ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

楽園の烏

2020-10-31 | 読書日記
冬の前のひとやすみ
といった気候です。

「楽園の烏」(阿部智里著 2020年9月 文藝春秋社刊)を読みました。




前作から3年
八咫烏(脚が3本あるカラス)の世界では20年が経っている。

今作の主人公として出て来たのは
ギャンブルが趣味の煙草屋の主人
ワカメのような髪に無精髭
眠そうな垂れ目の安原はじめ
という男だ。
???
(この主人公で行くの?)

はじめは養父から山を相続する。
そこに
「幽霊」と称する
美しい若い女が現れ
はじめは山に連れて行かれる。

山は八咫烏の世界だった。
一族を統率するのは
前作では少年だった雪哉。
今は博陸侯雪斎という名の中年男になっている。
(雪哉が中年……)

雪斎の配下の頼斗という少年を案内役に
はじめが
雪哉の構築したシステムによって成る八咫烏の世界を見て回るのが
本作の縦糸。
その世界は、階層が出現している世界だ。

なぜ、雪哉は
こういう世界を創ったのか
……

中ほどまで読んでもまだ
誰に沿って読んでいけばいいのか分からない。
頼斗に見えていた世界は崩壊し
地下世界の将来を担う少年トビに見えていた世界も
また違うものだった。
では
はじめに沿えばいいのか?
「憎悪は娯楽なのだよ」と言い放つ雪哉に沿えばいいのか?

二転三転どころではなく
四転も五転もする
展開に翻弄され
いつの間にか違和感を忘れ
この世界に浸かっていた……
というマジック。

新シリーズの1巻目にふさわしい出だしになっています。

ちょっとスラングが多いのは
敢えてしているのでしょうか。

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2020-10-26 | 読書日記
思い出したように
シレネが咲いています。

「類」(朝井まかて著 2020年8月 集英社刊)を読みました。




なぜ、今、森類?
と思いながら読みはじめた。

森鴎外の三男の森類。
林太郎という名前で苦労した鴎外は
子供たちに外国人でも発音しやすい名前をつけた。
於菟、茉莉、不律、杏奴、類。
オットー、マリー、フリッツ、アンヌ、ルイというわけだ。
(漢字の意味の方には無頓着だったらしい。
於菟は虎という意味らしいけど)
その類の生涯が描かれている。

於菟は先妻の子で
大変優秀だったので
後妻の志げは何とかして類を「優秀」にしようとするが
類は下手をすると落第してしまいそうな成績だ。
志げは類に検査を受けさせるが
脳には何の異常もないという。
「死んでくれないかしら……」
と呟くほど志げは追い詰められる。

やっと入学した中学を中退して
類は姉の杏奴のお供としてパリに渡る。

一緒に絵を習っていても
凡庸な類と違って
杏奴の絵には誰もが目をとめる。

鴎外の死後
後妻が家を駄目にしたと言われないためにと
志げは杏奴に賭けたのだ
……

類の物語なのに
類を見ようとすればするほど
類の輪郭はばやけ
取り囲む「女」たちが際立っていく。

前半は姉の杏奴。
杏奴は
「女学校での学業をまっとうしながら
週に数度の踊りの稽古をこなし
仏蘭西語を習い
茉莉とひんぱんに手紙をやりとりして勧められた本や雑誌を読んでいる。
舞踊家として一廉になり
一廉の教養を身につけ
一廉の人物の妻になる」ために努力し続ける。
杏奴は後の文筆家・小堀杏奴だ。

後半
結婚した杏奴と交替するように登場する妻の美穂もすごい。
戦争によって鴎外から引き継いだ財産を失った類の生活を支えるために
嫁いできた時に持って来た着物を質に入れて食いつなぎ
本屋を開いて生活を支え
それを閉じて家賃収入で生活をはじめると
得意の料理を教えて収入を得て4人の子供を育てる。
「弁当は毎日級友を唸らせる。
子供の洋服も
家庭科の教師が参考にと教室まで見にくる。
まったく、美穂は生活の芸術家だ」
と類は思う。
そして
それを鑑賞する人・類。

帯の惹句は
「鴎外の子であることの幸福
鴎外の子であることの不幸」

量によって
見えてくるものがある
と感じさせられる作品でした。







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念入りに殺された男

2020-10-20 | 読書日記
あたたかい日が続いています。

「念入りに殺された男」(マルポ著 2020年6月 早川書房刊)を読みました。




ミステリです。

主人公のアレックスは40才
フランス北西部の小さな村でペンションを営んでいる。
(客はごくわずか)
夫は高校の教師で
2人の娘がいる。
人と接することが苦手で
娘たちの学校の送迎も、すべて夫に任せているくらいだ。

