意だったリリーが
波の静かな湖で溺れ死んだのは何故なのか
リリーの母に預けたルーが
4才になるまでホーリーが一度も会いに来なかったのは何故なのか
……
ルーの中で疑念がふくらんでいく。

ホーリーが「仕事」をする場所の描写が素晴らしい。
「入ってみると、ドールハウスのなかにいる巨人になった気がした。
平屋建てで天井は低く
家具も丈の低いものばかり。
火が燃えている暖炉、薪を入れた籠、すりきれたソファに2脚の椅子…」
そこが「仕事」相手の家だ。

別の「仕事」相手のトレーラーは
「奥のベッドにはキルトがかけられ
小型のキッチンにはプロパンのコンロがあって
ラックからマグがずらりと下がっている。
隅にあるテーブルにはうずたかく積まれた古いカントリーのレコード…」

また別の「仕事」場所はアラスカの氷河だった。
「ここは氷河が生まれる場所だった。
氷河は巨大な、かすかに波打った青い氷の壁で
高さ100メートル、5キロにわたって続き
その下ではコッパー川が沸き返っている…」
(これみよがしではない
人物に視点に沿った描写)

ルーが誕生日にもらう天体望遠鏡
リリーの母親の染めと織の道具
「仕事」相手の持っている古代の水時計クレプシドラ
……

悲しいほど美しいものたちが
散りばめられている。


今年の本屋大賞の翻訳部門賞になるのではないかな
と思います。




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城郭考古学の冒険

2021-05-23 | 読書日記
公園にライラックが咲いていました。

「城郭考古学の冒険」(千田嘉博士著 2021年1月 幻冬舎新書)を読みました。




城から見た織田信長
明智光秀
豊臣秀吉
徳川家康
が書かれていて面白い。

例えば天主と家臣の屋敷の関係では
信長は
「家臣の屋敷と信長の居所はは横並びでよいわけではなく
隔絶しなくてはならなかった。
城と城下の建設は
信長を頂点にした家臣の編成を空間的に表象して具現化する行為であった」
信長は山上の天守に住んだこともあったし
舞台装置としてのテラスまで造った。
「泥沼の一族間の争いや家臣の離反に苦しんだ信長は
家臣の顔色を伺う連合的な権力の限界を悟り
絶対的な権力を目指した」という。

一方、光秀は
「中心性を担保しながら、家臣の一定の自立性をも認めたほどよい関係」
であったことが
本丸と同じように家臣の屋敷も同じ山の尾根上にあったことから分かる。


松永久秀は
「一つの大きな平場に、自身の屋敷と、重臣や信頼した家臣の屋敷があった」

家康の浜松城では
「家臣は、それぞれがよいところを選んで分散的に屋敷を建てていた」
家臣団の自立性が強かったと推測される。

石垣では
信長の小牧山城の石垣は近江の技術を取り入れてある。
信長は
尾張領主時代から
近江や畿内の情報や技術に精通していたと分かる。

情報といえば松永久秀。
久秀の多聞山城は文化サロンとしての活動が盛んで
楊貴妃の間という部屋があり
いくつもの茶室もあった。

屋根の瓦では
丸瓦の模様を全て統一した信長に対して
秀吉は一部違ったものがあっても気にしなかった
……

などなど
文献ばかりでなくモノから「見る」
という視点が新鮮です。

もうちょっと山城寄りの内容かな?
と期待していたのですが……












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二重のまち/交代地のうた

2021-05-20 | 読書日記
こぼれだねから伸びたレースフラワーがつぼみをつけました。

NHKの「日曜美術館」の柴田祐規子アナウンサーの声が好きです。
(最近は大河ドラマのナレーションも)
その声で読んでいた
「ぼくの暮らしているまちの下には
お父さんとお母さんの育ったまちがある
下のまちの人はどうしているの、とたずねると……」
の続きが読みたくなって
「二重のまち/交代地のうた」(瀬尾夏美著 2021年2月 書肆侃侃房刊)を読みました。




