★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

錯節

2022-06-08 12:25:56 | 思想


https://news.yahoo.co.jp/articles/f2bb5267c77aa47ed7e7a95ac24e13e391af733e

西田幾多郎の「善の研究」の着想にいたるノートの綴じたものがみつかった。四校の教え子たち、河合良成などが関わっていたらしい。

その河合良成の『戦時断想』(昭和18)なんかを読むと、四校時代の恩師の西田幾多郎の家に行った文章があって、「かつて随分叱られたこともあるが」、みたいなことが書いてある。しかし強調されているのは老西田が指導者然とした若々しく強い愛国者だったみたいなことである。まるで、西田が松岡外相であってもよさそうな雰囲気の文章であるが、――どうでもいいがどんなことで叱られたのか書いてくれよ。宿題忘れたとか、勉強しなさすぎとか、根性悪いとかいろいろあったであろうがっ。見つかった西田の講義緑は、あまりに難しい西田の講義に対し、ノートを共有したもののようだ。一見、勉強熱心のようにみえるが、こういうことを首謀する学生がマジメでないことはありうることだ。

帝人事件に巻き込まれたり、公職追放にあったり、大臣になったり、といろいろある人である。『戦時断想』を読んでみるに、ただちに隠居していただきたいと思った。愛国者が生悟ってしまうと手が付けられない。悟りとは、西田幾多郎の文章のように蛮骨で錯節していなければらならぬ。西田が、「ならぬ」「ならぬ」と言っているのは、河合のような輩をしかりつける意味があったのだと思う。

そういえば、後援会の会報に自分の研究のこと書いていたら、自分のやってることの宿命みたいなものに気がつき、自分の認識よりも先におれをここに連れてきたのは何だろうと思ったが、やっぱりこれは必然というより自由といったほうがよい気がする。自由が我々を宿命に導くのである。

河合曰く、「今日の、事に若い官僚に最も望ましいのは人生経験だ。借金もし、手形も書き、脅迫もされ、訴へられもして、盤根錯節を経て来なければ、ちょっと人生は分かりませぬと思ふ」と。言いたいことはわかるのであるが、そういう人生を盤根錯節とか言うてるうちに、あっというまに日本は焼け野原にされてしまった。確実に、こういう人にも責任はあったのである。