獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

藤圭子へのインタビュー その13

2024-02-10 01:31:08 | 藤圭子

というわけで、沢木耕太郎『流星ひとつ』(新潮社、2013年)を読んでみました。

(目次)
□一杯目の火酒
□二杯目の火酒
□三杯目の火酒
■四杯目の火酒
□五杯目の火酒
□六杯目の火酒
□七杯目の火酒
□最後の火酒
□後記


四杯目の火酒

   2


__前川さんと離婚して、次に好きな人があなたの前に登場してきたのは、いつ頃?

「わりと、間もなく」

__へえ、あなたも案外な人ですね。

「エヘへ。でも、あたしって、飽きっぽいらしくって、すぐ飽きてしまいました」

__ひどい人ですねえ。

「フフフッ。飽きっぽいというより、アッサリしてたのかな。好きな人がいたとしても、1ヵ月に一度くらいしか会わなくても平気だったの。その頃は、ね。こっちから電話したことないから、向こうから思い出したように電話があって……それで平気だった」

__その頃、それじゃあ、仕事以外のときは、いったい何をしておったのですか。

「そうですねえ……あっ、そうだ。毎晩、遊び呆けておりました」

__どんなふうに遊んでいたの?

「ディスコに行ってたんだよね。親しいテレビのディレクターや、フォーリーブスのメンバーと。コウちゃんとか、みんなと」

__コウちゃんて、北公次とかいう、比較的よくトラブルを起こす……。

「みんな気のいい連中でね。六本木のパブ・カーディナルで集合して、赤坂のディスコに行って、青山のクラブに行って、という感じで、毎日毎日、朝の6時、7時まで遊んでた。時には誰かの家で麻雀することもあったし……。あたし以外のメンバーは、ガールフレンドと遊んだりする日があるから、そのグループから抜ける日もあったんだけど、なぜかあたしだけは……」

__皆勤賞ものだったわけ?

「そう、そう言えば、いつも加わってた。ほかには、かまやつさんとかひろみ君とかいたし……」

__かまやつひろしに郷ひろみ?

「うん。そういう人たちが入っていたときもあるし、みんなでワイワイやってた。同じくらいの齢の人が多かったし、どういうわけか男と女という感じにならなかったから、永く続いたんだと思う、その仲間とは」

__どのくらい?

「2年くらい……何事もなく……女としては名誉なことかどうかわからないけど」

__まったく。

「部屋に遊びに行っても、ただレコード聞いたり、おしゃべりしてるだけなの。それで、毎晩、ディスコ」

__場ちがいな感じ、しなかった?

「ぜんぜん。そうか、言われてみれば、場ちがいなふうだけど、そのときは何も感じなかった」

__いま思うと、面白かった?

「面白かったよ。……面白かったと言えば、言えないことはない、というくらいかな。いま考えれば、ね。そのときはいいと思っていたはずだから」

__しかし、前川さんと離婚してから、あなたには実にさまざまなことが、起きちゃうんですよね。

「そうでもないよ」

__まず御両親の離婚があったでしょ。

「うん……」

__ここにある、週刊誌のコピーを見ただけだって、あなたにとっては凄まじい体験だったろう、と思うよ。記事のタイトルだけだって壮烈だもん。〈娘・藤圭子を奪いあって両親が離婚!〉〈娘・圭子を離婚させたのは、父・阿部壮だ!〉〈無惨!藤圭子一家の『人間崩壊』〉〈藤圭子が実父と絶縁! 問題の父はテレビで“真相”を暴露〉と続いた……。

「……」

__よく耐えて、頑張ってきた。

「あたしはね、ただお母さんとお父さんを離婚させてあげようとしただけなの」

__どうして?」

「お母さんの望みだったから」

__なぜ?

「それが昭和48年だよね。その年、紅白歌合戦に出場しなかったわけだけど、それはどうしてなの?

「知らないよ、そんなの、向こうが勝手に選ぶことなんだから」

__家族のことやなんかで、スキャンダラスな出来事が続いたからかな。

「わかんないよ。規準なんてないんだから、どんな理由なのか」

__口惜しくなかったの?

「それは、口惜しいですよ。筋が通らないんだもん。テストの80点以上とか以下とかいうんじゃないんだから。そういうのなら、はっきりしていて気持がいいけれど、そうじゃないんだよね。あんな番組に出たくはないけど、向こうが選ぶというのに、選ばれないのはやっぱりシャクじゃない。人と比較して……されて、それでただ理由もなく、勝ち負けが決められてしまうわけじゃないですか。人に負けるのはいやだったから、それは口惜しかったですよ」

__腹が立った?

「うん、荒れた」

__荒れた?

「いや、荒れたといっても、NHKが選ばなかったということが、直接の原因じゃないんだよ。シャクだけど、選ばないのは向こうの勝手なんだからね、それはよくわかってた。あたしって、自分が納得できさえすれば、どんなことでも平気な性分でしょ。だからそのときにね、マネージャーが、紅白に落ちましたけど別にいいじゃないですか、来年からNHKに出なければいいんですから、と言ってくれるようだったらよかったの。藤圭子を選ばなかったんだから、それは来年に藤圭子を必要としないということなんだろう。納得がいかないのに、NHKだからといって尻尾を振ることはない。藤圭子が出ないからといって、NHKは痛くもかゆくもないだろうから、来年からNHKに出ることは一切やめましょう、と言ってくれるマネージャーがいなかったことに腹を立てたの。もし、そんなふうに頑張ってくれるマネージャーがいたら、そのことで落ちぶれて駄目になっても満足だった。自分で納得できるもん」