瀬尾さんは
3、11のとき大学生だった。
ボランティアとして通っているうちに
2012年から3年間、岩手県の陸前高田に住み
人びとの話を聞き
作品を制作したという。
(表紙の絵も著者)

陸前高田では山を崩して土を盛って
その上に新しいまちをつくった。

忘れないためには
語ることが必要だ
と瀬尾さんは思う。

土で覆われても
流れたまちの記憶は残る。
土の上と土の下が、まるで並行世界であるように。

後半は「歩行録」という2018年から2020年までの日記。
瀬尾さんは聞き歩いている。
「四年前に「二重のまち」を書いたときには
かつてのまちと復興工事で出来た新しいまちのふたつが同時に存在し
生きている人たちは新しいまち暮らしていると考えていた。
しかし
実際につくりかけの新しいまちを歩いて感じたのは
生きている人たちは
それらの間のまちに居続けるのではということ」(2019年)

「ああいうことがあったから特別なまちにしたいの
と話してくれた女の人の声を思い出していた。
私ね、あんな大津波が来て大事な人とふるさとを失ったでしょ。
だから
ここは、その出来事をちゃんと抱え続けるまちにしていきたいの。
悔しさも間違いもきちんと抱えた、特別なまち」(2020年)

そして瀬尾さんは思うようになる。
「物語を書くときは
人間のことだけではなくて
動物たちや森や海のこともちゃんと書きたい」


映画にもなっているようです。








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フィンランド語は猫の言葉

2021-05-17 | 読書日記
スズランスイセン(白)が終わって
ツリガネスイセン(白)にバトンタッチした裏庭。

「フィンランド語は猫の言葉」(稲垣美晴著 角川文庫)を読みました。




小林聡美の読書エッセー「わたしの、本のある日々」に紹介されていたので。

1981年に文化出版局から出て
1995年に講談社文庫になって
2008年に猫の言葉社から出て
これは角川文庫版。
相当なロングセラーらしい。

当時芸大の学生で
フィンランドの美術史が面白そうだと思った美晴さんは
フィンランドへの留学を決める。
今のようにインターネットがない時代
家族や友だちからの便りも「手紙」

ヘルシンキ大学に留学した美晴さんが手にしたのは
オピントキルヤという文庫本くらいのノート。
学期はじめに先生に日付と署名と講義の題名を書いてもらい
学期末には試験の結果を書いてもらうもの。
日本と違って
月に一度試験日があって
同じ試験を何回受けてもよく
(満足できなかったら再度受けられる)
答案については先生からの説明を聞くことができる。
体育館の2倍くらいある大きな試験場で
問題用紙の入った封筒が配られるが
いくつも封筒を貰っている人もいる。
4時間ぐらいかかる学生の中には食べ物を持って来る人もいる。

日本人は何かあった時
騒いでそれを忘れようとするが
(この時代の学生は、そうだったかもしれない)
フィンランド人は森へ行って独りで考える
とか
ご存知サウナと冷たい湖での水泳の話も出てくる。

相撲が大好きな美晴さんは
今ごろ栃赤城(?)はどうしているか
と考えたりする。

そうこうしているうちに
最終試験になる。
問題は6冊の本から
(「世界の言語」「現代フィンランド語の発達」「フィンランド語の語彙研究」などなど)
かなり詳しいところまで出されるという。
フィンランド人でさえ2、3回受けないと受からないという試験
無事に合格して帰国出来るのか
……


元気の出る一冊です。




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花の子ども

2021-05-09 | 読書日記
裏庭の日陰のユキザサが咲き始めました。

「花の子ども」(オイズル著 2021年4月 早川書房刊)を読みました。
アイスランドの作家の作品です。




主人公の青年ロッビは22才。
心を分かち合っていた母を交通事故で亡くし
もうすぐ80才になろうとする父と2人暮らしだ。
双子の弟ヨセフは施設で暮らしている。

高校で1番の成績だったロッビに
父は大学進学を勧めるが
ロッビは植物とラテン語にしか興味が持てないでいた。

漁船に乗り込んで稼いだお金を持って
ロッビは山の上にある教会の有名なバラ園に旅立とうとしていた。
そこでバラの世話をして暮らしたいと思ったのだ。
ロッビは7ヵ月になる娘のフロウラ・ソウルとその母親のアンナに別れを告げに行く。
ふとしたことから一夜を共にして
生まれたのがフロウラ・ソウルだった。

