獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

村木厚子『私は負けない』第一部第1章 その3

2023-04-09 01:09:02 | 冤罪

このたび、村木厚子さんの著書『私は負けない-「郵便不正事件」はこうして作られた』(中央公論新社、2013.10)を読み、検察のひどいやり方に激しい憤りを感じました。
是非、広く読んでほしい内容だと思い、著書の一部を紹介したいと思います。

(目次)
□はじめに
第一部
■第1章 まさかの逮捕と20日間の取り調べ
□第2章 164日間の勾留
□第3章 裁判で明らかにされた真相
□第4章 無罪判決、そして……
□終 章 信じられる司法制度を作るために
第二部
・第1章 支え合って進もう
  ◎夫・村木太郎インタビュー
・第2章 ウソの調書はこうして作られた
  ◎上村勉×村木厚子対談(進行…江川紹子)
・第3章 一人の無辜を罰するなかれ
  ◎周防正行監督インタビュー
・おわりに


説明しても聞き入れられない

たとえば、こんなやり取りがありました。
検察のストーリーでは、倉沢さんが4回も私に会ったことになっています。まずは挨拶に来て、日本郵政公社(当時)に電話するよう再び頼みに来て、日付を5月にさかのぼって書き直した(バックデートした)証明書を大急ぎで出してくれと再び頼みに来て、最後に証明書を受け取りに来た、と。「4回も面会したのなら、手帳に面会予定を書き込むはずです。手帳にそんな記録はないのだから面会はしていないはずです」と私が主張すると、検事は、「すべてアポなしで押しかけたと倉沢さんは言っているよ」と主張します。そこで私の方は、「頼み事をするのに、アポなしで4回も押しかけるというのは、相当失礼で特異なことですから、そんなことがあれば覚えているはずです。それに、私は会議や出張などが多くて、自席にいないことがしばしばでした。よく厚労省に来られる方から『10回来て1回くらいしか村木さんの顔を見ないね』と当時言われたのを覚えています。なのに、倉沢さんが4回アポなしで来て、4回とも私が自席にいて対応したなんて、ありえません」と縷々説明しました。
ところが私のそういう説明は一切調書に記載されません。
倉沢さんに私が直接証明書を渡した、という点についても、「文書はそれを起案した人が上司の決裁をもらった後、清書をして公印を押して郵送で送ります。発行する名義人が直接渡すものは感謝状と辞令くらい。もし直接渡したとしたら、相当イレギュラーなことだから覚えていないわけがありません」と、役所の事務処理の仕方を詳しく説明しました。
でも、そういう反論は調書には書かれません。
そもそも、証明書は企画課長名で出されているわけですから、もし私が「出そう」と思ったら、何も偽造など命じなくても、普通に決裁して正規のものを出せばいいだけの話です。そういうストーリーのおかしさを述べても、もちろん調書にはなりません。
とにかく、検察側にとって都合のいい、少なくとも都合の悪くないことだけをつまみとってまとめた文章を示されて、そこから交渉が始まります。「私はこんなことは言っていません」とか、「こういう言い方はしていないはずです」とか、「これはそういう意味ではありません」とか……。いくら交渉しても、言いたいことを書いてもらえるわけではないので、私の説明通りの調書にはなりません。それでも、せめて嘘の内容は入れさせないために、それから誤解を受けるような表現をできるだけ避けようと、一言一句の確認に本当に神経を遣いました。
これは、私が仕事のうえで、部下が作った文章を読んでチェックしたりすることに慣れていたり、国会などで、一つひとつの表現に気を遣う答弁をする経験をしてきたから、できたのかもしれません。
取り調べ検事としては、遠藤検事はまだいい方だったように思います。逮捕された直後に、トイレに行くのに付き添ってきた女性の事務官からこっそりと「遠藤検事でよかったですよ。遠藤検事ならあなたの話をよく聞いてくれますよ」と言われました。「ということは、被疑者の話を聞いてくれない検事もいるんだな」と思いつつも、少しほっとしたことを覚えています。遠藤検事は、取り調べが一段落すると、自分でパソコンを打って調書を作っていました。下書きができると、プリントアウトして付箋と一緒に渡してくれたので、私はよく読んで、気になるところを一つひとつ言っていきました。検事は、すんなり直してくれることもありますが、「あなたはそう言ったじゃないか」と抵抗されることもありました。そういう時には、「私が言った意味は……」と説明をし、交渉します。
