三酔人の独り言

ルポライター・星徹のブログです。歴史認識と国内政治に関わる問題を中心に。他のテーマについても。

篠田英朗氏の「イスラエル問題」論説は秀逸

2024-02-03 10:07:54 | 国際政治
「現代ビジネス」2024.2.1の篠田英朗「イスラエルが負けても地獄、勝っても地獄…欧米諸国が直面している「あまりにも最悪な状況」」を読んで、〈全くそのとおりだ〉〈深い洞察だな〉という思いを強くした。

「YAHOO! JAPAN ニュース」2024.2.1「イスラエルが負けても地獄…」にも転載されている。ただし、いつまでデータが残っているか分からない。

 篠田氏は東京外国語大学教授で、専門は国際関係論・平和構築。私はかつて同氏の『「国家主権」という思想─国際立憲主義への軌跡─』(勁草書房・2012年)や『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』(講談社選書メチエ・2015年)を読んだことがあり、多くの得るものがあった。

 イスラエル・パレスチナ問題に関して昨今、イスラエルや米国筋のプロパガンダに沿った形で「ガザ地区のUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)はテロリストの巣窟」「UNRWAをつぶせ」的な言説〔*書籍・雑誌・ネットなど〕が飛び交っているが、稚拙でバランスを欠いたものであり、嘘と悪意に満ちたものだ。

 当ブログにアップした以下の関連拙稿記事は、篠田氏の論説には遠く及ばないが、同じような「思い」で執筆したものだ。参照されたい。

 当ブログ2024.1.13「イスラエルを擁護する米・英・独の醜態」
 同2024.1.29「UNRWAへの資金拠出金停止の悪意」
 同2024.1.30「国際司法裁判所の「対イスラエル」命令に反する日本など」


 篠田氏は上記論説の中で、以下のように述べている。著作権の侵害にならぬよう、私が「特に重要」を思う箇所のみを以下に紹介する。〔*〈  〉内は引用〕

 イスラエルは、2024.1.26に国際司法裁判所(ICJ)が同国に「ガザ地区でのジェノサイド的行為を慎み、予防すること」〔A〕などを求めた仮保全処置(暫定措置)命令を出したことに反発し、〈間髪を入れず、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)職員が10月7日のハマスのテロ攻撃に加担していた、という糾弾の声を上げた。〉

〈イスラエル政府の糾弾を受けて、まず米国が、UNRWAへの資金提供の打ち切りを表明した。さらに欧州の主要ドナー国が、週末の間に、次々と資金提供の打ち切りを表明した。日本も28日日曜の深夜に追随する声明を出した。全て週末の間の動きである。強烈な外交攻勢が起こっていたと推測される。〉

〈ICJは、ジェノサイドを防止する義務を果たすべくイスラエル政府が人道援助の提供に努力しなければならないことを命令していた。これに公然と反旗を翻すように、UNRWAの最大資金提供国であるアメリカに訴えかけて、資金提供停止の国際的流れを作るように働きかけた。もちろんハマスのテロ攻撃に加担した可能性のある者を捜査対象にするのは当然だろう。しかしイスラエル政府の動きは、刑事事件としての犯罪捜査よりも、UNRWAの資金提供国に資金提供を停止することを呼び掛ける政治的動きを優先したと言わざるを得ない点で、ジェノサイド条約に基づく義務の遂行を命令したICJに真っ向から挑戦する態度だと言える。〉

*当該論説では、仮保全処置命令に於ける6項目も提示。上記A以外では、「パレスチナ人のための基本サービス提供や人道援助を可能にするための措置」など。

〈これらの命令の中に停戦が含まれなかった、という見出しをつける報道が、日本のメディアによく見られた。確かに、ICJは、ジェノサイド行為の予防・処罰を求めた一方、停戦の命令は行わなかった。

 しかし、今回の事件は、あくまでもジェノサイド条約に基づく審理だ。確かに、南アが主張するとおり、軍事作戦の停止がなければ、ジェノサイド条約の遵守もない、と言えるかもしれない。だがICJが、司法機関として、明白にジェノサイド条約に基づく内容に限って命令を下そうとして、自衛権の是非を論じるところまで踏み込んだ決定までは行わなかったことは、一つ次元の異なる問題になる。

 逆に言えば、ICJは、イスラエルの軍事行動にジェノサイド条約に抵触する内容が含まれている可能性を大前提にして、仮保全措置を命令したと言える。ICJは、イスラエル政府高官の発言の複数を引用して、ジェノサイド的行為の意図が存在すると指摘した南アの主張の妥当性を認めている。さらにはUNRWAをはじめとする国際機関などによるガザの状況の描写を引用して、一般市民に深刻な危害が及んでいるという主張の妥当性を認めている。〉