ロッビの語りで物語は進む。
困難な旅の末、ロッビはバラ園にたどり着く。
バラ園はすっかり荒れ果てていた。
世話をしていた神父が高齢になったためだ。

そんな時、アンナから手紙が来る。
大学院に進学して人類遺伝学を学ぶための論文を書き上げる間
娘を預かって欲しいというものだった。

ロッビは承知する。
フロウラ・ソウルとアンナとの3人の暮らしが始まる。
単なる知人に過ぎなかったアンナに
ロッビはどんどん惹かれていく。

というのがロッビの語る物語。
でも、書かれていないアンナの物語がある。

「私のこと、本気で好きにならないでほしいの」
「これは私自身の問題なの」
「あなたのことが信じられないほど好き。だけど私、ひとりになりたいの」
「今すぐ家庭を築くには、まだ若すぎると思う」
「あなたとフロウラ・ソウルはとても仲がいい。私よりもずっと」
こぼれ落ちるアンナの言葉……

ヨセフが着ている蝶模様のすみれ色のシャツ
壁の色が薄紫色のロッビの修道院での部屋
夢に現れた青い長靴
フロウラ・ソウルの黄色いワンピース
……

色の使い方が独特で素敵です。




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つまらない住宅地のすべての家

2021-05-04 | 読書日記
道々の
モクレンが咲いています。

「つまらない住宅地のすべての家」(津村記久子著  2021年3月 双葉社刊)を読みました。




一本の道の両側に並ぶ10軒の家族の物語。

みな
外からはうかがい知れない闇を抱えている。

母親が出て行ってしまって
父と中学生の息子が暮らしている家。
息子は毎朝、母親の部屋のカーテンを開けてアリバイ工作をし
父に頼まれるままに1日おきに母親にメールをしている。
父親はけっこう料理が上手く
この頃はお菓子も焼くようになっている……

祖母と母親と小学生の2人の娘の暮らす家
母親は恋人ができると
その家に行ききりになり
祖母は自分の食べる分のものを買ってくるだけ。
上の娘は母親の置いていったお金で何とかやりくりしている……

小柄な夫婦は中学生の息子を納屋に閉じ込めようとしている。
もう父親より大きくなった息子は
学校で同級生を殴ってしまった。
時々ふらりと家を出て、警察の厄介になったこともある……

ひとり暮らしの若い男は
幼い少女を拉致して
部屋に閉じ込める計画を練っている……

この世界に石が放り込まれたように事件が起こる。
横領の罪で服役していた女が
この辺りに潜んでいるという情報が流れたのだ
………

と、何だか気の重くなるような書き出し
だけど
そこは津村記久子
重いだけではない。

人が人を「いい人だ」と思うきっかけはどういうところだろう。
母親が出ていった家の息子・亮太の友達の恵一が
オンラインゲームでチームを組んでいるヒロピーを「いいやつだな」と思ったきっかけは
ヒロピーが恵一のユニットを
恵一のいない間も、こまめに手をかけて育ててくれた時に
お礼にアイテムを贈ったら
次の日には、前の日以上に成長させてくれた時だ。
「義理堅いやつだな」と思ったのだ。

ある日、ふとヒロピーが
「まだされてないけど、親はおれを閉じ込めたいかもしれない」
と漏らす。
「テレビの旅番組とかで
あっと思うところがあったらついつい出かけてっちゃう。
携帯をサイレントモードにしてると
戻すのを忘れてしまう。
親はたまに自分を病院に連れていって医者に見せる……」
恵一は言う。
「じゃぁ毎日おれが訊いてやるよ。
おまえ今どこだ、家じゃないんなら親に連絡したかって」

読んでいると
ふいに現れるこんなシーン

あたたかいでもない
冷たいでもない
微妙な温度をつくり出している。
津村記久子の温度です。




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