40才の誕生日の夜
アレックスは
ペンションに客として滞在していた作家のシャルル・ペリエに乱暴されて
石で頭を打って殺してしまう。

翌朝ペリエが出立したと夫に告げて
遺体は土を掘って埋め
その上に堆肥を被せた。
腐敗を早くするためだ。

始末を終えてアレックスは家を出る。
髪を切り、染めて、今までに着たこともないような服を買う。
以前ペンションに来た客が忘れていった保険証を使って
エレオノール(レオ)と名乗ることにする。

パリに行き
ペリエが密かに借りていた部屋に住み
ペリエのパソコンとスマートフォンを駆使して
ペリエの情報を入手し
ペリエに成り代わって発信する。
すべてはペリエが生きていると思わせるためだ。

さらに
大胆にも
ペリエの妻、義父、恋人、編集者などに次々に会い
(秘書レオとして)
誰を「犯人」にしたらいいかの
作戦の組み立てをはじめる。
上品な妻
ペリエの本の出版をしている義父
会うたびに好意が深まっていくペリエの恋人
「犯人」に一番ふさわしいのは?
……

内気なアレックスと大胆なレオが入り混じった複雑な人格
少し前のミステリだったらあり得ないような情報操作
ひとりで事件を解決(?)しようとする自立(孤立)ぶり
が不穏な空気をかもし出しています。

アレックスは誰かを「犯人」に仕立てることに成功するのか?

アレックスを好きになれるかどうか

好みが分かれるところですが






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キリン解剖記

2020-10-18 | 読書日記
道端のアジサイの葉が紅葉しています。

「キリン解剖記」(郡司芽久著 2019年8月 ナツメ社刊)を読みました。




キリンのぬいぐるみが好きだった小さな女の子が
動物園でキリンの前をいつまでも離れない小学生になって
大学に進んで
キリンの研究者になる話です。

キリンの研究をするためには
キリンを解剖しなくてはならない。
と言っても
郡司さんが初めて解剖したのはコアラ。
「解剖されている動物たちは
病気や寿命、事故などで亡くなってしまった個体で
解剖のために殺されたわけではなかったのも
罪悪感が湧かなかった一因かもしれない」
「知的好奇心が刺激され満たされていく気持ちよさが
脳内いっぱいに広がっていった」
というスタートが
その後の研究生活を決定づける。

キリンなんて滅多に解剖できないのではないか
と思うけど
実際は10年間で30頭のキリンを解剖している。
(これが19才からの10年間というから驚く)
時には1人で一体を解剖すこともある(!)

郡司さんはキリンの長い首の骨に興味を持つ。
白鳥では20個にもなる頸椎が
キリンは人間と同じ7個なのだ。
ぐっと首を伸ばして木の葉を食べ
首を下げて水を飲むキリンの首の付け根は
どうなっているのか?
郡司さんは
首の骨の付け根を研究することにする。

郡司さんは何度も研究に行き詰まる。
そんな時
先輩研究者に言われた一言が郡司さんを動かす。
「本当に面白い研究テーマって
凡人の俺らが、考えて考えて
それこそノイローゼになるくらい考え抜いた後
更にその一歩先にあるんじゃないかなぁ」

たった1人
真冬の戸外での解剖が
「集大成」のような解剖になって
発見をもたらす場面にぐっときます。

ひとりでやれる
ひとりでもやれる
ほんとうの好きとは
そういうものかもしれない。



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本の道しるべ

2020-10-11 | 読書日記
NHKの「趣味どきっ」の今年の秋の番組が
「こんな一冊に出会いたい 本の道しるべ」
第1回を見て
ついついテキストを買ってしまいました。




取り上げられているのは
平松洋子
矢部太郎
渡辺満里奈
祖父江慎
橋本麻里
穂村弘
飛田和緒
坂本美雨
の8人

パートナーと合わせて5万冊の本と暮らすための家を建てて
図書館のような家で生活しているという橋本麻里。
大きなテーブルのある閲覧室で
新しく買った本を分類し
そこで食事もする
マルジナリア(本の余白に自分なりの読解を書くこと)という読み方をオススメしている。

