主人公は、大学の心理学研究室に籍を置く高階唯子(たかしなゆいこ)。県警の「被害者支援室」だけではカバーしきれないカウンセリングを受け持つ臨床心理士であり、国家資格の公認心理師でもある。彼女が担当したクライエントそれぞれのドラマと、彼女自身のドラマが絡まり合って、物語は連作短編で 展開される。警察専門のカウンセラー高階唯子の仕事は、事件被害者やその家族のケアをすることだ。夫を殺されたのに自分こそ罰を受けるべきだという妻。・・・「二つ目の傷痕」。ペルー出身の日系三世の両親から生まれた日本国籍の兄弟、ひき逃げ事件で兄を亡くした青年、アキラがクライエントだ。彼の両親は南米日系人で、兄弟は母国を知らずに日本で育った。・・・「獣と生きる」。回復が見込めない四半世紀前に起きた未解決事件の被害者の父親と向き合う・・・「夜の影」。誘拐犯をかばい嘘の証言をする少女。・・・「迷い子の足跡」。傷から快復したはずなのに、姉を殺した加害者に七年後の復讐をした少年・・・「ほとりを離れる」。実は唯子も、事件によって人生を壊された人物だ。高校二年生だった15年前に、父親が罪を犯し服役中だ。以降、唯子は事件の加害者に対して極論と言える考えを持ちつつ、加害者の家族に背を向けた世間の中にも入れず、光のない日常を生き、仕事に取り組んできた。被害者や家族の秘められた思い(沈黙)と、加害者の家族である唯子の沈黙が、物語を通して絡み合う。人が犯した罪と罰に、同時にむきあうことになるからだ。多くを語らないクライエントが抱える痛みと謎を解決するため、唯子は奔走する。唯子が心を寄り添わせるのは、犯罪被害者の遺族だが、同時に加害者家族にも焦点が合わせられている。殺人が許されない罪であることは間違いがないが・・・では、その罪に見合う罰とは何か。極刑なのか?仇討ち的な復讐なのか?被害者、加害者、双方の家族が心に抱えてしまう痛みと傷は、一朝一夕に癒えることなどない。けれどもいつか、癒えずとも、許し許される日が来ることもあるのではないか。来て欲しいという希望。そんな著者の祈りにも似た声が聞こえるようだ。絶望の淵で、人は誰を想い、何を願うのか。そして長い沈黙の後に訪れる、小さいけれど確かな希望が読後の救いだった。『大切な人が殺された時、あなたは何を望みますか』の問いかけに考えさせられた。
『今日を普通に生きていれば、普通の明日がやってくる。だから、今日を普通に生きられる。犯罪は、特に人殺しは、そのルールを壊す』(P296)。
2021年9月集英社刊

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