ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

「世界の適切な保存」 永井玲衣

2024-11-17 | 読書日記

なかなか立ち止まることのない日常
なので
せめて

立ち止まり本を読みました。
「世界の適切な保存」(永井玲衣著 2024年7月 講談社 285p)

著者は哲学者
子どもから大人までの哲学対話をする会を開いている。

「たまたま配られる」という章
美大に通う友だちが
「普通の大学が見たい」ということで著者の大学に来る

古ぼけた自分の大学が
なぜか
風格を持った佇まいで歓迎し
貧弱な木々は青々と葉を茂らせ
太陽は光を当てて緑色を浮かび上がらせ
すれ違う学生たちは英語で会話をし
(グローバル教育に力を注いでいるので留学生がいる)
すぐ後ろを歩く教授は
絵本に出てくるような白髪の老人で……

著者は思う
「世界が本気を出してくれたのだ」
「世界は移り気である
無垢な友だちを喜ばせたかと思えば
まっすぐ立とうとするわたしの膝裏に
振動を与えてかくんとバランスを崩させることもある」

著者は
よくよく考えるとそれって何なんだ
と思えるような瞬間を「哲学モメント」と名付けて収集している。
古代の人が現代にタイムスリップして来たとき
もっとも驚くのは
天気が予知されて
それを当たり前のように現代人が享受しているという事態なのではないか。
(確かに空も見ないで天気予報を見ている)
天気予報は詩のような言葉遣いをする。
「変わりやすい空」
「天気が下り坂」

哲学者の村上靖彦さんの
「インタビューで相手の話がとまる瞬間ってすごく大事で
いったん詰まっちゃって何も語れなくなった状態の
次に出てくる話って
大事なことが多いんです」
に共感すると著者は言う。

詩と植物と念入りな散歩が好き
という著者
文中に多くの短歌や俳句、詩が挟まれている。

やっつけ仕事のような散歩を
もう少し丁寧にしたいと思います。

 

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「言語学バーリ・トゥード ラウンド2」 川添愛

2024-11-16 | 読書日記

なかなか立ち止まることのない日常
なので
せめて

立ち止まり本を読みました。
今回は言葉
「言語学バーリ・トゥード ラウンド2」(川添愛著 2024年8月 東京大学出版会 227p)

(バーリ・トゥード 最小限のルールのみに従って素手で戦う格闘技
言語学者の著者は無類の格闘技好き)

倒置法
悪い言葉
AIが嘘を言う
などなどどれも興味深い。
(倒置法が3つに分けられるなんて、初めて知りました)

今回は小咄が載っていて
これが面白い。

「メトニミー」というのは語句の意味を拡張して用いることで
例えば
永田町→政府のこと
鍋→鍋料理のこと などの表現である。

あるところにメトニミー表現にうるさい男がいた。
妻や息子にしょっちゅう注意している。
妻が「卵を割る」と言うと
それは「卵の殻を割る」だろう
といった具合に。
ある日目醒めてみたら
「メトニミー禁止法」が成立し
家の中に監視用AIが浮かんでいる世の中になっていた。
違反すると罰金が課せられるのだ。
妻は違反してしまった人が
それをカバーするためのグッズを売って
収益を上げていた。
例えば
うっかり「今夜は鍋を食べる」と言ってしまった人が
違反にしないために食べる「食用鍋」
外見は土鍋だけれど
煎餅のような素材で出来ていて、食べられるものだ。
妻は、お金を稼いで
「反メトニミー協会」に対抗する組織を立ち上げるつもりなのだと言う。
……


ラウンド3も予定しているそうですが
もっと小咄の分量が増えるといいなぁ

 

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「病と障害と、傍らにあった本。」

2024-11-12 | 読書日記

「病と障害と、傍らにあった本。」(2020年10月 里山社 246p)を読みました。

本は助けになるのだろうか…


頭木弘樹さん(文学紹介者)は
大学生の時に潰瘍性大腸炎になった。
最初は漫画も読めなかったが
いつの間にか友達が送ってくれた段ボール箱いっぱいの漫画が読めた。
それならと思って
以前読んだカフカの「変身」を読んだら
沁みた。
「科学の公式が、いろんな現象に当てはまるように
すぐれた文学で描かれていることも
いろいろな状況にぴたりとあてはまる」と思った。