ブックデザイナーの祖父江慎は
3つの本を追いかけていて
新しく出版されるとすぐ買うという。
3つは
「ピノキオ」と「坊ちゃん」と「南総里見八犬伝」
「坊ちゃん」は豆本まで持っている。

歌人の穂村弘はめずらしい本を集めている。
装飾用の羽を透明な袋に入れて貼り付けてある帽子屋さんのスクラップブック
赤と青のセロファンのどちらを重ねるかによって
見える絵が違う宇野亜喜良の本
などなど

書店の利用の仕方も書かれている。
大型書店
(ジャンル→中立ち→見出しの順に見ていくとか)
個性派書店
(本とビールの「B &B」など)
古本屋
(帯を破らないように丁寧に扱うとか)
ブックカフェ
ブックホテル
一箱本屋
……

読書欲に火がつくこの一冊

矢部太郎さんオススメの
「飛ぶ教室」を読もうと思います。



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ねなしぐさ 平賀源内の殺人

2020-10-08 | 読書日記
肌寒くなってきました。

「ねなしぐさ 平賀源内の殺人」(乾緑郎著 2020年2月 宝島社刊)を読みました。



安定の品質・乾緑郎の作で
平賀源内が主人公で
ミステリ
と来たら読まずにはいられない。

冒頭は平賀源内が目覚めると
隣の部屋が血の海になっていて
下手人として捕らえられるというシーン。

そこから
その日までの源内の暮らしが綴られる。
とにかく何にでも興味を持ち
何でも出来る。

長崎で手に入れた「ゑれきてるせゑりていと」(エレキテル)を
何となく修理して
静電気発生装置にして見世物にする。
「タルモメイトル」(温度計)をひと目見て原理を見破り
同じものを作ってしまう。
語学も達者で
蘭語を読み
(杉田玄白に「解体新書」の翻訳に加わらないかと誘われる)
蝦夷の言葉の辞典のようなものも作ってしまう。
医者でもある。
鉱物にも詳しく
山師としてひと山当てることを夢見る。
戯作者として
数々の本を出版する。
女物の櫛を考案して流行らせる。
(すぐ真似される)
絵も描ける。
秋田蘭画の小田野直武(「解体新書」の絵を描いた人)が弟子入りを切望して
江戸まで追って来たくらいだ。
(遠近法と影をつける画法を考え出したと言われる)
一人で何人分もの活躍?をした源内
の器用貧乏で哀しい日々が描かれる。

もちろん最後には殺人事件の解決も。

自己評価の低い源内に
(いつもお金が儲からないし
時にはおのれの情けなさに涙することもある)
だんだんほだされて
結末にほっとする
という仕掛けになっている。

まさかタケコプターが出てくるとは
思いませんでした。





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本の読める場所を求めて

2020-10-01 | 読書日記
十五夜なので
ススキを買いました。
(近くの空き地にも生えているのに)

「本の読める場所を求めて」(阿久津隆著 2020年7月 朝日出版刊)を読みました。




本の読める場所?
不思議なタイトルに惹かれて手に取りました。

読書人口が減っていると嘆いている偉い人に
筆者は言う。
読書って娯楽でしょう
読むも読まないも自由じゃないですか?
(そうですとも。
筆者と同じように私も
読書は100%娯楽だと思っている)

ブックカフェでもない
図書館でもない
喫茶店でもない
家でもない
筆者は「本の読める場所」を求めて歩く。

「今日はこの一冊を一気に読みたいなぁ」と思った時
カフェでは近くの席の会話が邪魔になる。
(そうではない時もある)
図書館には飲み物(お酒も)や食べ物がない。
家では何かと気が散るし
(ここがポイント)
とも読みしている人がいない。

そう!
筆者の求めているのは
ともに読んでいる人の居る空間だ。

静かな音楽が流れ
美味しい飲み物や食べ物があり
会話に邪魔されず
キーボードを叩く音や
ペンが紙を擦る音がなく
仕事をしている人特有の「勢い」雰囲気がなくて
長く居ればいるほど喜ばれる。

料金は
映画一本分くらいの時間につき
映画一本分くらい。

後半は
筆者がどうやってその空間(huzukue・フヅクエという店)を作り
どういうルールで成立させているか
が書かれている。

音楽の好きな人がライブに行くように
映画の好きな人が映画館に行くように
読書の好きな人がとも読みをする空間があったら
「読む」という娯楽も
もっと広まるのではないかと
筆者は言っている。

とも読み空間には
いい椅子も欲しいです。
腰痛持ちなので。




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