ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

「文学は予言する」 現在が過去の作品に描かれている…

2023-03-29 | 読書日記

「考える人」でちょこちょこ拾い読みをしていた
「文学は予言する」が面白かったので
1冊にまとめられた
「文学は予言する」(鴻巣友季子著 2022年12月 新潮選書)を読みました。


世界は
思ってもみなかった方向に
急カーブを切っている
と思っていたけれど
みんな予言されていたんだよ
と言われて驚く。

米国家安全保障局はテロ対策として
国民の個人情報を入手していると言われているけれど
そういう社会のことは
1949年に書かれた「1984年」(オーウェル)に書かれている。

人口が減少しているので
産めよ増やせよ
という社会
(婚姻、出産への国家の介入)のことは
「すばらしい新世界」(ハクスリー)
「侍女の物語」(アトウッド)他
たくさんの作品に書かれている。

文化や芸術にふれて国民が考えるようになったり
情緒が豊かになると
統制がしにくくなるので
文化や芸術が抑制された社会は
(コロナ下での活動のしにくさ)
2014年に書かれた「献灯使」(多和田葉子)に書かれている。
……

膨大な読書でそれらの作品を拾い上げる著者は
言う。
「成果の大小でひとを計ることじたいを改めるときが来ているのではないだろうか。
功績の規模にかかわらず
他者に敬意を払うという当たり前のことが
経済格差の是正と同じか
それ以上に大事なのだと感じる」

著者は読書についても言っている。
紙媒体にもネットにも
作者や主人公が自分と近いから
信頼できる→評価する
という均質な感動が溢れている。
自撮り的な共感(シンパシー)ではなくて
他者への理解(エンパシー)
が多様性への道なのではないか
と。
(耳が痛い)

膨大な読書に支えられた誠実本で
読者に噛む力を要求する歯応え本です。

 

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「ストーンヘンジ」 美しい写真も

2023-03-26 | 読書日記

「ストーンヘンジ」(山田英春著 2023年1月 筑摩書房刊)を読みました。

肩書はブックデザイナーという著者
長年古代遺跡と先史時代の壁画を写真に撮ってきた。
その写真をたっぷり使った
(素晴らしい写真ばかり)
今、一番新しいストーンヘンジ本です。

ストーンヘンジは
何のために造られたのか?
の謎はいまだに解かれていない。

造られたのは紀元前3000年から
およそ1000年の間
いろいろに手を加えられて来た。

石器時代なので
巨石を削った道具は石器。
上に石が載っていないブルーストーンという石は
(重さは1〜3トン)
200km以上も離れたところから運ばれて来た。
(60個以上)

三石塔という大きな石は
高さが6〜7mもあり
上に屋根のように載っている石にはほぞまで作られている。

最近(2006年)の研究によれば
ストーンヘンジを作った人たちの子孫は
もういないというのだ。
(ネアンデルタールのように)

ストーンヘンジのつかいみちとしては
冬至の光が入る隧道があるから
天文台的なものだという説
集会所だったという説
(実際に何百頭もの牛が屠られた跡がある)
墓だったという説
(身分の高い人が埋葬されたという痕跡はない)
「社会がピンチだったからこそ
それまでの血縁や氏族といった集団を超える規模の結びつき
が求められ
帰属意識を喚起するための施設が造られた」(ピアソン)
という説もある。
指導者の権威が揺らぐときなどに
しばしばそういうことはある(リチャーズ)のだそうだ。

この後
青銅器文化とビーカー人(底がビーカーのように平らな土器を使っていた)
がフランス側から渡って来たらしい。

写真が小さいのが惜しまれます。
著者は2006年に大型本を出しているというので
そちらも見てみようと思います。

 

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「ネット右翼になった父」 ネット右翼に限らない

2023-03-21 | 読書日記

「ネット右翼になった父」(鈴木大介著2023年1月 講談社現代新書)

 

家族が、友人が、尊敬する人が
あやしいネット右翼になったら……
そんなことは起こるはずがない
ではない
のかもしれない
ちょっとためらったけど
読んでみました。

著者は鈴木大介。
ガンで亡くなったお父さんは
会社を退職してから
海外へ語学留学をしたり
ボランティアで子どもたちに遊びを教えたり
パソコン教室を開いたり
……
決して凝り固まるような人生ではなかったはずなのに
晩年は
(保守系を名乗る学者が嫌悪するような)
右寄りの雑誌を購読したり
右傾の動画を視聴したりするようになっていた。

著者は、それを激しく嫌悪し
通院の付き添いをしながらも
心は離れていた。

なぜ著者のお父さんは右傾化していったのか?
(親族や友人が右傾化しているという悩みを持つ人は
意外に多いらしい)
著者は母や姉、姪、叔父への聞き取りをし
父の親友にも会い…
というルポライターらしい調査を始める。