__女にしておくには、もったいない性分だね、まったく。

「それでマネージャーに言ったわけ」

__沢ノ井さんに?

「ううん、事務所は大きくなって、いろんな人が入ってきていたんだ」

__で、そのマネージャーに、どう言ったの?

「向こうが出さないっていうんだから、こっちも出るのやめようよ、来年のNHKのスケジュールをとるのはやめよう、って。そうしたら、蒼くなって、そんなことはできないっていうわけ。でも、あたしはあたしの筋を通したかったんだ。選ばれた人より、あたしの方が劣っているとは、どうしても思えない。でも、NHKは劣っているとみなした。だったら、こっちにもNHKを拒絶する自由があるじゃない。そうしたら、事務所の人やレコード会社の人がみんなで来てね。マネージャーは、そんなことをしたら芸能界では生きていけない、というわけ。あたしは後悔しない、と言ったんだ。それより、向こうが拒絶しているのに、こっちから尻尾を振っていく方がよっぽど耐えられないよ。でも、ついに、わかってもらえなかったの。そこで、爆発してしまったわけ。どうして、あなたたちには意地っていうものがないのって」

__気持はよくわかる。しかし、そのマネージャーの肩を持つわけじゃないけれど、そんなことして芸能界でやっていけるかな。

「うん、あたしがマネージャーだったら、そうするね。藤圭子という歌手の性格をよく知っている、頭のいいマネージャーだったら、そうしてたね。あたしは、そこでガッカリしちゃったの。ああ、みんな、その程度の考え方なのか、その程度の仕事なのか、って」

__しかし、事務所をひとつの企業として考えれば、それをやらせるのは酷だよ。

「でも、どんなことでも筋は通すべきだと思うんだ」

__たとえ、それでメタメタになっても?

「そんなことで駄目になるようなんだったら、その人に力がなかったというだけのことだよ」

__それはそう。ぼくもそう思う。

「そんなとこで媚を売らなけりゃならないような才能だったら、タカが知れてるよ」

__それにしても……仕事の話になると、ほんとにきつい顔になるね、あなたは。

「えっ、ほんと?」

__うん、ちょっと恐いくらいの感じになる。

「フフフッ」

__しかし、紅白歌合戦自体には、何の魅力も感じなかったのかな、あなたは。

「うん」

__初めて出たときも嬉しくなかった?

「うん」

__無感動?

「うん。初めて紅白に出たときも、ずいぶんシラけた番組だなあと思ってた。お客さんもシラッとしてて、舞台の袖で、ディレクターが一生懸命になって手を振っているのに、少しも拍手しないんで、一緒になってその横で手を振ってあげた記憶がある」

__へえ、あなたが?

「うん。でも、紅白って、いつ出てもくだらないことをやらせるんだよね。昭和50年に紅白にカムバックさせられたときも、嬉しいというより、シラけてたよ。NHKって、個人的にはすごくいい人が、ほかの局より多くいるのに、あれはどういうんだろう。50年のときも、ライン・ダンスをやれというの。その前後の何年間か、紅組女性チームの全員で網タイツをはいて、ライン・ダンスをやらせるというのが続いていたの。ダルマっていうんだけど、そういう姿でね。あたしは絶対にいやだって頑張ったの。あたしは歌を歌うために出るんだし、そんな恰好をする義務はないって断わったの。ところが全員でやるんだからといって、説得に来るわけ。どうしてもやらなければ駄目というなら、紅白に出なくても別に構わないと言ったんだ。そうしたら、みんな蒼くなって、NHKの人も来たの。だから、あたしは体に自信がないし、そんな姿を見せるのも恥ずかしいし、って頑張ったの。そう言われれば、向こうも仕方なかったらしくて、ようやく諦めてくれたの」

__結局、その年、ライン・ダンスには参加しなかったの?

「うん。島倉千代子さんなんかと、応援をするようなふりをして、横で立っている役にしてもらった」

__なるほどね、そのいきさつもあなたらしい。それって、昭和50年だよね。

「うん」

__でも、50年に、特別いい歌に恵まれたということはなかったように思うけど。

「そうかもしれない」

__50年の冬にパリのオルリー空港であなたを見かけたでしょ。それが大きいんだろうけど、日本に帰ってからも、あなたのことが気になってね。

「そう……」

__しかし、あなたにはヒット曲らしいヒット曲が出ないんで、どうしたんだろうと蔭ながら心配していたんですよ。ヒット曲が出る出ないはどうでもよかったけど、いい歌を歌わなくなった。どうしてだろうと不思議だった。

「事務所を移籍してから、ほんとにいい歌にめぐまれなかった。いい歌というか、あたしが好きな歌に。あたしが好きな歌、ほんとに一曲もなかったもん。どうして、どうして、こんな歌あたしが歌わなければいけないの、どうしてって、そんな曲ばかりだった」

__沢ノ井さんのところから、新栄プロダクションという事務所に入ったんですよね。それはなぜ?

「もう行き詰まってしまったの。沢ノ井さんの作品も事務所の経営も、あたし自身も。沢ノ井さんとあたしのあいだには、何ひとつ契約があったわけじゃないから、どうしようと自由だったんだけど……」

__新栄は沢ノ井さんに3000万か4000万の金を払ったと言われているよね。その金で、沢ノ井さんは事務所を整理したわけか、なるほど。

「その辺のことは、あたし、よく知らないんだ……」

__だけど、新栄に移っても、その行きづまりは解消できなかったわけなんだね。

「うん……」

 


解説
前川清と離婚したあとは、フォーリーブスの北公次や、かまやつひろし、郷ひろみといった仲間たちと毎晩のように遊んでいたという。

しかしプロダクションを移ってもいい曲に出会えず、だんだん煮詰まっていく。


獅子風蓮