3/27(木)、昨年秋に亡くなったヴァイオリニスト・HONZIさんの追悼ライブイベント@アメリカ村サンホール。
定時速攻で一旦帰宅し、着替えてからバス・電車で四ツ橋へ。会場に着くと、ライブは始まっていて、Voceを見逃すがまあ仕方がない。ステージ下の両脇に見覚えのある赤いエレクトリック・ヴァイオリンとアコースティック(そんな言い方普通せーへんけど)ヴァイオリンが静かに置かれている。
出演者多数につき、1組1組の演奏時間は短いものの、故人を偲ぶ素敵な演奏が続く。ミルクマン斉藤氏のMCは追悼イベントにありがちな湿っぽい感じは一切なく、それはそれで粋な司会っぷりであった。
さて、そんな演奏を聴きながら、わたしの記憶は過去に飛ぶ。
初めてHONZIさんの演奏を見聴きしたのは、マルタニカズ師率いる伝説のジャズ?パンク?ファンク?ラテン?バンド"A Decade-In Fake"の道頓堀のキリンプラザ(今はもうないのかな?)でのライブだった。90年くらいかな。
自分音楽史の中では、ロックを超え、Prince経由でブラック系に目覚め、その流れで、当時流行ってたGO GOやHip-Hop、さらにHouseを通り過ぎ、さらに視点は世界に飛び、東南アジアから中近東、パリ経由北アフリカ、中央アフリカ、西アフリカから海を越え、カリブ、ブラジル(カエターノもこの頃初めて聴いたはず)をめぐりめぐっていた。そんな時、そのライブで聴いたHONZIさんのヴァイオリンが、マルチニークとかグアドループとかのフランス領カリブのダンス音楽とがわたしの中でシンクロニシティーを引き起こしたのだった。
時は過ぎ、最後に見たのは、松尾スズキ氏のミュージカル「キレイ」の再演のとき。3年くらい前か。
いやいや、最後に見たのは「昨日」だ。SONNA BANANAのステージで、舞台の上、2台設置されていたJC(ローランド社のギターアンプ)の右側あたりに、小さな台の上でヴァイオリンを演奏するHONZIさんを、確かにわたしは見たのだ。
定時速攻で一旦帰宅し、着替えてからバス・電車で四ツ橋へ。会場に着くと、ライブは始まっていて、Voceを見逃すがまあ仕方がない。ステージ下の両脇に見覚えのある赤いエレクトリック・ヴァイオリンとアコースティック(そんな言い方普通せーへんけど)ヴァイオリンが静かに置かれている。
出演者多数につき、1組1組の演奏時間は短いものの、故人を偲ぶ素敵な演奏が続く。ミルクマン斉藤氏のMCは追悼イベントにありがちな湿っぽい感じは一切なく、それはそれで粋な司会っぷりであった。
さて、そんな演奏を聴きながら、わたしの記憶は過去に飛ぶ。
初めてHONZIさんの演奏を見聴きしたのは、マルタニカズ師率いる伝説のジャズ?パンク?ファンク?ラテン?バンド"A Decade-In Fake"の道頓堀のキリンプラザ(今はもうないのかな?)でのライブだった。90年くらいかな。
自分音楽史の中では、ロックを超え、Prince経由でブラック系に目覚め、その流れで、当時流行ってたGO GOやHip-Hop、さらにHouseを通り過ぎ、さらに視点は世界に飛び、東南アジアから中近東、パリ経由北アフリカ、中央アフリカ、西アフリカから海を越え、カリブ、ブラジル(カエターノもこの頃初めて聴いたはず)をめぐりめぐっていた。そんな時、そのライブで聴いたHONZIさんのヴァイオリンが、マルチニークとかグアドループとかのフランス領カリブのダンス音楽とがわたしの中でシンクロニシティーを引き起こしたのだった。
時は過ぎ、最後に見たのは、松尾スズキ氏のミュージカル「キレイ」の再演のとき。3年くらい前か。
いやいや、最後に見たのは「昨日」だ。SONNA BANANAのステージで、舞台の上、2台設置されていたJC(ローランド社のギターアンプ)の右側あたりに、小さな台の上でヴァイオリンを演奏するHONZIさんを、確かにわたしは見たのだ。
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