ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

天龍院亜希子の日記

2020-03-31 | 読書日記
裏庭のカタクリに
つぼみがついています。

「金木犀とメテオラ」がよかったので
安壇美緒の一つ前の作品(デビュー作)
「天龍院亜希子の日記」(2018年3月 集英社刊)を読みました。



文庫版の表紙がこちら↓



こうして文庫版の表紙を見ると
主人公譲を取り巻女性たちの物語だったのだな
これは
と思わせられる。
(筆者は書いていないことを読者に感じさせるのが実に上手い)

何となく付き合っていた早夕里は
父親が倒れた
というので会社を辞めて名古屋に帰ってしまっている。

会社の同期のふみかとは
たまに呑んで
愚痴をこぼし合う間がらだ。

ふみかが嫌っている先輩社員の岡崎は
女子社員のイジメの標的だ。
結婚して
小さい子供がいて
時短勤務をしていて
子供の病気でしょっちゅう休む岡崎の分の仕事が回ってくるのが
気に入らないのだ、ふみかは。

譲の周囲にいる女性たちの中で
一番遠い存在なのが天龍院亜希子。
譲は
何となく同級生の名前検索をしていて
小学校の同級生の亜希子の日記(ブログ)
(名前をからかって泣かせたことがある)
に出会う。

亜希子の日記は
しんとしている。
「獺祭というお酒を買う。
ダッサイ、と読むらしい。
高いお酒らしく、確かに美味しい。
美味しいというか、他の日本酒をよく知らないけれどこれは美味しいなという気がした。
ダッサイってなんですか、と尋ねると、かわうそのいたずらだという……」
という調子で
主語のない人が見え隠れする。

大きな事件が起こるわけではない。
会社でのあれこれ
恋人とのあれこれ
がゆるゆると描かれる
だけ。

ストーリーではないのだな
小説は。
と思わせられる。




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土 地球最後のナゾ

2020-03-27 | 読書日記
いつもの年とは
植物の芽の出る順序が違っています。
いつも一番手のカタクリが
今年は遅い……

「土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて」(藤井一至 2018年8月 光文社新書)を読みました。




この本
なかなか巡り会えないでいるうちに
6刷を重ねていたらしい。
バッタ先生の本(「バッタを倒しにアフリカへ」)も面白かったけど
土先生のこの本も面白い。
(望みは「100億人を養う土壌の開発」だから)

日本の土はいい土(農耕に適した)だと思っていたけど
土先生によれば違うという。
(!)

世界中の土は大きく12種類に分けられる。
若手土壌
永久凍土
粘土集積土壌
黒土(チェルノーゼム)
ポトゾル
泥炭土
黒ぼく土
強風化赤黄色土
ひび割れ粘土質土壌
オキソシル
砂漠土
未熟土

このうち日本にあるのは主に
黒ぼく土と若手土壌
だけなので
土先生は
他の土を求めて
スコップ一つ持って世界中を旅する。
時には
金鉱掘りと間違われたりもする。

世界中の土のうち
「肥沃な土」=チェルノーゼムがあるのは
(粘土と腐植に富み、窒素、リン、ミネラルなど栄養分に過不足なく
酸性でもアルカリ性でもない
排水性と通気性がよい)
ほんの一部
これまでに起こった戦争は
この土を求める争いでもあったのだ。

では他の地域は?
現代では「お金」をかけて(肥料、大型のスプリンクラーなど)この問題を解決している。
でも
土先生は思っている。
「お金」をかけなくても耕作に適した土地にする方法はないだろうか。

(例えば
ボルネオ島に自生している木・マカランガを伐って
近くにあるアカシアとチガヤの落ち葉を燃やしたものをすき込めば
窒素とカリウムを補うことになって
耕作地にできる)


