■大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』 第37回 「最後の晩餐」
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
ナレーター:ビートたけし(噺) / 森山未來(語り)
どんどん太平洋戦争に巻き込まれていく日本の姿を見ていると胸が痛くなる
まるで『この世界の片隅に』を観ているような感じ
昨今、世の中がきな臭く、オリンピック会場は汚水まみれで間に合うかどうか怪しかったり
あまりにリンクしすぎて気味が悪いくらいだ
【内容抜粋メモ】
巨人軍のパーティに呼ばれた志ん生
今松から化粧が濃いと言われるミツコ
■昭和12年
河野:
国防費のためにと国民にガマンと緊張を求める一方で
オリンピックというお祭りを開催する
相反する事実を説明出来なければ、開催する資格はない!
オリンピック東京大会組織委員会
神宮には4万人しか入らない
河野:
陸軍次官、文部次官を招いたのはカノウ
オリンピックを利用しようとしているのでは?
タ:
今この国でオリンピックをやるには
軍や政府を巻き込まなきゃダメだって
ちゃんと分かってるんだよあの人は
河野:マークとポスターしか出来ていないなら、まだ引き返せる
タ:
カノウさんは聖火リレーの準備も始めたよ
いだてんが東京の町を走るんだってよ(四三さん、何歳?
スヤと子どもたちも上京する
「日中戦争」
日本の勝利を疑わない市民は、トラックに乗せられて出征する若者を
皆「バンザイ!」で送り出した
この時は、すぐにカタがつくと思っていた
この年、辛作の妻ちょうが亡くなった
(若くして亡くなったんだねえ
スヤは6人も子どもを産んだのか
昔は子沢山で女性は苛酷だ
スヤ:小松はりくちゃんに惚れとるばい ちゃんと監督せんといかんばい
(ん? 五りんの本名は小松では? 彼がお父さん?
でも、五りんが生まれた前後に戦争で亡くなったのかも・・・
副島は、近衛文麿首相にオリンピック開催の危機を訴える
副島:
500万円上乗せしないなら返上もやむを得ない
切羽詰って返上すれば、どの国でも開催は困難になり
日本は永久にオリンピックに参加できなくなる!
今こそ、名誉ある撤退を!
カノウ:なにがなんでもやるんだよ、この東京で!
スポーツも戦争の一部になっている記事を読むタバタ
選手:
僕たちは泳いでいていいのでしょうか?
いとこが出征しました それ以来、練習してても後ろめたくて・・・
本当にこの国にオリンピックは来るんですか?
タ:来るよ お前たちがメダルを取るんだ!
河野のオリンピック返上の答弁は連日行われ、大きな波紋を呼んでいる
河野に会いに来る四三
四三:
タさん、東京オリンピックやらんとですか?
絶好調だった時に「オリンピックは欧州戦争の延期で中止だ」と言われた
あん時と同じ それ以上にイヤな感じ
今度の戦争は日本が当事者
ドンパチやってて、平和の祭典!? 矛盾しとる
タ:
私も矛盾を感じています 夢と現実が入り交ざって、矛盾!
河野の言う通りです
四三:
オレは若い選手の育成をしています
ハシゴを外される選手の気持ち、分かりますか?
戦争になっても小松くんを走らせたか! それは矛盾でしょうか?
タ:
矛盾じゃない いや矛盾だ スポーツに矛盾につきものだ
なぜ走る なぜ泳ぐ? でもそれしかないじゃんねえ
戦争で勝ちたいじゃない マラソンで勝ちたい
小松が優勝し、胴上げするシーンは、四三の夢???
■12月 日本軍、南京占領
日本は世界から非難を浴び、孤立する
タバタは菊枝に「アレ」が「ナニ」せんとって話してて通じてるの?w
タ:君どう思う?
キ:
いいんじゃないですか? 分かってますよ ナニでしょ?