カフカがドストエフスキーを血族と呼んでいたので
今度はドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んだ。
以前、くどくどして嫌だった文章が
なんとも心地よい。
夢中になって読んでいると
むかいのベッドのおじさんが「面白いの?」と聞いてきた。
ビジネス書しか読んだことがないという。
そのおじさんもハマった。
部屋の他の4人も興味を持ち出した。
6人全員がドストエフスキーを読む部屋に
看護師さんも驚いた。
退院した人から
「あのとき、ドストエフスキーを貸してもらったことで、本当に助かった」
と手紙をもらった。

難病になった自分を受け入れられないのは
物語が、急に「青春物語」から「難病物語」になってしまったからだ。

頭木さんは
文学紹介者になった。

他には
聾の齋藤陽道さん(写真家)の
お母さんの描いた絵日記なら読めた話

璵那覇潤さんが鬱のとき
ブックトークをして回復していった話

高次脳機能障害になった鈴木大介さん(ライター)が
自分の書いた原稿を読んで回復していった話

丸山正樹さん(小説家)の
脊椎損傷になって動けなくなった恋人(その後結婚)を介護しているうちに
小説を書くようになった話
などなど

わたしの場合
本がおもしろく読める時は
体力がある時です。

 

 

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「風配図 wind rose」 皆川博子

2024-11-10 | 読書日記

1930年生まれの皆川博子さんの新作
「風配図 wind rose」(皆川博子著 2023年5月 河出書房新社 273p)を読みました。



(「風配図」とは風向きの出現頻度を方位に分けて示した図
形がバラの花に似るのでウインドローズともいう)

歩けないので代わりに編集者に取材に行ってもらった
という本書
舞台は北海とバルト海沿岸の国。

婚礼の場面ではじまる。
これが舌を巻くほど上手い。
この場面だけで
どんな世界かが分かる。
固められた土の床
壁に沿って据えられたベンチを兼ねる長櫃
山羊の膀胱を張った天窓……

この家の娘アグネは12歳
嫁いできたヘルガは15歳
婚礼の翌朝、嵐が起こり、難破船が流れ着く。
たくさんの船荷に人々は群がる。
琥珀、塩の樽、銀……
拾ったものは自分のものだからだ。

船のたった一人の生き残りのヨハンは
この荷の所有権は自分にあると主張する。

裁判の場面が戯曲仕立てで描かれる。

見ていたヘルガは突然立ち上がる。
義父が荷の所有権を主張し
ヨハンを「養ってやる」と言った時だった。
養う……自分も、これからは、ただ養われる身になるのか、山羊のように。
神意を問う決闘裁判で
ヘルガは歩けないヨハンの代理として闘うと言い出した。
義父の代理はアグネの従兄弟。
15歳の少女が若い男に勝てるはずがない……
ヘルガに与えられた武器は石を詰めた袋。
相手は棍棒。

ところがヘルガは勝ってしまう。
勝った日からヘルガの漂泊がはじまる。
魔女だという噂が立ったのだ。

ヘルガは帰国するヨハンの船に乗ってリューベックに旅立つ……

通訳という誰も考えつかない身の立て方をする
(辞書も作る)
少女たちの
シスターフッドの物語です。

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また 「よむよむかたる」 朝倉かすみ

2024-11-07 | 読書日記

ふと
自分が
お年寄りたちに(ばかり)焦点を当てて読んでいて
謎の女性「井上さん」を読み逃しているような気がして
もう一度読んでみることにしました。
(滅多にしないことですが)

安田くんが
読書会の20周年記念の公開読書会の
会場として申し込むために行った図書館の
受付にいた井上さんは
後日カフェ・シトロンにやって来る。
縦も横もたっぷりとした身体
ぱっちりした目
硬い髪の毛
濃いまつ毛のひと。

読書会を
「こぶとりじいさんが雨宿りをしていたときに遭遇した鬼の宴会」
「不思議の国のアリスが出くわしたお茶会」
のように思う彼女。
以前から
「山の中や森の奥で
だれにも気づかれず
機嫌よく遊んでいる朗らかな一群れ」に
憧れていたという。

井上さんも読書会に参加するようになる。

20周年記念誌が刷り上がると
お年寄りたちは
第一回例会の記念写真に写り込んでいる男の子と女の子が
安田くんと井上さんであることに気付く。
安田くんは
読書会の会場のシトロンの店主美智留さんの甥だから分かるけれど
井上さんは、なぜ?