遠藤検事の口調は、ごく普通で、怒鳴られたりしたことはありません。ただ、一度、心の底から怒って抗議したことがあります。それは、私の「罪」について、遠藤検事が「執行猶予がつけば大した罪ではない」と言った時です。検事さんとしては、執行猶予がついて刑務所に行かなくて済めば、たとえ有罪になっても大したことではない、という感覚のようです。これは、とうてい受け入れられるものではありませんでした。
「検事さんの物差しは特殊ですね。われわれ普通の市民にとっては、犯罪者にされるかされないか、ゼロか百かの問題です。公務員として30年間築いてきた信頼を失うか失わないか、そういう問題なんです」と泣いて訴えました。この時のことは、今思い出しても、涙がこみ上げます。検察は、そういう感覚で、人を罪に問うているのでしょうか。
この時の取り調べは、私が泣いたので、休憩になりました。しばらくあとで、取り調べが再開された時、遠藤検事は私の前に座るなり、「村木さんは物差しが違うと言われましたが、そうかもしれません」と言いました。私は、「職業病のようなもので、感覚が麻痺しているのかもしれませんね」と感じたことを投げかけてみました。
「執行猶予なら大したことない」という言葉は、後に國井弘樹(くにいひろき)検事にも言われました。検察官出身の弁護士から、善意で「いつまでもトラブルを抱えていないで、さっさと終わらせて新たな人生を歩んだ方がいい」というアドバイスをいただいたこともあります。そういう感覚は、検事全体に共通している職業病のようです。毎日、被疑者と向き合って暮らしていると、そうなるのは無理もないのかもしれませんが……。
取り調べが始まって10日目、遠藤検事がそれまでのまとめの調書を作りました。いつもは、遠藤検事が私の前で自分でパソコンを打つのですが、その時には長文の調書をあらかじめ印刷して持ち込んで来て、「詳しい調書を作ったので見てください」と渡されました。それを読むと、私が言ったこともない、他人の悪口がたくさん書いてありました。みんなが嘘をついているとか、上村さん一人に刑事責任があるとか、倉沢さんは嘘つきだとか……。これには、本当に腹が立ちました。これまで誠実に取り調べに対応していたのに、まとめの調書でこれか……と。当時は、事件の真相はまったくわからず、上村さんが本当は何をしたのかもわからなかったので、誰かを犯罪者にしたり嘘つきにしたりするようなことは絶対に言わないよう、特に心掛けていました。とてもサインできるような調書ではありませんでした。
「私とは全然人格が違う人の調書です。サインできません」と断りました。すると遠藤検事は、「どこがダメなんですか? 立派な否認調書だと思いますよ。直したい部分を言ってください」と驚いているふうでした。
私は、「部分的に直して済む問題じゃありません。人格が違います」と答えました。すると遠藤検事は、「これは検事の作文です。筆が滑ったところがあるかもしれません」と素直に認めました。遠藤検事が調書を自分で直すことになり、取り調べはいったん休憩になりました。取り調べが再開されて、作り直した調書を読むと、「筆が滑った」ところはすべてなくなっていました。たった一ヵ所だけ、「倉沢さんが言っていることはデタラメだ」という部分は、「村木さん、一回言いましたよ」と言うので、そこは残すことに同意しました。
何度も読み直して細かいところも修正し、「これで結構です。サインします」と私が言うと、遠藤さんは「最初とだいぶニュアンスが変わっちゃったんで、ちょっと上に確認してきます」と、調書を私から取り上げ、持って出ていってしまいました。主任検事の了解を取りに行くようでした。これだけ真剣勝負のやりとりをして作った調書を、私の供述を一言も聞いていない上司に見せて、それでだめだと言われたら、私に調書を直せとでもいうつもりなのでしょうか。検事は「独任官」として一人ひとりが権限や責任をもって取り調べを担当しているのかと思っていたからこそ、私も必死に説明したのに、とがっかりしました。

 


解説
執行猶予がつけば大した罪ではない」と言った遠藤検事に対して、村木厚子さんは泣いて抗議しました。
検事さんの物差しは特殊ですね。われわれ普通の市民にとっては、犯罪者にされるかされないか、ゼロか百かの問題です。公務員として30年間築いてきた信頼を失うか失わないか、そういう問題なんです」と。

検察で長く仕事をしていると、市民感覚が薄れていくのでしょうか。

獅子風蓮



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