ゆらゆら荘にて

このごろ読んだ面白い本

「酒を主食とする人々」 高野秀行

2025-04-06 | 読書日記

「酒を主食とする人々 エチオピアの科学的秘境を旅する」(高野秀行著 2025年1月 本の雑誌社 275p)を読みました。

酒を主食とする人々がいる
という。
朝食も、夕食も酒、ティータイムも酒
大人も、子どもも(表紙写真)、妊婦も酒を飲むって
本当?
かどうか確かめる旅に出る高野さん。
(高野さんの旅なら面白くないはずはない)

本当に食事のように酒を飲むのかを確かめるには
滞在するしかない。
(今回はテレビ番組のためのロケ)

最初に滞在したのはコンソという地域のマチャロ村
村は石垣に囲まれ、門から入る仕組み
うねうねとした道も石で畳まれている。
(ゴツゴツして歩きにくい)
家は丸い壁に円錐状の屋根が掛かった椎茸のような形
のものが数棟で一家族分になっている。
村には木のポールが10本あり
18年毎に一本立てるというから
この村の歴史は180年ほどになるらしい。
(遊牧民に追われて、この地域に来たらしい)

村で飲まれている酒はチャガ
みんなで戸外に座って
ひょうたんを切った器で回し飲みをする。
年齢が上の人から順に
一口二口飲んだら飲み口を指で拭いて次に回す。
酒は、酸味の強いヨーグルトのような感じだ……

旅はアクシデントも色々
でも
高野さんの人柄か
1軒目の家の長女にも
2軒目の家の家長夫人にも愛されて
何くれと世話をしてもらうようになる。

固形物をほとんど食べない生活によって
高野さんの体調は
ここ数年で最も良い状態になる。

穀物団子は日持ちが悪い
生水はそのまま飲めない
そんな条件下では
調理をしなくても(火をおこさなくても)常にあり
腐敗の心配のない
栄養価の高い「酒」は
必要十分な食べ物なのかもしれない
と高野さんは考える。

1件目の家の長女とは
今もメールを交換しているそうです。

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「謎の香りはパン屋から」 土屋うさぎ

2025-04-04 | 読書日記

このミステリーがすごい!大賞の
「謎の香りはパン屋から」(土屋うさぎ著 2025年1月 宝島社 253p)を読みました。

パン屋
漫画家
Vチューバー
甲子園を目指す野球部員
幼なじみ
と美味しい素材満載
(著者は実際に漫画家アシスタント)

日常のちょっとした違和感を
漫画家志望の主人公の大学生・小春が解いていく
連作短編集です。

一緒に推しの出る舞台を映画館で観ようと約束したのに
ドタキャンされたのはなぜ?
バイト仲間がフランスパンにクープ(切れ込み)を入れる作業が
出来なくなったのはなぜ?
幼なじみの野球部員の持つマスコットを
少女がコーヒー浸しにしたのはなぜ?
……

という少女漫画のような話に気を取られていると
著者の敷いた伏線に足を取られる。
描いた漫画の主人公の眼帯が
ページによって右になったり左になったりしていることを
編集者に指摘される
ソフトボールの試合で
三塁側に走ってアウトになってしまう
バイト先で卵サンドを作ったら
「右側をもう少し切って」
という指示に反対側を切って
卵サンドが小さくなってしまう
……
が最後の章で
ストンと回収される。


お見事です。

 

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「バベル オックスフォード翻訳家革命秘史」 クァン

2025-03-31 | 読書日記

面白いと聞いたので
「バベル オックスフォード翻訳家革命秘史」上下(クァン著 2025年2月 東京創元社 上467p  下324p)を読みました。

つい
「オックスフォード翻訳家(革命)秘史」と読んでしまっていた。
下巻を読んで
「革命」の文字があったことに気がついたくらい。

コレラが流行っている中国で
ロビンは死に絶えた家族の中に取り残されていた。
没落した家計の苦しい家なのに
なぜか英語の家庭教師が住み込んでいて
中国語と英語のバイリンガルとして育てられたロビン……

ロビンは
英国人の男(ラヴェル教授)に救い出され
船で英国に向かうことになる。
ロンドンからほど近いハムステッドの教授の屋敷で
ロビンは家庭教師を付けられ
ラテン語とギリシャ語を学ばされる。
忘れないように中国語も。

数年後
ロビンはオックスフォードへの入学を許される。
オックスフォードのバベルで学ぶ同窓生は3人
インド人のラミー
ハイチ出身のヴィクトワール
イギリス人のレティ
同じような出自を持つ4人は
たちまち強い結びつきを持つようになる。

