一筆書き残しまいらせ候。よんどころなく覚悟を極め申し候。不便と御推もじ願い上げまいらせ候。平田さんに済み申さず候。西宮さんにも済み申さず候。お前さまにも済みませぬ。されど私こと誠の心は写真にて御推もじ下されたくくれぐれもねんじ上げまいらせ候。平田さんにも西宮さんにも今一度御目にかかりたく、これのみ心残りにおわし候。いずかたさまへも、お前さまよりよろしくお伝え下されたく候。取り急ぎ何も何も申し残しまいらせ候。
さとより
おまん様
人々
写真を見ると、平田と吉里のを表と表と合わせて、裏には心という字を大きく書き、捻紙にて十文字に絡げてあッた。
小万は涙ながら写真と遺書とを持ったまま、同じ二階の吉里の室へ走ッて行ッて見たが、もとより吉里のおろうはずがなく、お熊を始め書記の男と他に二人ばかりで騒いでいた。
小万は上の間へ行ッて窓から覗いたが、太郎稲荷、入谷金杉あたりの人家の燈火が散見き、遠く上野の電気燈が鬼火のように見えているばかりだ。
――廣津柳浪「今戸心中」