ちょっと専門的ですが
新書にしては珍しい
ほとんど毎ページにあるカラー写真と
ユーモラスな文体に助けられます。



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天邪鬼な皇子と唐の黒猫

2020-03-21 | 読書日記
風の強い日です。

「天邪鬼な皇子と唐の黒猫」( 渡辺仙州著 2020年1月 ポプラ社刊)を読みました。
YAものです。




平安時代の阿衡(あこう)の紛議の顛末が語られる
めずらしい作品です。

主人公は唐から連れて来られた黒猫
名前はクロ
蘇州にいた頃は
黒珠(ヘイズウ)と呼ばれ
20以上の猫の集団を束ねる覇王として君臨していた。
その強さはどうやら
前世が
「虞よ虞よ汝をいかんせん」の項羽だったためらしい
のに今は
定省(さだみ)という皇子の家でのんびりと暮らす日々が続くことを
願ってごろごろして暮らしている。

クロは前世が人間だったためか
人語を解するし
必要とあらば話すこともできる。
(これが後で効いてくる)

皇子といっても
定省は一人暮らしで
居間の囲炉裏で自分で煮炊きをし
クロに乳粥を作ってくれる。

クロの複雑な思考に比べて
人間はどの人物も単細胞気味に描かれている。
高齢の父が突然即位させられ
そのために
いきなり臣籍降下させられたと思ったら
一人だけ皇子に戻され
即位させらることになった定省(宇多天皇)
は天邪鬼というよりは
ただの気のいい青年

定省の家には書物がたくさんあるからと
通って来る妻の義子(橘広相の娘)
(書物さえ読んでいれば満足)

万葉集が大好きで
天皇の妃になって
勅撰和歌集をつくらせようという野望(?)を持つもう一人の妻の胤子(藤原高藤の娘)

阿衡の紛議の当事者
(怒って出仕しなくなったふりをしていた)藤原基経
の息子の時平は相撲好きの体格のいい少年
といった調子。

それに比べて
左京の猫の親玉ハクタクは
虞美人の生まれ変わりで
ほかの猫たちも
一癖も二癖もある
……

こういうふうに語られたら
阿衡の紛議にも親しみがわくというものです。





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金木犀とメテオラ

2020-03-17 | 読書日記
参考書や問題集ばかりでなく
本も売れているそうです。

この時期元気が出る本
ということで
「金木犀とメテオラ」(安壇美緒著 2020年2月 集英社刊)を読みました。




北海道のとある町の片隅にある新設中高一貫の女子校とその寮が舞台

東京から入学して来た宮田佳乃は
小学生ながらもコンクールに出るレベルのピアノの腕を持ち
都内一の塾に通っていた学力も持つ少女だ。
家には父親しかいない。
絶対自分が一番だと思っていたのに
入試の時の成績一番で入学式に代表挨拶に選ばれたのは
地元生の奥沢叶だった。

宮田は(主役の2人はいつも姓で書かかれる)
地元のピアノ教室に失望して独学の道を選び
成績は首位奪還を誓う。

お題が提示されるのは102ページ
穏やかで美しい完璧な「女子中学生」の奥沢の顔が
宮田が何気なく
「自転車どうするの」の一言を言った刹那
「害虫を握り潰す時のような表情にその美貌は歪んだ」のだ。
奥沢には
どんな秘密があるのか?

宮田にも秘密はあった。
一つまた一つ
と宮田を支えるものが崩れていくうちに
宮田の秘密はむき出しになっていく……


理科の教師の時枝の言った何気ない言葉
「旧宣教師館前のキンモクセイ
あれはよく根付いてくれましたね。
キンモクセイって寒さに弱くて
普通は南東北より北では育たないものなんですよ。
人の手で植えたにしても
よく元気だなと。
一種の奇跡ですね」が
宮田と奥沢を導いていく
という仕掛けです。

時枝と寮母の杉本という大人の存在が
宮田の父と
奥沢の母の色を
薄めています。





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遠の眠りの

2020-03-12 | 読書日記
昨夜は雪

「遠の眠りの」(谷崎由依著 2019年12月 集英社刊)を読みました。




事実に基づいている
と知っても
その事実があまりにも現実離れしていて
驚く。

◯ロシア革命によって親を失ったポーランド人の孤児たちが
シベリアから
700人以上も
船で敦賀に来て
滞在し
その後アメリカを経由してポーランドに帰った。

◯福井の百貨店だるま屋には
少女歌劇部があり(1931年創設)
だるま屋の劇場で月替わりの公演を行っていた。
舞台に立っていたのは
尋常小学校を卒業したばかりの少女たちで
寮生活を送りながら稽古に励んでいた。