厳しいバベルでの学び
「言語」のことばかりが話題になる特殊な環境

そんな言語一色の環境の中に
違和感が差し挟まれる。
ラヴェル教授を父とする異母兄だと名乗るグリフィンが現れる。
ロビンと全く同じルートでバベルで学んでいたが
今はバベルを離れて
バベルを破壊するための秘密結社の一員になっているというのだ。
時おり現れてはバベルからの盗難を指示したり
ただ話しながら散歩をしたりするグリフィン。
ロビンはそれを断ることが出来なかった……

グリフィンは言う。
イギリスはバベルなしには存続できない
バベルで作られている銀の棒が
排水を浄化し
交通機関を安全に保ち
工場を動かし
農作業を効率化している
イギリス全体が銀の棒の働きに依存しているのだ……

前半の
「言語」の沼のようなバベルへずぶずぶと埋没していくところ
後半の振れ幅の大きな動き(革命)
(どこまでも続く地下道
秘密結社の作戦会議)
が魅力的です。

ロビンよりも
他の人物の方が輪郭がくっきりしているように思えます。

 

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「なんで人は青を作ったの?」 谷口陽子

2025-03-23 | 読書日記

13歳からの考古学シリーズ
「なんで人は青を作ったの? 青色の歴史を探る旅」(谷口陽子 高橋香里著 2025年1月 新泉社 274p)を読みました。

骨董店(あまり売れていない)の店主でもあり
子供向けの科学倶楽部もやっている森井老人と
(老人という名前は、ちょっと)
人と話すのが苦手な主人公の蒼太郎
友人でちょっと屈託を抱えた律が
中学一年の夏休み
「青い色」を作る実験をする話。

青い色にも色々ある。
ヴェルディグリ
オドントライト
ラピスラズリ
ウルトラマリンブルー
エジプシャンブルー
スマルト
フォルスブルー
プルシアンブルー
マヤブルー
……

ラピスラズリの原石を
袋に入れて金槌で叩いて細かくした後で
乳鉢ですりつぶし(2時間)
蝋と松脂と油と練り合わせ
再び布袋に入れて
それを灰水の中で揉んで
沈殿したものを取り出す……
というふうに
「実験」がとても丁寧に書かれている。
(再現できるほど)

淡々と実験が続くばかり
と思っていたら
最後に山場がある。

蒼太郎と律が作った「色」が
2年後に
中央美術館の企画展「青の歴史」に
展示されることになったのだ!

挿絵はドイツ人のクレメンス・メッツラー
(挿絵多数)

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「翻訳する女たち」 大橋由香子

2025-03-18 | 読書日記

「翻訳する女たち 中村妙子・深町眞理子・小尾芙佐・松岡享子」(大橋由香子著 2024年11月 エトセトラブックス 285p)を読みました。

年上の人たちの「話」を聞くのが好き
という著者が
中村妙子 1923年生まれ
深町眞理子 1931年生まれ
小尾芙佐 1932年生まれ
松岡享子 1935年生まれ
の4人のl翻訳家が
翻訳家になるまでの歩みを聞いて書いている。

中村妙子さん以外の3人は、戦中に小学生だった。
それから、それぞれの道を歩んで翻訳家になった。
翻訳家になる女性がめずらしかった時代だ。
もちろん専門の養成機関もない。

松岡享子さんの章には
(翻訳した)たくさんの児童向けの本が出てくる
のでわくわくする。

「しろいうさぎとくろいうさぎ」
(原書では「うさぎのけっこん」だけれど
最初から結婚すると分かっていては面白くないと思って
この題にした)
「町かどのジム」
「パディントン」シリーズ
「うさこちゃん」シリーズ
……

松岡さんは、アメリカの図書館で働いたことがある。
その時の図書館長が言った言葉を大切にしている。
「わたしたちは
本はよいものであると信じる人々の集団に属しています
わたしたちの任務は
できるだけ多くの人を
この集団に招き入れることです」




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「小説」 野崎まど

2025-03-16 | 読書日記

「小説」(野崎まど著 2024年11月 講談社 218p)を読みました。

本屋大賞の候補作です。

小学生の内海集司は本を読むのが好きだ。

内海集司と外崎真は
ある日、学校の隣にあるモジャ屋敷に入り込む。
有名な小説家の家だと聞いたからだ。
現れたのは
モジャ屋敷にふさわしいモジャモジャの髪と髭が顔を覆い隠している
年齢不詳の男(たぶん)だった。
「あのぉ、小説って書けるんですか」
という外崎の衝撃の問いに
男は、意外にも
「まぁ、上がりなさい」
と言って書庫に案内し
「読んでいいよ。勝手に入ってくればいい」
と言ってくれた。