(全部きゅうりの料理にして)河童のまーちゃんに戻ってください
カノウはエジプト・カイロで開かれるIOC総会に出席する予定
副島はまた熱を出して倒れた(トップは皆高齢者ばかりだからねえ
カノウ:
報告すべきものが何もない
だが正々堂々しきってみせる 最後の大舞台だ
タ:
返上するなら同行します 土下座して頼む
こんな国でオリンピックやっちゃ、オリンピックに失礼です
それが出来るのはあなたしかいません!
カ:オリンピックはやる
タ:
そんな嘉納治五郎は見たくない!
あんたが潔さを見せれば、戦争後、もう一度オリンピックを招致出来る!
残念です 去る
神宮を走る四三
■エジプト・カイロ IOC総会
カノウは四面楚歌
中国が開催地の変更を要求
「国連が認めていない国を参加させるのか?」
御歳77歳のカノウ:
返す言葉もありません
情けない限りであるが、30年委員だった私を信じて欲しい
オリンピックと政治は無関係 東京で証明してみせます 頭をさげる
“逆らわずして勝つ!”
■昭和13年 春
東京開催が改めて承認された
タ:
違和感なら226 いや、もっと前から感じてる!
日本はそういう国 政治とスポーツを別に考えられない もう軍事国家だよ
お国のためのオリンピックなど、オレはいらん!
もうやるしか道はない 助けてくれよ河野
カナダ・バンクーバーにいるカノウに声をかける外務省の平沢和重
(源くん、やっと絡んできた!
豪華客船で巨大なステーキを食べるカノウ
カ:疲れるのは精力を善用せんからです 私は疲れたことなど一度もない
その後、ひどい時化となり、カノウは風邪をひいて弱ってしまう
数日後、体調を少し回復して皆の前に姿を現し、船長がお茶会に招待する
カノウ:皆さんで人生で最も面白かったことを話してみませんか?
カ:
私はやはり羽田の予選 そこにいだてんが真っ赤な顔して現れたんだ
しかし1番ではない ストックホルムは面白かった
「NIPPON」のプラカードを掲げて歩いたのは生涯忘れられない
これも1番ではない ロサンゼルス大会に田畑っていうのがいてね
口は悪いが言ったことは必ずやる 競泳はすごかった
毎日日の丸が上がり、鼻が高かった
現地の日系人に感謝されたのが一番嬉しかった
でも一番ではない
平沢:一番は東京オリンピックじゃないですか?
カノウ:
そこだよ! これから一番面白いことをやるんだ 東京で!
みんなが驚く、みんなが面白い、そんなオリンピックを見事にやってのける
これこそ一番
咳き込みながら退席する
(ヤダよ・・・世界のジゴローが風邪ごときで
海岸を走る四三の足袋のヒモが切れる
昭和13年5月4日 カノウは太平洋沖で亡くなった 77歳
横浜港に来るタバタ
カノウの亡骸を見て泣く 声をかける平沢
カノウに船室に呼ばれて、「タバタに」と頼まれたストップウォッチを渡す
平沢:動いてるんです いつ押したんでしょうね
棺にオリンピックの布がかぶせられる
チエ:師匠倒れたって 脳出血!
カノウのパスポートが残されている/驚
バンクーバーから出国した印が押されているが、帰国印は押されていない
203連勝した山下泰裕さん:
当時の時代的背景を考えると、日本にオリンピックをもってくるって
とても普通では考えられない
カノウ先生が世界のIOC委員から非常に信頼されていて
命をかけて、日本招致を成し遂げられたと思います
お墓は松戸にあるのか/驚
1964年 東京オリンピック
カノウの死から26年後
東京オリンピックで柔道が初めて正式種目に採用された
山下さんは、2019年 JOC会長に就任
山下さん:
柔道はあのカノウが作った
カノウ先生に対する思いが1964年 東京オリンピック開催
JOC会長として、カノウ先生の志を受け継ぐ後継者の一人でありたいと思っています
(涙ぐみながら話していた
同じ柔道の道を究めた者として、思いがひとしおなんだなあ
熱いカノウさんが見られなくなって寂しい・・・
役所さんは、何を演じても心に沁みる、記憶に残る役者さん
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
ナレーター:ビートたけし(噺) / 森山未來(語り)
どんどん太平洋戦争に巻き込まれていく日本の姿を見ていると胸が痛くなる
まるで『この世界の片隅に』を観ているような感じ
昨今、世の中がきな臭く、オリンピック会場は汚水まみれで間に合うかどうか怪しかったり
あまりにリンクしすぎて気味が悪いくらいだ
【内容抜粋メモ】
巨人軍のパーティに呼ばれた志ん生
今松から化粧が濃いと言われるミツコ
■昭和12年
河野:
国防費のためにと国民にガマンと緊張を求める一方で
オリンピックというお祭りを開催する
相反する事実を説明出来なければ、開催する資格はない!