〈さらにICJは、手続き的理由による棄却を求めたイスラエル政府の主張を退け、ジェノサイド条約の遵守が「エルガ・オムネス(対世的義務)」であること、つまり条約締約国が普遍的に共通の利益と義務を持っていることを認めた。

 仮保全措置であって判決ではないため、最終判断ではないことは当然だが、少なくとも緊急の仮保全措置を要請する深刻な事態が生じていることは認定している。〉

〈ICJの命令が公表される時期を狙っていたかのように、イスラエル政府は、UNRWA職員に10月7日のハマスによるテロ攻撃に加担した者がいる、という糾弾を行った。それに即座にアメリカ、イギリス、カナダなどの親イスラエルの立場を取る国々が呼応した。週末であったにもかかわらず、1~2日の間にUNRWAへの資金提供を停止するという立場を、次々と欧米及び日本の主要ドナーが表明した。イスラエルのジェノサイド的行為を非難してICJにも引用されたUNRWAへの不満を表明し、資金を梃子にして、事実上の圧力をかけたという形の流れだ。〉

〈バイデン大統領は、就任前から頻繁に「民主主義諸国vs.権威主義諸国」の二元論的な世界観を披露し、民主主義諸国の退潮に警鐘を鳴らすとともに、民主主義諸国の陣営でのアメリカの指導的立場の強化を図ってきた。〉

〈ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、欧米諸国は「ルールに基づく国際秩序」の重要性を説き、国際社会における「法の支配」の価値観の大切さを訴えた。〉

〈しかしガザ危機をめぐっては、「二重基準」を糾弾され、威信を低下させている。この劣勢を、欧米諸国が力の優位だけによって埋め合わせるのは、容易ではない。〉

〈この状況で、あえて日曜深夜に慌ててUNRWAへの資金提供停止の声明を発出した日本の立ち位置は、極めて精細なものとなっている。迅速に資金提供を停止したのだとしたら、次には、調査報告を待つとして、なるべく早く再開する契機を作り出したほうがいい。〉

〈UNRWAの職員数は3万人で、ガザだけで1万3千人いるが、そのほとんどが地元のパレスチナ人である。UNRWAは、占領地で存在しない現地政府の機能の肩代わりをしている特別な性格を持つ。もちろん本当にテロ攻撃に加担した者がいたとしたら由々しき事態だが、もともと占領地における行政機能の肩代わりという困難な職務にあたらせておいて、3万人の職員の全てを統制するのが難しいからといって組織全体がテロリストの温床であるかのようにみなすのは、全く現実離れしている。近視眼的な発想に基づく行動は、やがて大きな反発を受けるだろう。〉

〈日本外交のかじ取りには、一層の慎重さが求められる。日本にとって唯一の軍事同盟国であるアメリカとの良好な関係の維持は、必須の外交的課題だ。しかしアメリカ国内ですら反対の声が上がっているのが、アメリカのイスラエル擁護の外交姿勢である。欧州諸国による懐疑的な声の強さは、言うまでもない。日本が率先して外交的孤立のリスクのあるイスラエル擁護に走らなければならない理由はない。

 当初は棄権していた日本と韓国などが賛成に回ることによって、国際総会におけるガザ停戦決議は、アジア全域で、反対はもちろん、棄権する国もなくなった。アジアは反イスラエルでほぼ結束しており、アフリカもほとんどそうなっている。日本外交が重視するインド太平洋地域の諸国のほとんどは、アジア・アフリカに位置しているのだ。これらの諸国との協調を大切にすることもまた、重要である。〉

〈従来から国際社会の法の支配を重視することを強調してきているのが、日本外交の基本姿勢だ。〉

〈ICJの決定を軽んずるようなことがあっては、取り返しのつかない外交的失点になる。複雑な国際情勢を反映した事件であるからこそ、まずは原則的な立場を堅持する姿勢を明晰にしておくべきだ。細かな外交的操作は、原則によって成り立つ土台を大切にした後で、進めていくべき事柄である。〉

《*篠田氏「論説」の紹介はここまで》

 以上の篠田氏の論説からも分かるように、今回の日本政府の「UNRWAへの資金拠出金停止」という決定は極めて拙速であり、非人道的であり、国際立憲主義を逸脱した行為と言える。

 日本がこのまま「日米同盟」を絶対の基本原則とし、理不尽・不合理なことでも「米国に追従する」姿勢を貫けば、日本の国民益は確実に失われていくだろう〔*イスラエル・パレスチナ問題に於いて、日本が国連の場で独自の姿勢を示し始めたことは、一定の評価に値するが〕。さらに、G7など欧米諸国と何でも歩調を合わせればよい、というものでもないはずだ。

 日本政府は冷静に物事を見極め、一刻も早く「UNRWAへの資金拠出金停止」を撤回または解除すべきだ。
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