それから、2人のモジャ屋敷通いが始まる。

読書ばかりしていて成績の振るわない2人だったが
モジャ屋敷から(そしてお互いから)離れたくないばかりに
猛勉強して近くの有名進学校に進む。
ここでも
読書ばかりしていて成績は振るわない。

何とか大学を卒業してからも
会社勤めはせず最低限のアルバイトをして
(読む時間を削りたくないから)
読む日々。
同じアパートに住む2人の道は
この辺りから分かれていく。
読む内海集司と書く外崎。
不器用な外崎の家事全般をまかなう内海集司……

奇妙な登場人物たちが2人を取り囲む。
小学校の理科専任教師の寄合則世(のりよ)
(東大素粒子研究センターから転職)
2人が校外学習で行った国立科学博物館の息(いき)営一
髭先生の税理士の田所家蔵
モジャ屋敷の地下で会った「お孫さん」少女
編集者の新井編(あむ)
……

「読む」主人公
「読む」だけの主人公
ストーリーはどう進んで行くのだろう……
と思って読んでいると
あるところでカクンと曲がって
思いがけない方向に進み出す。




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「サーミランドの宮沢賢治」 菅啓次郎

2025-03-11 | 読書日記

「サーミランドの宮沢賢治」(菅啓次郎 小島敬太著 2025年1月 白水社 269p)



シラカバ林の上に丸い月が出ていてトナカイが歩いてる
アスタ・ブルッキネンの表紙絵に惹かれて読みました。

旅行記です。

浜松と名古屋出身の菅(詩人)さんと小島(音楽家)さんは
3.11の震災の後
古川日出男の書いた朗読劇「銀河鉄道の夜」を被災地各地で上演して来た。
2人にとっては
東京も北。

そんな2人が
宮沢賢治が妹トシの死後
岩手から青森
青森から北海道、サハリンへと旅をした
ことを知って
(賢治は北に行って確かに変わった)
北への旅を計画する。

旅の目的地は北欧の北部サーミランド。
サーミランドというのは以前はラップランドと言われていた
フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの北部のことだ。

凍った湖に積もった雪の上で
菅さんは賢治の詩を朗読し
小島さんは賢治の「星めぐりの歌」を歌う。
(あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ……)
聴きながら
「星めぐりの歌」を歌った地としては
最北の記録になるだろうと菅さんは思う。

現代サーミ詩人イマの家で
トナカイ料理をごちそうになる。
骨髄の脂で食べる茹で肉
血の煮こごり
干し肉……

無愛想なイマのお母さん
無愛想なバスの運転手
これが北の人たちの流儀か
と思う。

東京で買った防寒靴で歩きながら
菅さんは
「雪は
水が地表に滞在するための独特のやり方なのだ。
冬とは大地全体が
湖になっているという現象のことでもある」
と思う。


ほんとうの話です。



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「星に届ける物語 日経「星新一賞」受賞作品集」

2025-03-06 | 読書日記

「星に届ける物語 日経「星新一賞」受賞作品集」(2025年1月 新潮文庫 273p)を読みました。

11編の大賞受賞作が収録されています。

星というのは
空にある星でもあるし
星新一の星でもあるという。

白川小六さんの「森で」
柚木理佐さんの「冬の果実」が好きです。

「森で」
ストリートチルドレンだったリュカは
博士に拾われて研究所に入った。
穏やかな暮らしが始まったが
それは博士の実験の対象になることでもあった。
博士の試みる人間「緑化」実験
リュカの緑化は成功し
上腕が緑になって
必要とするエネルギーの8%を
光合成で得ることが出来るようになった。
リュカの時には注射が必要だった緑化は
やがてタブレットを口に入れるだけで出来るようになり
ついには空気感染までするようになった。
世界中に広まっていく緑化
ところが……

「冬の果実」
進行性の難病「後天性体温調節機能不全症候群」
A型(体温が低下するタイプ)に罹っている僕は
博士の治療を受けている。

望みを託した治験の結果は思わしくなかった。
待っているのは凍死……

日常を切り離すまいとするかのような博士の
「少しばかり散らかった居間」のような研究室で
僕は博士の作ったリンゴの甘煮をふるまわれる。
「こんなにもかぐわしい果実が
雪に覆い尽くされた世界には
まだ残っているのだ」
次の全地球凍結に向かって進んでいる世界……
人類は
凍結した地球で生き延びるヒトを作り出そうとしているのかもしれない
少しばかり早すぎるけれど。