いいなあ
内気な饒舌女子


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「檜垣澤家の炎上」 永嶋恵美

2024-11-07 | 読書日記

「檜垣澤家の炎上」(永嶋恵美著 2024年8月 新潮文庫 790p)を読みました。

谷崎潤一郎の「細雪」風の四姉妹が登場する。
「細雪」と違うのは
実際に商売を動かしているのが女性「たち」だというところ。
祖母のスエ
母の花
英語も中国語も出来る2人は
書生に新聞のスクラップ・ブックを作らせ
官報もファイルして情報収集に余念がない。
ところが長女の郁乃は病弱で商売には興味がなく
二女の珠代と三女の雪江もお嬢様暮らしに納まっている。
四女のかな子は
実はスエの夫要吉の妾の子で
母の死後屋敷に引き取られたのである。
主人公は、このかな子。

最初はなかなか添ってよんでいけない、この主人公。
孤立無援の自分の立場をよく理解していて
小学生ながら情報収集に余念がなく(立ち聞き)
家族の揃う食卓の会話をよく聞き
珠代と雪江の気分を害さないように
妹分として要領よく振るまう。
よって、失敗がない。
(失敗がある方が共感できそうな気がするけど……)

そんな中
花の夫の辰市が事故死する。
蔵での火事に巻き込まれて。
いや
辰市は火事が起こる前に死んでいたのだ。
かな子は火事の第一発見者として
花に「恩人」と言われるようになる。
辰市を殺したのは、誰なのか……

やがてかな子は
すべてにスエの思惑が働いていることに気がつく。
湯河原の旅館で出会って仲良くなった暁子が
かな子の学ぶ女学校に転校してきたことも
雪江の縁談相手が
珠代と間違えて会ってしまい
珠代がその相手を気に入ってしまったことも……

それならば辰市の死に
スエが関わっていないはずがない……

ミステリでもあり
かな子の成長物語でもあり
時代(明治初期から関東大震災まで)を描く物語でもある。

消し止められたボヤが「炎上」?
最後にはタイトルの謎も解ける。

いつの間にか、かな子に気持ちが添っていくので
読後感のよい物語です。

 

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「よむよむかたる」 朝倉かすみ

2024-11-03 | 読書日記

「よむよむかたる」(朝倉かすみ著 2024年9月 文藝春秋 312p)を読みました。

読書会の話です。

読書会の名前は「坂の途中で本を読む会」
小樽の街の坂の途中にある喫茶店「シトロン」が会場であるということと
人生の坂の途中という意味もある。
参加者は92歳から78歳までの高齢者6人。
叔母の美智留から引き継いで店をやるようになった28歳の安田が
会の観察者であり語り手だ。

実は安田は作家でもある。
でも今は書けないでいる。

会は
割り当てのページを声に出して読む→
他の5人が「朗読」の感想と
内容の感想をそれぞれに述べる。
それを本一冊が終わるまで繰り返す
という方式だ。
今は「だれも知らない小さな国」(さとうさとる)を読んでいる。

本の感想を語っている
うちに
自分語りになる
→登場人物の人生が分かってくる
というところは予想していたけれど
冷静な語り手の安田にも動きがある
というのが予想を超えたところ。
(高齢者の読書会の物語なのに
表紙絵は人形を抱いた女の子なのはなぜ?)

会の20周年記念の公開読書会の会場を
小樽文学館にしようと
依頼しに行った安田は
受付で、ぱっつん前髪で黒縁眼鏡のふくよかな女性に出会う。

やがてふくよかさんはシトロンに現れ
独特の語りで存在感を増していく。
「前髪を切りすぎまして
いえ、美容師さんは悪くないです。
わたしのオーダーです。
短すぎる前髪への憧れが昔からあって
こないだそれがついに溢れて
勇気を出してみたんですが、剛毛で。
浮いて」
(「よむよむかたる」の「かたる」はこっちだった?)