という材料を一品に仕立てたのが本作

貧しい農家の娘であった絵子は
父に叱責されたことをきっかけに家を飛び出してしまう。
絵子は本を読むのが好きなのに
夕食後「勉強していい」と言われるのは弟だけ。
お菜も弟には一品多い。
そのことを口に出して叱責されたのだ。

この「お話」(本)好きと、時々本当のことを言ってしまう「口」が
絵子の人生を思いもかけない方向に進ませていく。

人絹織工場で知り合った「青鞜」を読む少女朝子
百貨店をふらふらと歩く絵子を店員にしてくれて
「お話」を書く人になるようにと勧めてくれた支配人の鍋川
(鍋川はもと教師だった)
男であることを隠して少女歌劇の団員になっているキヨ
(キヨの目は薄い色をしている)……
口には出さないことを
たくさん持っている登場人物たち。

独特の風味があります。


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ミヤザキワールド

2020-03-07 | 読書日記
「ミヤザキワールド 宮崎駿の闇と光」(ネイピア著 2019年11月 早川書房刊)を読みました。




10年にわたって
大学で宮崎駿作品を研究するゼミを指導して来た
という筆者が
「ルパン三世」から
「風立ちぬ」まで
を一つ一つ読み解いている。

この本を読んで
学生時代「解釈」というものを習った
ことを思い出した。
これは
まさに宮崎作品を解釈したものなのだ
とてもあたたかい見方で。
(このあたたかさが400ページを読ませる原動力なのだ)
だから読んでいくと
取り上げられているどの作品も
「え、そうなんですか
もう一度見て見なくちゃ」
となる。

たとえば
「となりのトトロ」では
サツキの人物造形を巡って鈴木プロデューサーと言い争いになった
とある。
(宮崎駿という人はけっこう頻繁に言い争いをし
すぐに反省するという癖を持っている)
「サツキのような完璧ないい子はいないよ」という鈴木に
「いる、いや、いた。
俺がそうだった!」
と宮崎駿は言ったという。
肺結核のため家で療養していた母親を持ち
病状の悪化に怯えながら
宮崎駿は家事をこなしている子どもだったのだ。
宮崎駿には「悪い子」になる余裕はなかったのだ
とか

しかし
この母は
(その後快復し
70過ぎまで生きることになる)
病気ながらも強い人であり
宮崎駿の議論の相手(宮崎はリベラルで母親は保守的だった)にもなる。
(病床でさえもそうだった)
宮崎作品に登場する女性たちにそれが投影されている。
「風の谷のナウシカ」のナウシカ
「魔女の宅急便」のキキ
「千と千尋の神隠し」の千尋
ジブリで働く女性たちもまたその要素を担い
「ハウルの動く城」のソフィーが老女なのも
歳を重ねて来たジブリの女性たちへの密かな賞賛である
とか

常に
「宮崎駿も、もう終わりだね」の声にさらされ
つんのめるように描く世代を失って
感覚のズレに悩む孤独の中で
毎回90度に近い旋回を見せる宮崎駿

やっぱりもう一度見なくては
と思いました。
さて、どれから……


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蝶が舞ったら、謎のち晴れ

2020-03-04 | 読書日記
こもり消費ということで
読書はいかがでしょう。

「月まで三キロ」がよかったので
また伊予原新。
「蝶が舞ったら、謎のち晴れ」(伊予原 新著 2017年8月 新潮文庫)を読みました。




幼なじみの右田夏生と菜村蝶子がコンビで謎を解く
筆者お得意の理系ミステリ
今回は「気象」モノです。

小学生のころから天気読みが好きだった蝶子は気象予報士になり
気象に関する知識と論理的思考力を生かしてのホームズ役。
右田夏生は探偵事務所を開くかたわら
株をやっている。
蝶子も認めるカンの鋭さで
引っかかるものを拾って来る右田がワトスンだ。

