三酔人の独り言

ルポライター・星徹のブログです。歴史認識と国内政治に関わる問題を中心に。他のテーマについても。

中西寛『国際政治とは何か』から学ぶ

2013-07-12 14:38:45 | 外交・安全保障
 以下、中西寛『国際政治とは何か』(中公新書/2003年)から国際政治と安全保障の基礎を学ぶためのメモ。

 中西寛は、1962年生まれ。京都大学法学部卒、同大学院修士課程修了。シカゴ大学歴史学部に留学。国際政治学専攻。現在、京都大学大学院教授。

Ⅰ 国際政治
(1)国際政治は3つの位相の混合体
①主権国家体制
 ヨーロッパにおける三十年戦争(1618~1648年)を終わらせるために締結されたウェストファリア条約(1648年)以降、次第に形作られていった。「主権国家が国際政治の唯一の基本単位」などとする位相で、ウェストファリア・システム(体制)とも呼ばれる。(P22)

②国際共同体
 主権国家は国際政治の基本単位だが、唯一の主体ではなく、国際機構や社会集団・個人も一定の範囲で国際政治の主体たりうる、と考える点に特徴がある。この国際共同体の核心は、「その構成員たる諸国家とその他の主体が、一定の価値ないし問題意識を共有し、その実現を図る共同体をなしているという感覚にある。」(P24)

③世界市民主義
 世界市民主義の骨子は、「国際社会においても基本単位は個人」「平和は世界の(政治的、社会的、精神的)統一によって達成される」(P24)など。

(2)国際政治の実際
「国際政治の大半は、自己の国益を守ることと世界的な公共利益のために行動するという二つの要請の間で、いかに妥協を図るかという点につきる」(P26)

(3)国際共同体から世界市民主義の追求へ
 国際共同体の位相から一歩進めて世界市民主義を目指す「活動の焦点は、国際法や国際組織を強化することにまず向けられた。第一次世界大戦以降、国際法は主権国家同士の合意によるものではなく、普遍的な道義を実現するものだという観点が出てきた」(P65)
  
→1920年代の戦争違法化の試み→1928年締結の不戦条約へ(P65)

(4)不戦条約の限界
 しかし、「不戦条約は、日本の満洲での武力行使やイタリアのエチオピアでの武力行使に対して実際的な意味をもたなかった。・・・『戦争』や『自衛』といった言葉の解釈も主権国家に委ねられたままにしていたからである。」(P66)

Ⅱ 安全保障
(1)ウェストファリア条約を境とする安全保障体制の変化
①16~17世紀(前半)のヨーロッパ(P89-90)
「火薬や鉄砲などの新技術」+「宗教的対立をともなう内戦と戦争の入り交じった闘争」
→大量の犠牲者の発生(*特に三十年戦争におけるドイツの被害は悲惨)

②ウェストファリア条約(1648年)

③ウェストファリア体制(主権国家体制=近代国家体制)
(a)17世紀後半以降の約150年間[1650~1800年くらい]のヨーロッパ
→暴力はかなり抑制されていた。(P90)
   
(b)18世紀にヨーロッパ諸国の間で共有されはじめた「勢力均衡」(balance of power)
→覇権を目指す国家に対して他国が共同して対抗する原理
*「主権国家同士の関係を、より上位の権威によって秩序づけることはできない」との考えに基づく。(P91)
  
(2)安全保障のジレンマ
①18世紀後半以降の状況変化
(a)国境線によって定義された「領域国家」から社会に支えられた「国民国家」へ
→戦争が「国境の取り合い」から「(愛国心に支えられた)社会と社会の対立」へと変質(P91-93)

(b)国家の集合的人格化→相互恐怖の悪循環に陥る危険性[安全保障のジレンマ](P94)
 
(c)世界国家という“理想”の追求も
→フランス革命後のヨーロッパの経験→世界国家は容易に実現せず→少数派の自由が抑圧される危険性も(P94-95)
     
*イマニュエル=カントは『永遠平和のために』(1795年初版/[邦訳]岩波文庫・光文社古典新訳文庫など)で世界政府の危険性を指摘。(P130)
  
②第1次世界大戦の前後から
 勢力均衡政策への批判が強まる→集団安全保障への期待が復活[国際連盟→国際連合]
→しかし、両組織とも集団安全保障の理念実現に失敗。(P96)
   
③集団安全保障の限界[*著者は意義に比べて限界面をより強調している、と感じた――星]
「集団安全保障は、その理念とは裏腹に、あらゆる紛争を世界戦争へと転化しかねない体制なのである」(P99)
    
「二十世紀の経験は国際機構の創設によって安全保障のジレンマを解消することはできないことを教えた。代わって発達したのは、軍備の恐怖を手なずけ、合理化することだった」(P100)
    
「心理的圧力に屈しない程度の軍備をもつことは自衛のための最低限の軍事力として必要なのである」(P109)

Ⅲ 人道的介入[*著者は意義に比べて限界面をより強調している、と感じた――星]
(1)人道的介入とは?(P243)
→国連やNATOのような国際組織や特定の国家が、人道を理由に対象国に兵力を派遣すること。 
 
(2)議論・論争の的
①基本構造
「内政不干渉という主権国家体制の基本原則」と「普遍的な倫理の要請」の間の原理的な対立。(P244)
  
②「人道的介入の一般的制度化は、国家以外の権威、たとえば世界的メディアや介入の力と意志をもつ大国や国際機構の権威を国家の上位に置くことを意味する」(P247)
    
「人道的介入についても『慎重な普遍主義』が基本的な姿勢であるべき」(P247)

 以上、普遍的問題にしぼり、重要部分のみを私なりにまとめた。個別具体的な問題に関しては、ほとんど取り上げていない。関心のある方は、一読を。ただし、別の立場の研究者による書籍も併せて読むことを勧める。

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