僕は思う。
「死がすぐそこにあり
逃れられないのだと気づいてしまった患者と
手を尽くしても救うことはできないと悟ってしまった医者
よりつらいのは
後者かもしれない」

こんなにも美しい煮リンゴの描写を
見た(読んだ)ことがありません。

 

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「鹽津城」 飛浩隆

2025-03-06 | 読書日記

「鹽津城(しおつき)」(飛 浩隆著 2024年11月 河出書房新社 259p)を読みました。

短編集です。

未の木
ジュヴナイル
流下の日
緋愁
鎮子
鹽津城

中でも「鹽津城」が圧巻です。

鳥がたくさんいる世界も怖いけれど
塩がたくさんある世界も怖いかもしれない。
「鹽津城」では海水から塩が分離して
固形になって襲ってくる世界になっている。
テムズ川を
固形になった塩がどんどん上って来て
塩の堰を作っていく……とか
海の水があまりに塩分が多すぎて
泥のようになっている……とか

いつくもの世界が語られて
どの話が「本当」か
どの話を追いかけていけばいいのか
分からない。
核になるのはこっちの話?
と思ってついていくと
するりとかわされる。
その気持ち悪さ……

集落の神社の鹵(しお)落としに参加する夫婦
2人は2軒長屋の右と左に分かれて住み
塩の海に打った杭のような歯をしている若い妻は
夜は自分の家で何かを作っている。
夫の家には
以前流産した双子の子どもの位牌がある。
百と一と書かれた位牌。

人口を保つために男と女が分かれて住む世界。
男女どちらにも子どもを産む能力があり
どちらも父となり母となることが出来る。
特別な目を持つ子を残すために
マナイアは息子の子を身籠っていた……

というストーリーを提示され
編集者の甘音は困惑する。
汐留サイトに住む漫画家の統木治人の作品「鹹族(かんぞく)航路」は
実は双子の一瀬と百瀬が描いている。
「鹹族航路」は
鹵攻(ろこう)という海が塩で固結した世界を舞台に
鹹族というアウトローたちが繰り広げる冒険物語だ
……

久しぶりに

廊下を歩いていて
つい振り向いてしまうような怖さです。

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「箱庭クロニクル」 坂崎かおる

2025-03-02 | 読書日記

「箱庭クロニクル」(坂崎かおる著 2024年11月 講談社 253p)を読みました。

短編集です。

ベルを鳴らして(日本推理作家協会賞)
イン・ザ・ヘブン
名前をつけてやる
あしながおばさん
あたたかくもやわらかくもないそれ
渦とコリオリ
の6編

「あたたかくもやわらかくもないそれ」

2つのストーリーが交錯する。

モモが小学生の時にゾンビ・パンデミックが起こった。
授業はなく、自習になり
ぽつんと自習していた転校生のモモに
卓を寄せてくれたのがくるみだった。
空き地を挟んでモモとくるみの家は建っている。
やがてくるみがゾンビに感染し
ある宗教の信者だったくるみの両親は
医者にかけないという選択をする。
(感染してから発症するまで時間がかかるのだ、ゾンビは)
くるみはひとりいる塔の部屋から
(くるみの家は普通の民家なのに塔がある)
飛行機に折った手紙を飛ばして連絡をくれるようになった。
2人はくるみの祖母の家に新幹線で行き
そこで治療を受けることを計画する。
感染を防ぐために、車中でも決して接触しないという約束で。

でも
祖母の家に行く前に
くるみは死んでしまう。

大人になったモモは
雨に足止めされた新幹線の中で
くるみ
という女性に出会う。
停車したホームのキオスクで
テキパキと食べ物を買って手渡してくれるくるみは
まるで
あのくるみのようだ……

小学生のモモが考えた
ゾンビにならない絶対条件
「ひとりでいよう
わたしたちはひとりでいよう」
くるみは言ったのだ。
「あたしはなるなら、本物のゾンビになりたいな
人間の社会に紛れて、ゾンビとして生きていく
誰もあたしをゾンビだとは気づかない
友達がいるふり
仲間がいるふり
仕事ができるふり
結婚ができるふり
だけど、あたしはゾンビなの」
モモは思う。
「その世界に、わたしは、いる?」

そういえばコロナのとき
思ったものだった
これはフルイ?
人類が少なくなった地球で
遠く離れて生きていけるものを選別するための……


 

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