生活保護者は甘えているという発言
母を前にしての女性蔑視発言
離婚した姉にシングルマザーは好きで選んだ道と言ったり
LGBTQへの嫌悪感をあらわにしたり
中国、韓国、欧米を嫌う発言をしたり

やがて、著者が得た結論は
(痛い)
……

2年半経っての到達点は
また年月が経つと
変わるかもしれないなぁ
と思いました。

 

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「蝉かえる」 推理を語らない探偵

2023-03-16 | 読書日記

「蝉かえる」(櫻田智也著 2020年7月 東京創元社刊)を読みました。

ミステリです。
探偵が
自分の推理をとうとうと語る
というのがミステリの山場なのだが
この探偵は語らない。

探偵の名前はえり(魚へんに入)沢泉(せん)。
昆虫好きの青年えり沢は
惹句によれば「とぼけた切れ者」である。
えり沢は自分の推理を語るのではなく
推理にしたがって行動する

相手はそれを察して自分の行動を変える。
という流れ。

4つの短編は
どれも昆虫が絡む物語なので
タイトルも
   蝉かえる
   コマチグモ
   彼方の甲虫
   ホタル計画
   サブサハラの蝿
となっている。

「サブサハラの蝿」は
えり沢が
空港で学生時代の友人江口海(かい)に出会うところからはじまる。
江口は医師で「越境する医師たちに」に属して
アフリカで活動してきた。
江口の荷物にツェツェバエのサナギが入っていた。
(高校時代、授業中に居眠りすることを
ツェツェバエに刺されたと言っていたなぁ
ごめんなさい)
そのたった数分の出会いでえり沢は推理する。

どういう推理をしたかは明かされない。

えり沢は江口を訪ねる。
江口は閉院した自分の病院に
ひとりで住んでいた。
カビ臭い建物には
空調がはたらいて、適温に保たれていた。
江口は何をするつもりなのか……

謎解きと情感という混ざりにくいものを
違和感なく混ぜて
絶妙な味に仕上げています。

シリーズの2巻目だそうですが
(著者のデビュー2作目)
これで終わりにするのは
惜しい
と思います。

 

 

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「一階革命」 一階が変わればまちが変わる

2023-03-13 | 読書日記

「一階革命」(田中元子著 2022年12月 晶文社刊)を読みました。

歩いていると、ちょっとひと休みしたいなぁと思う。
あるコンビニの椅子席で
ああ、やれやれ
といった感じで
飲み物を買って休んでいるお年寄りを見かける(しばしば)

もっとベンチがあればなぁと思う。

ベンチのある町をウォーカブルシティって言う?
え、国土交通省でウォーカブルシティを募集している?

ということでウォーカブルシティづくりに取り組んできたという
この本を読んでみました。

町を見ていて
子ども連れの人がふらっと入れるところがない
散歩しているお年寄りが休めるところがない
犬の散歩の途中に立ち寄れるところがない
遠慮なくおしゃべりのできるところがない
……
私設公民館ならば
それができる、と著者は思った。

条件は一階であること。
コペンハーゲンのランドリーカフェ(コインランドリー+カフェ)にヒントを得て
洗濯機と乾燥機のある喫茶店を作ることにした。
おしゃれなカフェではなく
あくまでも喫茶店。
そのために内装も椅子やテーブルもカップも吟味した。
おしゃれになりすぎないで、ほっとできる雰囲気になるように。
喫茶店の古家具だったテーブルと椅子
IKEAの照明
MIKASAのマグカップ
ちょっと古家具も
開口部は広くとって
外から何をしているかが見えるようにした。
軒先も作った。
名前は「喫茶ランドリー」(会社名はグランドレベル)

今ではさまざまのことが行われる私設公民館になっている。
なによりすごいのは
私設公民館というイメージづくりに貢献したことだ。
それ以来全国に同じようなものができるようになった。
喫茶ランドリー宮崎台店(川崎市)
ハタメキ(江東区)
谷cafe(福岡市)
マックスバリュおゆみの店(千葉市)
……

イメージを作るということはすごいことだ。
言葉で説明しても
企画書を読んでも分からないことが
見れば分かる。
そして
収益を上げるということはもっとすごいことだ。
収益があるということは
続くということだから。

著者は
ベンチプロジェクトというものもはじめている。
ベンチにはいくつもの効用があるという。
①町での滞在時間を延ばす
②休憩を挟むことによってより長く歩けるようになる(健康効果)
③滞在時間が延びると消費行動も活発化する
④人と出会う確率が高くなりコミュニケーションが活発になる(幸福度が上がる)

置き配ならぬ
置きベンチ。
いいなぁ

(ベンチにはベンチで
多々問題があるようですが)

 

