傷林檎君を抱けない夜は死にたし 北大路翼
傷林檎とは、傷が付いて誰も買う人のない林檎と解釈したい。誤解を恐れずあえて言えば、風俗嬢と呼ばれる女性のことではなかろうか。そこから【読み】というストーリーを組み立てると、作者はとある行き着けの風俗店に足を運んだのだろう。いつも指名するホステスは、この夜はあいにく別の客の接客中であった。この時の胸が焦げ付くような無念さが読む者にも伝わって来る。多少なりとも、同じ様な経験のある者には尚更であろう。この世に好き好んで風俗界に飛び込む女性はいない。一人の人間にとって、不特定多数の相手への恋愛感情は成り立ちようがない。ある時、特定の男性客が自分のことを気に入って、毎日のように通い詰めるようになった。その男性はいつかはこの苦界から彼女を救い出し、自分だけのものにしようと思っている。当のホステスも彼のことが気がかりでしょうがない。その素朴な感情の交錯を、下五の【死にたし】が恐ろしいほどの適確さで表現している。『君を抱けない夜』とは、作者にとって死さえ引き寄せてしまう、どうにも捨てがたい一瞬のいまここを指す。一読者としての私にとってもまた同様である。・・・《続く》
桜花賞を予想中の北大路翼氏。
JOHN COLTRANE 『MY FAVORITE THINGS』 1961 FULL