そのうち安田の記憶の中の「あの子」は
登場頻度を増し……

差し挟まれる北海道弁が
(故郷の言葉に似ているのが)
またいいです。

 

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「黒い蜻蛉 小説 小泉八雲」 パスリー

2024-11-01 | 読書日記

次の次のNHK朝ドラの予習をしようと
「黒い蜻蛉 小説 小泉八雲」(ジーン・パスリー著 2024年8月 佼成出版 340p)を読みました。

小泉八雲のイメージは「おじいさんの学者さん」
くらいしかなかったけど……

この作品の小泉八雲=ラフォカディオ・ハーンは
ただただ苦しむ人
である。

母と父の結婚は上手くいかず
母は幼い頃に家を出
父は再婚し
ハーンは資産家の大叔母に引き取られる。
ところが大叔母は運用に失敗して資産を失い
身を持ち崩していたハーンは
親類から追われてアメリカに渡る。
アメリカではホームレスのような暮らしをしながらも
文筆で身を立てるようになり
やがて
以前から関心を持っていた日本に渡って
日本のことを書こうと考える。

日本に渡ったハーンは
松江で英語教師になり
「盆」に出会う。
提灯を灯して死者を迎え
夜には盆踊りを催し
盆が終われば精霊舟で送る。
ハーンは魅了される。

松江は寒い所だった。
木と紙でできた家に暖房は火鉢一つ。
教頭の西田は結婚を薦める。
そうすれば家は暖かくなるというのだ。
家を暖めるための結婚?
ハーンには理解できなかった。
が、結婚話は進む。
武家の出の小泉セツは、祖父と母と年老いた女中を伴って来る。
確かに家は暖かくなった。
学校から帰ると風呂が沸いており
清潔な浴衣が用意されている。
セツのこまやかな取り仕切りは
ハーンの心もあたためた。

生徒たちは慕ってくれ
町の人々も敬意を持って接してくれる。
そんな日々に付きまとうのは
父母に去られ
どこに行っても嫌われ者だった過去の自分の影だ……


著者のパスリーは
偶然ですが
ハーンが幼い頃に暮らしていた家の近く(アイルランド)に住んでいるそうです。

 

 

 

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「藍を継ぐ海」 伊予原新

2024-10-29 | 読書日記

NHKで原作ドラマ「宙わたる教室」が放映中
(「宙わたる教室」は青少年読書感想文コンクールの課題図書にも)
の伊予原新の新作
「藍を継ぐ海」(伊予原新著 2024年9月 新潮社 264p)を読みました。



短編集です。

中でも「祈りの破片」がよかった。

町役場で空き家問題を担当している若い小寺は
光る空き家があるという通報で
現地を見に行く。

終戦直後
青い光を放ってえすか(怖い)家と言われていた空き家から
この頃また光が漏れるようになったのだという。

小寺は家の中に入ってみて驚いた。
家財道具はほとんどなく
顔の高さまで木箱が並べられ
その中には
黒い石、白い石、レンガ、コンクリート、ガラス、陶磁器片
それらにみな
白いペンキで記号が書かれている。
本棚には地学の本が10冊ほど
(待ってました!)
ノートには加賀谷昭一という名前が
……
科学要素にミステリ要素もあり
「人」も描いている
心動かされる作品です。

「藍を継ぐ海」はウミガメの話。
中学生の沙月(さつき)が
図書館のウミガメ関連の本を全部読んで
これまでの人工飼育や
人による子亀の放流の誤りを知って
正しい対応の仕方で孵化を見届けたいと思う
その思いが描かれている。

科学者から小説家に舵を切った伊予原さんの
(そういえば芥川賞の朝比奈秋さんも転身組)
次の一冊が待たれます。

 

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「さいわい住むと人のいう」 菰野江名

2024-10-22 | 読書日記

「さいわい住むと人のいう」(菰野江名著 2024年9月 ポプラ社 332p)を読みました。

2024年を起点にして
章が進むにつれて
2024→2004→1989→1964と
きっちり20年ずつ過去に戻って行く
物語。

主人公は表紙絵に描かれている家

この家に住む姉妹
桐子と百合子
2024年現在は80代になっている。

この家を建てたのは60歳の時

第1章に登場する市役所の地域福祉課の職員青葉は
姉妹2人だけで住む家としては大き過ぎるのではないか
と思う。

中に入ってみると
華美ではないものの
彫刻された手すりのある螺旋階段や
シャンデリアもある。

2階に案内された青葉は
書斎の窓から見える桜に
かすかに記憶があるような気がした。
百合子が出してくれた稲荷寿司にも……

独身のまま中学校教師として働いて来た桐子は
なぜこんな大きな家を建てたのか
それも退職後に。
(百合子はあとから同居するようになったという)

読み進むにつれて
謎が解けていく。

1964年は
東京オリンピックの年です。

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