限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第112回目)『私の語学学習(その46)』

2010-11-27 22:49:09 | 日記

前回から続く。。。


以前、『ギリシャ語の造語力の魅力(その3)』

ギリシャ語語源の英単語は5%にすぎないにも拘わらず、学術、特に現代の先端医学やバイオ技術においては、ほとんどすべての単語がギリシャ語源、あるいはラテン語とのミックスと言っていいほどである

と述べた。この内容をもう少し敷衍してみたい。

例えば、神経系の単語を拾ってみよう。
 
【出典】基礎生物学M2(神経系)

この図からわかるように、神経系で、我々のなじみのある単語は僅かに、

中枢神経系:central nerve system
末梢神経系:peripheral nerve system
脳:brain

あたりである。
これ以外の単語は、普通覚える英単語の域を超えている。

前脳:prosencephalon
間脳:diencephalon
視床:thalamus
視床下部:hypothalamus
視床上部:epithalamus
中脳:mesencephalon
菱脳:rhombencephalon
小脳:cerebellum
延髄:medula oblongate
脊髄:medulla spinalis

私も昔は、これらの単語を見てもさっぱり分からなかった。しかし、ギリシャ語やラテン語を学んだ今、これらの単語を理解できる。それも、ギリシャ語やラテン語の基礎単語をそのまま使っていることが分かる。つまり、ギリシャ人にとっては、普通の単語である。例えば、thalamus はギリシャ語では『部屋、thalamos』という単語である。それに『下』(hypo, under)や『上』(epi, above)が付いているだけの至って簡単な単語だ。仮に英語に直訳すると、次のような単語になるだろう。

視床:room
視床下部:lower room
視床上部:upper room

また、脳に関してはギリシャ語とラテン語の両方が使われている。先ず、ギリシャ語では、頭(head)は kephale という普通の単語である。そして脳は、その『頭の中(en)』にあるもの、という意味で理論的には en-kephale という単語になる。但し、ギリシャ語の音韻規則で、n の後に、γ(ガンマ), κ(カッパ), χ(カイ) のいずれかの文字が来ると n が g に変化する。そしてなぜか知らないが、脳が男性名詞となるので、結局、脳は egkephalos という単語になる。英語はその単語を借用してきたが、ギリシャ語の k の文字はラテン語(および英語など)では c で表記されるので、eg- がオリジナルの en- に逆戻りする。一方、ラテン語では頭(caput)と脳(cerebrum)は全く関係がない。英語は、このラテン語を使い、大脳部分を表す。

終脳:telencephalon
大脳:cerebrum
前脳:prosencephalon
間脳:diencephalon

同じくこれらの単語も、仮に英語に直訳すると、次のような簡単な単語になるだろう。

終脳:end-brain
大脳:brain
前脳:fore-brain
間脳:between-brain

このように、ギリシャ語やラテン語を勉強すると、目がレントゲンになる。つまり、難しい英単語の骨格が透視できてしまうのである。この意味で、今後ますます増加するこれらのバイオ、医学関係の単語を理解しようとすれば、これら二つの古典語は必須となる。

しかし、このようにバイオ、医学関係の単語が軒並みギリシャ語やラテン語であるというのは非常に大きな社会的問題を含んでいると私は考えている。つまり、ギリシャ語やラテン語が分からない人間にとっては、これらの本来的には、意味を含有する単語がまったく発音だけの『カタカナ英単語』になってしまう。それも日本人だけでなく、英語のネイティブである人間にとっても、そうなのだ。

この現象の特異さはIT関係と比較してみるとよくわかる。 ITやエレクトロニクス関係でもバイオ、医学関係と同様に、日々新しい概念が作られそれを表現するための単語が作られている。しかし、それらの単語の大多数は簡単な英語の単語だ。例えば、デジタル回路の単語を適当に抜き出すと:

* Arithmetic logic unit
* Barrel shifter
* Binary multiplier
* Counter
* Decoder
* Digital timing diagram
* Dual-modulus prescaler
* Encoder
* High impedance
* Lookahead Carry Unit

これらの単語はたとえ内容は分からなくても、単語そのものの意味の理解には苦労しない。つまり、大衆レベルの英語で理解できる。それに反してバイオ、医学関係では学者レベルの英語が要求されている。これは、医学というのが、個々人の健康に直接関係している領域だということを考えると世界的規模でみれば(ギリシャ人を除いて)由々しき問題だと私は考える。ちょうど我々日本人がカタカナ単語(インフォームド・コンセント、フリンジベネフィット)を使っている限り、一般人とその道の専門家の間に意思疎通がうまくいかないのと同様の現象だ。

ドイツ語がかつてフランス語の語彙に『占領』された時、ゲーテ、シラーが本来のドイツ語を取り戻そうと努力したお陰でドイツ語では病気の名称は子供でもいえる単語になったと言われている。(参照:『私の語学学習(その37)』)これに範をとり、21世紀の我々もバイオ、医学関係の単語も簡単な英語に置き換えるよう努力すべきではないかと私は考える。

続く。。。

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1 コメント

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目からうろこでした。 (小西敏彦)
2014-01-12 22:36:47
長年、神経の病気をやっていて、thalamusがroomと、説明されて、目からうろこでした。原典に遡るというのは、大事なことですね。
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