三酔人の独り言

ルポライター・星徹のブログです。歴史認識と国内政治に関わる問題を中心に。他のテーマについても。

朝日新聞の「百年 未来への歴史」シリーズは大丈夫か?

2024-07-31 19:42:15 | 国際政治
「朝日新聞」2024.7.30朝刊に掲載された「百年 未来への歴史 序章 瀬戸際の時代」〔*1面記事「よみがえる『戦間期』の悪夢」(編集委員・佐藤武嗣)、2面記事「分断する世界 崩される秩序」(編集委員・奥寺淳、田島知樹)〕を興味深く読んだ。「序章」とあるので、この「百年 未来への歴史」はシリーズ記事であり、今後も続くのだろう。こうした時間的・空間的に視野を広く取った記事は、とても興味深いものだ。

「朝日新聞」2024.7.30「(百年 未来への歴史) 序章・瀬戸際の時代 よみがえる「戦間期」の悪夢」
「朝日新聞」2024.7.30「(百年 未来への歴史) 序章・瀬戸際の時代 分断する世界、崩される秩序」

*ただし、オンラインでは登録しないと一部しか読めない。

「朝日新聞」の記事の多くは(相対的に)質が高く、現時点では「日本で最も信頼できる全国紙」と考えている。

 だが、このシリーズの「序章」を読む限りでは、私の頭の中に「この先の記事への期待」が削がれる要素も少し出てきた。

 まず、この1面記事(の前半)と2面記事の内容に重複する部分が多すぎる。執筆者の連携がうまくとれていない、ということだ。大新聞がこうした特集記事を作成するのだから、もう少し全体を見据えて企画・記事作成をしてほしい、と思った。

 これとの関連だが、以下も。2面記事で「第一次世界大戦後の危険な世界の動き」の具体的事象を記述するのは良い。近年の欧米諸国による独善とダブルスタンダードの現象面も、一応は記されている。

 問題は1面記事だ。第一次大戦後の世界と現在の世界の動きを対比した上で、現在に関する問題意識の大枠を提示してほしかった。「序章」のしかもトップ記事なのだから。

 また、1面記事の後半は、何を言いたいのかよく分からない。次のような記事の流れだ。
*〈   〉内は引用。ただし、「……」部分は省略。

〈今は、民主主義と権威主義が交錯する時代に入り、新たな「枢軸」が語られ始めている。

 米国のジョンソン下院議長(共和党)は今月8日の講演で……と指摘。中国とロシア、イラン、北朝鮮などの相互連携の動きを「中国主導の枢軸」と断言して見せた。

 米歴史学者のハル・ブランズ氏も「……」とし、「……(既存の国際秩序に挑戦する)修正主義国家の結びつきが強化されている。……」と指摘。アジアで台湾有事があれば紛争が連動し、世界大戦につながると懸念する。

 米国は民主主義対権威主義の対立構造を描こうと躍起だが、その民主主義も退潮が著しい。世界の人々が享受できる民主主義の水準が、2023年は冷戦期の1985年以来の低水準に逆戻りした。……

 6月、日米中やアジアの国防相らが集う「アジア安全保障会議」で演説したオースティン米国防長官は「民主主義」という言葉を2年連続で封印した。米国防総省幹部は「グローバルサウスでは『民主主義』の押しつけを嫌う国も多く、文言を削った」。民主主義は「NGワード」になるほど退潮が進み、両陣営の拮抗が強まっている。

 欧州政治に詳しい遠藤乾・東大教授は「日独伊が、民主主義を自ら壊していった過程や……『経済のブロック化』は、今との類似性で無視できない現象だ」と指摘する。〉〔*ここまで〕

 この部分を何度読んでも、何が言いたいのかよく分からない。そもそも、文中に出てくる「民主主義」と「権威主義」の対立構図は、米国をはじめとする「先進諸国」が都合よく描いた構図に過ぎないのではないか。「我々こそが民主主義を体現している」と。

 米国防総省幹部の言う「グローバルサウスでは『民主主義』の押しつけを嫌う国も多く」の「民主主義」も、「言論・出版の自由や自由選挙・三権分立などの達成度の高さ」という意味に受け取れる。

 だが、いまグローバルサウスをはじめとする世界諸国の間に高まっている不満は、欧米を中心とする「先進」諸国が国際立憲民主主義〔*国際法や国際(司法)機関などに基づいた公正な国際民主主義〕をご都合主義的に使い分け、ダブルスタンダードで押し通していることに対してではないか。

 特に、ウクライナに武力侵攻するロシアに対し厳しく批判する一方で、パレスチナ自治区のガザ地区などでパレスチナ人をジェノサイド(集団殺害)し続けるイスラエルを擁護する「先進」諸国〔*欧米だけでなく日本も〕に対して、顕著に反発する声が高まっている。

 つまり、「民主主義」という言葉の定義が不明確なままに使われ、そのために話の核心が見えてこないのだ。この「民主主義」なる言葉を狭義に捉えれば、「国内での言論・出版の自由や自由選挙・三権分立を重んじる社会制度」などと解釈され、米国やイスラエルも制度上は「民主主義国」と分類可能なのかもしれない。

 だが、占領地で国際法無視の非人道的行為・大量虐殺を続け、国連や国際司法機関の決定を無視し続けるイスラエルは、国際的な「民主主義」の視点で捉えるなら、「民主主義国」とは対極にある国と言えるはずだ。

 また、そうしたイスラエルに武器弾薬や経済的な支援を続け、イスラエルを擁護し続ける米国も、同じ視点で捉えるなら、決して「民主主義国」とは言えないはずだ。

 こう考えるなら、この「朝日」1面記事の言う「民主主義」なる言葉の前提が不確かであり、そのために話の核心が見えてこないことも頷ける。

 この「民主主義」なる前提が本当に正しいか否かを検証することこそが、真のジャーナリズムの役割ではないか。

 この問題の重要性について、当ブログで繰り返し指摘してきた。以下を参照されたい。

当ブログ2023.11.25「『民主主義国』は国際的に立憲民主的か?」
同2024.1.8「ロシアの独裁体制と西側諸国の「半民主制」」

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