顔が小さく、足が長く、サラサラの黒髪で美貌の蝶子は
テレビの天気予報番組に出ているが
「仏頂面」で「面倒くさそう」に原稿を読み上げるだけ。
番組中にいきなり
「誰が書いた原稿か知らないけど
やっぱり気に入らない。
「爆弾低気圧」とかいう安っぽい言葉、嫌いなのよ
低気圧の発達率で表せばすむことでしょう」
と言ったり
アナウンサーの分からない専門用語を連発したり
「強い風が吹きますから
鉛価格(株)の高騰に注意が必要でしょう」
などという謎の予報を言ったりしてしまう。
ところが
この蝶子の予報は大人気で
「蝶子のバタフライ効果」という投稿サイトまであるくらいだ。

というところで
蝶子のファンにならない読者がいるだろうか……

5編の短編のうちの
「標本木の恋人」が一番好きです。
亡き夫の愛した桜の木を守るために
ブルーシート番として右田を雇う夫人。
「標本木の恋人」というハンドルネームを持つ元気象予報士。
予報士をフォローする曽孫の少年……

美味しすぎます。




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反穀物の人類史

2020-03-04 | 読書日記
裏庭に
チューリップの芽が出ています。

「反穀物の人類史」(スコット著 2019年12月 みすず書房刊)を読みました。




小学校6年生の社会科の教科書の「縄文時代のくらし」の次のページを開くと
豊かに実った稲を刈る弥生時代の人々がえがかれている。
(記憶ですが)
人々は
喜んで
進んで
こぞって
稲作をするようになった。
(これでもう、飢えなくてすむ)
これは
本当なの?
と筆者は言っている。

穀物ってそんなにいいものなの?
定住ってそんなにいいものなの?
集まって住むのはそんなにいいことなの?

そんな疑問をきっかけにこの本は書かれたそうだ。

穀物栽培は
沖積平野でなくてはできない。
細かい土が堆積した湿っぽい土は
棒で穴を開けて種を落とし込めば種まきは完了する。
石を取り除いたり
耕したりする必要がない。

でも
1年間の「栽培」は手がかかる。
草を取る
肥料を与る
野生動物や鳥から守る
病気を防ぐ
などなど
基本的に1年に1度しか収穫できない。

それに比べて栽培に依っていないヒトたちは
季節ごとに渡ってくる鳥を獲り
木の実を集め
野生の生き物を獲り
野生の穀物や芋を集める
暮らしの方がずっと労働量は少ないし
多様な食物から栄養が得られるので健康にもよい。
(穀物食でないヒトの方が体格が良いというデータがあるそうだ)

それなのになぜ
ヒトは穀物食に移行したのか?
(私の予想は
穀物の軽さと
糖分の快感)


これまでのイメージをひっくり返す
面白い謎解きでした。



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「走る図書館」が生まれた日

2020-03-02 | 読書日記
日本で図書館と名のつくものが誕生したのは1897年だというけど
これは19世紀のアメリカの図書館の話。
「走る図書館が生まれた日」(グレン著 2019年12月 評論社刊)を読みました。




兄たちのように学校に行きたい
と願ったメアリー・ティットコムは
女性にして珍しく上の学校に通い
卒業後も聴講生として通い続ける。

さて
職に就こうと考えた時
当時女性の仕事は看護師と教師しかなかった。
そんな時、メアリーは、新しく誕生した司書という仕事を知る。

無事見習いから一人前の司書になったメアリーのアイディアと実行力は
図書館の仕事をどんどん広げて行く。

貸し出し
(それまでは図書館は「来て」本を読む所だった)
ある掃除婦の女性は言った。
「わたしのようなお金のない貧しい人間が
こんなすてきな本を家に持って帰れるなんて」

子供室

読み聞かせ

小さな貸し出しボックス

1905年
ついには
移動図書館馬車をはじめる
……

筆者は
2週間に一度来る移動図書館車を楽しみにしている子どもだったという。
無名のメアリー・ティットコムのことを調べるのは大変だったそうだ。
資金を集めて
ティットコムのお墓を建てるほどこの調査に入れ込んだ。

(写真絵本です)
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