オリンピック東京大会組織委員会
神宮には4万人しか入らない
河野:
陸軍次官、文部次官を招いたのはカノウ
オリンピックを利用しようとしているのでは?
タ:
今この国でオリンピックをやるには
軍や政府を巻き込まなきゃダメだって
ちゃんと分かってるんだよあの人は
河野:マークとポスターしか出来ていないなら、まだ引き返せる
タ:
カノウさんは聖火リレーの準備も始めたよ
いだてんが東京の町を走るんだってよ(四三さん、何歳?
スヤと子どもたちも上京する
「日中戦争」
日本の勝利を疑わない市民は、トラックに乗せられて出征する若者を
皆「バンザイ!」で送り出した
この時は、すぐにカタがつくと思っていた
この年、辛作の妻ちょうが亡くなった
(若くして亡くなったんだねえ
スヤは6人も子どもを産んだのか
昔は子沢山で女性は苛酷だ
スヤ:小松はりくちゃんに惚れとるばい ちゃんと監督せんといかんばい
(ん? 五りんの本名は小松では? 彼がお父さん?
でも、五りんが生まれた前後に戦争で亡くなったのかも・・・
副島は、近衛文麿首相にオリンピック開催の危機を訴える
副島:
500万円上乗せしないなら返上もやむを得ない
切羽詰って返上すれば、どの国でも開催は困難になり
日本は永久にオリンピックに参加できなくなる!
今こそ、名誉ある撤退を!
カノウ:なにがなんでもやるんだよ、この東京で!
スポーツも戦争の一部になっている記事を読むタバタ
選手:
僕たちは泳いでいていいのでしょうか?
いとこが出征しました それ以来、練習してても後ろめたくて・・・
本当にこの国にオリンピックは来るんですか?
タ:来るよ お前たちがメダルを取るんだ!
河野のオリンピック返上の答弁は連日行われ、大きな波紋を呼んでいる
河野に会いに来る四三
四三:
タさん、東京オリンピックやらんとですか?
絶好調だった時に「オリンピックは欧州戦争の延期で中止だ」と言われた
あん時と同じ それ以上にイヤな感じ
今度の戦争は日本が当事者
ドンパチやってて、平和の祭典!? 矛盾しとる
タ:
私も矛盾を感じています 夢と現実が入り交ざって、矛盾!
河野の言う通りです
四三:
オレは若い選手の育成をしています
ハシゴを外される選手の気持ち、分かりますか?
戦争になっても小松くんを走らせたか! それは矛盾でしょうか?
タ:
矛盾じゃない いや矛盾だ スポーツに矛盾につきものだ
なぜ走る なぜ泳ぐ? でもそれしかないじゃんねえ
戦争で勝ちたいじゃない マラソンで勝ちたい
小松が優勝し、胴上げするシーンは、四三の夢???
■12月 日本軍、南京占領
日本は世界から非難を浴び、孤立する
タバタは菊枝に「アレ」が「ナニ」せんとって話してて通じてるの?w
タ:君どう思う?
キ:
いいんじゃないですか? 分かってますよ ナニでしょ?