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「松雪先生は空を飛んだ」 

2023-03-10 | 読書日記

「松雪先生は空を飛んだ」(白石一文著 2023年1月 角川書店刊)上、下を読みました。

空を飛べたら……
何をするだろう。
行ってみたいと思っているところに
行くだろうか。

交通渋滞も
交通費高騰も
公共交通機関の減少も
もう気にしなくていい。
買い物難民問題も解決だ。
空を飛んで来たお年寄りが
スーパーの玄関前にすとんと降り立って
買い物をして
またすうっと空に上っていく
そんな姿が日常になる……
(空を飛ぶのは
高いところを飛ぶだけではなく
表紙絵の猫のような空中浮遊もある)

大手スーパーチェーンの会長
高岡泰成は
出張先のスマトラ島で航空機事故に遭い
大怪我を負うと
会社を甥の純成に任せて引退してしまう。
怪我はすっかり治ったのに。

泰成は秘書に
ある調べものを命じる。
子供のころ通っていた小さな学習塾での師・松雪先生夫妻と
塾に通っていたうちの7人を探し出して欲しいというのだ。
松雪先生はある日突然塾を閉じ
町からいなくなってしまった。
その最後の日に
7人の塾生を集めて
何かを授けて。

泰成会長は
なぜ急に会社を辞めて
人探しを始めたのか?
松雪先生はなぜ急に町を去ったのか?
7人は何を授けられたのか?

空を飛ぶのは便利なだけでなく
嫌なことがあった時
空を飛ぶとスッキリする
俯瞰して見ることによって
ものごとを大きな視点でとらえられるようになる
と、ある登場人物は言う。

なるほど。
空を飛ぶ効用はそれですか。

そう来ましたか
というオチが
お見事です。

 

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「書籍修繕という仕事」 

2023-03-04 | 読書日記

「書籍修繕という仕事 刻まれた記憶、思い出、物語の守り手として生きる」(ジェヨン著 2022年12月 原書房刊)を読みました。

著者は
アメリカで図書館の書籍を修繕しながら
書籍修繕について学び
韓国に戻って「ジェヨン書籍修繕」工房を開いた。
本書では修繕した本、栞、日記帳、アルバムなどを
修繕前、修繕後の写真付きで紹介している。

工房を開いてみれば
図書館でやっていた時とは違う苦労があった。
高い
と言われたり
出来上がったものがイメージと違うと言われたり。

著者は「こんな技が必要だ」と痛感した。
税金を申告する方法
打ち合わせの仕方
広報の仕方
依頼の受け方
依頼の断り方
丁寧に腹を立てる方法
腹が立つのを笑顔でこらえる方法
……

修繕に持ち込まれたのは
おばあさんの日記帳
(紙の束に近かった。
依頼者は孫で
一冊の丈夫な本にしてプレゼントしたいと希望していた。
著者は
おばあさんのイメージから
黄色いサンシュの花の箔押しを表紙にあしらった)
旅先で買った料理本
おじいさんの書いた「千字文」
カビてしまった結婚アルバム
代々受け継がれてきた聖書
買い集めたコミック
(なんと専用本箱付きにした)
重さ37キロの本
………

もし書籍修繕を頼むとしたら……
と考えた。
ボロボロになっている「動物のお医者さん」(コミック)
でしょうか……

 

 

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「残月記」 日本SF大賞

2023-03-01 | 読書日記

以前から気になっていた「残月記」(小田雅久仁著 2021年11月 双葉社刊)

が「日本SF大賞」を受賞したというので
これは読まなくてはと思いました。

ちなみに「日本SF大賞」は
日本のSFとしてすぐれた作品であり
「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できないような作品」や
「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」であれば
あらゆる事物を受賞の対象としている
のだそうです。

月昂(げっこう)という病が流行っている。
はじめの症状はインフルエンザと似ている。
伝染する病気なので罹患すると隔離される。
(おや、これはあれのこと?)
高熱が去ると「つきによってたかぶる」症状が残る。
満月の夜になると
脳の働きが高まり(人の話がまどろっこく感じられ、早口で話すようになる)
身体機能も高まり
突出した芸術作品を生み出したりもする。
反対に新月になると
過眠になり
鬱症状に苦しみ
低活動による死さえ訪れる。
(おや、これはあれのこと?)
何よりもつらいのは
生きていた世界から引き剥がされ
一生療養所で暮らさなくてはならないということだ。
(おや、これはあれのこと?)

日本には西日本大震災の傷跡が残っている。
それまでの体制では対応できない
ということで
救国議会という名の独裁政治が始まっている。
(おや、この独裁者はひょっとして)

主人公の冬芽は
月昂者になって療養所に入れられる前に
恵まれた体格と剣道の経験を買われて
格闘家を養成する施設に入れられる
……

いやもう、とんでもないスケール
「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」
という名に相応しい。


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