(全部きゅうりの料理にして)河童のまーちゃんに戻ってください
カノウはエジプト・カイロで開かれるIOC総会に出席する予定
副島はまた熱を出して倒れた(トップは皆高齢者ばかりだからねえ
カノウ:
報告すべきものが何もない
だが正々堂々しきってみせる 最後の大舞台だ
タ:
返上するなら同行します 土下座して頼む
こんな国でオリンピックやっちゃ、オリンピックに失礼です
それが出来るのはあなたしかいません!
カ:オリンピックはやる
タ:
そんな嘉納治五郎は見たくない!
あんたが潔さを見せれば、戦争後、もう一度オリンピックを招致出来る!
残念です 去る
神宮を走る四三
■エジプト・カイロ IOC総会
カノウは四面楚歌
中国が開催地の変更を要求
「国連が認めていない国を参加させるのか?」
御歳77歳のカノウ:
返す言葉もありません
情けない限りであるが、30年委員だった私を信じて欲しい
オリンピックと政治は無関係 東京で証明してみせます 頭をさげる
“逆らわずして勝つ!”
■昭和13年 春
東京開催が改めて承認された
タ:
違和感なら226 いや、もっと前から感じてる!
日本はそういう国 政治とスポーツを別に考えられない もう軍事国家だよ
お国のためのオリンピックなど、オレはいらん!
もうやるしか道はない 助けてくれよ河野
カナダ・バンクーバーにいるカノウに声をかける外務省の平沢和重
(源くん、やっと絡んできた!
豪華客船で巨大なステーキを食べるカノウ
カ:疲れるのは精力を善用せんからです 私は疲れたことなど一度もない
その後、ひどい時化となり、カノウは風邪をひいて弱ってしまう
数日後、体調を少し回復して皆の前に姿を現し、船長がお茶会に招待する
カノウ:皆さんで人生で最も面白かったことを話してみませんか?
カ:
私はやはり羽田の予選 そこにいだてんが真っ赤な顔して現れたんだ
しかし1番ではない ストックホルムは面白かった
「NIPPON」のプラカードを掲げて歩いたのは生涯忘れられない
これも1番ではない ロサンゼルス大会に田畑っていうのがいてね
口は悪いが言ったことは必ずやる 競泳はすごかった
毎日日の丸が上がり、鼻が高かった
現地の日系人に感謝されたのが一番嬉しかった
でも一番ではない
平沢:一番は東京オリンピックじゃないですか?
カノウ:
そこだよ! これから一番面白いことをやるんだ 東京で!
みんなが驚く、みんなが面白い、そんなオリンピックを見事にやってのける
これこそ一番
咳き込みながら退席する
(ヤダよ・・・世界のジゴローが風邪ごときで
海岸を走る四三の足袋のヒモが切れる
昭和13年5月4日 カノウは太平洋沖で亡くなった 77歳
横浜港に来るタバタ
カノウの亡骸を見て泣く 声をかける平沢
カノウに船室に呼ばれて、「タバタに」と頼まれたストップウォッチを渡す
平沢:動いてるんです いつ押したんでしょうね
棺にオリンピックの布がかぶせられる
チエ:師匠倒れたって 脳出血!
カノウのパスポートが残されている/驚
バンクーバーから出国した印が押されているが、帰国印は押されていない
203連勝した山下泰裕さん:
当時の時代的背景を考えると、日本にオリンピックをもってくるって
とても普通では考えられない
カノウ先生が世界のIOC委員から非常に信頼されていて
命をかけて、日本招致を成し遂げられたと思います
お墓は松戸にあるのか/驚
1964年 東京オリンピック
カノウの死から26年後
東京オリンピックで柔道が初めて正式種目に採用された
山下さんは、2019年 JOC会長に就任
山下さん:
柔道はあのカノウが作った
カノウ先生に対する思いが1964年 東京オリンピック開催
JOC会長として、カノウ先生の志を受け継ぐ後継者の一人でありたいと思っています
(涙ぐみながら話していた
同じ柔道の道を究めた者として、思いがひとしおなんだなあ
熱いカノウさんが見られなくなって寂しい・・・
役所さんは、何を演じても心に沁みる、記憶に残る役者さん